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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
159/340

 8



 見ている限り、サーシャリオンの圧勝だった。

 亜熱帯地域のど真ん中に氷像を建ててのけたサーシャリオンに突っ込みをくらわせてから、修太はサーシャリオンの方に足を向けた。


「流石、魔王……。強すぎ」


 すぐ後ろで、トリトラの唖然とした呟きが聞こえた。


(まあ、あいつに敵う奴はそういねえだろうな……)


 敵う奴はオルファーレン以外に存在しないだろう。


「大丈夫か、サーシャ。服、切れてる……」


 同じく駆けてきた啓介が、とても心配そうにサーシャリオンに問いかける。先程、蔦に巻き付かれた時に出来たのか、鮮やかな朱色の長衣には切れ目が出来ていた。そこから切断されていないのが不思議な不安定さで残っている。

 サーシャリオンはその服を見下ろし、面白そうに瞳を揺らめかせる。


「我の皮膚には、余程切れる業物でも持ってこなければ傷を付けることは出来ぬから、安心せよ。服の部分はアレだ。首の後ろや尾の薄い皮の部分であるから、切れても特に痛くはない」

「そうなんだ? すげえな、サーシャ!」


 啓介は銀の目を輝かせて称賛する。


(そういう理屈なのかよ……)


 黒い竜の巨体が、ここまで縮められる理屈も謎だが、一応は元の要素がどこかしらにあるらしい。


「トリトラ、これを土産にやろう」


 サーシャリオンは、右手に持っていた食虫植物の蔦の先を、トリトラに手渡す。先だけが黒く金属のように硬化している緑色の蔦を、トリトラはひっくり返したりして観察する。


「これ、あの化け物の?」

「やる。好きにせよ。我はあちらを貰い受ける。初めて見る植物だからな、ダンジョンに運んで押し花にでもしようかと思うてな」

「あんな花の押し花なんて、趣味悪いね」


 嫌そうに口元をへの字にするトリトラ。

 そこへ、少女の高い声が割り込んだ。


「ああ、駄目駄目! バサンドラはこっちで回収するから」


 皆、声の方を振り仰ぐと、近くの家の屋根に小さな影が一つあった。砂色のマントのフードをしっかりと被っているのだが、小柄な体格や声といい、年若い女性であるのは間違いなさそうだ。

 いったい誰だと疑問に思う中、謎の少女は屋根の上から怒鳴る。


「ちょっとそこのあんた、バサンドラに何してくれてんのよ! 同胞の癖に! この裏切り者!」


 びしっとサーシャリオンを指差して、少女は叫ぶ。サーシャリオンは周りを見回して、その指の先が自分を示していると遅れて悟ると、不思議そうに問う。


「はて、同胞ということはそなた、ダークエルフなのか?」

「そうよ! こないだ会議開いたんだから、知ってんでしょ! 何で実験の邪魔すんのよ!」


 何やらキーキーとわめき立てる少女。

 ダークエルフの姿をとるサーシャリオンを同胞と勘違いして怒っているのは分かる。


(実験? 会議?)


 修太はうろんに思う。

 それではまるで、ダークエルフ達が会議を開いた上で、ここであの化け物を使って実験するのを認めているみたいではないか。


「実験ねえ? 実に興味深い話をしてるじゃないか。詳しいことを聞かせてもらえるかい、お嬢ちゃん」


 また増えた声に右を見ると、食虫植物の氷像から近い場所の商家の壁にもたれ、薄桃色の髪をした女性が立っていた。冒険者ギルドのビルクモーレ支部ギルドマスターのベディカ・スースだ。いつからそこにいたのかは知らないが、あの化け物の討伐に出てきたのか、左腰に長剣を下げている。


「げっ、〈桜火(おうか)〉!」


 少女はあからさまにびびった様子で身をのけぞらす。が、すぐに持ち直して強気に言い返した。


「あんたら成り損ないの短命種なんかに教えることは何もないよ! とにかく、あんた! 次に邪魔しやがったら、一族の総意でもって潰すから!」

「そなた、弱い犬程よく吠えるという見本みたいな奴だな」

「うるさーい! 使命を邪魔する糞野郎に言われたくないんだよ!」


 もう一度怒鳴ると、少女はポケットから出した木の実を通りに放り投げた。

 それは地面に落ちるや発芽し、しゅるしゅると蔦を伸ばしてあっという間に巨大化した。後ろの氷像と全く同じ植物だった。

 少女が首から下げた笛を吹く。修太には音は全く聞こえないが、修太の傍らでコウが「キャウン」と鳴いた。


(犬笛か?)


