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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
154/340

 3



 本当は宿に入ったらすぐに休むつもりでいたのだが、シークの様子が気になった修太は、グレイと共に冒険者ギルドの治療室に顔を出した。


「よう、シーク。馬鹿やったんだって?」


 入院用の部屋にはベッドが一つあり、床にもマットが敷かれ、何人かの冒険者が横たわっていた。シークはそのベッドにいて、つまらなそうに天井を睨みつけており、こちらに気付くと更に青色の目を鋭くさせた。


「うっせえよ、チビガキ」


 むすりと呟くように言い、ぷいとそっぽを向く。


(こっちも機嫌が最悪だな……)


 修太は苦笑し、これはすぐに帰るべきかと考える。怒っている者は刺激しないのが一番だ。


「シーク、トリトラと喧嘩中でイラついているのは分かるが、見舞いに来た者に当たるな」


 グレイが師匠然とした態度でひんやりと注意すると、シークが目に見えてびくりと固まった。そうしてしばらく硬直した後、素直に頭を下げる。


「すみませんでした。だから、その無言の威圧をやめて下さい! 他の患者にも迷惑です」


 シークがそう言ったので、修太は周りを見てみた。確かに寝ている患者三人がうなされている。さっきまで静かだったのに。


(怖いのは分かるけどさ……)


 うなされる程だろうか。怒った時のグレイの方が余程怖いと思う。

 シークはそっぽを向くのをやめ、枕に背中を預けた姿勢のまま、こっちを見た。


「悪かったな、チビスケ……」

「別にいいけど、何をそんなに怒ってるんだ? トリトラが怒るのは分かるけど、お前は馬鹿やった方なんだろ? あと、はいこれ。見舞い」


 修太は見舞いで買ってきた、皮ごと食べられる果物の入った籠をシークに手渡しつつ、率直に尋ねた。修太はあまりオブラートに包むといったことはせず、すぱっと聞いてしまう方だ。これが原因で不興を買うことがままあったが、シークは気にした様子はなく、少し複雑そうに果物を見下ろした。


「俺は自分に怒ってるんだ。俺が考え無しだから、トリトラまで巻き込んじまって、情けねえんだよ。だって、あいつ、左腕に怪我してた。()き腕を失うのが、戦士にとってどれだけ怖ぇことか、お前、分からねえだろ」


 ぎりりと歯を噛みしめて、シークはうなるように言う。


「俺達黒狼族は戦士であることが誇りだ。その誇りを失うってことだ。俺は俺がしたことで俺がそうなるのは構わないけどな、隣にいた同胞が、巻き添えくらってそうなるのは嫌なんだよ」


 体に力を入れすぎて震えているシークを、修太は言葉もなく見つめる。それ程の怒りを自分に覚えているらしいということが意外だった。いつも通り能天気な態度でいるのかと思ったが、深刻に悩んでいるらしい。

 掛ける言葉が思いつかずに黙り込む修太の後ろから、グレイが静かに言う。


「だが、どちらも無事で、そうはならなかった。それにお前、トリトラだってそうだろう。見捨ててもいいところでお前を庇ったんなら、あいつだって隣にいた同胞がみすみす殺されるのは嫌だったんだろうさ」


「でも、次は無事で済まないかもしれない」


 シークが更に言うと、グレイは厳しく返す。


「だったら、もっと用心することを覚えて精進しろ。お前の思い切りの良さは時に長所だが、無鉄砲は違う。甘えるな。いい加減、割り切れ」


 シークはうなだれた。


「俺、あいつに甘えてたんすか」

「まあ、そうだな。甘えと信頼は別物だ。意味を履き違えるな。――それに、お前、そろそろ立ち直らないと本気でトリトラに見捨てられるぞ? あいつの気の短さはお前もよく知ってるだろう?」


