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「きゃーっ、寝ちゃってた! まずいまずいまずい、もう随分先に行っちゃったかな。やばいわ、ナッツ」
「ぶみゃー」
突然、茂みがガサガサと鳴ったかと思えば、赤髪の少女と黒猫が飛び出してきた。黒い肩掛け鞄をパコパコ鳴らして走ってきた少女は、前方に座って休憩している修太達に気付いてぴたっと足を止めた。
「は……っ?」
愕然。
そんな表情でまじまじとこちらを見ると、少女はにこりと笑い、黒猫を連れて元来た茂みに戻っていった。
修太達は無言でその様子を見送ったが、修太は我慢できずに突っ込んだ。
「いや、幾らなんでも無理あるだろ」
「しっ、修太、可哀想だから黙っててあげようよ」
「それもあるけど、ああいうのに関わっちゃ駄目よ」
啓介が憐みを込めて言うのに続き、ピアスが厳しく言って首を横に振った。
「どちらにしろ、やり手ではないのは確かだな。――ふむ、この茶は美味いな」
しれっと呟き、フランジェスカは茶を飲んで満足げに頷く。
「だろ~? この組み合わせは癖がないんだよな」
修太がにやりとすると、サーシャリオンが口を挟む。
「そなた、薬草やハーブ使いのセンスがあるな。旅の間、我が薬草について教えてやろう。美味い野草もな」
「……サーシャ、お前、それ、七割が自分が美味いもんを食いたいだけだろ」
「残念、九割五分だ」
「ほとんどじゃねえか」
残りの五分しか善意がねえ。
修太は軽くサーシャリオンを睨んだものの、今後の事を考えるなら教えてもらうのに否やはない。それに山菜は好きだから食べたいという気持ちもある。
「で、どうするんだ。放置か?」
グレイの問いに、修太はちらりと茂みを見る。
「その方が可哀想じゃねえ?」
「ええー、でも、面倒くさそうじゃない?」
トリトラがひそひそと返す。
場が白けてしまい、余計に気まずい感じになってきたところで、啓介が助け舟を出した。
「えーと、君もこっちでお茶にしない?」
沈黙していた少女は、心底ありがたそうに茂みから出てきた。少しバツが悪そうな顔をしている。
「いいんですか? ありがとうございます~」
そうしてきちんと対面した少女は十代半ばくらいに見えた。お下げが二つ揺れており、その先でとめた緑色のリボンがひらひらしている。白い肌をした顔立ちはおっとりした印象で、大きな丸い眼鏡をしているので、クラス委員長と呼びたい雰囲気だ。丸く膨らんだ袖をした灰色のブラウスには、三角をした赤茶色の襟がついており、そのせいで制服のように見えてますます委員長っぽい。裾にレースとリボン飾りがついた膝下まである赤茶色のスカートをひらひら揺らしながら歩く彼女は姿勢が良い。お陰で、年齢の割には豊かな胸が強調されている。
少女は、トップに派手な飾りがついた杖を両手で握り締め、お辞儀した。
「私、クリムといいます。こっちは相棒のナッツです」
「ぶみゃん」
首に緑色のリボンを巻いている黒猫は小さく鳴いた。
「お察しの通り、ギルドから派遣されてきました監視員です」
クリムはてへっと可愛らしく微笑んだ。
「そんなにあっさり暴露していいのか?」
フランジェスカの呆れ混じりの問いに、クリムは力強く頷いた。
「バレているのにはとっくに気付いていましたので、問題ありません! 流石、二百階到達組は一筋縄ではいきませんね。それに、紫ランクがお一人いる時点で、すぐにバレるだろうなあとは思ってました」
開き直ったらしき監視役の少女は、そう言うと、啓介の隣に座り、茶のカップを受け取って飲み始めた。
(図太い……)
唖然とする修太の前で、少女が連れていた黒猫が啓介の膝によじ登り、そこに丸くなった。
(猫も図太い……!)
