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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
144/340

 5



 ポイズンキャットの姿に変身したフランジェスカは、そっと鉄格子の隙間をすり抜けた。

 最初はどうやって化けるのか分からなかったのだが、どうやら発動条件は、変身したいと強く思う事だけらしかった。魔法の発動条件にしては緩い法則だ。牢にかけられた〈黒〉以外の魔法封じの魔法のせいで変身出来ないかと思ったが、この魔法は〈黒〉なのか、それとも全く未知の属性なのか、魔法封じが効かないようだ。


 牢へ下りてきた時に通った通路を通り、看守部屋へ向かう。木製の扉は開いたままで、隙間から中を覗くと、看守は居眠りをしていた。するりと部屋に忍び込み、室内に入ったところで人間の姿に戻る。

 そして、寝ている看守の後ろ首に手刀を叩きこみ、完全に沈めた。


「――よし」


 その腰に下がった鍵束を拾い上げ、看守部屋の隅に置かれた荷物を奪い返し、急ぎ足で牢に戻る。

 啓介とピアスは、声は上げずに喜んで手を叩きあう。

 フランジェスカは牢の鍵を開け、二人を外へ出した。


「さあ、見つからないうちに外へ出よう。曖昧にだが、道は覚えている」

「俺も覚えてるから、大丈夫だよ」

「二人ともすごいわね。私はさっぱり覚えてないわ」


 小声で言い合いながら、荷物をそれぞれ身に着け、地下牢から外へ脱出した。





 階段を上がり、鉄扉を押し開け、渡り廊下を進んだ。


「止まれ、誰か来る。その辺に隠れろ」


 奥の渡り廊下を盆を持った侍女が歩いてくるのが見え、フランジェスカは制止をかけた。そして、啓介やピアスとともに腰程の高さの庭木の裏に隠れる。


「駄目ね。昼間だから、人気(ひとけ)がありすぎるわ。逃げだす前に連れ戻されるのがオチよ」


 ピアスがこそこそと言うのに、啓介も頷く。


「そうだね。でもずっとここにいるわけにもいかないし……」

「そのうち、看守が目を覚まして騒ぎになるだろう。出来るだけ距離をとっておくか。こっちだ」


 庭木の裏を這いつくばるようにして、フランジェスカは奥へ進む。建物の裏手、庭木を隠れ蓑に、身を潜めようという安易な考えだ。


「確か、あちらに広い庭園があったはず。あの辺りなら人気も少ないだろう」


 フランジェスカの考えが分かり、啓介とピアスは頷いた。そして、ごそごそと前進し、やがて廊下から見えない位置に来ると、立ち上がって走り出す。その辺りまで来ると、すでに背の高い木々が増え、小さな森の中のようになっていた。

 庭園の森の中を進み続けると、やがて開けた場所に出た。白で塗装された、アイアンワークが美しい、鳥籠に形状が似た東屋(あずまや)が目に映る。


「わあ、綺麗な東屋」


 ピアスは手を合わせ、感嘆の言葉を呟く。

 濃い緑と赤や黄色といった原色の木々の中で、東屋は繊細な美しさを称えている。


「とりあえず、この辺で様子見をするか」


 フランジェスカは周囲に気を配りながら、やれやれと呟く。それに、啓介は頷いた。


「そうだね。結局、逃げ出しただけで問題は解決してないし」

「レト家は何をしたいのかしら? 当主に呼ばれたはずなのに、家宰が出てきて牢屋に放り込まれるだなんて……」


 しきりと首を傾げるピアス。フランジェスカは推測を口にする。


「当主の意向を家宰が代理したのだろう」

「ほう、家宰が。いったい何の話だ? そして、貴様らは何者だ?」


 空気がひやりと凍りついた。

 気付いていなかった人物の声に、フランジェスカはすぐさま腰の剣の柄の手を当てる。

 短い銀髪と鋭い赤い目が印象的な、恰幅の良い男が、東屋のベンチから身を起こしたところだった。どうやらそこに横たわっていたらしく、こちら側からはベンチの背で見えなかったようだ。


「誰だ、貴様」


 フランジェスカの問いに、男は眉を寄せる。


「怪しい者に誰何されるとはな。なんだ、自分の屋敷の庭でくつろいでいて何か問題でもあるのか?」


 白い絹のシャツとあちこちに飾りのついた紺色のズボンを身に着けた男は、肩からずり落ちかけた朱色の肩掛けを掛け直す。落ち着いた態度だが、こちらを見る目は厳しい。そして、白い肌はやや青ざめていて、僅かに疲労が見えた。

