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「ふーん。お前ら、今度は南の方に行くのか? へえ、面白そうじゃん。ちょうどダンジョンが閉鎖されてて暇だし、俺も行く!」
しゃくりと果物を頬張って、シークは即決した。
修太達のいる男部屋に居座り、啓介が使っているベッドに勝手に腰掛けているが、啓介は特に文句は言わず、代わりに笑顔を向けた。
「それは良かった。トリトラ、俺らについてくるつもりだったらしいから」
「おまっ、まじで俺を切り捨てるつもりだったな! ほんと冷てえ奴……。他の奴ならまだしも、十八年来の幼馴染に対してそれはねえんじゃねえの?」
シークはありえないという顔でトリトラを見た。壁に寄りかかって立っているトリトラはというと、涼しげに視線を受け流す。手元でポンと果物を投げ、再び受け止めてまた投げていたが、最終的には噛り付いた。
「その幼馴染だからまだ我慢出来るってだけで、僕はいつだって自分のしたいようにしてるよ。それに君が鬱陶しいのが悪い」
「ぐっ。まあ、いや俺もだいたいそうだけどよ……。つーか、他人と合わせるなんてしたことねえよ」
「お前ら、それでよくペア組んで行動出来るな……」
そっちの方がすごいんじゃないか。修太の呟きに、啓介も同意して頷いている。
「ん~? まあ、シークとは兄弟みたいなもんだし、話し合わなくてもだいたい考えは読めるからね。最低限のルールだけ決めて、それ以外は互いに不干渉かな」
「そうそう。言いたいことがありゃ言うだろうし、気にしねえなあ」
ある意味で無関心なのに行動は共に出来ているということか。素晴らしいバランスの取れ具合に驚きしか覚えない。
「黒狼族の人って、たいてい協調性に欠けるから、多種族とのパーティーはあまり長続きしないみたいよ? 自由気まますぎて、振り回されるから疲れるんですって」
テーブルに地図を広げ、四隅に文鎮を置いて固定しながらピアスは言う。地図に目を走らせると、一ヶ所に、目印代わりに小さな媒介石を置いた。
「シューター君、よく四人で行動してて喧嘩しなかったわねえ」
感心したような言葉を付け足され、修太は首をひねる。
「別に、こいつら二人が好き勝手やってんのは最初っからだし、気にしたことねえな。うるせえとは思うけど。グレイはむしろ、こいつらの保護者だから助かってる」
「保護者じゃない」
窓枠に腰掛け、煙草を吸っていたグレイが、すかさず口を出した。無表情な顔に、どこか嫌悪が浮かんでいるように見えた。
仮にも弟子なのに、そんなに嫌か。
「ははは! グレイ、そなた、それで保護者でないなど、何の冗談だ」
ベッドでごろごろしていたサーシャリオンが、笑い転げている。グレイはじろっとサーシャリオンを睨んだが、すぐに諦めた様子で視線を外に戻した。
グレイは物静かな男だからあまり気にならないだけで、実の所、ほとんどこちらと生活のリズムを合わせていない。好きな時に好きなことをしている。外を旅している時は食事の時間は合わせているが、宿にいる時は無理に合わせるということは無いように思える。
例えば、啓介は一緒に食事するのが好きだからそんな風に行動しようとするところがあるが、グレイは食べる気がない時は食べないし、いつの間にか姿を消していて、気付くと食堂で食事をしていたりする。かと思えば、修太達が出かける頃になると、当たり前みたいに戻ってきていたりする。放っておいた方がいいようなので、そうしている。いや、本音は、口うるさく言ったせいで怒ったら怖いという理由で、皆の暗黙の了解になっているだけだが。
「ふふ、あんまり言っちゃ駄目よ、サーシャ。それより、話をしましょう。アリッジャに向けての旅程を組まないと」
「そなたらで勝手に決めよ。我はここでのんびりしておる」
「ピアス殿、サーシャのことは気にするな。さりげなく、奴が一番協調性に欠けているのだからな。しかも割と無関心だから、一番性質が悪い」
フランジェスカはテーブルについたまま、左手をひらひらと振った。
「確かに」
修太、啓介、ピアスの声が揃った。
「ひどいぞぉ、そなたら」
相変わらずベッドでだらーっと潰れたまま、サーシャリオンが口を尖らせている。
