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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
153/340

 2




「久しぶりだなあ、ビルクモーレ!」


 迷宮都市ビルクモーレの入り口の門を通り抜けると、啓介は周囲を見回して、笑顔を浮かべた。


「そうか? こないだ出たばっかりな気がするけどな」


 修太はそう返しながら、通りを見渡す。道の両端に並んだ店の数々は健在だ。


「ラゴニスさん、上手くやれてるかなあ。フランさん、後で一緒に様子見に行きません?」


 フランジェスカの実父であるラゴニス・セディンが、この町で始めた鍛冶屋の様子が気になり、啓介は浮き浮きと訊ねる。それにフランジェスカは首肯を返す。


「ああ。だが、今日は宿で休もう。あのクソ親父のことだ。また溜め込んだ洗濯物の片付けや、部屋中の掃除をする羽目になる」

「ははは、それは確かに、今は遠慮したいかも。せっかく町に着いたんだから、ゆっくりしたいし」

「そうね。また、あんな風に掃除するなんて、今は嫌だわ」


 ついていくつもりらしきピアスも、何度も頷いている。フランジェスカは目を丸くし、くくと笑いを零す。


「ケイ殿もピアス殿も、手伝う前提か?」

「だってフランジェスカさん一人じゃ大変でしょう? それに大丈夫。その分、武器調整代をおまけして貰うから」


 ピアスは(すみれ)色の目をキラリと光らせた。

 そういうことかと納得したフランジェスカは、呆れた様子で肩をすくめる。


「しっかりしているな」

「なんだ、どれだけひどい汚部屋(おべや)なんだ?」


 ラゴニスの駄目さを知らない修太は、怪訝な顔で問う。啓介は修太の肩にポンと手を置いた。


「大丈夫、見てみれば分かるから。フランさーん、もう一人、掃除夫(そうじふ)確保!」

「な!? 待て、啓介!」

「よしよし、よくやったぞ、ケイ殿。そのまま連行してくるように」

「はあ!? お前まで何言ってんの!?」


 修太は目をむいて抗議する。しかし異様な結託を見せたフランジェスカと啓介は、それをあっさり受け流す。


「シュウは綺麗好きだから、良い戦力になりますよ。ってわけだから、逃がさないぞ。掃除夫ブラック」


 にやりと笑う啓介。修太は口端を引きつらせる。


「変な名前で呼ぶな! それなら、てめえは掃除夫ホワイトかよ、だっせーっ!」

「ひでえ! 何だよ、ブラックの癖に!」

「うっせえよ、ホワイト野郎」


 互いに軽く小突きあいながら、割と本気で言い合う二人。

 その横で、ピアスやフランジェスカはきょとんとしている。


「ねえ、訳の分からない盛り上がり方しないでよ」

「そうだ。ブラック氏とホワイト氏に失礼だろう」

「いや、そういう話なのか? これは」


 とんちんかんな発言をするフランジェスカに、くああと欠伸をしながらサーシャリオンが突っ込む。そうしてから、些細な事で喧嘩になった啓介と修太の後ろ襟をつまみ、引きはがす。まるで猫の子にするようだ。


「よく分からんが、小さい事で喧嘩をするな。ほんにそういうところがまだまだ子どもっぽいな。だいたい、そんなことでは、でかくなれぬぞ?」

「うっせー! 身長がある奴に言われたくねえんだよ!」

「ええっ、でかい男になれないなんて嫌だ。ごめん、サーシャ!」


 修太はくわっと怒鳴りつけ、啓介は素直に謝った。吹き出したサーシャリオンは、その拍子に手を放した。


「うわ」

「いたっ」


 それぞれ地面に転がる。


「な、なんて、かわいらしい……。ああ、(わらべ)というのは面白い。腹が痛いわ」


 腹を抱えて笑うサーシャリオン。地面に落とされた方は、ささやかな恨みをこめてサーシャリオンを睨んでいたが、ふとフランジェスカやピアスまで笑っているのに気付き、修太はむすりと口を引き結び、啓介は照れ笑いのようなものを浮かべた。とはいえ、グレイは笑わず、相変わらずの無表情で立ったままだし、コウも笑いどころが分からないのか、大人しく座っている。


「とにかく! もう行くぞ。とっとと宿で休みたいんだ、俺は」


 腹立ち紛れにそう言って立ち上がると、修太は通りを歩き出す。それを見た啓介も、ひょいと立ち上がると、幼馴染を追って小走りになる。


「あ、待てよ、シュウ」


 そんな啓介の足元を、駆け出したコウが追い抜く。


「おお。さっきまで喧嘩しておったくせに、もう仲直りか。分からぬ奴らだな」


 笑いやんだサーシャリオンは、しかしまだ発作のように、笑い零しながら感心まじりに呟いた。


「それが友達ってものよ」


 ピアスは分かったように返す。そして、小さく笑いながら前を見て、おやというように目を瞬いた。


「グレイ、あなたのお弟子さんがいるわよ。珍しく一人みたい」


 前を行く修太や啓介は気付いていないようだが、進路の先に、グレイの弟子である黒狼族の少年がいた。猫っ毛の灰色の短い髪と、大きいブルーグレーの目が乗った女顔と優しそうな雰囲気は相変わらずだ。見た目と違って、喧嘩っ早くて毒舌家などと、トリトラの美貌に見とれながら通り過ぎる女性達の夢を壊しそうなので、とても言えない。