 男のいるベンチの前、複雑な紋様が掘りこまれた樫材のテーブルには、書類らしき紙が山積みになり、盆には氷の浮いた水がガラス製の水差しに入って置かれ、切り子の青いグラスが置かれている。

 ざっと見た感じ、書類仕事の合間に休憩していたというところだろう。


「自分の屋敷……? もしかして、あなたが俺達を呼んだっていう当主様ですか?」


 啓介の問いに、男はまた眉を寄せた。


「当主は私の父だ。調べもせずに侵入したのか? 甘い輩どもだな」


 完全に馬鹿にした目をした男は、ふんと鼻で笑う。


「侵入なんてしてません! ちゃんと玄関から入りました! だいたい、そちらが呼んでおいて、牢屋に入れるなんて何を考えてるんですか!?」


 両手の拳を握り締め、ピアスが怒って言い募る。


「うるさい。何の話か分からぬ。客が来るとは聞いてなかったが……。牢? 何だ、詳しく話してみろ」


 心底面倒くさそうに、男は東屋の壁に沿うようにして置かれた木製のベンチを示す。座れと言いたいようだ。

 なんだかおかしな流れになってきた。

 啓介は元より、フランジェスカやピアスも内心揃って首をひねりながら、促されるまま席に着く。

 そして、これまでの流れを簡単に話し始めた。


      *


 一日、アレン達の買い物に付き合った翌日、修太はアレンやディドと共に冒険者ギルドの待合室にいた。

 隅にある飲食物を売る売店で買った、桃みたいな味のするリユナイレの実を潰したジュースを飲みながら、修太は足をぶらぶらさせる。暇だった。ものすごく。

 修太の前では、アレンが熱い茶の入ったカップを優雅に傾けながら本をめくり、その横でディドがジョッキ程の大きさがあるコップに入った茶を旨そうに飲んでいる。テーブルの真ん中には持参してきた菓子を置き、完全にくつろぐ体勢に入っていた。


「あとは頼んでおいた耐火布製の服の微調整が終わるのを待つだけですね。次はどこに行きましょうか?」


 持っていた本――セーセレティー精霊国王都完全攻略本と題された観光本を、皆に見えるように置くアレン。


「王立劇場で、大衆演劇をしてるって話を聞きましたよ。旦那、そういうのお好きでは?」

「良い案ですね、ディド。王立劇場は、ふむ、西にあるのでちょっと遠いですね。行くのならば辻馬車を拾うべきですかね。ですが、確か王立劇場は入場条件にドレスコードがあったはず」


「うげ。俺、あの服は窮屈だから好きじゃねえっす」

「僕もです。出来ればドレスコード無しの劇場が良いですね」

「じゃあ劇はひとまず置いておいて、別の所で、こちらのアイテム・ストリートなんてどうです?」

「魔具屋の並ぶ王都名物のあそこですね。いいですねえ」


 アレンとディドは互いに言い合って、今後の観光計画を詰めている。

 それを眺めながら、修太は左の頬だけ手の甲に預けた姿勢で、ちらっと二人を見る。


「なあ、あんた達って仕事しなくていいの?」

「え?」

「ん?」


 修太の問いに、アレンとディドは振り返る。


「ずーっと観光してばっかじゃねえか。金は平気なのか?」


 何で他人の財布事情なんか心配してるんだろう。修太は自分に溜息を吐く。

 アレンはおかしそうに笑う。


「僕は紫ランクの冒険者ですよ? このランクになると、一度の指名依頼で、三ヶ月は遊んで暮らせる程度の纏まったお金が手に入るんです。むしろ貯金が増えるばかりで、なかなか減らないので、こうして散財してるんですよ。人間、楽しみがないとつまらないでしょう?」


「ふうん、そうなんだ」


 修太は頷き返しながら、ふとグレイを思い浮かべた。同じ紫ランクなのだから、もしかしてグレイも相当な資産家なんだろうか。


(そういや、酒と煙草くらいしか使わないって言ってたな……)


 アストラテで、修太の薬代をはした金だと言ってあっさり払ったり、ビルクモーレでも宿代を纏めて払っていた。


(流石、人外レベル……)


