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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
147/340

 8



 結局、心配は杞憂に終わり、夕方頃に啓介達が戻って来た。

 宿の主人から話を聞いたらしく、ばたばたと駆けて来るや、ノックもそこそこに扉を開け放った。


「シュウ――っ! うわあ、無事だ! 生きてる! どこか欠けたりしてない!?」

「真顔で恐ろしいことを言うな! 五体満足で生きてるよ!」


 開口一番になんて空恐ろしい質問をしてくるんだ、この馬鹿。

 修太はうっかりスプラッタ映画を思い出し、ゾッと身震いした。

 駆けてきた啓介は、半ば興奮気味に、修太の肩を掴んで揺さぶりながら、いかに心配していたかを訴える。


「俺、もう駄目かと思ったよ~っ。情報屋や裏の市場も当たったけど、見つからないしさあ。もしかしたら途中で殺されて死体が森の中とか!」

「分かった、分かったから揺するな! アホ!」

「げふっ」


 一向に治まる様子がないのに耐えかねた修太は、遠慮なく拳を丸め、啓介の腹に決めた。啓介は腹を押さえて、その場にしゃがむ。


「……ひでぇ、久しぶりに会った心配してる幼馴染に、この仕打ち……。間違いなく修太だ」


 若干涙目の啓介は、しかしとても納得という顔をした。


「心配してるんなら、まず揺するんじゃねえよ」


 修太は額に手を当てて頭痛をこらえながら、じろりと幼馴染を睨む。優男にしか見えない啓介だが、腕力はあるので、思い切り揺さぶられると本気で目眩を覚えるのだ。間違っても具合を心配する態度ではない。


「元気そうで良かったぁ、シューター君。すっごく心配したのよ……?」


 遅れて部屋に入ってきたピアスは、ベッドに座っている修太と視線を合わせようと若干腰をかがめる。その菫色の目には安堵の光が浮かんでおり、心から心配してくれたらしいのが読みとれた。

 善人そのものの態度に、修太の良心は痛む。


「うっ、いや、悪かったよ。うん、ごめん」

「そこは心配してくれてありがとう、でいいのよ? だってシューター君は何にも悪くないじゃない」

「……ありがとう」


 素直に礼を言い直しながら、言いようのない気恥かしさを覚える。


(ピアス、良い人すぎだろ!)


 お陰で修太が悪いわけではないのに謝りたくなってくる。むしろ土下座したい勢いだ。冷や汗をだらだらと背中にかきながら、平伏したい衝動と戦っていると、冷めた声が割り込んだ。


「運が良かったな、お前。賊にさらわれて、怪我一つなく、しかもどこかに売りとばされず済むなど奇跡だ」


 一番最後に入ってきたフランジェスカは、素早く扉を閉め、そのまま戸口にもたれて言った。


「たいてい、三日がタイムリミットなのだがな。……とりあえず、話を詳しく聞かせてもらおうか」


 冷静沈着な女剣士を見て、修太は三度目になる事情の説明を始めた。



      *



「訳が分からないわ。盗賊達はカラク様と取引していたと言ってて、カラク様は、テリース様のことで呼び出されるまではずっと王宮にいたと言ってらして……。そして家宰は勝手に動いてた。じゃあ、取引内容の、命乞いされていた賊達はどこにいるのかしら?」


 情報の突き合わせが終わると、ピアスが心底意味不明というように頭を抱えた。

 修太もそこが謎だったし、そもそも家宰が何をしたくてレト家の不利になるようなことをしているのかも分からない。雇用主に悪いことをしたら、辞めさせられて苦労するだけではないか?

 しかし、首を傾げているのは修太とピアスとコウだけで、残りの面子は何となく予測がついているようだ。


 啓介は表情を曇らせ、口にしがたそうに唇を引き結んでいる。その横でサーシャリオンはつまらなそうにしている。グレイは無表情で何を考えているか分からないが、何となく理解しているような気がした。そして、残るフランジェスカは、あっさりと予測を口にする。


「間違いなく、すでに死んでいるだろう」

「え!?」

「どういうこと!?」


 修太とピアスは驚愕し、フランジェスカの顔を食い入るように見つめる。

 そもそも、話を一通り聞いただけで、どうしてそんな結論が出るんだ?


