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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
142/340

 3




「では、その盗賊の申す事を信ずるならば、カラク殿が黒幕ということかえ?」


 長椅子に腰かけ、扇子で口元を隠したムルメラの問いかけに、ハジクは床に片膝を付き、(こうべ)を垂れた姿勢で肯定した。


「はっ。あの者の言い分が正しければ、でございますが。政敵によるカラク様をはめる陰謀という可能性も捨てきれませぬ。王女殿下の許可を頂ければ、すぐさま正否を調査致します」


 いかがなさいますか。

 ハジク達プルメリア団の本分はムルメラの護衛だ。ムルメラの側を離れて行動するからには、ムルメラからの許可が必要になる。今回のように、ムルメラの嫁ぎ先という大きな政治的要素も含んだ中身になると、勝手な行動は出来ない。


「――彼奴らの根城が襲撃されていた点といい、見過ごせる中身ではあるまい。許可する。ただちに調べよ。それから、この件を内密にチャドラン兄上にご相談申し上げる故、手紙を誰ぞに届けさせよ」


 王太子である第一王子チャドランと父王によってムルメラの嫁ぎ先が決まったので、王に伝える前に兄に相談する方が話がスムーズに進むはずだ。


「かしこまりてございます。後程、使いの者をこちらに参らせます」

「うむ。下がってよい」

「はっ」


 ハジクが退室すると、ムルメラは長椅子に坐したまま中庭を眺める。


(なんぞおかしなことになってきた……。結婚式よりも早く叩きたかったというところかの……)


 銀色の睫毛に縁取られた青灰色の目をそっと伏せる。


(わらわの侍女か、それとも護衛師団か。どうもカラク殿の手の者がいるようじゃの……)


 ムルメラの旅行は、割合ムルメラの気の向くままというところが強いので、前もって決めていた旅程通りになることは少ない。途中でカラクの手による盗賊が襲ってきたということは、つまり彼らにムルメラとテリースの居場所を教える者が紛れているということだ。

 ムルメラの乳母とハジク以外は全て怪しい。


(まったく、厄介な身の上じゃ)


 人を疑うのは煩わしいから好ましくない。けれど疑わなくては王女として平穏には過ごせない。

 ムルメラは扇の裏で、小さな溜息をそっと吐く。

 そして、気分を切り替えると、部屋の隅に待機していた侍女に紙と文房具を持ってくるように言いつけた。



         *



「よし、今日もギルドに行ってみよう!」


 朝食後、啓介は話を切り出した。


「そうね。なんだかんだで冒険者ギルドが一番情報が集まりやすいもの。また行ってみましょう」


 ピアスは温かい茶の入ったカップを両手で包んで持ち、その茶の表面を見下ろして真面目に返す。その横で、フランジェスカも思案顔になって顎に手を当てている。


「いっそのこと、ギルドで人探し依頼を出してはどうだ? 依頼を出す程、シューターのことを重要視していると分かるから、盗賊どもにはいい牽制になる。煩わしくなって放り出されれば儲けものだ」


 ハジクからの情報待ちと、サーシャリオンとグレイやコウとの再会の為にギルドに伝言を言付けたり、何か手紙が無いか冒険者ギルドを訪ねてみるが、何の情報も無い。ギルドに紹介してもらった情報屋を訪ねてみたが、王都の裏の市場に修太らしき子どもの姿はないようだった。


 盗賊が人間を生かして連れていく場合、たいていは売り払う為であるのだが、そうではないのか、この近辺にはそもそもいないのか。しかし、テリースの身代金の受け渡しの指定場所が王都であったことから、この辺にいなくてはおかしいのだ。


 フランジェスカは騎士の仕事柄、今まで立ち会ったことのある犯罪の事情を思い返し、眉間に皺を寄せる。一度盗賊にさらわれた者が、日の下に出てくるのは難しいものだ。


「早く見つけてあげないと、シューター君、また寝込んじゃってるかもしれないわ」


 ピアスは表情を暗くし、はあと溜息を吐く。憂いている姿も美しいが、いつもの太陽のような笑みが消えてしまっていて場が更に沈む。この面子の中で一番陽気な啓介も浮かない顔をしているから、尚更だ。ここだけ通夜真っ只中のような暗さだ。


「シュウ、ここに来てからほんと病弱になっちまって……。前は寝込んでたら何事かってくらいの元気な奴だったのに」

「元気でも、あの老人くささなら“元気”と言えんだろう」


 啓介についフランジェスカが口を出すと、啓介は眉尻を下げる。


「まあ確かにいつも静かだけどさ。そういう意味の元気じゃなくて、体力面のこと。ほんとに健康人間だったんだよ。ああ、大丈夫かなあ。減らず口叩いて、怪我増やしたりしてないといいけど。うーん、でも俺じゃないから大丈夫かな? 我慢強いし、空気読める奴だし……」