「うっ、そんなに怒ってるんですか、トリトラ。俺に頭突きかましといてまだ怒ってるなんて、ちょっと納得いかないんですけど」

「……は? 頭突き?」


「気にするな、シューター。シークが余程トリトラを怒らせるようなことを言ったんだろ。女みたいとかな」


 耳を疑う修太に、グレイがそう指摘して返した。シークは驚いたようにグレイを見る。


「ええっ、何で分かったんですか? 師匠」


「お前があいつを怒らせる大部分の要因はそれだろうが。……シーク、ついでに言っておくが、お前は気にしすぎだ。トリトラがお前に容赦しないのは、お前に気を許してる証拠だ。


 あいつは手加減が下手だからな、お前だと気にしなくていいし、それにお前は怒りが長続きしないタイプだから気楽なんだろう。更に言えば、お前なら他の奴と組んでも上手くやってけるだろうが、あいつは無理だろうから、なんだかんだでお前ら二人はちょうどいいコンビってことだ」


 シークは理解しがたそうな顔でグレイを見上げる。


「ええ、俺が無理なら分かりますけど、トリトラが無理なんですか? あいつ、人間受け良いですよ?」

「あいつのあの性格で、パーティーが長持ちすると思うか?」


 グレイの問いかけに、修太もシークと一緒に考えてみた。トリトラは人当りの良い笑みを浮かべているが、ぴりっと毒の効いたことをあっさりと口にするし、気が短い。


「あー、即、喧嘩別れしそうっすね」

「確かに」


 二人は同時に結論を出した。


「トリトラはどちらかというとソロ向きだが、性格上、ソロで動いていると問題事に巻き込まれやすそうだからな、お前と組むのは良い事だと思う。それに、あいつが切れた時に止める奴が側にいないと、トリトラはそのうち迷惑な同胞として故郷の奴に狩られるかもしれん」


 シークの顔が青くなった。


「確かに……! あいつ、手加減が本気で下手だから、俺がいつも止めてたけど、そうしてなかったら死人が出てたかもしれねえ」

「だから、お前らは短所を補いあっているから問題ないんだ。とっとと仲直りしとけ」

「はい! そうします!」


 シークはグレイの言葉に勢いよく頷いた。

 一方の修太は、黒狼族の相変わらずの殺伐さに恐ろしさを感じていた。


(まじでこええよ、黒狼族。狩るって何だよ)


 それを当然のことと認識しているらしきグレイとシークがすごい。

 話が纏まったところで、グレイは改まって訊いた。


「それで? シーク、お前、怪我の具合はどうなんだ。腹に穴があきかけたと聞いたが」


 シークはむすっと口を引き結び、部屋着らしき麻の白い上着の裾をめくった。それで腹の辺りに念入りに巻かれた白い包帯が露わになり、ツンとした薬草のにおいが広がる。


「この通り、ここで寝てなくても良いくらいには治ってるんですけどね、あの口やかましい治療師(ヒーラー)が退院を認めてくれねえんです」


 上着を元に戻しながら、シークが苦々しい顔をする。


「誰が口やかましいですって? この馬鹿患者が!」


 部屋の扉が開き、青い貫頭衣状の服を着た少女が顔を出した。十代後半くらいだろうか、賢そうな顔をしていて、三つ編みがよく似合っている。そして〈青〉の証拠である、鮮やかな青色の目をしていた。

 修太は感心してシークを一瞥する。


「何だよ、お前。もうここでも馬鹿だってばれてんのか?」

「うっせえぞ、クソガキ!」

「うるさいのはあなたです、馬鹿患者」


 修太に言い返すシークに、治療師の少女はぴしゃりと言った。うぐっと黙り込むシークを横目に、少女はグレイをじろりと見る。


「あなた、そこの馬鹿患者のお仲間なら、この人に何とか言ってくれません? この馬鹿、大丈夫だって言って勝手に退院しようとするんですよ。内部損傷の完全治療には時間がかかるって言ってるのに、分からないんだからこの鳥頭!」


