表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
139/340

 14



 修太がディドに拾われ、クレイグがギルドの牢屋に放り込まれた日から一晩経ち、遅れて王都にやって来たグレイとサーシャリオン、コウは外壁の大門を抜けると、メインストリートへと踏み出していた。


「のう、グレイ。ここまでどうにか追ってきたが、人が多すぎてにおいでは追えぬ。こういう時、そなたが賊を追うならどうする?」


 セーセレティー精霊国の王都に入ってすぐに見かけた屋台でサラマンダー焼きの串焼きを買い、五本入った袋を片手に串焼きにかじりつきながら、サーシャリオンは問う。なんとも緊張感に欠ける光景だが、目だけは真剣な光を帯びている。

 グレイは、どんな時も変わらないなこいつは、と呆れながら、真面目に返す。


「そうだな。まずは冒険者ギルドで情報を当たり、次に酒場で情報収集するし、情報屋を探して情報を買う。だが、この街に馴染みはないから情報屋の居場所は知らん。だから三つ目は使えんな」

「ふむ。では急ぎの時はどうする?」


「街にはどこか一つは暗部がある。そこに奇襲するという手もあるが、余程急ぎの時だけだ。裏の奴らはしつこいからな、後々面倒になる」

「試したような口ぶりだな」


 グレイは頷いた。


「まあな。レステファルテで同胞の女が捕まってな。救援依頼が来たんで、街にいる同胞総出で救出したことがあった。あの時は一ヶ月近く追っ手をかけられて面倒臭かった」


「ちなみに男だとどうなる?」

「見捨てる」

「……そうか」


 分かりやすい女尊男卑に、サーシャリオンはふいと目を反らした。哀れに思ったらしい。


「まあ、そいつが弟子だったり、少し手を貸せば助けられるという状況なら助けるがな。わざわざ暗がりまで出向く真似はせん」

「ふむ。ではシューターの場合はどっちだ?」

「出向くのは構わんぞ」

「……そなた、分かりにくいようで分かりやすいな」


 二本目の串にかぶりつき、もっしゃもっしゃと噛んで嚥下(えんげ)しながら、サーシャリオンは生温かい気分になる。やっぱり贔屓(ひいき)してるよなあ、この男。そんなことを心中で呟く。


「何を考えているのかは想像がつくが、お前、あの子どもと同胞の男を比べるの自体が間違っているぞ。同胞なら、放っておいても上手くやれば逃げ出せるが、あの子どもが檻に入れられて自力で逃げ出せると思うか?」


 黒狼族の男はやわな育てられ方をしていない。故郷を出た後もつつがなく暮らせるように、ありとあらゆる戦闘術を叩きこまれている。いかに外が危険か言い聞かせられ、自分の為を思って厳しく接する母親達の気持ちを汲めば、自然、訓練にも身が入る。


 例え武器を手放しても、各所に仕込み武器を隠すくらいは当たり前だ。鍵開けも縄抜けも教わるから、閉じ込められてもたいていは抜けだせる。

 グレイの問いに、サーシャリオンは首を振る。


「思わぬな。むしろ地味な反抗をして、怪我をこしらえていそうな気がするぞ」

「それ以前にまた寝込んでいるかもしれん。難儀な体質だ、まったく」

「魔力欠乏症さえなければな。まあ、言ってもしようのないことだ。――では、暗がりに出向くとするか」

「ああ。少しここで待っていろ。煙草を買ってくる」

「……うむ」


 急いでいるのかゆっくりしているのか分からぬな。他人の事は言えないくせにそう呟いて、サーシャリオンは三本目の串に手を伸ばしながら、グレイが雑貨屋へ消えて行くのを見送る。

 やがて紙煙草の箱を手にして戻ってきたグレイは、雑踏を迷いの無い足取りで歩きだした。


「こっちだ」

「何だ、どうしてそっちに行くのだ?」


 サーシャリオンとコウは、すたすた歩くグレイを追いかける。


「旅人が最初に確認することは、地元民に近付かない方がいい人や場所を問うことだ」

「つまりそなた、煙草を買うついでに情報収集してきたのか?」

「そうだ。地元民が近付かない方がいいと言う場所が、街の暗部だ」

「……なるほどな」


 今回はそこへ行きたいから、雑談のつもりで場所を確認してきたということらしい。


「そなた、頭が良いな。我は知恵が回る者は好きだぞ」


 サーシャリオンは、上機嫌で四本目の串に齧りつく。


「俺は盗賊を狩って日銭を得てるんだ。これくらいは朝飯前だ」


 割とどうでもよさそうにグレイは返し、ハルバートを肩に担ぎ直した。





 そうしてやって来たのはスラム街だった。

 グレイやサーシャリオン、コウは、見知ったにおいがないかと集中しながら、スラムにしては小奇麗な町並みを歩き抜ける。ときどき家が崩れていたりする他は、表よりちょっとばかり汚いという程度。


