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「それで、待ってる間、どうする? しばらく近場で断片探しするか?」
部屋に集まった全員をぐるりと見回して、修太は問うた。
三ヶ月程度銅の森に住むエルフ達の到着を待つことになったので、その期間をどうしようかと全員で話し合うことになったのだ。修太達のいる男部屋に、フランジェスカとピアスが椅子を持って集まっている形で、皆、テーブルを囲んで座っているのだが、修太が見たところ、どの顔も難しげにしかめられている。
前回のビルクモーレ滞在は、ダンジョンの最深部にある開かずの扉という断片に行き着くのが目標だったが、今回はそうではない。
「情報収集くらいはしておきたいけど、正直、この街の外に探しに行って戻ってくるのに三ヶ月で済むかってところだよね。俺達に今ある断片の情報は、黄石の魔女くらいだから、こっちの方が重要だもんなあ……」
頭をかきながら、啓介は天井を仰いだ。
そんな啓介を一瞥し、グレイが不思議そうに口を挟んだ。
「その宝石姉妹とやらは、五人姉妹なのだろう? あと一人はどうしたんだ?」
「言われてみればそうだな。ガーネット、ちょっと出て来い」
テーブルに片頬を付いたサーシャリオンが、啓介が首から下げている封印の豆本に声をかけると、空気から染み出すようにして、柘榴石の魔女――ガーネットが姿を現した。
今日は眠くなさそうなガーネットが、赤色の目をやんわり緩めて挨拶をする。
「御機嫌よう、皆さま。まあ、お揃いでどうされましたの? お茶会かしら。それなら是非、わたくしも混ぜて頂きたいわ」
ふわーっと微笑み、きょろりと室内を見回すガーネット。そして残念そうな顔をした。
「まあ、お茶もお菓子もありませんのね」
それを目にしたピアスはしゅたっと席を立った。
「私、下で果物パイを買ってくる! シューター君、お茶よろしく!」
「え? 俺かよ!」
修太は思わず反論するが、ピアスはすでに扉から外に出た後だった。行動が早すぎる。唖然としていると、フランジェスカがどこか面倒そうに立った。
「仕方ないな。私達も一緒に茶にするか。私が用意してやるから、シューター、貴様は手伝え」
「なあ、何でお前ら俺に命令するわけ?」
納得いかずにぶつぶつと文句を言いながらも、修太も席を立つ。客に茶を出すのは当然だという意識の方が先にあったので、宿のおかみさんにお湯を貰いにポットを携えて階下に向かうフランジェスカを睨みながら、人数分のカップを揃え始める。各部屋に置いてあるカップと旅の間に使うカップを合わせれば足りそうだ。
その準備の横で、啓介がにっこり笑ってガーネットに椅子を明け渡す。
「ガーネットさん、こっちどうぞ。俺、あっちに座るから」
「まあ、ありがとうございます」
おっとりと微笑んだガーネットは遠慮なく椅子に座り、啓介は近場のベッドに腰かけた。
やがて茶菓子のセッティングが済むと、ガーネットは香りを楽しむようにして茶を味わい、お菓子を食べ、幸せそうに微笑む。
そんな風に笑うくらいには、マロネの実のパイはおいしい。甘くつるっとした舌触りの赤い実が、さっくりしたパイ生地に包まれていて、食べると口の中に甘味が広がるのだ。癖がないから食べやすい。
「お前達、この魔女に話をしなくていいのか?」
グレイの怪訝そうな問いに、すっかりガーネットのペースにのまれて茶を楽しむ姿勢になっていた他の面子は、はたと我に返る。
(うお! 今、完全に忘れてたぞ)
目の前の仕事に集中していたのもあって、何の話をしていたかを忘れていた修太は驚いた。が、グレイ以外は皆そうだったらしく、そういえばそうだったなという顔で目を瞬いている。
「そうでしたわねえ。何の御用でしょう?」
のんびりと問い、小首を傾げるガーネット。
「宝石姉妹の残る一人について教えて貰おうと思うてな」
あっという間にパイをたいらげたサーシャリオンは、口元を布で拭いながら言う。しかしその視線はお茶に向いており、それを飲もうと考えているのが丸分かりだった。
ガーネットは首をひねり、指折り数えだす。
