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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
158/340

 7

 ※残酷描写、注意。




「ああ、やっと終わった……」


 掃除が終わり、全員で帰路に着く中、修太は疲労でうなだれ気味に歩いていた。


「人数があるからまだ楽だった。ありがとう、皆」


 フランジェスカがしかつめらしく礼を言うのに、それぞれ右手を軽く上げることで返事の代わりにする。

 ここで元気なのは、修太の足元を歩くコウと、サーシャリオンとトリトラくらいで、人間達はげっそり疲れ果てている。そんな状況の中で、ピアスが提案する。


「フランさん、悪いこと言わないわ。掃除夫を雇うべきよ」


「それが出来たら良いんだが、無理なのだ。父さんは、客ならともかく、見知らぬ他人を家に出入りさせるのを嫌うから。というのも、鍛冶屋を始めたての頃に、雇った手伝いに店の金を盗まれて散々な目に遭ったそうなんだ」


「それは確かに無理だな」


 修太は納得して頷いた。他人をなかなか信用出来なくなる事件だろう。


「その時は、ディーおじさん……、ケイ殿達は会っただろう? あのドワーフと父はその頃にはすでに仲の良い友人同士だったそうでな、周りが誰も手を貸してくれずに頭を抱えていた時に、同情したディーおじさんが金を貸してくれて、それで乗り切れたらしい。だから父さんはディーおじさんのことは完全に信頼しているよ」



「そうなんですか」

「それだけの信頼感がなきゃ、土地の権利書をぽいとあげられないわよね」


 啓介やピアスはふんふんと頷く。


「掃除夫を雇えないなら雇えないで、片付けるように指導しなよ。あれは酷すぎる」


 巻き込まれて掃除する羽目になったトリトラは、しっかりと釘を刺した。


「指導したことくらいあるに決まっているだろう。徒労に終わっただけだったがな」

「……うわあ。駄目人間だ」

「だから最初に言っただろうが、駄目親父だと」


 うめく修太に、フランジェスカはきっぱりと言った。皆、「ああ……」と、ただの言葉の綾ではないことに諦めの混じった笑みを浮かべた。それならもうどうしようもない。


「ま、まあ、でもさ。ラゴニスさん、仕事がだんだん波に乗り始めたみたいで良かったよな」


 啓介が苦笑交じりに話を纏めにかかる。


「ああ。開店してしばらくは客の入りが少なくて、ダンジョンに潜って日銭を得ていたらしいが、徐々に冒険者の間で店のことが広まりだしているようだから、あと半年もすれば軌道に乗るだろう。知り合いのおらぬ地での客の新規開拓は難しいからな」


 フランジェスカは昔のことを思い出しながらそう返す。

 母がモンスターに食い殺され、フランジェスカが重症を負う事件の後、王都に引っ越したが、店を軌道に乗せるまでは苦労したのをよく覚えている。だが、鍋などの調理具の修理がメインになりやすい王都と違い、ここはダンジョン都市だから武器の需要はあるので、まだ営業しやすそうだ。

 そんな風に会話をしながら、宿〈円月亭〉に向け、ビルクモーレの入り口側へと通りを歩いていると、後方からざわめきのようなものが風に乗って聞こえてきた。


「……? 何だか騒がしいな」


 何となく空気に違和を嗅ぎ取り、フランジェスカは足を止めて振り返る。


「グルルルル」


 その足元では、コウが歯をむき出しにしてうなり始め、足を突っ張って警戒を露わにする。その様子を見て、修太も緊張を覚えた。水底森林地帯で鮫が出没した時の状況を思い出したせいだ。


 目をこらすと、向こう――町の奥にあるダンジョンの方から、人々が走って逃げてくるのが見えた。脇目も振らずに走ってくるので、その前方にいる人達もつられたように走り出す。修太達はその人波に押し流される前に、すぐに側の路地裏の道へ避難した。


 軽い混乱が起きていて、転んだ者が踏まれそうになり、それを道端にいた者が慌てて救出して避難させたりしている。


「何だ、いったい」


 修太は無意味に辺りを見回すが、それで何が起きているかは分からない。見えるのは走り去る人々の壁だけだ。ピアスも不安そうにしながら、通りの様子を伺おうと背伸びしている。


「悲鳴が聞こえるわ。何が起きてるの?」

「分からないけど、火事っていうわけじゃなさそうだね」


 啓介がそう呟いたところで、サーシャリオンが朱色の極彩色の上衣を揺らし、すっと修太達の前に出た。褐色の肌をした綺麗な顔の鼻に皺を寄せ、きつい表情をしている。


「下がっておれ。嫌な感じだ。風に乗って血のにおいがする」

「それって、怪我人がいるってこと?」


 身を乗り出す啓介に、長剣をすらりと抜いたフランジェスカが短く返す。


「それだけで済んでいればいいがな」

「ダンジョンに変な化け物が出たかと思えば、今度はいったい何なんだか」


 同じく左手にサーベルを構えたトリトラが煩わしげにぼやく。


「――ふむ。どうやら、その化け物の登場といったところかの」


 逃げる人々が立ち去った通りを見て、サーシャリオンはそう言った。皆が「えっ」と目を瞠る中、気楽な足取りで通りの真ん中へと出て行く。


(化け物って……、ダンジョンに出たっていう巨大な食虫植物?)