 どちらも凄まじい戦闘ぶりだから、高給取りなのはなんとなく理解出来る。

 修太は失礼な判定を内心で下しながら、ジュースを口に運ぶ。砕いた氷入りでしゃきっとしており、甘くて美味い。


「はあ、それにしても、少しくらい顔出してもいいのに。何で誰も来ないんだ? 王都には、他にも冒険ギルドの支部があるのか?」


 伝言への返事くらいは来るだろうと安易に考えていたが、さっぱり音沙汰無しだ。

 修太が溜息混じりに問うと、アレンとディドは顔を見合わせた。


「王都に他に支部がありましたっけ?」

「いえ、無いと思いますよ。ここ、冒険者ギルドの本部じゃねえっすか。他に支部を置く理由がありません」

「え、本部なのか、ここ」


 修太は目を丸くし、ディドの狼頭を見上げた。アレンも不思議そうにしているところを見ると、知らなかったらしい。


「こんな寂れかけみたいな所がですか? 何かの間違いでは?」


 声は小さいが、容赦の無い言葉だ。


「何言ってんですか、旦那。元々、冒険者ギルドはセーセレティー精霊国発祥でしょう? 昔から妖精族が多く棲んでいて、俺ら灰狼族の集落もあるし、人間も住んでる。


 混沌としていた時代に、モンスターみてえな外敵からそれぞれの拠点を守るのに、自分達だけでは手が足りなくて困ってたが、妖精達が人間なんかと同盟を組んで深く関わるなんて御免だってんで、貸し借りを無しにする為に分かりやすい形として考え出されたシステムじゃねえっすか。


 最初は傭兵の仲介をしてたのが、だんだん幅を広げて、雑用や採集依頼なんかも受けるようになって、こうなってるって、うちの長老が言ってましたぜ」


 ディドが長々と歴史を語ると、アレンはへえと感嘆の声を漏らす。


「流石、人嫌いの妖精族。徹底してますね」


 そっちの感心かよ。

 だが、修太も似たようなことを考えたので、ひとの事は言えない。


「では、創設者は妖精族なんですか?」


「公平さを期すってことで、人間、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、灰狼族の連盟でさ。それぞれ代表が一人出て、それぞれ重役を担って、それで運営してたらしいっすね。黒狼族は住む地が違うんで、参加してなかったようですが。その頃からですよ、このギルドでは絶対に種族の差別をしねえって取り決まりがあるのは。そのうち、だんだん拠点が増えるにつれて、一組織として各国も無視出来ない重要な存在になったって聞きますね」


 ディドは熱い茶をすすり、器をテーブルに置く。


「ここは規模は小さくても、ギルド員は大物揃いらしいっすから、滅多なこと言わんで下さいよ。恐ろしい」

「それは失礼しました。僕も冒険者の端くれ。気を付けないと食いっぱぐれてしまいますからねえ」


 のんびりと言い、小さな息を吐いてカップを口元へ運ぶアレン。傍目から見ると、どこか憂鬱そうに茶を飲む姿は、一枚の絵のように美しい。そこだけ空気が明らかに違う。単に面倒臭そうにしているだけなのに。なんて得な外見だ。


(これ、ぜってえ俺とディドさんは余計なおまけだって。いや、そもそも視界から外されてるかな)


 修太は断定した。

 昼間にギルドにいる冒険者は少ないが、それでも情報収集に来ている者はいる。女性冒険者やギルド員が、どこかうっとりした熱い眼差しをアレンに向けているのだが、アレンは気付いているのか、気付いていてあえて無視しているのか、そちらに目をくれることもない。


(彼女作ればいいのに……)


 余計な世話だろうが、もったいない気がした。だが同時に、こんな、見た目が良いだけで性格の悪い男の彼女になる人の事が不憫に思えたから、被害が無いだけ、このままで良いのかもしれないとも思った。

 こうしていると、無駄に人を魅了するけれど、害は無い啓介がすごい気がしてきた。希少生物の勢いかもしれない。


「あっ、いた!」


 戸口から聞こえた大声に、修太は飲んでいたジュースを吹き出しかけた。ごほっと咳をして、そちらを見る。

 クレイグがどこか嬉しそうにして立っていた。後ろには見慣れた二人――サーシャリオンとグレイ、それから中型犬姿のコウの姿がある。コウは、修太を見つけると、すっ飛んできた。修太はコウの突撃に若干よろめきつつ、クレイグに視線を据えている。


「え、何でここにいるんだ、あんた!?」


 そりゃあ、何となく罪悪感がして保釈金を支払っておいたから、早々に牢屋は出られるだろうと思っていたが、冒険者ギルドにはもう顔は出さないと思っていた。

 立ち上がって、ささっとディドの後ろに隠れた修太を、ディドがおやというように見る。


「何って、礼言いに来たんだよ」


 クレイグはあっさり答える。

 その中身を、修太は思案する。

 礼だぁ? 何の礼だ。まさか、お礼参りってやつか!?