「おかしい。スラムの割に人の姿がない。ああいう奴らは縄張りに固執するから、誰かしら因縁をつけてくるもんだが」


 注意深く周りを観察しながらグレイは違和感に眉を寄せる。


「ああ。それに何やら血のにおいがする。あっちからだ」


 サーシャリオンは、くいと顎で左奥を示した。

 グレイとサーシャリオンは顔を見合わせ、無言でそちらに足を向けた。





「……何があったんだ?」


 スラムの奥まった地点に来ると、ばたばたと地面に転がる死体が目に飛び込んできた。血臭が濃い。

 薄汚れた町民のような者もいれば、黒い服を纏った者もいる。


「スラムといえど町中でこんな派手に戦争か? 人間とはよく分からぬ生き物だな」


 サーシャリオンは不思議そうに首を傾げながらも足は止めず、時に死体を踏んで乗り越えながら奥へ進んでいく。


「この暑さでまだ腐っていないとなると、昨日か一昨日かといったところかの」


 壁にかかっている返り血やむせかえるような血のにおいは尻ごみしがちだろうに、サーシャリオンやグレイは特に気にとめずに進む。


「いや、この気候ならば一日もすると腐りだすだろう。においも新しいし、昨日の出来事ではないかと推測する。俺はあっちを当たるから、サーシャはそちらを頼む。コウも行け、あっちを探せ。四半鐘後にここで集合だ」


 グレイはサーシャリオンとコウにそう言って、左の道を進む。


「コウ、聞いておったな? とにかく探してここに戻って来い」

「ワン!」


 コウは一つ返事して、くんくんと地面を嗅ぎながら右の道を進んでいった。


「さてさて。うちの可愛い王子様はどこにいるのかな」


 茶化すように呟き、サーシャリオンは真っ直ぐに進む。ここにいなかったら、次はどこを探すべきなのかと考えながら。





 四半鐘後、集合場所に集まった二人と一匹は、コウの案内の元に右手の道に進んだ。

 奥に進んだ一つの建物の中で、コウはウォフッと吠えた。


「ふむ、なるほどな。確かにシューターとあの不憫眼鏡のにおいがある。それにあの盗賊らのにおいもな」


 不憫眼鏡はテリースのことだ。


「だが、姿は無いし、死体もなかった。抗争に巻き込まれたか、巻き込まれる前に他に移されたか。どちらにしろ、生きてここまで来た」


 グレイはかすれ気味の低い声でぼそぼそと冷静に判断を口にしながら、このどうしようもない追いかけっこに苛立ってきた。

 その時ふと、新しいにおいを拾った。サーシャリオンやコウも気付いたようで、揃って顔をそちらに向ける。


 グレイはサーシャリオンとコウに無言のまま右手でここに留まるように指図し、トランクをその場に置き、ハルバート片手にそっと部屋を出る。

 死体が幾つか転がっている廊下で、金髪と糸目をした狐顔の青年が顔を青ざめさせ、頭を抱えてうめいていた。


「何だこれ、何だこれ! ジャッヤ、モードン、アジャン! 返事してくれよ! 何がどうなってんだ!」


 黒服ではない方に話しかけ、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている青年は、そこでようやくグレイに気付いた。


「――お前か」


 憤怒に染まった顔をした青年は、血を吐きそうな声を出した。


「お前がやったのか!」


 そう叫ぶや、こちらの返事も聞かず、ナイフを抜いて踊りかかってくる。

 グレイが黒服を着ているので、敵の仲間と勘違いされたらしい。

 しかし、踏みこみが甘い。


 ハルバートの柄で青年のナイフを弾き飛ばす。やや近付いた瞬間、濃い血臭に混じって修太のにおいを拾い、グレイは青年の腹を軽く蹴り飛ばした。痩せている青年はあっさり弾き飛ばされ、背中から壁にぶつかり、うめいて壁をずり下がる。