 そっと路地裏から通りを見た修太は、まだ遠くにいるそれに身を強張らせた。

 赤い花弁には黒い斑点があり、花粉のあるべき場所にあいた空洞の淵に、三角の歯がびっしりと生えている。そんな花は茎と、根なのか葉なのか分からない蔦の群れに支えられ、それはうねうねと動きながら移動している。

 ――そして、その蔦の先には、逃げ遅れたらしき人間の死体が絡み取られていた。まるで人形のような死体は、そのまま花頭に持ち上げられ、空洞に放り込まれて消えて行った。


「やばいよ、あれ……。モンスターなのか?」


 修太の声はかすれてささやくようなものにしかならなかったが、すぐ傍らから返事があった。


「それは分からないけど、やばいのは分かる。でも、何で? あいつ、ダンジョンに出たんだから、疑似生命体のモンスターじゃなかったの?」


 トリトラはそう言って、不可解だと眉を寄せる。


「こやつはモンスターではないな……」


 サーシャリオンはぼそりと言い、他の面子が再び「えっ」と声を漏らしているのを尻目に、フランジェスカに指示を出す。


「フランジェスカ、少々派手に暴れるから、余波が来ぬようにそちらでガードしろ。もちろん、他にもあれがいるやも知れぬから注意せよ。ただし、今は移動するな。背を向けると危ない」

「分かった」


 フランジェスカはすぐに魔法を使い、修太達の周囲に水の盾を巡らせる。


「では、あの悪趣味な植物を撃退してくるとするか」

「気を付けろよ、サーシャ!」


 叫ぶ啓介に、サーシャリオンは右手をひらりとさせ、いまだ遠い食虫植物へと走り出した。


      *


 食虫植物へと距離を詰めると、獲物を探して長い蔦の塊をうごめかせていた食虫植物は、サーシャリオンへと狙いを変えたようだった。花の頭の傾きが、サーシャリオンを見るようなものになる。

 そして、蔦の一本が、弾くようにしてサーシャリオンの方へ飛んできた。

 その鋭い攻撃を、横へ一歩移動することでかわしたサーシャリオンは、右手で蔦を掴まえた。


「ほう。これが、先がナイフになっておるという蔦か。根のような作りだな」


 のんきにしげしげと観察し、腰に装備している双剣のうちの一本を抜き、蔦を切り落とした。参考用に取っておこうと思ったのだ。

 もしこの化け物がモンスターだった場合、切り落とすことでその破片は黒い霧へと姿を消すのだが、そうはならなかった。


「やはり、か。こやつ、何がどうしてこうなったか知らぬが、植物だな」


 とはいえ、長生きしている分、動植物への知識も深いサーシャリオンでもこんな植物は知らなかった。そのことが気に食わない。


「捕まえて、巨大な押し花にでもしてやるか」


 にやりと笑い、握ったままの蔦を、膂力(りょりょく)に物を言わせて手前に引く。

 思いも寄らない勢いだったのか、食虫植物の体勢が崩れ、前につんのめった。その花の下辺りを、跳躍したサーシャリオンは蹴り飛ばす。

 前に傾いていた食虫植物は、今度は後ろへ吹っ飛び、路面へと突っ込んで土煙を上げる。


「おお、飛んだ飛んだ。なんだ、軽いではないか」


 神竜という創造主オルファーレンの側近の立場であるサーシャリオンからしてみれば、大した重さではない。本来の竜の姿で対峙していたら、踏み潰して終わりだっただろう。ダークエルフの青年姿を取っているから、一撃では片付かないだけだ。

 地面に潰れるようにして、その蔦を垂らしている食虫植物を、サーシャリオンはのんびりと眺める。

 食虫植物は動かない。

 もうこれで終わりなのかとつまらなく思えた時、足元の地面がぼこりと盛り上がった。


「おや」


 地を潜ってきたらしき蔦が三本、突如として姿を現し、その蔦でサーシャリオンの体を絡めとった。

 ぎりぎりと締め付けてくる蔦は、確かに人間だったら骨が折れているような強さだったが、やはりサーシャリオンには効かない。

 ただつまらなく思って、ふぅと息を吐いた。

 すぅと冷気が辺りに漂う。そして、サーシャリオンを縛る蔦に、パキパキと音を立てて氷が張っていく。


「―― つまらぬな」


 短く呟き、サーシャリオンは身に力を入れた。

 バキンと凍った蔦が割れ散り、自由になる。

 蔦はあっという間に氷に浸食され、そのまま本体へと向かう。そして、瞬く間に食虫植物の氷像が出来た。


「はあ、涼しくて生き返る。やはり氷雪地帯の方が良い」


 〈青〉の魔法で周囲の温度を下げたサーシャリオンは、これ幸いと癒される。暑い所は苦手だ。


「しかし、ちと遊びすぎたな……」


 ふと視界を転じると、周囲の地面も巻き添えで凍りつかせてしまっているのに気付いた。


「まあいいか、涼しいからの」


 一人納得したところで、路地裏にいた修太から鋭い突っ込みがきた。


「良くねえよ! 寒いだろうが!」

「はっはっは、元気だな、シューター。もう片付けたから出てきて構わぬぞ?」


 サーシャリオンは仲間達に手招きをする。

 それを見て、どこか呆れ顔の彼らは通りの方に出てきた。


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