 そんな疑問を覚えた瞬間、食虫植物は動きだし、その蔦をベディカへと飛ばして攻撃する。


「そいつの相手でもしてるんだね! データは取れたし、あたしは去らせてもらうよ」

「待ちな!」


 蔦をひらりと避けたベディカが怒鳴るが、小柄な影は屋根の向こうに消えた後だった。ベディカが舌打ちする。


「俺が行くよ!」


 啓介が少女を追いかけて走り出す。


「あっ、おい!」


 あんな化け物を操る女相手に無謀だ。修太は呼び止めるが、啓介の足は速くすでに路地の方に進んだ後だった。そんな啓介を放っておけないと思ったのか、フランジェスカが後を追う。


「ケイ殿には私がついていく! サーシャ、こちらは任せた!」

「ああ、まずくなったら戻って参れ」


 サーシャリオンはひらひらと手を振り、こちらに飛んできた蔦を、手で払いのけて弾き飛ばす。その間に、フランジェスカは路地の方へとその姿を消した。


「そなたら、また隠れておれ」

「分かった。気を付けてね、サーシャ。行きましょ、シューター君、トリトラ」

「ああ……」

「了解。こっちだ」


 ピアスとトリトラの先導の後について、さっきの路地裏に戻ろうとした修太だったが、足元の地面がぼこぼこと盛り上がり線をえがくのに気付き、ハッと足を止めた。違和に気付いたらしきトリトラが、ピアスの肩を押して弾き飛ばす。

 まさしくつい一瞬前までピアスが立っていた位置の地面から、蔦が勢いよく飛び出してきた。


「きゃっ」


 遅れ、ピアスが小さな悲鳴とともに尻餅をついた。そちらに修太が目を奪われた時、蔦が頭上を折り返してこちらに斜めに落ちてくる。


「こ……のやろっ!」


 だが、間一髪、トリトラがサーベルを力いっぱい振るい、蔦を左へと流した。それはそのまま地面へとぶつかり、また地中へと潜っていく。


(次はどこだ?)


 どこから出てくるか分からない蔦の動きを追い、修太は視線を走らせる。立ち上がり腰を低くして短剣を構えたピアス、サーベルを構えたトリトラもまた、緊張した様子で周りに目を配っている。

 地面にはモグラが通った後のような盛り上がりの線が増えていく。近くでピシッと煉瓦床がひび割れる音がする都度、嫌な汗が背筋を伝う。

 そして、不気味な音は、唐突に途絶えた。その盛り上がりの線の帰結部分に気付き、修太は声を張り上げた。


「ピアス、後ろだ!」

「え……!?」


 息を飲んだピアスが、反射的に横へ転がった瞬間、その場所を蔦が走り抜けた。そして、その先には、修太のすぐ左前にいるトリトラがいる。


「……っ」


 蔦がトリトラの顔を串刺しにする。そんな想像をして、修太は思わず目を閉じた。

 ――だが、肉を裂く音も、悲鳴も、何も聞こえなかった。


「……?」


 恐る恐る目を開けた修太は、息を飲んで動きを止めたトリトラの眼前、わずか五センチ程の地点で静止する蔦を見た。


「え?」


 訳が分からない修太の視線の先で、ピアスも最悪の事態を想像して、顔を手で覆っていた。そのピアスも違和感を覚えたらしく、指の隙間からトリトラを見て、きょとんと目を瞬く。

 あの凶暴な蔦に幾重にも茨が絡みつき、赤い薔薇が咲いていた。


「大丈夫かい? トリトラ君。美しいものに傷が付くのは大きな損失だ。だけど僕は知っているよ。美しさには健やかさも大事だと。ああ、皆さん。お元気そうで何より」


 緊迫感を損なうマイペースな言葉が、場に落ちた。

 そちらを見れば、通りの真ん中辺りで、道化じみたお辞儀をするアーヴィンの姿が見えた。

 更に視線を転じると、食虫植物の本体の方にも茨が巻き付き、薔薇が乱れ咲いていた。蔦の動きはもちろんのこと、本体の動きも封じた為に、トリトラは助かったらしい。

 すぐにそれに気付いたらしきトリトラが、その美麗な顔を歪ませ、忌々しげに舌打ちをする。


「こいつに助けられるなんて、一生の不覚だよ」


 ぼそりと低い声で呟く言葉には、憎々しげな響きがある。助かったことは良いとしても、嫌っている相手に助けられたことは問題らしい。


(まあ、気持ちはなんとなく分かるけど)


 修太は苦笑を浮かべる。


「なんだい、アーヴィン・テッダリタじゃないか。あなたも役に立つことがあるんだね」


 抜いていた長剣を鞘に戻しながら、ベディカがすっぱりと言った。本気で驚いているようで、左の赤目をまんまるにしている。


「ええ、僕はよく役立っていますよ」


 アーヴィンは、失礼極まりない言葉は微笑みとともにかわし、自身が封じ込めた食虫植物を観察し、口元に手を当てて溜息を吐く。


「まったく、植物をこんな風に使うだなんて、美しくないね」

「それには我も同意する」


 蔦を三本纏めて掴んでいたサーシャリオンがぺいっと蔦を放り出しながら言った。手を放した瞬間に魔法で先の方だけを氷漬けにしたので、地面にぶつかるとゴトッと重い音がした。

