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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
149/340

 10



 井戸の底に下りると、空気がひんやりとしていた。

 フランジェスカを怒らせたことへの弁解の代わりなのか、グレイはハルバートの柄に添えた右手に短剣を、左手にジッポライターを持って薄暗い地下道を先導する。その背中にちくちくとした視線を投げつけながら、フランジェスカも続く。二人は出来る限り足音を消す努力をしたが、湿気てぬかるんだ地面を靴底が踏むと、気を付けていてもピチャピチャと水がはねる音がした。


 歩き始めた当初は静かだったが、奥に進むにつれ、うめき声のようなものが複数聞こえてきた。

 グレイが一度振り返り、無言でフランジェスカを見る。それにフランジェスカは首肯を返す。目と手の動作で注意と先に進むことを互いに伝えあい、更に用心して進む。

 やがて、壁に据えられた松明の明かりが照らし出す、広い空間に辿り着いた。地中に沈んだ家の一部を利用して作られたドーム状の広場のような空間だ。今にも崩れそうで不安を覚える。そんな場所に、目と鼻を手で押さえた者達が這いつくばっていた。


(効きすぎだ……)


 もしあの催涙玉の直撃をくらっていたら、余波の比ではない被害をこうむっていたらしい。フランジェスカはそちら側でなくて良かったと胸中でこっそりと安堵した。

 無言のまま周囲を一瞥したグレイは、倒れている者の中に金髪の青年を見つけ、そちらにまっすぐに歩いていく。その青年であるところのクレイグは、目を押さえてうめいていたが、グレイを見て表情を一変させる。


「げっ! 賊狩りの旦那!? なんだ、こんな真似しやがって。もしかして俺らを狩りに……っ」


 その悲鳴じみた声を聞いた盗賊達の間でどよめきが起こる。


「なんだって、賊狩り!?」

「何で、そんな恐ろしい冒険者がこんな所にいるんだ!」


 そんなざわめきの中、人の間を縫って鋭い光が宙を切る。グレイは首を右に傾ける動作だけで、投げられた短剣を避けた。短剣は背後の木の柱にざっくりと突き刺さる。

 ナイフを投げた主を見て、グレイはぽつりと言う。


「――物騒だな」

「どっちがだ! 催涙玉なんか投げ込みやがって。命をやり取りする覚悟があるんだろうな?」


 壁際で眠るキッカを庇うように身を伏せていたセイズは、他にも投擲用の短剣を構えながら、目に苛烈な光を浮かべた。怒るセイズとは対照的に、落ち着いた様子のグレイはあっさりと返す。


「俺はそれでも構わんが、今回は単に話に来ただけだ」

「ああ? だったら、この先制攻撃は何だ?」

「いきなり襲われたらかなわんからな」

「つまり無力化して“話し合い”に来たって? ふざけんなよ、能面野郎!」


 うずくまっていた盗賊達は、頭の怒りにつられるように、身を起こす。ギラギラと物騒な目が、グレイとフランジェスカをにらみつける。しかしグレイとフランジェスカは、どちらも気に留めた様子はなく、涼しげにそんな視線を受け流す。

 フランジェスカは、堂々と主張する。


「残念なことに、彼は大真面目だ。そして私もな。――カラク殿は黒幕ではないと伝えに来た。ついでに、事が面倒になる前にとっととテリース殿を解放しろ」


 フランジェスカがあっさり放り投げた真実という名の爆弾は、盗賊団に衝撃をもたらす。この狭くはない空間に、ざわめきが満ちる。


「それが本当だという証拠はどこにある? そもそも、女、お前は誰だ?」

「お頭さん、そちらの方は、シューター君のお仲間ですよ。ほら、あの、あなた方が思い切り奴隷と勘違いしてた子どもの……」


 壁際で情けない顔で目を押さえていたテリースが、鼻をぐずぐず鳴らしながら、恐々と口を出した。


「おや、そちらにおられたのか、テリース殿。ご無事なようで何より」


 フランジェスカはテリースに微かに笑いかけ、またセイズに視線を戻す。若干、視線が鋭くなる。


「私達を信じるか信じないかは、話を聞いて判断するといい」


 そして、フランジェスカはこれまでのことをセイズに話し、セイズは沈黙する。やがて話を整理し終えると、セイズはやはり気に食わなさそうに舌打ちをした。


「……そうか。あいつらが生きているかは、正直、賭けだった。アジトを襲撃した時点で、俺達が用済みなのは分かったからな。だが、レト家への襲撃はやめない」


「私達が信用出来ないからか?」


「それは二割。八割は、どちらにしろ、レト家の奴に仲間が殺された事実は変わらないからだ。盗賊に入ったあいつらが自業自得なのも分かっている。裏切り? そんなもん、こっちの世界じゃ常連客よ。気に食わねえのは、俺らを翻弄してる奴だ」