「何だよ、それ! ちゃんと保釈金を払っておいたのに、根に持ってるってこと?」


 完全に警戒している修太をクレイグは困ったように見て、それからディドを見て、アレンを見る。


「ちげえよ。って、お前な、だからそいつらうさんくさいからついてくなって言っただろ!」


 いきなりクレイグに怒鳴られて反射的に身をすくめた修太を見たグレイが、ポンとクレイグの左肩に手を乗せた。一見するとただ手を置いているだけのようだが、力を込めて掴んだらしく、クレイグの顔が痛みに歪む。


「貴様、シューターに礼を言いたいというから見逃してやってたが、そうやって脅かすのなら、このまま細切れにして(さめ)の餌にするぞ? ゴミが一つ減って、世間が幾らか綺麗になる」

「いでででで、いてえっす、旦那! 申し訳ありませんでした!」


 身をひねって痛みを訴え、クレイグは即座に頭を下げた。

 その様子を、サーシャリオンは楽しげに見ている。止める様子は無い。

 グレイは肩を掴んでいた手を軽く引いてクレイグを容赦なく床に転がすと、すたすたと修太の方に歩いてくる。その威圧感に、修太は思わず更にディドの後ろに回った。壁が無いと怖い。

 あっという間に待合室を横切って目の前に立ったグレイは、じろりと修太を見下ろした。薄い唇から、無愛想な声が漏れる。


「――無事か。怪我は?」

「あ、ありません!」


 修太は背筋を伸ばして、びしっと返事をした。

 あまりに恐ろしい気配に、冷や汗が背中をだらだら滑り落ちる。


(こえええ、何でこんなに怖いんだ。サーシャ、ヘルプ! 今すぐ助けろ!)


 その念が通じたのか、珍しくサーシャリオンが口を挟んで取り成した。


「グレイ、そなたの方が脅かしているように、我には見えるのだがなあ。ふむ……」


 サーシャリオンも側にやって来て、ぽすっと修太の頭に手を置いた。そして、じろじろとあちこち観察をして、満足げに頷く。


「元気そうで何より。馬車ごといなくなった時は肝が冷えたぞ?」

「俺も、居眠りしてて起きたら、知らない奴にナイフ突き付けられて肝が冷えたよ」


 あれはなかなか驚く。

 その返事に、サーシャリオンの笑顔まで黒く染まる。


「そうかそうか……。ほんに無事で良かった。ああ、やはり其奴、樹海に埋めてくるか?」

「ちょっ、ダークエルフの旦那まで!?」


 よろよろと立ち上がったクレイグは、青ざめた顔ですっとんきょうな声を上げる。


「まあまあ。変に勘違いするし、思いこみ激しいけど、良い奴らだったからそこまでしなくても……」


 何で被害者の俺が庇ってるんだろう。

 謎な状況に首をひねりながら、穏便に済ませようと修太は引きつり笑いを浮かべる。サーシャリオンは緑と青と銀に光る不可思議な目を丸くし、心底感心したように何度も首肯する。


「そうか、そなたは心が広いなあ。まあ、埋めたくなったらいつでも言うがいい。スラムごと氷漬けにしてくるからな?」

「やめろ、アホ! お前が言うと洒落にならねえんだよっ!」

「洒落ではなく真面目に言っておるのだが……」

「尚更悪いわ!」


 修太は盛大に突っ込んで、疲労を覚えて溜息を吐く。


「まあ、我が手を下すまでもなく、すでに襲撃を受けておったがな」

「え!?」


 ぎょっとする修太の前で、サーシャリオンはマイペースにアレンとディドを見た。


「おお、そなたらが、シューターがついていったという、うさんくさい輩か。こないだ会ったな? 我の可愛い灯火を助けてくれて、礼を言う。ありがとう」

「灯火? よく分かりませんが、どういたしまして。と言っても、そこの迷子を拾ってきたのは、僕の舎弟なので、そっちに礼を言うべきですが」

「舎弟殿、礼を言う」

「従者だからな? まあ、良いってことよ。ガキ一人くらい、面倒でもねえしな」


 目元をピクつかせつつ、ディドは鷹揚に返す。

 その和やかな空気に、修太は割って入る。


「ちょっと! 何だよ、襲撃って。あと、啓介達は? それにテリースさんはどうなったんだ?」


 置いて逃げてきただけに、少なからず罪悪感が湧きおこる。身代金さえ払えば無事だと思ったのに……。


「ふむ。実は全く知らぬ」

「知らねえのかよ!? 啓介のことも?」


「別行動で、賊の追跡をしてきたからな。だが、テリースの死体はなかったから、恐らく無事だろう。それにプルメリア団に寄ってきたからな、ケイ達のいる宿のことは聞いてきた。――何やら訳の分からんことになっておってな」


