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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
157/340

 6



 そして翌日。

 修太達はラゴニスの鍛冶屋に向かい、通りを歩いていた。グレイを除いた面子だ。


「何故、我も巻き込むのだ。宿で昼寝しているから、そなたらだけで行けばよかろう」

「お前だけでも巻き込まなきゃ、やってられっか」


「何て横暴な奴だ。我よりグレイの方が余程適任だろうが、あ奴を巻き込め!」

「んなことグレイに言えるかよ! 怖いだろうが!」


 修太とサーシャリオンは口々に言い合いながら、啓介達の後に続いている。

 それにピアスが苦笑いを零す。


「ええ、確かにグレイは怖いから、掃除を手伝ってなんて頼めないわよね」

「恐らく、生活力は我らの中で一番上だがな……。身内の恥を彼にさらすのは、だいぶ居たたまれぬしな……」


 フランジェスカもまた、神妙な顔で呟きを零す。その隣で、啓介が深く同意を示す。


「あんなきちっとしてる人に、片付けてない部屋なんて見せたくないよな。よく分かる」



「それ以前に怖いだろ? 何ふざけたこと言ってんだって、怒ってハルバート持ち出したらどうすんだよ。俺なんか一瞬で細切れじゃねえか」


 修太がわなわなと恐れを滲ませて断言するのに、ピアスが生ぬるい目をする。


「大丈夫よ、シューター君。グレイはあなたには刃物を持ち出したりしないわよ。私達は怪しいけど」

「うん、頑張ってフランさんまでじゃないかな。安全圏」


 啓介の言葉に、フランジェスカは怪訝な顔をする。


「は? 私もか?」

「うん。グレイ、腕のある武人には割と尊重した態度取るから」

「分かるわ。流石は戦士であることが誇りな黒狼族って感じよね。その辺は徹底してるもの」


 ピアスと啓介はそう評する。フランジェスカは少し興味を覚えたように、ちらっとサーシャリオンを見た。


「ではサーシャはどうなのだ?」

「さあ。適当な扱いなのは分かるけど」

「面倒くさそうにはしてるよな」

「そなたらもだいぶ適当だと思うのだがな……」


 サーシャリオンがぼそりと言うが、二人とも聞いていない。


「でもさ、ピアス。例えシュウが頼んでグレイが来たとしてだよ? グレイが掃除してるイメージが湧かないんだけど。洗濯なんてもっとさ」

「いや、グレイ、その辺は普通にしてるぞ? 自分のスペースの周りはたまに掃除してるし、洗濯場に行けば普通に洗濯してることあるし……」


 それに繕い物も上手いし、料理は動物の解体からしていた。その辺の主婦も顔負けだと思う。トリトラやシークもそうだったから、黒狼族の標準装備なんだろう。

 修太は〈氷雪の樹海〉での出来事を思い出しながら、ピアスと啓介に向けて言う。するとピアスはぎょっと身をのけぞらせた。


「ええっそんなレアなとこ見たの? やるわね、シューター君」

「だって俺、お前らがダンジョンに行ってる間、留守番してたから……そりゃあな?」


 むしろ見ない方がおかしいんじゃないだろうか。


(アイドルはトイレに行かないっていうレベルでおかしいだろ……)


 生活しているのだから、その辺りは人間も黒狼族も変わらないと思う。


「言っとくけど、すげえ手際良いぞ、グレイ。俺なんて、何でそんなに手間がかかってるのかって不思議そうに訊かれた」

「……あー」

「お前やケイ殿は、確かに手際が悪いからな。掃除はともかく、洗濯は」


 ピアスとフランジェスカがそれは仕方ないという顔をしたのが、だいぶ納得がいかないが、二人から見ても手間をかけすぎらしい。知りたくなかった事実だ。


「何々、師匠の話? 僕も混ぜてよ!」


 急にトリトラの声がして、皆、きょろきょろと周りを見た。だがそれらしき影がないので、首をひねる。


「上だよ、上!」


 声の方を見ると、商店の横の壁に積み重ねられた木箱の上に、トリトラが座っていた。


「何してんの、お前」

「気晴らし。上から通り過ぎる人達を眺めてたら、向かいの家の二階でさ、カップルが喧嘩おっぱじめたからつい観察しちゃったよ。彼女の右ストレート勝ちだった。惚れ惚れするよね」

