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「そんな低レベルな盗賊なんか放っとけばいいじゃないですか、面倒臭い。目くじら立てすぎじゃないですか?」
静かに怒るグレイとサーシャリオン、止める修太、青い顔をしているクレイグの構図が煩わしくなったのか、本気で面倒臭そうにアレンが口を挟んだ。
「これはこっちの問題だ。ガキが口を挟むな」
グレイがアレンを子ども呼ばわりしてじろっと睨み、アレンのこめかみに薄ら青筋が浮かぶ。
「そんなにイライラして……。高血圧じゃないですか、おじさん」
ちょっと、何喧嘩売りあってんの、この人達!?
仕返しにアレンがグレイをおじさん呼ばわりし、かろうじて落ち着いていたはずの空気に、ピシッとヒビが入った。
「…………」
「…………」
無言でハルバートを構えるグレイと、立ち上がって腰の長剣の柄に手を当てるアレン。一触即発の空気が流れる。
修太とクレイグが青くなって固まっている横で、サーシャリオンとディドは面白そうに様子を見ている。周囲にいる少ない数の冒険者達もまた、興味深そうにこちらを見ていた。
誰か一人くらい止めようぜ!
無言の睨み合いに、修太は意を決して割り込む。
「お、落ち着けって……。口喧嘩から喧嘩に発展するのはいい大人としてどうかと思うぞ?」
常識を刺激する言葉を用いてなだめると、双方、構えを解いた。
「そうですね、僕は大人なので引くとします」
「そうだな。確かに年長者としてこの態度は悪かった」
あぶねええ。
修太はそっと額の汗を拭う。
紫ランク同士の喧嘩とか、フランジェスカとグレイの喧嘩並みに見たくない。血の雨が降って大荒れ間違いなしだ。
今の内だとクレイグの背を出口に向けて押す。
「今だ、今のうちに行け。あんたがいると、怪獣大戦に巻き込まれる」
「カイジュウ大戦? 何か分からねえが、分かった。じゃあな、坊主! 俺も命が大事なんでな」
そそくさと冒険者ギルドを出ていくクレイグを見送り、修太は疲労を覚えて肩を落とす。
(すげえ疲れた……)
最初は、黒狼族を蔑視する白教徒だった為に、グレイとフランジェスカの相性を気にしていたが、最近、どうも二人の相性はそう悪くないようだと思えてきた。その反面、グレイはアレンとは相性が悪いみたいだ。灰狼族であるディドを連れているから、その辺の関係もありそうな気がする。
サーシャリオンは、少しつまらなそうに、素晴らしい足の速さで冒険者ギルドを出ていったクレイグを見送る。
「なんだ、逃がしたのか。まあ、あんな小物、相手にするだけ時間の無駄か。寝ている方が有意義だな」
「いや、寝潰す方が無駄じゃねえ?」
修太は思わず突っ込みを入れたが、サーシャリオンにはどうでも良かったらしく、さっきまでの威圧感を消し去って、近くのテーブルにつき、盤面に上半身を預けてだらだらし始めた。
(切り替わり、はやっ!)
ナメクジみたいになっているサーシャリオンを、修太は恐れおののいて見やる。それを、グレイもどこか呆れたように見て、小さく息を吐く。
「お前、本当に生きるのが気楽そうだな……」
確かに。
これだけマイペースでいられると、色々楽だろうなと思う。人間社会は色んなしがらみが多いから、ここまで出来ないだろう。モンスターだからこそだ、きっと。
「シューター、そなたの飲んでおるそれ、いいな。我も飲みたいぞ」
だらーっとテーブルにもたれたまま、顔だけこっちを向けて主張するサーシャリオン。修太は大きな溜息を吐き、額に手を当てる。
「買ってきてやるから、少しはしゃきっとしろよ、お前」
「そうだな、ここを氷漬けにしていいのなら、しゃきっと出来るのだが。この空気の纏わりつくような暑さ、辛抱たまらぬ。次は極寒氷雪地帯に行きたい」
「あー、分かった。だらけてていいから、氷漬けにするな。それから、俺はそんな場所には行きたくねえ」
「それは神のみぞ知ることだな」
サーシャリオンはしれっと呟くと、テーブルが冷たくて気持ち良いと言って、本格的にだれ始めた。
それを横目に、アレンはディドとともに席を立つ。
「シューター、保護者も来たようですし、僕らは失礼しますよ。とっていた宿の部屋はキャンセルしておきますから、保護者達とまた宿探しして下さいね」
「うん、世話になった。二人とも、ありがとう。――それから、“保護者”じゃない」
「大丈夫ですよ、あなたが子どもなのはちゃんと知ってますので」
修太の苦情はいい笑顔でかわし、アレンはひらりと手を振って、観光本を手にギルドを出ていく。その後をディドも軽く手を上げてからついていき、アイテム・ストリートに行くんですか? とアレンに訊く。賑やかな声が遠ざかり、やがて二人は出口で左に曲がり、姿が見えなくなった。
「あの野郎、心底ガキ扱いしやがって……っ」
最後の最後まで、腹立たしい奴だ。
「人間など、皆、童みたいなものだろう。我にはどれもこれも同じに見えるがな。そなたは確かに子竜並みだが」
「サーシャ、悪いがお前の比較対象がよく分からん」
修太が眉を寄せていると、サーシャリオンの横に無言で立っていたグレイが、サーシャリオンの対岸の席に腰を下ろした。あいている椅子にハルバートを立てかけ、足元にトランクを置く。
「子竜というのはな、これっくらいでな」
サーシャリオンが手で大きさを示す。どう見ても一メートル幅しかない。
「俺、そこまで小さくねえけど」
若返ったせいで身長の低さを気にしている修太には、嫌味もいいところだ。
「シューター、諦めた方が賢明だ。どう見ても子どもにしか見えん」
グレイまでひどい。
修太は反論するのも虚しくなって諦めて、二人を放置し、待合室の隅にある売店で、砕いた氷入りのジュースを二つ買う。
それをサーシャリオンとグレイの前に置き、自分の分はアレン達のテーブルから取り返し、一つあいている椅子に座った。足元に、コウがすかさず横になる。
「休憩したら、啓介達のいる宿に行こうぜ。あいつ、何か問題起こしてなきゃいいけど」
いや、違った。問題に突っ込んでいってなければいいけど、が正しいか。
「フランジェスカがついているのだから、そう悪いことにはならぬだろう」
がばっと起きて、氷入りのジュースを幸せそうに飲んでいたサーシャリオンはあっさり否定し、グレイも同意だと頷く。
「まあ、そうか」
修太もそうだなと頷いた。
性格はどぎついが、一つの兵士団の副団長をやってただけあって、問題処理能力も高い女だ。心配したところで、鼻で笑われるだけだろう。そんな顔まですぐに想像がついた。
「あいつらのことは後回しにして、互いの情報交換といこう。お前の話を聞く必要がある。それに、こちらの動きも知るべきだ」
「うむ、グレイの言う通りだ。複雑なことになっている。また何かに巻き込まれる前に、互いに意志疎通をしておいた方が賢明だろうの」
さっきまでナメクジになっていたとは思えない凛とした態度で、サーシャリオンは言った。
「なんだよ、サーシャ。氷水でもしゃきっと出来るんなら、いつも水を飲む時に、魔法で凍らせればいいんじゃねえの?」
修太の言葉に、サーシャリオンは目を瞬き、テーブルに突っ伏した。
「なんてことだ。気付かなかった……」
意気消沈する神竜を見て、もしかして長生きしすぎて呆けてるんじゃないだろうかと、修太は心の内でひっそり呟いた。