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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
148/340

 9



 フランジェスカとグレイは、二人並んで静かに路地裏を歩いていた。フランジェスカが口布付きの白いマント、グレイが黒い服装なので、対比的な色合いで並ぶ様には少しだけ違和感がある。その上、どちらも警戒しているので、人を寄せ付けない空気があった。

 男女でいるにも関わらず、甘い空気は欠片もなく、共に戦う戦友といった様子だ。傍目から見ても殺伐としていた。

 フランジェスカは、指先でフードをつまんで視界を確保して辺りを見回すと、グレイの方を一瞥もせずに問いを投げる。


「この辺りがスラムか? 無法者の溜まり場にしては、小奇麗な住宅街だな」


 その声にはどこか感心が含まれており、グレイもまた、肯定を返す。


「ああ、確かにそうだな。この国のスラムは綺麗なもんだ。レステファルテのスラムは、酷かった。ゴミ捨て場のようでな」

「あの国の都市は、スラムでなくても汚すぎる。想像するだけでゾッとする」


 フランジェスカはおぞましげにぼやき、眉を潜める。


「――しかし、におうな。鼻の良い貴殿には辛かろう」

「暑さで死体が腐るのが早いからな。だが、このにおいにはレステファルテで慣れているからまだ我慢出来る。仕事上、な」

「まったく頼もしいことだな、賊狩り殿は」


 フランジェスカは軽口を叩きつつ、渋面をする。それは、スラムのあちこちにある死体が放つ臭気の為だけではない。


「話に聞いていた黒服の死体がないぞ? 一つも」

「ああ。身元が明白になる前に回収したのだろう。ますます厄介そうだ」


 事態の不味さを再認識したかのような呟きが返った。グレイはハルバートの柄を肩に引っ掛け、フランジェスカの指摘点を確認する為、周囲を見回した。

 その横でフランジェスカは顎に手を当て、歩き回ったスラムを注意深く観察する。


「馬車を襲撃してきた賊がここを拠点にしているのは間違いないのだろう? もう一度会って、誤解を解くのが先決だな。――ふむ」


 ばたばたと地に倒れ伏す死体を見て、共通点を導き出し、フランジェスカは一つ頷く。


「倒れている死体は、何故かどれもこれもこっちに倒れているな。つまり、あちらを目指しているところを殺された可能性が高い。特に背中に矢傷を負っている者はそうだ」

「言われてみるとそうだな」


 さして気にしていなかった点をフランジェスカが挙げたので、グレイは改めて死体を見た。確かにそう見える。

 フランジェスカは、グレイに先を示す。


「この方向に進んでみよう。何かあるかもしれぬ」

「ああ、そうしよう」


 フランジェスカとグレイは、相変わらず警戒を帯びた顔付きで、慎重にスラムを奥へと進んでいった。





「この辺りは、以前は来なかったが……」


 グレイは前方の地面を見て目を細めた。

 視界の先には、斜めに傾いで地面に埋もれつつある家が数軒見かけられる。そこへ至る道のあちこちに大穴があき、ここが危険地帯であるのを告げている。


「シューターが言っていた、地下水脈のせいで地盤沈下が起きている区画だろうな。スラム一帯は全て危険区画だそうだが」

「この先からは地盤が緩いのだろう。まるで自然に出来た落とし穴だ……」


 その場にしゃがみ、道に残る血痕を周到に観察していたフランジェスカはすっと立ち上がると、右の人差し指を軽く曲げた。ふわりと空中に水が現れ、氷の棒へと姿を変える。それが雨のように地面へ降り注ぐ。そうして氷の棒が降り注いだ地面の大部分は崩落して穴へと変わり、一部は道となって残った。


「または、人工か魔法で作った罠のように見えたが……。ふむ、まさしく浅知恵だ」


 フランジェスカはどこか不満げな言葉を口にし、穴から底を見下ろす。建物の二階か三階程の高さはある底には、黒服の者達の死体が幾つか見えた。穴から上へ戻れないような袋状の壁になっており、この罠を作った者の性質が伺える。