 少女は、おさえた小さな声ながら早口で罵倒するということをやってのけた。余程頭にきているらしく、大人しそうな顔立ちがすっかり般若の形相になっている。


「それに、あの灰色の髪の方の黒狼族の人は何なんですか? 入院患者に頭突きするなんて、あの人も馬鹿なんですか?」

「いや、あいつを怒らせたこいつが悪い」


 グレイが断言すると、少女は鬼の首をとったような顔をした。


「ははん、やっぱりあなたが大馬鹿なんじゃないですか、この馬鹿」

「しつこいんだよ、お前。馬鹿馬鹿連呼すんな!」


 くわっと怒鳴りつけるシーク。グレイはその頭を左手で押さえつけることでシークを黙らせると、少女に言う。


「悪かったな、よく言い聞かせておく。ところで、こいつが大人しくしていたらあと何日で退院出来る?」

「そうですねえ、黒狼族の男性の方は魔法が効きやすいので、大人しくしていればあと三日くらいでしょうか。大人しくしていれば、ですよ?」

「だそうだ、シーク。大人しく休んでろ」


 グレイの言葉に、シークは口を尖らせる。


「ええー、俺、じっとしてるの苦手なんですよ」

「それでも構わん。お前がここにいる時間が延びるだけだ」

「大人しくしてます!」


 グレイに指摘されてようやくそのことが理解出来たようで、シークは素早く言い切った。少女は満足げに頷く。


「そうそう、それでいいんですよ。とっとと治して出てって下さい。他にも患者はたくさんいるんですから」


 そして、一番右端に寝ていた患者の様子を見ると、少女は静かな足取りで部屋を出て行った。


(冷たい言い方だけど、廊下にも何人か寝かせられてたし、本当にベッドが足りてないんだろうな……)


 修太は閉まった扉を眺めながら、内心で呟く。


「ったく、お前は……」


 シークの頭から手を放し、グレイは心底呆れた様子で呟く。その様子は、師匠というより歳の離れた兄という雰囲気だ。

 話が一段落したし、様子見も出来たので、修太はグレイに話しかける。


「なあ、グレイ。そろそろ行こうぜ。他の患者の邪魔になる」

「そうだな」


 グレイも同意した。修太はそれを確認してから、シークに挨拶する。


「じゃあな、シーク。大人しく寝てろよな」

「分かってるよ、念押しするな。なあ、チビスケ。俺、ここで寝てるだけって暇だから、また顔出せよな。師匠はもし来てくれたら嬉しいです」


 シークは修太には半ば命令口調で言い、グレイには丁寧に言った。その扱いの差に不満を覚えながら、修太は言う。


「そんなに来てられるか。俺達はアーヴィンを探しにここに戻ってきたんだぞ。迷子になってるだろうあいつを、しらみつぶしに探さなきゃいけねえんだからな」

「ん? 何だ、あの薔薇が友達のエルフを探してんのか?」


 シークはきょとんと目を瞬き、ベッドの右手にある窓から外を示した。


「だったら、そこにいるから声掛けて来いよ。あいつ、一鐘(ひとかね)前から、ずっとそこの庭うろうろしてんだ。最初は面白かったけど、見てて飽きちまってさあ」

「……まじでいる」


 窓から外を見た修太は、そう広くもないギルドの中庭を、一人でうろうろと歩いているアーヴィンを見つけて唖然と言葉を漏らす。


「何やってんだろう、あいつ。探し物?」

「そうは見えねえけどな。行ったり来たりしてっから、また迷ってんじゃね?」

「ふぅん……。なあ、シーク。俺、アーヴィンには植物の声が聞こえるんなら、植物に道を教えて貰えばいいのにって思うんだけど、どう思う?」

「それで迷わないで済むんなら、とっくにそうしてんじゃねえの?」


 あっさりとしたシークの返事に、なるほどそれもそうかと修太は頷いた。


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