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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
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 4




「おや、小さなお仲間さんに、麗しい黒狼族のお方ではないか。久しぶりだね。確か町を出たと聞いていたんだけど」


 はしばみ色の目を緩め、銀糸で花の意匠が刺繍された法衣(ほうい)に似た薄水色の上衣の袖を揺らして、大袈裟に一礼したアーヴィンは首を傾げた。動作は優雅だったが、腰まである長い金髪を三つ編みにした髪はところどころ乱れている上、葉っぱが引っ付いているし、上衣の(すそ)を低木の枝に引っ掛けたらしく、ぐいぐいと引っ張って外そうとしているので、どこか間抜けだった。


「出たけど、あんたを探しに戻ってきた。ちょっと用事を頼まれてさ。――ところで、何してんだ? 迷子?」


 つい訊いてしまった修太は悪くないと思う。


「いや、迷ってなんていないよ。僕の前で道が途絶えてしまったんだ。僕があまりに美しいから、恥らっているんだろうね。罪な存在だな、僕は」


 アーヴィンはふうと憂鬱そうな溜息を吐いた。


(やっぱムカつくわ、こいつ)


 イラッときた修太は、眉を寄せる。余計なことを訊くんじゃなかった。


「どこを目指してたんだ?」

「〈円月亭(えんげつてい)〉だよ」

「…………」


 それでどうしてこんな所にいるんだ、お前。


 よく利用している宿の位置を思い浮かべ、修太は頭痛を覚えた。アーヴィンのひどい方向音痴ぶりは健在なようだ。修太は少し考え、いかにも今思いついたという口調で言う。


「そうなんだ? 俺らも戻るとこだったから、一緒に行こうぜ。あんたに用があるからちょうどいい」

「ええ、構わないよ。では戻ったら食堂でお茶にしよう。そしてそこで話を聞くことにするよ」

「ああ、うん。その方がいいや。啓介達も同席したいだろうから」


 茶を飲みながらの話というのは修太としても魅力的な話だし、何より啓介がいた方がこちらもイライラを我慢しないで済む。


「ああ、銀星(ぎんぼし)(きみ)もおいでなのか。それは楽しみだな」


 ようやく低木から脱したアーヴィンは、嬉しそうに微笑みながら、早速違う方向へ歩き出した。


「――おい、どこ行くんだ。こっちだ」

「ああ、申し訳ない。美しい花が咲いていたので、つい目を奪われてしまった」


 アーヴィンはそう言い訳した。修太は早速疲労を覚え、無言で溜息を吐く。そして、やけに静かだなと思い横に立つグレイを見上げると、グレイはアーヴィンから視線を外した地点を睨みつけていた。


「……何だ」

「いや、何でもない。お互い頑張ろうぜ」

「……そうだな」


 何となく、グレイもアーヴィンにイライラしているんだろうなと感じた修太は生ぬるく笑い、正確に意味を掴んだグレイも、賛同するように返した。

 そして、時折あらぬ方向に進みそうになるアーヴィンを誘導しながら、修太達は宿への道を戻った。



     *



「ちょっと、シューター君! 何を連れて帰ってきてるのよ」



「そうだ。こっちは疲れているのだぞ」


 アーヴィンを見つけてきたと報告したら、部屋ですっかりくつろいでいたピアスとフランジェスカに詰め寄られた。どちらも目が据わっている。

 修太は思わず前に手を突き出して落ち着くように言いながら反論する。


「いや、気持ちは分かるけどよ。見つけちまったもんは仕方ねえだろ? ギルドの中庭を彷徨ってたんだよ。後でしらみつぶしに探すより楽だろうが」

「あはは、相変わらずだなあ、アーヴィンさん」


 啓介は能天気に笑う。


「笑い事じゃないわよ、ケイ。疲れてる時に更に疲れるなんてごめんだわ。ってわけだから、シューター君。後、よろしく」

「連れてきた本人が面倒を見ろ」


 ぴっと右手を挙げ、ピアスとフランジェスカは女子部屋の方に帰っていった。


(拾ってきた犬猫扱いかよ)


 元の場所に戻してこいと言われなかっただけマシか。


「よし、啓介。行くぞ。あの野郎はお前なら相手が出来るはずだ」

「いや、まあ。シュウよりはマシだろうけどさ、俺もそんなに得意じゃないよ?」

「少なくとも、我よりはずっとマシだ。我はここで寝ておるから、行ってくるが良い」


 サーシャリオンまで放り投げた。ダークエルフ姿でいることが多いせいで、ダークエルフ嫌いなアーヴィンに散々睨まれたからといえ、どれだけ面倒臭いんだ。


「グレイは……」


 修太が振り返ると、すでに外に出ようとしていたグレイはあっさり返す。


「俺は煙草を買いに行って来る。宿から一人で出るんじゃないぞ」


 閉まった扉を見て、修太はうめく。


「そこまで嫌か」

「まあ、アーヴィンさんだもんねえ」


 困ったように笑う啓介。


 何だ、その「アーヴィンさんだもんね」って。どんな免罪符扱いだ。


 だが、言いたいことは何となく分かる。場の空気が白けたとしても、あいつだから仕方ないよなという一言で終わってしまう奴が、少なからず身近に一人はいるものだ。それがアーヴィンだっただけのことである。


「俺も相手したくねえんだけど」

「んん? 連れてきたんだから、責任持つよな? もちろん」


 にっこりと笑った啓介が怖い。


「お前も犬猫扱いか……」


 修太とて関わりたくなかったが、黄石の魔女との約束の為には関わらざるを得ない。オルファーレンの断片を回収する為だと自分に言い聞かせ、でもやっぱり嫌だなあと憂鬱になりながら、コウを連れて啓介と共に一階へと下りた。