 更によく見ると、かの少年は右手にカップを持ったまま、どこかつまらなそうにぶらぶらと出店を冷やかして歩いていた。視線は道の両脇に並ぶ店に向いているので、こちらに気付く様子が無い。


「……機嫌が悪そうだな」


 ちらりとトリトラを見たグレイは、ぽつりと呟いた。


「そうなの?」


 退屈そうには見えるが機嫌が悪いようには見えないピアスは、きょとりと目を瞬かせる。ピアスと同じく、前を行く啓介もそうは見えなかったようで、トリトラに気付くや明るく呼びかけた。


「おーい、トリトラ君! 久しぶりー!」


 ぶんぶんと手を振る啓介は、いつもの親しみやすさを発揮している。その呼びかけでようやくこちらに気付いたトリトラは、すたすたと歩いてくると、じと目で言った。


「往来で恥ずかしい呼び止め方をしないでくれる? それに、君付けはやめてよ。気持ち悪い」

「あ、ご、ごめん……」


 初っ端から毒が飛び、啓介は気迫に圧されたように一歩後ずさった。

 言うだけ言って満足したのか、トリトラは優しげな顔に戻り、グレイを見つけて挨拶した。


「お久しぶりです、師匠。もうお戻りになられたんですか? この町を出て行かれたの、ついこないだだったように思いますけど」

「野暮用があってな。――お前、怪我をしているのか? 消毒薬のにおいがする。シークはどうした?」


 トリトラの笑顔がたちまち氷の笑みへと変わった。右手に持っていたカップが、手の中でバキョンと甲高い音を立てて割れ、中に入っていたらしきジュースが零れて地面へと流れ落ちる。


「あの馬鹿のことなんか知りませんよ」


 薄ら寒い笑みとともに、こめかみに青筋を浮かべたトリトラは、冷たく返した。

 その笑みの恐ろしさに凍りつく修太達に対し、グレイやサーシャリオンには気にした様子はない。


「それなら、その怪我はどうした。治療師(ヒーラー)に診て貰えばすぐに治る程度だろう?」


 グレイの問いに思わずトリトラを観察した修太は、トリトラが目立たないようにあちこちに包帯を巻いているのに気付いた。剥き出しの腕に白い布を巻き付けているのが常であるのでパッと見では分からなかったが、どうやら左腕は怪我の為に包帯を巻いているらしい。青い篭手(こて)も付けていない。


「ああ、ちょっとドジ踏んだだけですよ。治療師には、最低範囲だけ治して貰いましたから大丈夫です。それに、今は治療師の手が足りていないので、冒険者の治療はだいたいこんな感じです」


 そう答えながら、トリトラはふふふと黒い笑みを浮かべる。


「ったく、あの馬鹿のせいで、こっちが被害こうむって。あの馬鹿、本当に馬鹿なんだから。いっそ殺してやった方が親切かもね。ああ、でも馬鹿は死んでも治らないっていうから、無意味かな」

「なんだよ、お前ら、喧嘩してんの?」


 修太のざっくばらんとした問いに、トリトラの雰囲気が更に苛烈になる。


「喧嘩? あはは、僕は子どもじゃないんだから、そんなことしないよ?」

「スミマセンデシタ!」


 荒れに荒れているトリトラに威圧をかけられ、修太は反射的に謝った。不機嫌そうなのに、笑顔というのが恐怖を倍増させる。


「何かよく分からないけど、シーク君は生きてるの?」


 恐る恐る啓介が問うと、トリトラは頷いた。


「ああ、うん。まあね。ちょっと腹に穴があきかけたけど、処置が速かったから生きてる。ま、僕が庇ったのが大きいかな。今は冒険者ギルドの治療室に入院中。それで、いつまで経ってもぐだぐだ悩んでて鬱陶しい。そろそろ見捨てようかなって思って」


「おいおい待て待て」


 修太は慌てて声を紛れ込ませた。


(つか、穴あきかけたって。うええ、気持ち悪っ)


 想像してしまい、胃が痛くなった。


「ほんの三日前から、ここのダンジョンに変な化け物が現れてね。それに襲われて、結構死人が出たから、僕らはついてる方。想定外だったから、不意打ちでやられる奴続出ってね。僕は危険と踏んで撤退するって言ったんだけど、あの馬鹿は大丈夫だって過信して返り討ち。ほんっと大馬鹿」