 サーシャリオンは腕を組んで呟く。深刻そうに言う割に、顔は楽しげに微笑んでいる。


「――おい、何で笑ってんだ、お前」

「そなたが無事なのだから、我には残りはただの面白いことの一つに過ぎぬ。そもそも、旅の事以外は割とどうでもいいのでな、いっそあの輩のことなど忘れてしまえばいいのではないか?」

「……良くはねえだろ」


 そこまで放任主義を貫くと、ちょっとした暴力だ。

 修太は眉を寄せ、疲れ気味に突っ込む。


「あの不憫男の誘拐を頼んだのは、あの男の兄らしい。厄介な面倒事に巻き込まれたようだ。俺もサーシャの意見に賛成だ。貴族なんぞに関わると、ろくな目に遭わん」

「グレイまで……」


 シビアですね、二人とも。

 サーシャリオンが言うと、ふざけるなと思う内容だが、グレイが言うと不思議と説得力がある。これが人徳の違いというやつなのか。


「何やら横で聞いていても意味不明ですが、貴族に関わると面倒臭いのは僕も同意しますよ。本当、心底、かなり面倒臭いです。王族なんて関わるともっと面倒ですね」


 アレンが断言した。

(おいおい、王女様と貴族が関わってるんですけど)

 どっちも関わってるから、こんなに面倒なことになっているのか?


「あ、あのう。ちょっといいでしょうかね?」


 クレイグが恐々と口を出してきた。グレイの鋭い眼光と、サーシャリオンの黒い笑みが飛ぶ。


「「何だ、まだいたのか」」


 うわあ。声が揃ったよ。

 修太は不憫に思いながら、存在をすっかり忘れていたクレイグを見やる。


「だって俺、まだ礼言ってねえっすから……」


 そういえばそんな話だったな。


「……まじでお礼参り?」


「違うって言ってんだろ。保釈金、払ってくれただろ。ありがとな。俺、牢屋に入れられて一晩で出られたのは初めてだったよ。そもそも、払ってくれる奴に会ったのが初めてだったから、感動しちまってな」


「なんだかんだで、あんたには面倒見てもらったし……。逆恨みされたら嫌だっただけだ」

「それでもだよ。ありがとよ、クソガキ」


 にかっと歯を見せて笑うクレイグ。

 その頭に、グレイの拳が落ちた。


「……誰がクソガキだ、賊風情が」


 一瞬で床に潰れたクレイグを、修太は顔を引きつらせて見下ろす。

 トリトラやシークの喧嘩ぶりならまだ安心して見られるが、これはちょっとひどい。おおおとうめいて頭を抱え、クレイグは身もだえしている。


(ほんと、賊嫌いなんだな……。怖え)


 何でこんなに威圧感があるんだろうと思えば、グレイは盗賊嫌いだから、そこに原因があるのだろう。行動も暴力的で苛烈だ。


「そんなに怒らなくても……。イエ、何デモアリマセン!」


 琥珀の目がじろっとこちらを見たので、修太はすぐさま否定した。


「お前、こんな盗賊なんかにまで、度量の広さを発揮しなくていい」

「いや、俺、別に度量は広くないんだが……」


 ただちょっとばかり憎めない集団だったせいだ。


「そうかぁ? 具合悪くして寝込んでたくらいだ。許してやってんだから、広い方だと思うがな」


 ディドが横でぼそっと付け足し、サーシャリオンとグレイの空気が更に凍えた。


「――やはり埋めておくか」

「そりゃあいい。俺はこいつを見てるとイライラするんだ」


 拳を固めて、本気の色を見せる二人を見て、修太は声を上げる。


「わーっ、待った! 頼むから流血沙汰はやめろ!!」


 慌てて止める修太の横で、のんびり茶を飲みながら、ディドはアレンに向けて呟く。


「どう見ても過保護ですよね、これ」

「ええ、どう見ても過保護ですね」


 頷きあいながら、気の毒な盗賊の末路がどうなるのか、少し興味が惹かれる二人だった。




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