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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 断片探しの寄り道編
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 6



 ピアスの案内で、店の奥に進み、緑色に塗られた扉を開けた。その先には、天井の中央にある丸い天蓋(てんがい)から薄い布が張られ、薄暗くて落ち着く空間が広がっており、その奥には老女――ピアスの祖母である“おばば”が座っていた。部屋には暗い色合いの赤や紫や黄色の色とりどりの絨毯が敷かれ、その上には細やかな刺繍が施されたクッションが転がっており、おばばはその中で座椅子のような物に腰掛け、眼前に敷いた無地の青い布の上に転がした石を見つめていた。その右手には煙管(きせる)が握られ、煙がゆらりと揺れる。


「お帰り、ピアス。想定より早い帰りだね? もう旅が嫌になったのかい?」


 床に置かれたランプの明かりに照らされた琥珀色の目が、愉快そうな色を浮かべてピアスを一瞥した。

 おばばは銀髪を両耳の前でみずらのように結い、灰色の花飾りでとめ、残りは後ろでひっつめにしていた。灰色のワンピースは簡素なもので、肩掛けをして肌の露出を控えているが、セーセレティーの民の特徴通り、首や耳や腕などのあちこちに魔除けのアクセサリーを付けている。


(祖母っていうからもっと歳とってんのかと思ったけど、若いじゃん。四十代後半か、五十代前半くらいかな?)


 修太は後ろからこっそりとおばばを観察して、内心で驚きの声を呟く。結婚年齢が低いからこの歳でも老女扱いなのかと、感覚の違いが不思議だった。


「ただいま、おばば。まさか、まだ帰らないわよ。とっても楽しいから、しばらく戻りたくないもの。今回はおばばに相談があって一時帰宅しただけ」

「何を頼みたいのか知らないがね、ピアス。あたしに物を頼む時は、例え孫だろうが対価は支払ってもらうよ。店で売る品を作っておいき」

「分かってるわよ。それに、そんなの、対価じゃなくったって作るわ」


 ピアスの祖母はシビアな人らしい。孫の頼みに対価を寄越せときた。商家の一家はこんな感じなのだろうか。

 おばばは席を立ち、修太達をじろじろと見回した。


「その話は、後で聞こう。それより先に、そのお客さん達について紹介してもらえるかい? 知らない顔も混ざっているね」

「そうね。そっちの二人は知ってるでしょ? ケイ、サーシャ。あ、サーシャは姿が変わってるけど、前に来たあの女の子と同じだから」

「――変化(へんげ)の奇術を使うというのは本当だったのか。怠惰な空気が同じだから、そうなのだろうね」


 まじまじとサーシャリオンを観察したおばばは、ふぅと煙を吐くと、そう結論付けた。


(ここでまで怠惰呼ばわりされてるよ、サーシャ……)


 修太の生ぬるい視線に気付き、サーシャリオンはにっと口端を引き上げた。誇らしげに胸を反らすのを見て、修太は溜息を吐く。

(いや、誰も褒めてないから)


「そっちの黒いフードの子が、ケイの親友のシューター君で、その足元にいるのが、シューター君の子分のコウよ。それで、左から、黒狼族のシーク、トリトラ、グレイね。グレイは賊狩りとも呼ばれてる紫ランクの冒険者だから、おばばも聞いたことあるんじゃない? その隣がフランジェスカ・セディンさん。それで、そっちは、ギルドからの監視員のクリムさん」


 最後の紹介で、おばばは眉を潜めた。


「監視? 何をしたんだい、お前」

「私は何もしてないわよ~」


 ピアスは笑い飛ばした後、ビルクモーレであった事件の話をした。

 おばばは「そうかい」とだけ返し、修太達を見る。おばばは小柄で可愛らしい女性なのだが、どうにも迫力があり、修太は自然と腹に力を入れて背筋を正した。


「あたしは、ピアスの祖母のサーラっていうものだ。うちの孫娘が世話になっている。ピアスはどうもパーティーを組みたがらないとこがあったから、ちっとばかり心配してたんだが、こんな面構えの良い人達ばかりなら、パーティーを組んでも安心だ」