「以前、違法薬師の裏ギルドを取り締まった時のアジトの方がえげつなかったがな。致死率の高い罠だらけだった」


「知恵があるだけマシだろうよ。それに、こういう風に用意する奴ほど、それを突破するとうろたえる。怯える様は見苦しい奴が多い」


 同じくフランジェスカの横に並び、無感動に穴底の死体を見下ろしたグレイは、淡々と返す。フランジェスカは頷いた。


「そうだな。そして、追い詰めた敵程面倒なものはない。がむしゃらに暴れて抵抗するからな。我らは逮捕するのが務めだったが、グレイ殿の仕事ならそう面倒でもなかっただろう?」


「いや、ああいう輩や武器を扱うのが下手な輩の方が面倒だ。どこから何をしでかしてくるか予測出来ん」

「なるほど」


 二人はしたり顔で陰惨なことを話し合う。その間も、あちらこちらと視線を向け、怪しい罠や矢を射かけるに具合の良い場所がないか探している。


「グレイ殿、人の気配はないが、この辺りににおいはあるか?」

「物陰にはないが、先の方は死体のにおいが強くて分からん」

「ではこうしよう」


 フランジェスカが再び指を折り曲げる。すると魔法が発動し、フランジェスカとグレイの周囲に水の壁が囲うように浮かび上がった。


「予想外の矢程度ならば弾けるが、岩や石には無意味だから、安心はするな」

「そうなのか?」


 魔法に詳しくないグレイの、不思議そうな声での問いかけに、フランジェスカは首肯を返す。


「そうだ。水を使う〈青〉は大地の魔法を使う〈黄〉の魔法に弱い。だが火を扱う〈赤〉には強い。〈赤〉は風を使う〈緑〉に強く、〈緑〉は〈黄〉に強い」

「風が大地に勝つのか? 逆ではないのか?」


「〝風化〟と言うだろう? 風が地を削り取るゆえに風が強いとされている。〈赤〉と〈青〉と〈緑〉と〈黄〉は、互いにそう作用すると分かりやすく教えられているが、もちろん、大量の水が岩を穿つこともあれば、大地が風を塞ぐこともあろう。カラーズ同士の戦いの場合、色の強さと魔法を使うセンスが物を言うから、一概には言えぬ」


「理屈は分かるが、そこに〈黒〉や〈白〉は入らぬのか?」


 グレイのもっともな問いかけに、フランジェスカは大きく頷いた。フードを被った白い頭が揺れる。


「我が国では、〈白〉は絶対的に強い位置にいると云われていたし、〈黒〉はそもそも人間ではなかったからな。他の国でどう言われているかまでは知らぬ」


 グレイは返事する代わりに、ふんと鼻を鳴らす。どこか気に食わなそうだ。フランジェスカは微苦笑する。


「おい、私に嫌そうにされても困る。貴殿らが黒い尾を持ち、黒い衣服を着るために悪魔扱いされているのだから、不満に思うのも分かるが」


「勘違いするな。俺達は人間ではないんだ、お前ら人間に人間外扱いされても何とも思わん。ただ、何色が生まれるか分からんというのに、同族を悪魔の使い扱いしているのが、馬鹿馬鹿しいのだ。そのうち、前世で悪事を働いたから、魂が穢れて〈黒〉になるとでも表現しそうだな」


 フランジェスカは深い青の目をきょとんと瞬いた。


「よく知っているな。白教徒が〈黒〉の赤子を殺す際の言い訳は、その文句通りだ」

「……適当に言ったんだがな。冗談みてえな奴らだな、パスリル王国の連中は……」


「なんだ、適当だったのか? グレイ殿もそういった冗談を口にするのだな。私は、冗談も口にしないつまらん男だと思っていた」

「……サーシャといい、お前といい、つまらなくて悪かったな」


 グレイのぼやきに、フランジェスカはにやりとする。


「私が使っている意味は、真面目という意味だ。褒め言葉のつもりだが、気に障ったのなら悪かった」

「…………」


 黙り込んで、ため息を吐くグレイ。その隣では、すでにフランジェスカは気分を切り替えて、穴の中に残った通路に足を踏み出す。地盤は固いようだし、体重をかけても崩れる心配はなさそうだ。


