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白い日干し煉瓦の家が軒を連ね、赤や青や黄色の布地が風に吹かれている。この地方の家の特徴だという屋上では物干し台の洗濯物がひらひらと揺れ、鉢植えの緑は目に鮮やかで、長閑な昼下がりの光景を彩っている。
ピアスの生まれ故郷アリッジャは、田舎の小都市だ。
冒険者の多い迷宮都市ビルクモーレと違い、一般人が多いためだろうか、道端では歌い踊ったり楽器を演奏したりする人々がいて、陽気な雰囲気があった。
グラスシープを引きつれた羊飼い一行が通り過ぎるのを見送った修太は、家を眺めていてふと気づく。
「なあ、ピアス。あの玄関先に布が掛けられてるのって、何か意味があるのか?」
どこの家にも、扉の横や扉に釘のような出っ張りがあり、そこに赤や青や黄色、時には緑色の布が結ばれている。
ピアスは頷いた。
「あれは目印よ。赤が商家で、青が治療師の店、黄色は武器取扱い店ね。緑色は薬屋よ。店を開く時は、その方面のギルドの認可が必要になるの。許可が下りると、それぞれのギルドのマーク入りの布を渡されるから、それを玄関先の目立つ所に飾るのがこの町の決まりなのよ」
「じゃあ、布が無い所は違反ってこと?」
ピアスは声を小さくして、こっそりと返す。
「布が無い所は民家だけど、お店で布を掛けていない場合はそういうことになるわね。でも、裏通りにはそういう店があったりするの。布はあってもマークがないのよ。マークの偽造は重罪だから、マークを入れるところまでする非合法の店は滅多と無いんだけどね。もちろん、そういう店は取締の対象になるわ。違法薬師とか、呪われたアイテムの販売店とか、そういうのが多いわ」
「呪われたアイテムなんか売れるのか?」
「使いようによっては、他人に不幸をばらまけるから、欲しがる人もいるの。うちの国だと、聖堂に持っていけば祭司様がそういう物を集めた部屋に封印して下さるわ。そういうアイテムって、使うことで効力が消えるか、蓄積された魔力が切れるか、もしくは壊さないと効果が消えないから、保管するしかないのよね」
流石は副業でアイテムクリエーターをしているだけはあって、ピアスはさらりと説明した。そして、安心させるように微笑む。
「でも、この町は小さいし、目が届きやすいから、違法商人はあんまりいないわよ。ときどきどっかから潜り込んだ人達が商売していることがあるくらい」
修太はピアスを感心気味に見る。
「詳しいんだな」
「そりゃあね、そういう人達の取り締まりも、うちのおばばの仕事だから」
(ピアスの御祖母さん、何者だよ)
修太は、ピアスから彼女の祖母がこの町の顔役の一人だとは聞いていたが、その顔役の中でも大物のような気がしてきた。
「さ、皆、ここが私の家よ」
人通りの多いメインストリートの一角でピアスは立ち止まった。
(家というか、屋敷だろ、これ……)
周りの家との格の違いが一目瞭然だ。この一角だけ、白い色の煉瓦塀にぐるりと囲われているのだ。
その玄関――というより、門扉の横には、赤い布と紫色の布が掛かっている。赤は商家を示すが、紫色の布は何なのだろう。
「紫色は何を示すのだ?」
フランジェスカの不思議そうな問いに、ピアスは大したことではないという様子で答えた。
「アリッジャに三人いる顔役の一人の家って意味よ。おばばは、商売関係のギルドの相談役なの。昔は商人ギルドのギルドマスターをしてたんだけど、引退して。でも、結局、一番発言力があるから、顔役に選ばれたのよねえ」
その返事に一番驚いているのは啓介だった。
「ええ!? 俺、そんな話、一度も聞いてないよ?」
「そりゃそうよ、言ってないもの」
あっけらかんと返すピアス。