 さばさばした物言いで、サーラはにこやかに言った。そして、ピアスに指示を出す。


「ピアス、今日は店仕舞いにするから、戸締りしておくれ。あなた方はこちらへ。お茶をお出ししよう」

「あ、俺も手伝っていいですか、おばばさん」


 ピアスが返事して動き出すと、啓介が挙手して問う。


「それなら門を閉めてきておくれ。看板を変えるのを忘れずに」

「はい」


 以前、啓介が泊まっていた時にこき使っていたせいか、サーラは遠慮せずに言った。啓介が短く返事して、表玄関の方に駆けていく。

 それを横目に、母屋(おもや)の方へ案内し、扉脇から中へ入るように促したサーラは、最後に修太が通ろうとする時に小声で訊いてきた。


「なあ、シューターだったかね? あの少年の親友なら、知ってるんだろう? うちの子、少しはあの少年と進展あったのかい?」


 サーラも、啓介の気持ちに気付いているらしい。まあ、一緒に暮らしたのなら気付くだろう。


「ちっとも進展無しですよ。啓介は自分の気持ちに気付いてないし、ピアスもまさかそんな風に思われてるなんて気付いてない。……分かりやすいんですけどね」

「そうなのか。あの少年、骨がありそうだから、孫婿にちょうどいいかと思ってんだけどねえ」

「え」


 爆弾発言を残し、サーラは部屋へ入っていく。修太はその場に立ちつくし、呆然と見送る。


「おい、聞いたか、コウ。保護者の許可が出たぞ。最大の難関が、啓介とピアスの鈍感ぶりってすげえな。進展の余地がねえ」

「クゥン……」


 それはすごく大変そうだねと言わんばかりに、コウが物悲しげに鳴いた。





「で? 相談って何なんだい?」


 茶菓子を振る舞い、客達が場所に慣れて落ち着いてきた頃、サーラが話を切り出した。


「あのね、おばば。私達、変なものを探して旅をしてるの。例えば、現れたり消えたりする湖とか、太古の魔女の噂とか。そういうの、何か知らない? おばば、顔が広いから、もしかしたら何か知ってるかもって思って」


 ピアスが期待たっぷりにサーラを見つめて問う。サーラは旅の目的を聞いて、意外そうな顔で黒狼族達を見て、視線をピアスに戻す。


「その旅の目的は、彼らの目的なのかい? 黒狼族が三人も一緒にいるのがまず驚きなんだが、彼らはそんなに変わり者だったかね?」

「誤解だ」


 その勘違いが耐えかねたのか、グレイが口を挟んだ。トリトラやシークも、必死に頷く。


「グレイは、私達というより、シューター君を気に入ってついてきてるわ。そっちの二人はグレイの弟子なのと、やっぱりシューター君と仲良しなの」


 ピアスの好意的な説明に、修太はげんなりした。


「やめてくれよ、仲良しとか……。小さいガキじゃねえんだから」

「小さいガキだろう、どう見ても。それから、少年、家の中ではフードは外しておくものだよ。それが礼儀ってもんだ」


 ぷかりと煙管の煙を吐き、サーラは手厳しく言った。礼儀に厳しい人であるらしい。サーラを見ていると、何となく自分の母親を思い出してしまい、自然と背筋が伸びる。修太の母親もまた、礼儀に厳しい人だった。そのせいか、特に反論する気持ちも浮かばず、修太は素直に謝った。


「すみません、つい癖で」


 久しぶりに宿の部屋以外でフードを外すと、サーラはおやおやと目を丸くした。


「漆黒の〈黒〉かい、驚いた。白銀の〈白〉の親友が〈黒〉ってのは面白いね。そっちの女性は藍に近い〈青〉だし、ピアス、お前は良い巡り合わせをしたね」

「ね? すごいでしょ」


「〈黒〉に会うのは随分久しぶりだな。良識ある家の生まれなら、家族が白教徒や盗賊の目から守る為に、大事に隠すからね。表にはなかなか出て来ない。カラーズの中じゃ、ダントツで影が薄いからな」


「……そ、そうですか」


 何だろう、とても複雑な気持ちにさせられる言葉だ。修太はテーブルの天板に視線を落とした。


「で? 誤解なら、誰の目的なんだい? そこの怠け者かい?」

「ケイとシューター君よ。でも、間違ってはいないわね。サーシャは二人について来てるから」


 サーシャリオンを指してのサーラの問いに、ピアスが首を横に振って答える。


「……なるほど、そこの少年なら納得だ。〈黒〉の坊やは少し違和感があるが」


 啓介はどうやら、サーラにも変人認定されているらしい。だから、違和感があると言われて、修太は嬉しくなった。“坊や”呼びだけは頂けないが。


「しかし、変なものねえ……」


 サーラは木製の筒状をした灰吹(はいふ)きの淵を軽く叩き、吸い殻を落とす。そして、瓶を開けて、刻み煙草をつまみ、適当な大きさに丸めた。それを雁首の火皿に詰めながら、物思いにふけるように、黙り込む。


