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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 断片探しの寄り道編
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第二十四話 噂集め 1



 迷宮都市ビルクモーレを襲った不可思議な事件の手がかりが掴めても、ダンジョンと冒険者ギルドは閉鎖されたままだった。

 冒険者ギルドは臨時病棟として使われ、多くの怪我人が床に寝かせられている為だ。

 そんな訳で、買い出し以外にすることもなく、暇だった修太は啓介やコウとともに宿の一階にある食堂に行った。そこでだらだらと茶菓子を満喫していると、ようやく退院出来たらしきシークが宿に帰ってきた。どうやら前と同じ宿にずっといたらしい。


「おう、シーク。退院おめでとう」


 それなりに親しい知り合いなので、修太は礼儀と思ってそう声をかけた。きっと礼を言って終わりだろうという予想に反し、シークは眉を吊り上げた。どすどすと足音も荒く近づいてくる。こちらが危機感を覚えるような怒りように、修太が啓介ともども戸惑っていると、シークは修太のポンチョの上から、服の後ろ襟部分を掴んだ。


「おめでとう、じゃねえよ。おめえだろ、チビガキ! トリトラに余計なこと言ったの!」

「ぐへっ、何すんだよ、苦しいだろ!」

 

 後ろ襟を掴まれて吊り上げられ、修太はじたばた暴れてみたが、あいにくと子ども姿なのもあって無意味だった。それを見た啓介は、止めるどころか吹き出した。


「ぷ。てるてる坊主みてぇ……」


 誰がてるてる坊主だ!

 だが確かに、黒いポンチョを被ったままだから、そう見えるかもしれない。


「見ろ、このアザ! 何で、退院直後にやっとまともに仲直りしようとトリトラに会いに行ったら、いきなり背負い投げされた上に、殴られなきゃなんねーんだよっ」


 シークの顔がよく見えるように吊り上げる高さが変えられ、それで修太はぶはっと吹き出して、ついシークの顔に唾を飛ばしてしまった。ますますシークの眉が吊り上る。


「て、め、え~~っ!」

「だ、だって。お前、何その顔! 青あざがすげえ! パンダ! あは、あははは、男前になったな!」

「うっせえよ、チビガキーっ!」


 思い切り怒鳴られたが、修太の腹筋は崩壊寸前だ。笑いが止まらない。

 シークの左目の周りにくっきりとアザが出来、パンダ状態だったせいだ。肌が褐色なので、よく見ないと気付かなかったが、気付くとそうにしか見えない。

 だが、怒れるシークが空いている左手を握り込んだのを見て、流石にやばいと思った修太は、すかさず両手を上げた。


「待て、話せば分かる。いいか、俺は確かにトリトラに言った。退院した後に幾らでも投げ飛ばせばいいってな」

「やっぱりそうじゃねえか!」


 あ、やばい。

 言う順番を間違えたと気付いた修太だが、怒っているシークは仕返しとばかりに腕を振り上げ――パシッという乾いた音とともにその動作を止められた。


「何してんの、シーク? 弱い者苛めなんて、ださいよ?」


 シークのすぐ背後、ちょうど帰ってきたトリトラが、にこりと微笑んだ。青灰色の目は笑っておらず、冷気のようなものが場に漂う。

 流石に腰を浮かせた啓介がほっと息を吐くのに遅れ、修太も胸を撫で下ろした。

(危ねええ)

 シークはトリトラを睨む。


「てめえに余計なこと言ったの、このチビなんだろ! 俺らの喧嘩にしゃしゃり出てきやがるからこっちは怒ってんだよ! だから弱い者苛めじゃねえ!」


 そういう方向で怒っているのか。

 てっきりトリトラに殴られたことに対して怒っているのかと思ったが、喧嘩に横入りしてきたと思ったから腹が立っているらしい。面倒くさい奴だ。

 未だてるてる坊主状態のまま、修太は状況を静観する。冷静に分析してみても、この体勢なので格好が付かない。


「はあ?」


 トリトラの声が一段階下がった。その圧力に、シークはうっと声を詰まらせる。


「最後まで話を聞いたの? 僕が彼に、君に今会ったら投げ飛ばしそうって話してたら、それなら退院した後にしろって助言してくれたんだよ。入院が長引くよりマシだっただろ?」



「つーか、てめえ! 俺に頭突きくらわしといて、何で投げ飛ばしたり殴ったりすんだよ! てめえこそひとの話を聞きやがれ!」

「シークがいつまで経っても、めそめそぐだぐだしてるからだろ! そういう湿っぽいの、大っ嫌いなんだよ、僕は」


 喧嘩が再燃したようで、二人は互いの襟首を掴んで臨戦態勢になった。その拍子に、シークの手が緩み、修太はようやくぶら下げられる状態から脱したが、結構な高さから床に落下した。


「ワフッ」

「おわ、コウか……。サンキュ」

「ワン!」


 足元で構えていたコウの背中に落ちたので、痛くはなかったが、修太は顔を引きつらせる。

 殴り合いの喧嘩に突入しかけのトリトラとシークの向こう側に、いつの間にか啓介が立っていたのだ。――素晴らしい笑顔で。

 啓介はトリトラとシークの頭を掴むと、問答無用で前へ押した。

 ゴッという鈍い音がして、互いに額をぶつけたトリトラとシークは、額に手を当ててその場で悶絶する。


「なあ、二人とも。俺の故郷の昔の法に、喧嘩両成敗っていうのがあるんだよ。喧嘩の理由や非は問わず、喧嘩している両者を処罰するっていうものなんだ。つまり、喧嘩してる二人を俺が殴って止めても問題ないってこと」


 ああ、喧嘩嫌いな啓介の勘に障ったようだ。

 啓介は穏やかな表情だが、寒々しい目と声で淡々と説明し、手の骨をバキッと鳴らした。


「問題あるでしょ!」

「問題あるだろ!」


 黒狼族として頑丈な二人も、頑丈な者同士での頭突き合いになったせいで、双方共にダメージがでかかったらしい。余程痛かったのか、ちょっと涙目になっている。

 そして、その先で見た啓介の優しい笑顔を見て、二人の顔からザッと血の気が引いた。


「ん?」


 問い返す啓介の顔はとても優しい笑みだ。

 そのはずなのに、何故だろう、冷や汗が止まらないのは。

 巻き込まれただけの修太すらも怯え、コウと共に後ろにずり下がる。


「なあ、喧嘩したら何て言うのか知ってる?」

「え?」

「え?」


 啓介はシークの左肩とトリトラの右肩にポンと手を置く。


「『ごめんなさい。自分が悪かった。仲直りしましょう』だよ」


 その顔はこちらからは見えなかったが、二人の顔色が更に悪くなったのを見る限り、相当怖いものだったようだ。

 本能的な恐怖を覚えたのか、震えあがった二人はすかさず肩を組み、ぎこちなく笑う。


「ごめん、トリトラ。俺が悪かったよ。仲直りしようぜ!」

「そうだね、シーク。僕も悪かった。あははは、ほら、もう仲直り!」


 更には握手までして仲直りアピールをする二人を見て、啓介は自然な笑みに戻った。


「うんうん、やっぱ、仲良くするって良いことだよね」

「そ、そうだな。ハハハハハ」

「良いことだねえ。アハハハハ」


 引きつり笑いを浮かべるシークとトリトラ。

 これに懲りたら、しばらく喧嘩はしないだろう。修太はそう確信した。

 後で二人に、ただの人間をあそこまで怖く思えたのは初めてだと言われた。どんな顔してたんだろう、啓介の奴。



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