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「もうへばったのか? だから貸しグラスシープを使おうと言ったんだ」
「……あんな羊にまた乗ってたまるか」
口元に手を当ててしゃがみこんだ姿勢のまま、修太はフランジェスカを睨んだ。
ビルクモーレを出て、まだ二時間程しか経っていないが、修太は魔力欠乏症の影響で気分が悪くなってきた。
(でもな、羊に乗るのはなあ……)
前みたいに、注目を浴びながら移動するのは嫌だ。
「シュウ、魔力混合水を飲めよ。あと薬も。ちょうど良い時間帯だし、俺達も少し休憩にしよう」
啓介の提案を受け、一時的に休憩することになった。街道脇の草むらにめいめいが好きに座る横で、修太はビルクモーレで買いこんでおいた魔力吸収補助薬を噛み砕き、その雑草の味に顔をしかめる。何度食べてもこの薬は慣れない。そして、魔力混合水を一瓶飲むと、次第に気分の悪さが薄れてきた。
「……全く、煩わしい」
フランジェスカが舌打ち混じりに呟く。
「フラン、そこまで言うことねえだろ」
気を悪くした修太が文句を言うと、フランジェスカは「ん?」と片眉を跳ね上げる。
「ああ、お前のことを言ったのではない」
「じゃあ誰のこと言ったんだよ」
「…………」
「何?」
何故、そこで黙る。
理解不能な態度をとるフランジェスカが分からず、修太は眉間に皺を刻む。当のフランジェスカは、ちらりとグレイを見た。グレイは理解しているようで、一つ頷いて返す。
何だかよく分からないが、意思疎通が取れているらしい。もしかして自分だけが意味が分からないのかと啓介とピアスを見ると、そちらも不思議そうにしている。
「ビルクモーレからずっと尾けられておる。確かに煩わしいな」
サーシャリオンがのんびりと暴露し、修太は驚いた。
「え? 尾行されてんの? お前、何やったんだ?」
「俺決定かよ! ざけんな、クソチビ!」
真っ先にシークを見ると、シークはくわっと歯を見せて怒った。そんなシークの肩にポンと手を乗せ、トリトラは優しく笑いかける。
「シーク、本当に何したんだ? 怒らないから言ってごらん?」
「俺は無実だっ」
嘘を許さないという目で見るトリトラが右手を握り込んでいるのを見て、シークは急いでそう主張した。
(トリトラ、言ってることとやってることが違う……)
返事次第では殴る気だったのだろう。恐ろしい。
「シーク君じゃないなら、たぶん、サーシャじゃないかな」
啓介が控えめに口を出した。
「君付けやめろよ、気持ち悪っ。シークで良い」
「あ、ごめん」
「いいけど、でも何でそのダークエルフの旦那? こいつ、幾ら魔王だからって、何か悪いことするようには見えねえけどな」
シークはまじまじとサーシャリオンを眺める。サーシャリオンはたまらないとばかりに吹き出した。
「くくく、それはどうも。だが、そなた、本当に馬鹿だな。こないだの事件といい、アーヴィンの発言といい、該当する理由は一つしかあるまい?」
「ああ! ……って、馬鹿って言うなよ」
「馬鹿のことは置いておいて。じゃあ、サーシャ、尾行してる奴が、ギルドからの監視ってこと?」
シークのことは置いておき、修太が問うと、サーシャリオンではなくフランジェスカが頷いた。
「――恐らく。その可能性が高いという推測だが」
「どうする? 捕まえてくるか?」
グレイの問いに、フランジェスカは首を振る。
「しばらく様子見しよう。我らに害なすつもりなのか、ただの監視だけなのか。後者ならば放っておいた方が気楽だろう。多少鬱陶しいだけだ」
「そうだな。とはいえ、やはり煩わしいからな。少し速度を上げてみるか」
「ああ。少しくらいおちょくってみるのも悪くない」
フランジェスカはにやりと悪者の笑みを浮かべる。
(ほんと性格悪いよな、こいつ……)
修太は心の中で呟き、悪役にしか見えないグレイと見比べ、どっちもどっちだと思った。
そういうわけで、尾行者を翻弄することに決められた為、修太はサーシャリオンに背負われることになった。サーシャリオンが手ぶらであることと、この面子の中で一番体力があるからだ。
「人間を背負う日が来るとはなあ。何千年も生きているが、初めてだぞ。光栄に思うといい」
「あー、はいはい。ありがとうございます」
おざなりに返事をしつつ、やっぱりグラスシープを借りるべきだったと後悔する修太だった。
*
(どこにいるんだ?)
こっそり周りを見てみるが、追跡者の姿は修太にはどこにも見えない。フランジェスカ達には何が見えているのだろう。
移動を再開し、休憩した後だから速度が上がったと見せかけて早足で進んでいたが、やがて速度を緩めた。一人、ピアスだけがついてくるのが大変そうなのを見た啓介が、疲れたと言い出して速度を落とした為だ。
「ケイ、ありがと……。助かったわ」
「何が? 俺が疲れただけだよ」
こっそり礼を言うピアスに、啓介は本当に疲れた様子で返す。
(こいつのこういうとこは、ほんと見習うべきだよな……)
無理してる誰かではなく、自分が無理だと言った上、そういうのを顔に出さない。修太が啓介を良い奴だと見直す瞬間である。
「ふふん。だいぶ歩調が乱れたな。いい気味だ」
フランジェスカが薄笑いを浮かべて言った。
「走る程か? どうもそこまでのやり手ではなさそうだな」
グレイがぼそりと返す。
(まじで何が見えてるんですか、二人とも)
修太はうろんに思う。
グレイは鼻が利くから分かるとして、フランジェスカが謎だ。だが、感覚というよりは、二人とも追跡者の姿が“見えて”いるようである。
「ビルクモーレは事件の後始末で人手不足だ。そのせいだろう。あの程度なら、たとえ襲撃が来ても返り討ちは容易いだろう。残りはのんびり行くとしよう」
フランジェスカの宣言に、ピアスが良かったと息をついた。
「のんびりしすぎて、イライラさせるのも悪くないな」
「ああ、それはいい考えだ」
グレイの提案に、フランジェスカが楽しそうに返す。
(二人とも、腰を据えておちょくる方向でいくつもりなのか……。すげえ楽しそうだな、おい)
フランジェスカだけなら分かるが、グレイもというのが意外だ。もしかして退屈なんだろうか。