 セイズはくつりと低く笑う。潰れていない方の左目をすがめて、フランジェスカを見据えた。


「俺らがこいつを連れて、レト家に乗り込んだら、そいつらにとってはありがたい話だろう。行った先で、実際にカラクの野郎があいつじゃないか確かめる。そうだった場合には、俺らは仕返しするだけだ。そうじゃなかったら? その時はこいつの出番だな」


「ひぇえ!? 私ですか?」


 テリースはすっとんきょうな声を上げ、のけぞる。今にもひっくり返りそうな青い顔色になった。


「だ、だって。兄上が悪くないのなら、私が兄上を殴る必要はないのでは……?」

「本当にそうか分からねえだろうが! 違うんなら、その時は、俺らの助命嘆願をすればいい」

「どういうことです?」


「なに、簡単な筋書きだ。仲間を助けに来た心意気に感動したから、助けてやりたいとでも言えばいい。盗賊に誘拐されたのに助けようだなんて、貴族にしては優しい人だと評判になって、お前の株が上がるだろうよ。こういう時はだな、お前、自分の価値を上げるのに使え。貴族ってぇのはそういうもんだろ」


「そうなんですか」


 テリースはいたく感心した様子でセイズを見つめる。


「私より貴族らしいんですね、お頭さん」


 そんなテリースの言葉に、セイズは苦虫を噛み潰したような顔になった。セイズが、元は貴族に拾われて養子になっていた過去を知る子分達もまた、複雑そうに目を反らす。


「とにかく! お前は俺達を利用する。俺達はお前から報酬を貰う。ギブアンドテイクだ。いいな?」

「はい、分かりました。利用させて頂きますっ」


 意気揚々と頷くテリースを、大丈夫かこいつと不安げな面持ちで見つめる盗賊達。利用する側が腰が低くてどうする。

 纏まったように見えた場に、グレイが波紋を落とす。


「おい、報酬とは何の話だ? お坊ちゃん、そいつらは王女の荷から多少なりと盗んでいるはずだ。それのことか?」

「え?」


 テリースはきょとりと目を瞬く。そして、仰天した顔になる。


「そっ、そうですよ! 王女様の馬車を丸ごと持って行ったではありませんか。赤字なんて嘘でしょう?」

「それはそれ、これはこれだ」


 セイズはその一言で片付けた。そんなセイズを、グレイは冷たい目で見る。


「盗人猛々(たけだけ)しいにも程がある」


 場が荒れそうな空気を察したフランジェスカは、グレイの左腕を掴み、隅の方に引っ張っていく。そして、こそこそと宥めにかかる。


「グレイ殿、落ち着け。私とて犯罪者は好かぬが、我らは巻き込まれただけの旅人だ。本来、旅人には、その土地に住む税納付者のような権利は薄い。もめごとが起きると、スケープゴートにもなりやすい位置だ。政治に関わるなら、尚更だ。今、話は纏まっている。テリース殿の懐は痛むが、我らには何の不利益もない。話が片付いて、私達はまた旅に戻れる。それでいいではないか」


 言っていることはずる賢く利己的だが、争い事に巻き込まれないようにするという点では、とても賢明な意見だ。

 グレイもまた、自分に害が及ばないのなら、盗賊が相手でなければ見過ごしているような内容だ。下手に関わると面倒臭いことになる。しばし沈黙した後、グレイは一つ頷いた。


「――分かった。俺はお前らについていっているだけだからな。パーティーの副リーダーたるお前の意見に従おう」

「誰が副リーダーだ」

「違うのか? それでケイがリーダーなのだろう?」

「……もういい。分かった、それでいい」


 訂正するのが面倒に思えたフランジェスカは、溜息交じりに首を振る。そして盗賊達の元に戻ると、クレイグが問うてきた。


「おい、話は纏まったのか?」

「ああ。テリース殿がそう取引したのなら、我らは口は挟まない。ただ、とっとと片づけてくれればそれでいい。どうやら関係者とみなされているこの状態では、我らは迂闊に王都を出られんのだ」


 フランジェスカの返答に、セイズが言う。


「そうか。じゃあ、今後の行動の話し合いといこうか? 言っておくが、誰が味方としれんこの状況で、お前らをのこのこ帰したりはせんぞ。カラクが味方というのなら、共についてきてもらおう」


 その不遜な言い方に、グレイが無言でハルバートを構えようとするのを、フランジェスカは柄を掴んで止める。


「ああ、それでいい。――グレイ殿、こらえろ。少しの我慢だ。私とて、殴りたいのを我慢しているのだぞ」


 小声で宥めるフランジェスカ。その目元は引きつっており、腹立たしいらしいのはグレイにも簡単に読み取れた。


「とっとと片を付けるぞ。俺は賊が嫌いなんだ」

「ああ、よく知ってるよ」



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