だが、猫好きの啓介は嬉しそうにするだけで文句は言わなかった。
「だからって、茶を一緒にする程近づくのはどうなんだ?」
シークまで胡乱な顔をしている。
「バレているからには、一緒に行動しながら監視しても同じだと思うんですよね。ご存知だとは思いますが、私の監視対象はそちらのダークエルフさんだけですし。えーと、お名前は、サーシャさんでしたね」
メモ帳をぱらぱらめくり、クリムはサーシャリオンの名前を口にした。
「監視対象の名前も覚えていないのか? とんだ三流だな」
フランジェスカが痛烈な一言を放つのに、クリムは涼しげな顔をして返す。
「監視はついでです! 私、ケイ様のファンなんです……!」
「へ?」
ぽかんとする啓介と、「は?」と耳を疑う面々。クリムはキラキラした目で更に続ける。
「ビルクモーレのお祭りで見て以来、ファンになりました。いつも陰から見てました」
頬に手を当て、恥ずかしそうに告げるクリム。修太は青くなって立ち上がる。
「ストーカーか、てめえ。ケイから離れろ、近付くな! 呪われても知らねえぞ!」
啓介の妹、雪奈が知ったら確実に呪うか、撃退されるだろう。
が、意外にもクリムは修太に敵意を示して、びしっと指先を突き付けた。
「うるさいですよ、お邪魔虫太郎!」
「た、たろ……!?」
その一言にびっくりして、指先に押されるようにのけぞる修太。
「スケッチに良い角度の時に視界に入りこんだり、話しかけようと試みた時に、大抵傍にいるだなんて、何の嫌がらせです!?」
「意味分かんねえことで難癖つけんな! つーか本人に断りなくスケッチしてんじゃねー!」
「うらやましいでしょう? あげません!」
「いらねえよ!」
修太は勢いよく怒鳴り返した。
(真面目そうに見えたのに、とんだ変人じゃねえか……)
流石に啓介もドン引きしてるかと思いきや、本人は呑気に笑っていた。
「へえ、クリムさんて画家さんだったのか?」
しかも天然発言してるし。
「本業は冒険者です。迷宮探索や、旅のついでに配達の仕事を請け負って転々としてるんです。絵描きは趣味です」
「趣味が絵描きってすごいなあ」
「啓介、お前、少しは危機感を覚えろ……!」
「そんなに怒らなくても、危ないと思ったことはないから大丈夫だよ」
「ストーカーは初期段階で止めないと、どんどん付け上がって怖えことになるんだよ! お前が知らないだけで、それ絡みが何度あったか……。いや、何でもない。何でもないぞ!」
不意に背筋がゾクッとした修太は、周りをきょろきょろ見回しながら叫んだ。何故だろう、こういう話題になるとその辺に雪奈がいるような気がしてきて怖い。危うくあいつがしてきたストーカー撃退について暴露するところだった。
「落ち着いて、シューター君。ほら、お茶を飲みましょう? ケイが大丈夫だって言うんだから、大丈夫なのよ。ね?」
ピアスに宥められ、修太は渋々と座り直す。ピアスに問いかけられた啓介は、にこやかに頷き返している。
その間に割り込んだクリムは、顔の前で腕をクロスさせた。
「お邪魔虫太郎その二ーっ!」
ピアスはびっくりしたように目を丸くし、ぱちぱちと瞬いた。すぐに吹き出す。
「クリムさんて面白いのね」
正確には変な人だ。修太は心の中でこっそり付け足す。
ピアスはそっとクリムの手を取ると、本気で心配そうに言った。
「でもね、クリムさん。ケイが嫌がることはしちゃ駄目よ? 好きな相手なら、気持ちをちゃんと尊重しなきゃ」
その眩しい善人ぶりに、クリムはうめくようにして後ろに下がった。
「なかなかやるわね。私のライバルに相応しいわ。認めてあげる!」
「嫌だわ、ライバルじゃないわよ。私はただの同行者だもの」
悪気のないピアスの一言に、啓介は無意識なのか、傷ついたように胸に手を当てている。
「そ、そうだね。ハハハ……」
「?」
不思議そうに首を傾げるピアス。
事情を知る修太やトリトラ、シークは、憐れなものを見る目で啓介を見た。
こうして、旅の仲間に一人の少女が無理矢理加わったのだった。