 サーシャリオンの返答が気に食わなかったのか、アーヴィンは不愉快そうに眉を寄せ、つんと顎を突き上げた。


「僕はあなたにも言っているんだがね。あなた方の薬草への造詣の深さは、まあ、認めないこともないが、食虫植物をわざわざ好んで使役するのは理解出来ないね。しかもバサンドラをこんなに巨大化させるだなんて、品種改良の手間も無駄に思える」


「また我にいちゃもん付ける気か、面倒くさいエルフだな。我はこの姿を好んでとっているだけで、ダークエルフではない。見た目が全てと思わないことだ」


「その褐色の肌、黒い髪、そして尖った耳! これらのどこがダークエルフでないというんだい? 双子山脈の奥深くに帰ったらどうだね?」


 やんわりとした物言いながら、アーヴィンは淡々と皮肉を口にする。


「やはり気にくわぬな、この男。氷漬けにしてやろうか……」


 いつもの笑みを消した無表情でぼそりと呟き、袖まくりを始めるサーシャリオンを見て、修太は慌てて間に入った。


「待て待て、ストップ! サーシャ、落ち着け。子どもの口喧嘩レベルに付き合うな。お前のレベルも下がるぞ」

「よし、シューター。もっと言っていいよ」

「煽らないで、トリトラ。シューター君のは悪気はないのよ。……でも、ほんとたまにきついこと言うわよね」


 ガッツポーズとともに扇動するトリトラの横で、ピアスがほんのり苦笑しながら呆れている。

 そこへ、ベディカが一歩前に出て質問する。


「事情は知らないけどね、サーシャ。君もダークエルフなのだから、あの一族の会議とやらの内容も知っているの?」

「だから、我はダークエルフではないと言っているだろう。そんな会議など知らぬ」

「つまり、はぐれなのね? 人間か別の種族に育てられたせいで、出自を知らないわけか。深く聞いてごめんなさい」


 ベディカはそう結論付け、面倒くさくなったサーシャリオンはふんと鼻を鳴らす。


「もういい、それでも構わぬ。とにかく、我はあんな巨大な食虫植物のことは知らぬ。そやつが言う、バサンドラなら知っているが、体長三十ジェマほどだったはずだ。しかも自分で動く真似はしないし、敵を襲う真似もせぬ」


「白々しい言い訳だけど、話が進まないのでそういうことにしておこう。ダークエルフの里で、何かが起こっているのだろうね。僕としてはどうでもいいことだけど」


 アーヴィンはさらりとサーシャリオンの神経を逆撫ですることを口にしながら、推定を告げる。ベディカは難しい顔で腕を組んだ。


「そのことと“実験”とやらで冒険者達が襲われた理由は関連するのか? いや、しなければおかしいか……。元凶が立ち去ったようだから、ダンジョンも安全になっただろうけれど、一度、ギルドメンバーで確認調査を行うとしましょうか。それから、ダークエルフに関する調査もしなくては。犠牲になった者達が浮かばれないし、私の足元で騒ぎを起こしたツケは絶対に払わせる」


 その赤い目は、炎のように揺れている。

 ベディカが静かに怒りをたぎらせているようなのは、見ているだけで充分に伝わってきた。


「そこの黒狼族の少年、君の手に持つそれ、こちらで証拠物件として預かりたいのだけど、いいかしら?」

「ええ、構いませんよ、ギルマス。正直、持っていたところで焚火の灰になるだけですから」


 トリトラは蔦の欠片をベディカに手渡す。


「私はギルドに戻るけど。ケイ達が戻ったら、そこにいる誰でもいい、一度報告に来るように伝えてちょうだい。君達のお陰で助かったわ。今、うちは人手不足でね。ギルドメンバーも数人死んだし、重症者もいる。治療師は治療室に缶詰状態でてんてこまいさ。本当に笑えない」


 そう一人ごちると、ベディカはひらっと左手を上げ、颯爽とその場を後にしようとし、ふと思い出したように振り返る。


「アーヴィン、その薔薇で絞めてる方の食虫植物はきちんと始末しておいて。それで、その死体はこっちで引き取るから。そこの氷漬けのもよ」


 そう言い足すと、今度こそ立ち去った。


「ああ、ひどい。押し花にするつもりだったのに」


 サーシャリオンが心底残念そうに肩を下げる。修太はその腕をポンと叩いた。


「バサンドラってやつが大型化してるだけみてえなんだから、お前の知らない花じゃないってことだし、もういいじゃねえか」

「分からぬか。ロマンというやつだ」

「わりい、それは分からん」


 ジェマ=cm みたいな感じ。

 長さの単位は出したことないですね、そういえば。修太と啓介視点なら出す必要が無かったともいえますが。

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