「残る一人ですか? 私、エメちゃん、トルファちゃん、フローちゃん……。あ、サフィちゃんのことですの?」
「サフィ? そういう名前なの?」
啓介の問いに、ガーネットはこくりと頷いた。
「青石の魔女のサフィですわ。そういえば、あの子、今はどこにいるのかしら?」
何やらじっと黙り込んだガーネットだったが、しばらくして首を振った。
「ごめんなさい。サフィちゃんの波長が感じ取れませんわ。四女とはいえ、フローちゃん程力は弱くありませんから、生きてはいるはずなんですけど……」
ガーネットは頬に手を当てて、困ったという顔をする。
「サフィちゃん、自由な性格をしていますから、同じ所に十年もいた試しがありませんの。自由で、飽きっぽくて、変わった子なんです」
「へえ……」
修太は半笑いを浮かべる。他の姉妹も充分変わっていると思う。
「楽しそうな人だね」
だが、啓介はお得意の不思議解釈をして、楽しそうに言った。
(お前の頭の方が楽しそうに思えるんだがな)
その言葉には全く同意出来ない。
「ですが、ここまで波長を拾えないとなると、きっととても高い所か、とても深い所にいると思うんです。ドワーフ達の国なんてどうかしら。とても深いですし」
ガーネットはそう答えると、皿の上のパイをフォークで小さく切り分け、口に放りこんでうふふと幸せそうに微笑んだ。おいしそうに食べるのを、パイを用意したピアスは誇らしげに見つめてぼんやりしている。太古の魔女が、冒険者がいつか到達したい憧れの存在とはいえ、そのうち親衛隊になりたいと言い出しそうでちょっと怖い。
「ドワーフの国なんてものがあるのですか? 初めて聞きました」
考えてみたフランジェスカだったが、やはり思い出せずに首を振る。
「グレイ殿やサーシャはどうだ?」
「聞いたことはないな」
「我もだ。地の妖精からは聞いた覚えがないが……。いや、そもそも我のダンジョンから出て行く者は滅多とおらぬし、外から来る者もおらぬから、知らぬのが当然か。そんな所があるのか? 我の住処とどっちが深いだろう?」
興味を覚えたらしきサーシャリオンは、光の加減で青や緑や銀に変わる不思議な目をキラキラさせた。
「お前の住むあそこより深い所は、そうないと思うがな。三十近くは階段を下りた覚えがある」
「フランさんの言う通りだよ。だいたい三十階建てくらいの塔だったんじゃないの? あそこ」
啓介の問いに、サーシャリオンははてと斜め上を見る。
「そうだったか? 我は大抵一番底にいるから、階数を気にしたことはない。あそこを作ったのは地の精霊達であるし、我が出入りする時は転移ポートを使うからな。そなたらも使ったであろう?」
「階段、意味ねえじゃん」
修太の突っ込みに、啓介が答える。
「いや、意味はあるだろ。ダンジョンのボスなんだから、サーシャが一番奥にいるのは自然だよ。魔王退治にやって来る勇者がいないから無意味ってだけでさ」
「そういやこいつ、立場的には魔王だったな。ぐうたらな竜って印象しかねえよ。詐欺だよな」
「相変わらず、ずばずばと物を言う奴だな」
サーシャリオンは呆れたように修太を見たが、怒る様子はなく、眠たげに欠伸をしながらガーネットを一瞥する。
「して、そのドワーフの国とやらはどこにあるのだ?」
「さあ」
ガーネットはこてんと首を傾げた。
「ご存知ではないのですか? ガーネット様」
フランジェスカが丁寧に問うのに、ガーネットはおっとりと頷く。
「そんな場所があると聞いているだけですわ。ドワーフは各所に点在し、人間と共に暮らしていますが、故郷はそこであると、昔、風の噂に聞きましたの。地下深き所にて、鉱物の採掘をしながら暮らしているとか、各所にドワーフが使う横穴が張り巡らされており、実は地下で全て繋がっているとか。どこからが真実で嘘なのか、確かめたことはありませんけれど」
「ドワーフ、か……。言われてみればそうだな。夫婦で生活している者は見かけるが、一度もドワーフの子どもを見たことがない」
その事実に気付いたフランジェスカは、今まで気付きもしなかった己の無関心さに驚いた。ドワーフはいかつい小人という印象しかなかったせいだ。彼らの鍛冶の技にこそ称嘆しても、家族構成を気にしたことはない。