 道が途切れれば魔法で道を探して進んでいくと、やがて半分が地面に沈んだ家に辿り着いた。そこに窓から侵入して奥へと通り抜け、向かい側の窓から庭に該当しそうな所まで出ると、周囲の道が幾つか井戸に集中しているのが分かった。


「――当たりだな。梯子がある」

「抜け道か? どうするか……」


 フランジェスカは問うように呟く。口布をしているせいで僅かに除く目元は、思案げに曇っている。


「こういった狭い場所は、うっかり鉢合わせした時に目が当てられなくなる。しかも我らの武器は長剣とハルバート、こういう場所では不向きだ」

「……お前、仕込み武器の一つも無いのか?」


 グレイは背に手を回し、腰のベルトポーチのベルトの内側から細い短剣を引き抜いて見せる。

 フランジェスカはすっとしゃがみ、ブーツの中に手を差し入れ、ナイフを一本取り出す。


「もちろんあるが?」


 そして、フランジェスカはじろっとグレイを一瞥し、指摘する。


「グレイ殿はもっと武器を隠しているのだろう? たとえば袖や襟や背中や靴底」


 グレイは手の中で短剣をくるりと回し、元の位置に戻す。


「基本だろう」


 他にも持っていると言外に告げるグレイを、フランジェスカはどれだけ隠しているのかと呆れて見る。そしてブーツの中にナイフを戻し、立ち上がってグレイの動作を見守る。グレイが腰のポーチから何か取り出そうとしているので、他に策があるようだと思ったのだ。

 やがてグレイは丸薬が三つ入った箱を取り出し、更に懐からジッポライターを出して火を灯す。それから、そこでようやく思い出したようにフランジェスカに言う。


「ここは奴らを燻して弱体化させるのが良策だ。一応、口と鼻を塞いで目を閉じておけ」

「はっ?」


 流れが読めずに目を瞬くフランジェスカを横目に、グレイは導火線に火を点けた丸薬を、井戸の中へ放り込んだ。

 一瞬後、ぼふんという音と共に、白い煙が井戸から立ち上った。






「グレイ殿! 催涙玉(さいるいだま)を投げるなら、一言そう言えばいいだろう!」


 うっかり煙の端が目に入って目を手で覆いながら、フランジェスカは怒鳴った。口布のお陰で鼻の方はどうにもない。

 グレイは、意外そうにフランジェスカに問う。


「――まさかこの距離で効くのか? 俺はこの程度の威力なら何ともないのだがな」

「言っておくが、私は黒狼族より頑丈ではない人間だし、そもそも、女なのだがな! 気遣いの無い男はモテないぞ!」

「それはいい。これ以上、モテても困る。今ですら人間の女がもたらす厄介事には辟易してるんでな」


「言い方を変えよう。モテなくても構わないが、私といる時にそれを実践するのはやめろ!」

「……悪かった、気を付ける」


 魔法で出した水で目を洗い流し、治癒の魔法で応急処置をして治したフランジェスカは、ひんやりした怒気を込めてグレイを睨む。殺意すら含んだ鋭い視線には、流石のグレイも謝った。


「――まったく、最悪だな。これで盗賊にますます誤解されたらどうする!」

「誤解されたまま殺されるより、誤解がひどくなっても無力化出来て、会話する機会がある方がマシだろう」


 些細な差だが、確かに後者がマシだと思えたフランジェスカは、柄悪くチッと舌打ちした。凶悪そうな態度をとるフランジェスカを、煙が晴れるのを待つ間、グレイは怪訝をこめて見る。


「お前、性格が変わってないか? 無愛想で皮肉げな女だとは思ってたが……」

「悪かったな! だいたい、無愛想だなどと、無表情な貴殿に言われる覚えはないわ!」


 頭から湯気を出さんばかりに怒るフランジェスカは、修太と口喧嘩をしている時のような、柄の悪い態度になっている。

 いつの間にかさっきの意趣返しのような応答になっていたが、どちらも気付いていない。

 今回は自分が悪かったとはいえ、女というのは意味の分からない部分で怒り出すからよく分からないと内心でぼやくグレイだった。


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