「覗き見かよ。趣味悪いからやめとけ」

「いや、あれは見るでしょ」


 真面目に返された。

 通りで起きた喧嘩だったら見るかもしれないが、家の中のことは流石に見ないと思う。


「気晴らしって、あなた、まだ怒ってるの?」


 ひらりと地面に飛び降りるトリトラに、ピアスが若干の呆れをこめて問う。


「いや、いかに怒らずにシークと“話し合い”出来るかについて考えてたんだよ。無理そうな気がして困ってる。たぶん、次は投げ飛ばすかな」

「それならトリトラ、あいつ、大人しくしてたら二日後に退院らしいから、それまで顔を出すのはやめとけ。元気になった後なら、幾らでも投げ飛ばしていいぞ」


 トリトラの表情が輝く。


「ほんと? それならそうしようかな。あいつ、女々しく悩んでて腹立つんだよね。いつまでもぐずぐず悩んでる暇があったら、改善する努力しろって思うよ。時間の無駄」


 男らしいが、すっぱりと切り捨てる言い様はきついものがある。


「思うんだけど、僕ら一緒に組まない方がいいんじゃないかなって。シークは馬鹿だから不安だけど、一人で行動した方が、少しは考えて賢くなるんじゃないかな」


「うーん。初っ端から騙されて借金地獄か、奴隷になってそうだからその暇もないんじゃないか?」


「あはは、言うね、シューター。大丈夫だよ、シーク、金銭感覚はまともだし、その辺はしっかりしてるから。奴隷は……うん、まあ、なってそうだね」


 そこは否定しないのかよ。


「それで、師匠がどうしたの?」


 トリトラの問いに、修太は答える。


「グレイが家事が上手って話だよ」


 途端にトリトラはつまらなそうな顔になった。


「なんだ、そんなこと。武勇談でもしてるのかと思った。家事に上手も下手もないでしょ。あるのは手際が良いか悪いかだよ。あんなの、慣れでしょ? 毎回するように習慣付けておけばいいだけの話」


 あっさり返すトリトラを見て、ふと修太は名案を思い付いた。


「トリトラ、暇なんだったら、この後、ラゴニスさんの鍛冶屋に行くから一緒に来いよ」

「ラグのおじさんのとこ? 別に構わないけど」


 よし、引っかかった。

 修太は口元をにんまりさせる。


「ちょっと、何。どうしてそこで憐みの目で見るわけ?」


 他の面子の目にたじろぐトリトラ。


「行けば分かる」

「ふぅん?」


 修太の断言に、トリトラは僅かに首を傾げた。



       *



「ちょっと、そういうこと!? 手伝いが欲しいなら、最初にそう言えばいいじゃないか」


 雑巾片手に抗議するトリトラに、修太はしれっと返す。


「最初に言ったら来ないだろ?」

「当たり前だろ。何でそんなに親しくもない人間の家なんて掃除しなきゃいけないんだよ」

「手伝ったら、武器調整代をまけてくれるらしい」

「ふぅん、それならまあいっか」


 意外に現金だったトリトラは、あっさり掃除の手伝いを受け入れた。ピアスが箒で掃いた所を、てきぱきと拭き始める。


「こら、坊主。勝手に話を進めるな」


 さっきまでフランジェスカに叱られて、渋々髭を剃って着替えてきたラゴニスが苦情を言うが、それは娘であるフランジェスカに一蹴された。


「それなら、ここまで汚くする前に自分でどうにかしろ。戻るたびに大掃除とは、何の罰ゲームだ。手伝ってもらえるだけありがたいと思え、このクソ親父」

「お前、親に向かってクソなんて言うんじゃねえよ!」


 セディン父娘の間でにらみ合いが発生したが、割とすぐにラゴニスの方が負けた。


「わーったよ、くそー。まけてやりゃいいんだろー、まけてやりゃあ」

「そういう言い方してると、本当に酒場の不良みたいね、おじさん」

「ピアス嬢ちゃん、そんな笑顔で酷いこと言うな」


 ラゴニスはげんなりして肩を落とす。


「父さん、そこに突っ立っていると邪魔だ。こっちを洗ってこい」


 フランジェスカに洗濯物の入った籠を押し付けられ、ラゴニスはすごすごと裏庭の方に去っていった。


「全く、セーセレティーの方が湿度があるから、パスリルにいた時より酷いことになっている。洗濯ものにカビが生えているなど衝撃だ」

「いやあね、フランさんたら。床の端にキノコが生えてたことの方が衝撃よ。何を育ててるのかしら、おじさん」


 ピアスが顔をしかめて言うのに、トリトラも呆れ混じりに言い足す。


「何をどうしたらここまで酷くなるのかの方が理解出来ないよ。雑巾で拭くより、お湯をかけてブラシでこすった方が良いんじゃない?」


 石造りの家だから出来る提案だ。確かにその方が早そうである。


「この暑い中でお湯か! 我は撤退するぞ!」

「待て、サーシャ。逃がすか!」


 今にも逃げ出しそうなサーシャリオンを引っ掴まえる修太。それを見た啓介が笑い転げる。

 そんな風に皆でわいわいと騒ぎながら、ラゴニスが築いた汚部屋を、午後いっぱい使って片付けた。


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