「変な噂でもいいの。何か思いつかない?」


 更に促すピアスに、サーラはううんと唸る。


「あたしが聞いている話では二つある。一つは、商人の間で囁かれてる、怪談じみた話だ。人を喰う本があるらしい」

「人を食べる本?」


 怪談と聞いて真剣な顔になった啓介が、ずいと身を乗り出して問う。


「その話、レステファルテでも聞いたな。ほら、あのふざけた行商人の男が別れ際に言っていただろう?」


 フランジェスカの問いかけで、修太も思い出した。


「あの豆占(まめうらな)いジャックって兄ちゃんだっけ? そういやそんな話もしてたな」


 しきりと頷いていると、刻み煙草に火を点けたサーラは、煙管で一服してから意外そうな顔をした。


「そのジャックってのは、もしかして、金髪金目の派手な見た目をしたレステファルテ人じゃないか? 子分が皆筋肉ばっかでむさ苦しい」

「おばば、あの悪徳商人を知ってるの!?」


 ピアスが声を張り上げる。


「商人連中の間じゃ、有名な男だ。それに、貴族や金持ち連中の相手を出来る奴はそう多くはないからね。あの男は、仕入れの為にセーセレティーを旅していることもあるから、そのやり口は知ってるよ。それに一度だけ会ったこともある」


 サーラは、思い出すかのように琥珀(こはく)色の目を細めた。


「気に食わない小僧だと思ったが、奴の情報収集力と行動力は尊敬に値するものがある。彼奴(きゃつ)がそう言ってたのなら、この噂も真実味が高いんだろう。ま、その本の在り処はどこだか知らないが、珍品蒐集家(しゅうしゅうか)は欲しがっているよ。読んでいる途中で、読んでる人間が消えてしまうらしいし、読めない本に何の価値があるんだかさっぱり分かりゃしないがね」


 サーラの言い分はよく分かる。

 装飾を施された、飾る為の本ならともかく、本とはその内容に価値があるのだ。中身に目を通せないのなら、価値は低くなるだろう。


「面白いなあ! 人が消えるなんて、まるで“開かずの扉”みたいだ。でも消えた人はどこに行くんだろう?」


 目を輝かせる啓介に対し、サーラは冷静な態度を崩さない。


「さてね。見つかったケースはないようだから、本に丸ごと食われちまったっていうのが定説さ。それが一つだ。もう一つは、双子山脈の噂かな」


 双子山脈は、レステファルテ国とセーセレティー精霊国の間にある、二つの大山脈だ。これのお陰で、セーセレティー精霊国やミストレイン王国は、大陸の中で隔絶されているといえる。


「その中にいるだけで、たちまち怪我を(いや)す、奇跡の霧の噂だよ。本当かどうか、心底疑わしいんだけどねえ。レステファルテからの行商の帰り、街道で盗賊に襲われて逃げ込んだ双子山脈で、そんな経験をしたっていう商人がいてね、瞬く間に噂になった。――そういや、双子山脈といやあ、最近、各地にいたダークエルフがいっせいに姿を消したそうだね。ピアスの話と何か関係があるのか……」


 考え込むサーラ。


「ダークエルフって双子山脈のどの辺に住んでるんですか?」


 啓介のその問いは、修太も気になっていたところだ。


「さてね。あたしも詳しくは知らない。奥地に集落があるんだそうだ。でも、迂闊に近付くと撃退されるから気を付けな。ダークエルフはエルフよりも人間嫌いが多いからね。人間嫌いというか、あれは、人間を見下していると言っていい。口の悪い者だと、劣等種(れっとうしゅ)呼ばわりや欲深い愚者(ぐしゃ)呼ばわりが基本になる。そういう者は、そもそも外には出て来ないから、あたしら人間と関わる者でそういうダークエルフは少ない。でも、そういう者もいるのも事実だ」


 サーラは淡々と口にして、啓介を真正面から見る。


「お前達、この噂を確かめに双子山脈に物見遊山(ものみゆさん)に行くのは構わないが、あの山脈は元々蛇や虫のモンスターが多い所だ。しかも縄張り意識が強く、好戦的なのばっかでね、レステファルテとを繋ぐ街道を作った時には多大な犠牲を払ったらしい。だから行くのなら覚悟してお行き」


 危険な場所だと承知の上で、サーラは行くのを止めるような発言はしなかった。


「それから、孫娘は無事に帰すこと。うちの跡取りなんだ、再起不能になっちゃ困るんでね。――そうだ、この話の駄賃だが、お前達にも支払ってもらわないとね。ちょうど男手が欲しかったんだ、家の修理を手伝いな。残りは遺跡に素材拾いだ」


 何気なく話を聞いていた面々は、えっと驚いた。


「何を驚いてるんだい? 情報には対価を払う、当然だろう。ピアスの仲間だろうが、特別扱いなんかしないよ」


 自然と対価を求めるサーラは、堂々としていて小気味良い。こちらにそれを納得させるだけの態度をしている。

 考えていたよりも収穫があったので、皆、否やは無く、それぞれ了承して首肯を返した。


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