 トリトラはまだ腹立たしいらしく、ぶつぶつと呟く。


「だいたい、未知の化け物に対して、何の下調べもなく突っ込もうっていうのが馬鹿の所業なんだよ。ねえ、師匠。そう思いません?」

「ああ、そうだな。お前が正しい」


 グレイはきっぱり断定した。

 その厳しい返答に、修太達はそれぞれうめいた。少しばかりシークが可哀想になったせいだ。フランジェスカがフォローするかのように口を挟む。


「だが、そういうのは状況が物を言うだろう。迂闊に逃げられぬ状況ならば、立ち向かうのが正解だ。そして隙を伺って逃げる」

「まあ、そうだね。でも、残念なことに、急げば逃げられる状況だった」

「では、シークが馬鹿だ」

「うん」


 うわああ。フランジェスカもひでえ。


 何かフォローしてやりたいくらいだが、修太には関わりのない戦闘の世界の話だ。その道のプロがそう断言するのだから、シークが馬鹿だったのだろう。


「それで、その化け物とやらはどんなものなのだ? ダンジョン内にいるのだから、どうせ疑似生命体なのだろう?」


 サーシャリオンは軽い態度で問う。シークが馬鹿だという話より、化け物の方が気になったらしい。

 トリトラは、そういえばというように啓介達を見回した。


「ああ、そっか。君達、最深部まで潜ったんだよね? もしかしてあの化け物を見た事ある? 迷宮の床から天井までの高さがあって、蔦の先が刃になってる、赤くて毒々しい花の食虫植物」

「食虫植物!?」

「……ちょっと、何で喜ぶの?」


 目をキラキラさせて叫ぶ啓介の態度に、トリトラは気味が悪そうに身を引く。


「だって、食虫植物だよ。俺、ハエトリグサしか見た事ない!」

「啓介、あんな小さいのと一緒にするなよ。今、言っただろ。床から天井までの高さがある植物だって。でかすぎじゃね? なあ、それって本当に疑似生命体とかいうやつなのか? モンスターじゃなく?」


 修太の問いに、トリトラは「さあね」と肩をすくめる。


「唯一、あの化け物を倒したギルドマスターが言うには、何もドロップしなかったらしい。やたらと強くて、殺した獲物を捕食するような化け物の相手をして、何も得る物がないんじゃ倒し損だって言ってた。解決策が見つかるまで、ダンジョンは立ち入り禁止だよ。商売上がったりだろうね」


 他人事のようにそう告げるトリトラ。


「このままじゃ修行出来ないから、ここを出て、西の方にあるっていうダンジョン運営の都市に拠点を変えようかって考え始めてたけど、師匠や君に会ったからやめるよ。どこかに旅に出るんなら、僕も同行させてくれない?」


 その頼みに、修太達は啓介を見た。啓介は動揺して、あたふたと周りを見回す。


「えっ、何でそこで俺を見るの?」

「だってお前リーダーだし」

「そうだぞ、ケイ殿」


「ケイが決めればいいわよ」

「うむうむ」

「右に同じ」

「ワン!」


 好き勝手に言い放つ仲間達を、少し恨むように見つつ、啓介はトリトラに言う。


「それは構わないけど、シーク君とも話し合わないと駄目だよ?」

「ああ、うん。いいよ、“話し合い”」


 にこっと微笑むトリトラ。


「いや、ちゃんと言葉で話し合えよ」


 修太がきちんと言うと、トリトラはちっと舌打ちした。


(どうする気だったんだ、お前……)


 ほんと怖いな。

 ゾッとしたものの、修太は他にも聞きたいことがあったので、そちらに話題を変える。


「あと、そうだ。トリトラ、アーヴィンがどこにいるか知らないか?」


 ふいに、めしみしっという不穏な音が、カップを握りこんでいるトリトラの右手から聞こえた。またしても逆鱗に触れる単語だったらしい。地を這うような低い声が、トリトラの口から零れた。


「あの花畑野郎に何の用? あ、殴ってこいって言うんなら、喜んで殴った上で、地に埋めてくるよ?」

「なんなの、お前。まじで怖っ!」


 トリトラが(こぶし)を手の平に叩きつけ始めるものだから、修太は素直な感想を言って後ずさった。


「だって、あいつ、会う度に、お嬢さんみたいなお坊ちゃんだの、女性じみただの、癪にさわることを言うんだよ? 毎回、腹が立って殴ろうとしても、あの薔薇が阻止するんだ」


 アーヴィンも相変わらずらしい。アーヴィンを愛する植物達も通常運転のようだ。


「でも、死んだって話は聞かないから、どこかで生きてるんじゃない? じゃ、僕はここで失礼するよ。ちょっと頭を冷やしてくる」


 色んな怒りに身を支配されているらしきトリトラは、これ以上八つ当たりじみた態度を取る前に、その場を離れることを選んだようだった。そっけなく言って、人けの少ない倉庫街の方に歩いていくのを修太達も止めなかった。


「はあ、大人だねえ、トリトラ」


 啓介が感心しきりで言うのに、グレイがあっさりと返す。


「違う。あいつはまだ子どもだ。今はシークと喧嘩して鬱憤晴らしが出来ないから、ああやって誤魔化しているんだろうよ。――ああ、あまり気にするな。あの二人は、半年に一度くらいの割合で大喧嘩をするからな。縁を切る程不仲にはならん。どうせ一週間もしたら、けろっと仲直りしている」


 師匠として面倒を見ていた時に、何度か目の当たりにし、更には喧嘩に巻き込まれたグレイは達観していた。


「よく分かってるね。流石、師匠……」


 啓介は更にうなった。


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