 頭を抱えてうんうん唸りだす啓介。

 ここが食堂だったのもあり、宿の主人に睨まれた。


「おい、お前ら! 朝っぱらから陰気な空気出してんじゃねえよ。俺の飯に文句でもあんのか!」


 恰幅の良い、ちょび髭が印象的な主人に、啓介は慌てて謝る。


「すみません! ご飯はとてもおいしかったですよ。ただ、俺達、人探ししてて……」


 しゅんと肩を落とす啓介を見て、主人は気の毒になったのか、ぶっきらぼうな口調で問う。


「なんだ、人探しって」

「いえ、あの、こういうことで……」


 事情を簡単に話すと、一気に同情的になる。


「分かった。そういうことなら、俺も商売仲間に聞いといてやるよ。そういう奴を見かけたら教えるようにってな」

「ありがとうございます!」


 ぱああと表情を明るくして礼を言う啓介。主人は照れたように頬をかき、良いってことよと言って、厨房に戻っていった。


「流石だな、ケイ殿。宿の主人を味方に付ければ、情報網はかなり広がるぞ」


 フランジェスカが感心気味に言い、啓介の肩を軽く叩く。啓介はにへらと笑う。


「うん、良い人で良かった。俺達もまた情報探ししないとな」

「そうね」


 ピアスもほんのり笑って頷いた。

 そして、一度部屋に引き上げ、荷物を軽く纏めて再び部屋を出ようとしたところ、訪ねてくる人があった。レト家からの使いだという。


「レト家の方? プルメリア団の人じゃなくて?」


 ピアスの不思議そうな呟きが落ちる。啓介やフランジェスカも首をひねる。聞いていた話と食い違っていたせいだ。

 レト家との話し合いはプルメリア団の団員達がすると聞いていたから、そちらの情報はハジクかハジクの使いから来ると思っていた。

 その使いの人は、かしこまった態度で話を切り出した。

 曰く、レト家の当主が内々にて話したいことがあるのだそうだ。


「失礼ですが、私どもは一介の旅人に過ぎませぬ。貴公らは何か勘違いされておいでなのでは? 相談でしたら、プルメリア団にされてはいかがか」


 さっと目配せした後、使いとの対応はフランジェスカがすることになり、フランジェスカは静かな口調で丁寧に言った。


「いえ、我が主は、是非あなた方に……と。人数が足りないようですが、構いませぬ。どうぞ我が主の館までお出で下さいますよう」


 腰は低いが、

「勿論断りませんよね?」

という威圧が見え、フランジェスカは内心で眉を寄せる。


「しかし……」

「申し訳ありませぬが、私は一介の召使いに過ぎませぬ。ですがあなた方をお連れ出来なければ、ひどく責められましょう。どうか私を御救いになると思い、ご同行願えませぬか」


 使いの男は必死に頭を下げる。

 その様子が可哀想になった啓介は、フランジェスカをじっと見た。意図を読んだフランジェスカは肩をすくめる。


「分かりました。しかし、武器は携帯させて頂きます。それが無理ならば、どうぞお引き取りを」

「いえ、いえ! 構いませぬ! 身支度もありましょう。半鐘後にもう一度参ります」

「――ええ、分かりました」


 あからさまに安堵した様子で使いが部屋を出ていき、扉が閉まるなり、フランジェスカはきりっとした表情で言う。


「貴族に関わるとろくな目を見ぬ。念入りに武器を仕込んでいくとしよう」

「そう? それなら私もアイテムを携帯しておこうかしら」


 啓介はそんな女性二人を見て苦笑する。

 心配の方向が物騒な気がするのは気のせいなのだろうか。そこで慌てずに武器を携帯しようというのだから、流石は冒険者だ。


「俺は指輪に入れてあるから、まあいいかな?」


 暇になった啓介は、日のにおいがするベッドに腰を下ろす。啓介のベッドの横にだけ仕切りのある三人部屋だ。一人だけ別の部屋を取るつもりだったが、女性陣から三人部屋の方が安いから却下と言われ、こうして三人部屋の端っこにいる。


(セーセレティーの貴族のお屋敷かあ。どんな所なんだろうな)


 テリースの件を相談されても困るのだけどなあと啓介は小さく息を吐き、得物の手入れでもしようとフリッサを鞘から抜き、布を出して磨き始めた。


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