 グレイはその青みがかった上着の胸倉を左手で掴み、片腕で吊り上げて無理矢理立ち上がらせると、壁に押し付けた。


「てめえ、あの時の盗賊だな。シューターはどこだ。生きてるんだろうな?」


 殺気のこもった鈍く光る琥珀色の双眸で睨みつけられ、青年はひゅうと息を飲む。


「しゅ、シューター? 何言ってんだ。つーか、仲間を殺した奴の質問に答えると思ってんのか!」


 青年は負けじと茶色の目に物騒な色を浮かべて睨み返してくる。


「今、質問してるのは俺だ」


 ぐっと手に力を込めると、苦しげに青年の顔が歪んだ。


「なんだったら、話したくなるように指を一本ずつ折ってやろうか? 足も含めりゃ二十本もあるんだから、数本くらい構わんだろう」


 低く脅すと、本気が伝わったのか青年の表情が青ざめる。しかし口を割る気はないようで、逆に口を引き結んだ。

 グレイが更に苛立った時、場違いな笑い声が響いた。


「あははは、いやあ、グレイ。そなた、まるっきり悪役の台詞だぞ、それは。つくづく正義の使者には見えん男だ」

「黙れ、サーシャ。俺は正義の使者なんぞになった覚えはない」


 手はそのままで、ちらりとサーシャリオンを睨む。


「賊を掃除して回る賊狩りなのだ、正義寄りだと思うがなあ」


 口元に優美な指先を当て、くつくつと笑うサーシャリオン。

 青年は顔を引きつらせるが、苦しげにしながらも威勢よく返す。


「ぞ、賊狩り……!? ふかしやがって。あの恐ろしい冒険者はレステファルテを拠点にしてるはずだ!」

「残念だが俺がその賊狩りだ。そう名乗った覚えはないがな」


 じろと青年を見据える。


「問いに答えろ。貴様らが連れてった〈黒〉の子ども、生きてるのだろうな? 俺は賊が大嫌いでな。答えによっては掃除するのもやぶさかではない」


「くろのこども……。あ、あのガキのこと言ってるのか? ……あ! ハルバート。ハルバート使いの黒狼族って、お前のことか!」


 青年はグレイのハルバートを見て修太との遣り取りを思い出し、声を張り上げた。


「あのガキなら生きてるよ。それどころか、俺を騙して逃げた挙句、やっと見つけたと思ったら胡散臭い銀髪男と灰狼族の冒険者達についてっちまった。代わりに俺はギルドの独房に入れられて、さっき解放されたとこだ」


 青年はにへらと笑みを浮かべる。


「いやあ、あのガキ、良い奴だよな~。まさか俺なんかに保釈金を払ってくれるとは思わなかったから驚いたよ。牢屋に放り込まれて一晩で出られたのは初めてだ」


 うんうんと頷きながら、青年は笑う。


「そうかそうか。お前らがあのガキの仲間か。いやあ、勘違いして悪かったな。わっはっはっは」

「――うるさい」

「げふっ」


 うるさかったので腹に拳を一撃お見舞いし、青年を解放する。青年は嘘は言っていないが、笑いが(かん)に障ったのだ。


「ひ、ひでぇ……」


 腹を抱えてゲホゲホ咳き込む青年を無視し、グレイはサーシャリオンを見る。


「容赦ないな、そなた……」

「お前も目の前で大笑いされれば分かるだろうよ」

「そうか……」


 サーシャリオンは苦笑して、ひとまず頷いた。その足元でコウが怖いと言わんばかりに伏せてぷるぷる震えている。


「しかし、胡散臭い銀髪男と灰狼族についていっただと? しかも盗賊に保釈金? あいつは何を考えてるんだ」


 意味が分からない。憤慨してグレイはうなる。

 咳き込んでいた青年は、苦い顔で言う。


「あのガキは知り合いって言ってたけどさ。俺から見ても胡散臭かったぞ」

「ふっ、そなたに言われるとなると相当だな」


 サーシャリオンが心底おかしそうに口元を歪め、しかしすぐに真面目な顔に戻る。


「誰のことだか分からぬが、一人ではないようだな」

「――ああ」


 グレイはとりあえず一度納得し、しゃがみこんだままの青年の横の壁をガツンと蹴る。


「――で? この有り様はいったい何だ。あと一人のお坊ちゃんはどうした?」

「いちいち荒い奴だな。俺に当たるなよ! いえ、何でもありません! えーとえーと、俺も分かりません! さっき帰ってきたとこだって言ったじゃないっすか!」


 青年は言い返したものの、グレイの一瞥にビクリとして即座に謝り、そう主張した。


「もう、何が何だか分かりゃしませんぜ! 仲間は死んでるわ、知らねえ奴らも死んでるわで。俺、どうしたらいいんだよ!」

「――知るか。てめえでどうにかしろ」

「そんな殺生なー!」


 助けてくれと足にしがみついてくる青年を逆に蹴り飛ばし、グレイは先程の部屋に戻ってトランクを拾い上げる。

 サーシャリオンは呑気にグレイに声をかける。


「シューターが無事なら我はあとはどうでもいい。冒険者ギルドに行ってみるか」

「そうだな。あのお坊ちゃんは、身代金さえ払えば無事に戻るだろ」

「待ってくれ! 俺も一緒に行くぞ!」


「「――あ?」」


 グレイとサーシャリオンの低い声が重なった。

 凍えるような視線にさらされ、青年はひっと息を飲むが、すかさず言う。


「だってよぉ、俺、どうしたらいいか分からねーんだ」

「大の男がだってとか抜かすな、気色悪い」


 グレイの刺々しい言葉にもめげず、青年は続ける。


「だからとりあえずだな、あのガキに保釈金のことを礼に行く!」

「……ここで死んどくか? 目障りだ。失せろ」


「あんた、ほんとに盗賊嫌いなんだな! 言っとくけどな、俺らは誘拐はあれが初めてだったんだぞ。仲間がレト家の奴に捕まっててさぁ。あの泣き虫男と引き換えるのが解放条件だったんだ。うお、な、何だよ!」


 グレイとサーシャリオンに凝視され、青年はぎょっと身を引く。


「レト家? 今、レト家と言ったか、そなた」


 サーシャリオンの問いに青年はぶんぶんと頷く。


「何だこれは、いったいどうなっている?」


 訳の分からない状況だ。サーシャリオンの問いにはしかし、グレイも答えられなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるーく活動中。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