「おばばは顔役扱いされるの嫌いだから、言わない方がケイやサーシャには良いだろうなって思って。皆もそうしてね。一応言っておくけど、うちの家が大きいのは、大部分が店だからで、家自体は小さいから。おばばはアイテムクリエイトと石占い師をしてるから、占い用の部屋と、店、倉庫、作業部屋で敷地の大部分を使ってるのよねえ」
ピアスにとってはやはり些末事らしく、玄関脇のベルを思い切り鳴らしながら、扉を開けて中へ入っていく。
「おばば、ピアスよ。ただいま~」
そして、唖然とする一行を置き去りにして、家へと入っていった。
「ピアスはああ言ってるけど、俺とサーシャが前に泊めてもらった感じだと、家自体も結構広いよ?」
啓介が苦笑混じりにこっそりと付け足す。
「育ちが良さそうな娘だとは思っていたが……意外だな」
フランジェスカが呆然と呟く横で、クリムが悔しげにうなる。
「ケイ様とお泊りだなんて、許せませんっ! 一歩リードってわけですね!」
「いや、サーシャもって言ってただろ。聞けよ、ひとの話」
修太の突っ込みは華麗に無視された。クリムにはピアスしか見えていないようだ。
啓介やフランジェスカ、サーシャリオンがピアスに続いて門をくぐるのを見ながら、修太は考える。
(面倒くせえ奴に目ぇつけられたな、啓介。こういう奴は苦手だからな。阻止だ、阻止)
とりあえず、修太は、さりげなく啓介の隣に並ぼうとするクリムとの間にコウをけしかけた。クリムが連れている黒猫のナッツがコウに毛を逆立てて威嚇し、クリムがそれを宥め始めたので、接近阻止に成功する。
(こういうのは柄じゃねえけど、出来るだけ邪魔しとくか……)
啓介を好きになった女子の恋路の邪魔なんて、面倒臭くてしたことはない。いつもは知らない内に邪魔したせいで、やっかみにあっていたのだ。だが、啓介にピアスという思い人がいる今、クリムを近づけさせたくないのが親友心ってやつだ。
「シューター」
修太が戻ってきたコウの頭を撫でていると、ふいに上から声が降ってきた。
「何?」
振り仰ぐと、グレイが静かな調子で言った。
「相手は三流だが、冒険者だ。ほどほどにしとけ。お前が割を食う」
「え?」
目を丸くする修太の頭にポンと軽く手を置いてから、グレイは先に門をくぐり、店の玄関へと歩いていく。その背中を、修太はぽかんと見つめた。
「もしかして、グレイも気付いてるのか?」
修太が左後ろにいるトリトラをぐりっと振り返って問うと、トリトラは迷わず肯定した。
「そりゃあ、あれだけ分かりやすければ気付くでしょ。気付いてないっぽい女剣士とダークエルフの旦那がおかしいんだ。それからあの銀髪の子は、鈍感すぎ」
その答えに、やっぱりあいつらは変なんだと再認識した修太は、足元を見た。コウの黄橙色の目と目が合う。
「お前も気付いてる?」
「ワフッ」
「そうか、賢いなあ、お前。いいか、コウ。あのクリムって奴と啓介を二人きりにすんじゃねえぞ? そうなりそうな時は、びしっと邪魔して、ばしっと帰ってくるんだ。いいな?」
「ワン!」
良い子の返事をするコウの頭を修太はめいっぱい撫でてやる。コウは気持ち良さそうに目を細め、尻尾を振り、頑張るというようにもう一度吠えた。
「おい、チビ助。お前、さっきの師匠の言葉、もう忘れてやがんだろ……。聞いといた方がいいぞ、師匠の言う事は結構当たる」
シークが修太の頭を軽く小突いてきた。
「そうそう。いっつも師匠の忠告を忘れて痛い目を見るシークが言うんだから間違いないよ」
茶化すようにトリトラがにやりと付け足し、二人の間で睨みあいが勃発する。
「ちゃんと聞いてる。ほどほどで止めときゃいいんだろ?」
修太が自信たっぷりに返すと、トリトラとシークは顔を見合わせた。
「そういう問題だっけ? あの話」
「まあ間違ってはいねえかな」