「だけど、待てよ。その話を聞いてると、エレイスガイアのどこにその国があってもおかしくないって思えるんだけど」
「ええ、ですから、もしサフィちゃんの気配を捉えたら、教えに出てきますわね」
そう告げるガーネットに、啓介が挙手して質問する。
「あの、ガーネットさん。前々から不思議だったんですけど、どうして他の姉妹の波長というのが分かるんですか? それに、呪いをかけた本人にしか呪いは解けないって聞いたのに、フランさんの呪いを祝福に書き変えていましたけど」
「私達宝石姉妹は、五人揃って一つの断片になるのです。一つのオルファーレン様の断片が、五つに分裂して人格を持っているというべきでしょうか。ですから、互いに干渉しあうことが出来るのです。長女であるわたくしは一番力が強いので、妹の魔法にも強く干渉出来ますから、書き変える程度ならば出来たのですわ」
呪いをかけた本人にしか呪いを解くことは出来ないが、宝石姉妹は全員で一つの存在だから、その本人に該当するということか。
(ああ、それもあって、同じ顔をしてるわけか……)
性格や髪色や目の色、雰囲気も全て違うので別人に見えるが、顔は同じなのは、同じベースだからなんだろう。
修太は深く納得し、うんうんと一人頷いた。
「これでお話は終わりでしょうか? そろそろお暇しても?」
「はい。お話ありがとうございました」
「どういたしまして。頑張って下さいね。お茶をご馳走様でした」
啓介が礼を言うと、ガーネットは最後にもう一度、ふんわりと微笑んだ。そして、その場から姿を消した。
そこにいるだけで雰囲気を優しくして去っていった魔女のいた場所を、修太達はなんとなく眺める。余韻のようなものが、部屋に残っている。
ガーネットに会えて機嫌の良いピアスが、ふいにパンと手を叩いた。
「サフィ様のことは探しながら考えるとして……。ねえ、つまりは、断片探しって変な噂を探せばいいってことよね?」
「まあそうなるな」
「ピアス、何か心当たりがあるの?」
頷く修太と、問い返す啓介。そんな二人に、ピアスはまさかと首を振る。
「心当たりがあるんなら、すでに話題に出してるわよ。そうじゃなくて、それなら、私の故郷のアリッジャに来ないかなって思って。おばばが何か知ってるかもしれないわ。おばば、顔役の一人だし、色んな人と知り合いだから。もし知らなくても、知ってそうな人を紹介してくれるかも」
「それは良い考えだな。地図だとどの辺りになるのだ? ピアス殿」
フランジェスカが茶器を倒さないようにテーブルに地図を広げ、ピアスに問う。ピアスは地図を眺め、指で示す。
「えーと、一般言語は読めないんだけど、たぶんこれかな? どう?」
「それで間違いない。ビルクモーレからだと南西か。この距離だと、徒歩でゆっくり進んで一週間程度だな」
フランジェスカは顎に手を当て、考えこむ。
「もし見つけられなかったとしても、話を聞いて帰ってくるだけなら余裕だな。他に提案のある者はいるか?」
全員を見回すフランジェスカに、皆、首を振った。それでフランジェスカは結論を出した。
「では、ピアス殿の提案で行動するか。構わないか、ケイ殿」
「え? いいですけど。あの、毎回俺に訊かなくてもいいんですよ?」
微苦笑を浮かべる啓介。
「何を言っている。皆、ケイ殿がリーダーだと思っている。なあ?」
フランジェスカの問いに、全員が大きく頷いた。コウまで足元で頷いている。そのことに啓介は頬を引きつらせ、がくりと肩を落とす。
「もういいです……それで……」
抵抗出来ないと悟ったらしく、ようやく啓介はリーダーであるという運命を受け入れたようだ。
そして、気を取り直して顔を上げる。
「じゃあ、待ってる間はアリッジャに行くってことで。出発はビルクモーレで一週間くらい休息してからにしよう。それで明日はラゴニスさんの鍛冶屋に行くから、シュウは逃げないように!」
「一言余計だ!」
この野郎、忘れてなかったのか。
このままばっくれるつもりだった修太は溜息を吐いた。