     *


 結局、なかなか食堂にやって来ないアーヴィンを、宿中を探し回る羽目になった。そして、アーヴィンを見つけたのは裏庭だった。


(何で食堂に来ようとして、裏庭に行く必要があるんだ? 外に出る必要がまずねえだろ)


 疲れる。

 修太は胸中で溜息を吐き、やっと食堂で腰を落ち着けた。


(ああ、ポポ茶うめぇ……)


 茶のおいしさを噛みしめるように飲む。その前の席では、部屋に戻った時に髪の乱れや付いていた葉っぱを取り除いたらしきアーヴィンが、綺麗な格好で茶を傾けている。アーヴィンが手にしていると、ありふれた焼き物のカップが高級品のように見えてくるからすごい。


 あの勇者の男アレンもそうだったが、美形ってずるいと思う。

 修太はちらりと啓介を見て、やはり腹立たしく思えた。そもそもこの場に一緒にいたくない。絶対に比較される。


「それで、お話というのは何かな?」


 焼き物のカップをテーブルに置き、アーヴィンはにこやかに訊いた。話していると無性に腹立たしくなる男だが、このとっつきやすさは長所だろう。

 修太は話を促すよう、啓介の脇を右肘でつつく。啓介は片眉を跳ね上げたものの、苦笑しつつ話を切り出した。


「アーヴィンさん、黄石の魔女(トパーズ・ウィッチ)のトルファさんって知ってますか? 水底(みなそこ)森林地帯で会いまして……」


「トルファ様のことをご存知なのかい? ああ、よく知ってるよ。かれこれ四百年くらい前からの知人だね。彼女の家に偶然辿り着いて、お茶をご馳走してもらって、それ以来の付き合いだなあ。そのうち、ミストレインでは彼女は相談役扱いになったよ。とても賢い女性だよね」


 アーヴィンはトルファのことをとても好意的に語った。


(もしかして迷ったのか? いや、迷ったんだな、確実に)


 修太はなんとなく事情を察した。トルファがアーヴィンが方向音痴だと言って怒り狂っていた理由も分かった。

 啓介も理解したらしく、苦笑を深めた。


「それで、トルファさんに頼み事をされまして……」


 そして、啓介はトルファの話をそのまま伝えた。

 アーヴィンは芸術品のような顔を難しげにしかめた。今まで温和そうに微笑む姿ばかりだったので、意外な反応だ。


「レディオットは死んだのか。まあ、あれだけ欲に溢れていれば、そんな死に方をしてもおかしくはないね」


 少しだけ皮肉げに呟いて、アーヴィンはカップの中の黄色いお茶を見下す。その顔には感情が浮かんでおらず、美しい顔立ちなだけあって彫刻のような冷たさがあった。しかし、はしばみ色の目には、鋭い刃のような光が浮かんでいる。

 修太は背筋がぞくりとした。よく分からないが、得体の知れないものが目の前にいるような感覚だ。普段の笑顔はもしかして仮面だったのかとすら思えてきた。


「あの、アーヴィン……さん?」


 啓介も自然と息を潜めて問う。

 アーヴィンは夢から覚めたかのように目を瞬く。途端に穏やかな空気が舞い戻った。

 修太や啓介は、知らず詰めていた息を吐き出す。

 それを申し訳なさそうに見て、アーヴィンは微苦笑を浮かべた。


「私は王になどなる気はないよ。だが、ラヴィーニャが嫌だというなら、その座に就くのは構わない。妹に嫌な思いをさせるのは御免だからね」


 修太は眉を寄せる。


「そんなにエルフの国っていうのは窮屈なのか?」


「そうだね。雨ばかり降る土地で、狭く、古くからの因習に囚われた国だ。僕には退屈な場所だよ。銅の森の方が余程居心地が良かったから、あの森に送られたことについてだけは、唯一レディオットには感謝しているよ」


 アーヴィンはくすりと笑み混じりに言い、付け足す。


「親愛なるトルファ様の頼みなら、君達と戻るのも構わない。でも、そうだね。銅の森の仲間も一緒でないと駄目だ。若者の多くはあの森で生まれたから、どうしてあそこに住み始めたのか知らないが、老人達は帰りたがっていたからね。雨降る美しい森に帰りたいとよく嘆いていた。どこが美しいのだか、僕にはさっぱり理解出来ないけど」


 アーヴィンは肩をすくめ、席を立つ。


「こちらに来るように手紙は出しておこう。きっと魔動機(オートマ)を使うから、三ヶ月以内には来るだろう。悪いけど、君達もそれくらいは待ってておくれ」

「それは構いませんけど……」


 啓介は呟くように言い、そこで言葉を切る。アーヴィンはあまり話をしたくなさそうで、他人を拒絶する空気に変わっていた。

 そしてアーヴィンは「失礼」とだけ言って、部屋の方に戻っていった。それを見送って、啓介は唖然と呟く。


「部屋まで送ろうか訊こうと思ったけど、いらなかったみたいだね」

「そうだな。まさかまっすぐ帰るとは思わなかった」


 修太も深く頷いた。

 考え事に捉われているらしきアーヴィンの足は、迷うことなく部屋の方へと向かっていた。いつもなら、階段の前で違う方に曲がっているところだ。

 修太と啓介は顔を見合わせる。


「あいつ、絶対おかしいって。考え事してて迷うなら分かるけど、してたら迷わないってどういうこと?」

「さあ。でも、面白いからいいんじゃない?」




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