「私達が牢で見た真新しい血痕。あれは、恐らく、侵入した賊を始末した後なのだろう。それなら辻褄が合う」

「じゃあ、一応は約束を守ってたけど、スラムを襲撃するのに合わせて殺したってこと……?」


 ピアスが口元を手で覆い、痛ましげに眉を寄せる。


「あの賊どもの取引相手が、レト家にいるならば、だがな。だがまあ、関係の無い家の名を使うリスクを考えると、あそこで不自然な動きをしていた家宰が一番怪しい」


 フランジェスカの言う事は一理ある。

 修太も問う。


「じゃあ、テリースさんが嫌いで、兄のカラクって人がテリースさんを殺そうと画策したっていうのは違うのか?」


「貴族というのはな、シューター。家の名誉の為なら、例え嫌い憎んでいる家族とて、価値があるなら利用する。テリース殿に駒としての価値が無いなら、適当に毒でも盛って殺せばいいだけの話だ。わざわざ王女が共にいる状況で襲わせるなどというリスクの高いことはせぬだろう」


 食中毒というのは、便利な言葉だな。

 にやりと笑うフランジェスカの顔が、悪役じみていてちょっと怖い。


「その点、レステファルテの馬鹿王子を野放しにしている王宮は謎だな。とっとと葬ればいいものを。国益になるどころか国害だろう」

「フランさん、めちゃくちゃ怖いよ……」


 啓介が恐怖を訴えると、フランジェスカはこほんと咳払いをした。

 騎士団って何を教えてるんだろう。暗殺も教本に載っているのだろうか……。

 修太は騎士団の実体を胡乱に思う。

 一方、フランジェスカは若干申し訳なさそうに啓介に謝る。


「いや、すまないな。――とにかく、だ。身内のことなら尚更、闇に葬り去るのが上手いのが貴族というものだ。その点、テリース殿は、レト家に王女を招くという栄誉を授かる為の、これ以上といってない駒だ。次期当主のカラク殿には、殺す必要性はないということになる」


「だが、フランジェスカ。幾ら大貴族の家宰とて、ここまで大きなことを仕出かせるものなのか? 家を預かるなら、家から動けぬだろうし、プルメリア団の旅程は、鮫に襲われたり乳母の発作が起きたりと、順調なものではなかった」


 グレイが静かに口を挟み、問題点を指摘する。

 それには、啓介が返す。


「こういう場合って、たいてい、スパイが紛れてたっていう場合が多いよね。つまり、テリースさんと王女様が結婚して欲しくなくて、テリースさんが邪魔で殺したいっていう人がいるか、もしくは」


 修太も手を叩いて話を繋げる。


「テリースさんを殺せなくても、王女様に何かあってテリースさんが責任を取らされて、婚約破棄になればいいっていうことか!」


 おお、何か名探偵みたいだ。

 話を聞きながらも、首を傾げているピアスが、眉を寄せ、訳が分からないというように首を振る。そして、頬に人差指を当て、小首を傾げるという可愛らしい仕草をした。


「それってつまり、黒幕は別にいるってこと?」

「そういうこと」


 啓介はにっこり微笑んで頷いた。

 ――うん、可愛いのは分かるが、もうちょっと顔を引き締めろ、啓介。


「そうなってくると、政敵が怪しいな」

「ああ。俺達は完全に、レト家の政争に巻き込まれたことになる」


 フランジェスカの呟きに、グレイも呼応する。


「面倒臭いから、もう忘れて立ち去ればいいのではないか?」


 サーシャリオンのどうでも良さそうな問いには、珍しくグレイとフランジェスカが声を揃えて否定した。


「「それは駄目だ」」


 そのことに気まずげに視線を交わし、互いにどこか迷惑そうに眉を寄せて目を反らす。


(仲は悪くないと思ってたけど、実は悪いのか……?)


 そんな二人の態度を目撃した修太は、それどころではないのに気になった。


「えーと、何で駄目なの? フランジェスカさん、グレイ」


 一人だけ置いてけぼり状態のピアスが、ちょこんと首を傾げて問う。


「簡単な話、私達は渦中にいると見なされている。レト家に呼び出されて牢に放り込まれたのだから、分かりやすいだろう? ここで出ていけば、暗殺してくれと言ってるようなものだ」


 フランジェスカがそう言えば、グレイもまた補足する。


「後ろ暗いことがある連中は、些細なことで足元をすくわれるのを嫌う。何か情報を得られたと思えば、その理由だけで蛇のようにしつこく追ってくる」


 サーシャリオンはベッドにうつぶせになってごろごろしながら、うへえと煩わしげな溜息を零す。


「人間というのは、面倒な生き物だな? 事が片付くまで、ここにいなくてはならぬのか」


「一番良いのは、テリース殿を助け出し、盗賊達の間の誤解を解き、家宰の目論みを暴くことだが……。私達に出来るのは、せいぜいテリース殿を助け出す手伝いくらいだな。家宰については関わらぬ方が身の為だ」


 フランジェスカは断言した。

 確かに、政治の仄暗いところに少しでも関わりそうなのは、その部分だ。

 パンドラの箱みたいに、何が出てくるか分からないから、警戒して当然だろう。


「シューターを探すふりをして、スラムに行ってみるか。あの腹の立つ盗賊がいるかもしれん」

「それならグレイ殿、私も行こう。犯罪捜査は仕事で慣れているからな、また何か違う手掛かりが得られるやもしれぬ」

「だったら我はケイとシューターについているぞ。ピアスは好きにせよ」

「ええっ、私もこっちにいるわよ! 怖いもの!」


 どうやら、修太達は宿で留守番のようである。


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