フランジェスカは苦言を無視し、地図を見下ろした。
「では、話し合うとするか。グレイ殿、何か異論があれば言ってくれ」
「分かった」
外を見ていたグレイが、フランジェスカを一瞥し、また外へと視線を投げる。
修太達は旅程を詰める話し合いを進めていく。
旅の計画を立てる際は、フランジェスカがいた方が話が纏まりやすい。
そうして見てみると、バランスがとれている気がした。それぞれ、自分の得意分野を発揮しつつ、適度な距離感を保っている。
(啓介とピアスが一緒なのは良かったよな。グレイとフランと俺だけだと、基本的に無言になっちまうし……。二人のお陰で和むっつーか)
何より二人がいるとフランジェスカの態度が柔らかくなるのが助かる。
*
「助かった。アーヴィンがついてくるって言い出さなくて」
「ほんとよね、シューター君」
「ああ。これは半々の確率だったからな」
修太が脱力して言うのに、ピアスとフランジェスカが同調した。
銅の森のエルフ達の到着を待つ間、ピアスの故郷のアリッジャを訪ねてくるとアーヴィンに伝えに行ったのだが、これはなかなか緊張を強いられるものだった。
あんな事件のあった後だ。サーシャリオンを敵視しているアーヴィンが、サーシャリオンが怪しいから監視する為についてくると言い出すかもしれないという危惧があった。もしくは、暇潰しに一緒に来るという可能性も。
だが、その予想は違っていた。アーヴィンはむしろ、嫌いなダークエルフと一緒に行動することの方が嫌だったらしい。
にこやかな笑みとともに、ビルクモーレで待つと言い、更にサーシャリオンに「君にはきっとギルドの監視がつくだろうから、妙な真似はしないことだね」と釘を刺していた。
「あいつ、心底面倒くせえからなあ。ビルクモーレからミストレイン王国までの旅だって、一緒に旅して、こっちが精神的に耐えられるか疑問だ」
「実は私も不安なのよね。あの人、疲れるんだもの」
「私はあいつの発言のかゆさがな……。軍式に殴りたくなる」
「ははは」
三人がうめくように言い合う横で、啓介が苦笑している。恐らく、この中で一番アーヴィンに耐性があるとしたら啓介だろう。
アーヴィンに報告した足で、そのままビルクモーレを出たシークとトリトラを加えた一行は、のんびりと街道を歩いている。
「そうかあ? あいつ、訳わかんねーことばっか言ってる変なエルフってだけだろ? よくもまあ、あんな、歯が浮くことばっか思いつくなって感心してたぜ」
いや、シークが一番耐性があるみたいだ。
(あの甘い台詞の数々は、確かにどこから思いつくのか謎だけどな……)
修太達一行には効果が無いが、世の女性達には馬鹿受けしているので、きっと修太には分からない魅力があるのだろう。
「疲れるけど、でも、あんな風に全力で女性扱いされるのは悪くはないわよね。お姫様扱いって女の子のロマンよ」
ピアスが悪戯っぽく笑って言うと、啓介が唖然とピアスを見た。
「えっ」
これは聞き捨てならないという啓介の態度に、修太は忍び笑いを零す。少し青ざめた顔で啓介はピアスに問う。
「ぴ、ピアス、あの、もしかしてああいうのがタイプ……なの?」
「アーヴィンさんみたいなナルシストはタイプじゃないわよ。一般論の話」
「そ、そうか。それなら良いんだ」
「え? 何が?」
「何でもない何でもない!」
慌てて首を振る啓介だが、顔が赤くなっている。その顔を見られまいと早足になる啓介の背に、修太はぼそりと言う。
「お前、そろそろ気付いた方が良いと思うぞ」
「な、何。なんか言った? シュウ」
「……別にー」
動揺している啓介が可愛そうになったので、修太は視線を横に流した。
そんな遣り取りを見ていて、シークがきょろきょろと啓介とピアスを眺め、手をポンと叩く。
「なるほど。お前、その嬢ちゃんに、うが!」
「黙りなよ、シーク。野暮ってもんだよ」
気付いたことに嬉々として声を上げ、暴露しかけたシークは、トリトラに脛を蹴り飛ばされてうずくまった。トリトラは瞬時に察知したらしく、指摘はしないらしい。
「何してるんだ、お前達。遊んでいないで歩け」
相変わらず、啓介の恋愛事情には気付いていないフランジェスカが、足を鈍らせた修太達に鋭く言った。