12
セーセレティー精霊国王都にある冒険者ギルドは、安っぽい酒場みたいな雰囲気をしていた。それかもう少し良く言っても、寂れかけのカフェか。
「人、少ないな……」
運営は大丈夫なのかと心配していると、ディドが当然というように言う。
「そりゃあな。ダンジョン都市じゃねえんだから、昼間にいる奴は寝坊したか報告に来る奴だろ。朝一で出かけて帰ってくるから、夕方が混む」
「そうなんだ。ビルクモーレとは違うんだな」
ダンジョン経営で成り立つ都市とそうでない都市とでは差があるらしい。
そんな冒険者ギルドの一階を見回すと、壁際の全体を見渡せる位置で、優雅にカップを傾ける青年が目にとまった。青みがかった短い銀髪は薄らと頬に影を落とし、右目が銀色で左目が緑色という神秘的な瞳は手元を見下ろしている。何かの情報誌を読んでいるようだ。
前も思ったが、そんな仕草が嫌味に見えないところが嫌味っぽい美形野郎である。
「戻りましたよ、アレンの旦那。用事は済みました? それにしても、何をそんなに熱心に見てるんで?」
元聖剣の勇者で、勝手に聖剣を返して勇者の名まで返上した、今はただの冒険者であるアレンは、こちらに視線を寄越すことなく、じっと紙面を見下ろしている。
「お帰りなさい、ディド。ええ、用事は終わりましたよ。これは耐火布製の衣服を買うにあたり、どこの店が良いかと思いましてね。受付でカタログが売っていたので見ているのですが……どこもぼったくりな気がするので、地道に探した方がマシか、それともいっそサラマンダーを狩ってきて加工を頼むべきかで悩んでるんですよ。それとこっちは、回りたい甘味処と、書店ですね。流石は王都。情報誌まで発行しているなんて流石です」
最初は真面目なような気がしたが、後半はふざけているような気がした。何だ、甘味処って。
「旦那、甘いの苦手だったんじゃ?」
ディドは不思議そうに問う。
「苦手ではありません、嫌いなんです。あんな胸焼けする物、摂取するのも嫌です。ただ、このジャムを買おうかと。マロネという実は、魔力具有の果物なので。ジャムなら日持ちしますから……。ん?」
結構まともな悩みだったことに驚いていると、アレンがようやく顔を上げ、修太に気付いて目を瞬いた。
「おや、どこかで会ったような子どもですね。……迷子ですか?」
真面目な顔でディドに問うアレン。
初っ端から喧嘩を売られ、修太はぴきっとこめかみに青筋を浮かべる。
「迷子……なんすかねえ? 宿を探してる時に、チンピラに絡まれてたんで声かけたら、仲間は一緒じゃねえって言うんで、それに冒険者ギルドに行きたいと言うから連れてきたんです」
「俺は迷子じゃねえぞ!」
鼻息荒く否定する修太を、アレンは哀れなものを見る目で見る。
「知らないんですか、お馬鹿さん。迷子っていうのは、道が分からなくなることだけを指すわけではありませんよ。連れにはぐれている状態も指すんです。更に言えばその対象は子どもが多いので、あなたはそれに該当しています」
「うるせえな。回りくどく言ってるけど、つまりは馬鹿にしてんだろ!」
アレンは手をパチパチと叩く。
「よく分かりましたね。偉いですよ」
「だーっ、もう! 撫でるな!」
この野郎、心から馬鹿にしやがって。
子ども扱いでよしよしと頭を撫でてくる手をはたき落とす。
「前も言ったけど、俺は子どもじゃない! こう見えて、十七歳なんだぞ! それらしい扱いしやがれ!」
憤然と言って、テーブルの盤面に両手を突く。
アレンは目を丸くしてから、色違いの両目を優しく細める。
「ええ、ええ、分かってますよ。そういう風に大人ぶりたい年頃なんですよね」
「ちげえよ! 温かい目で見るな!」
ふと周りを見ると、ギルドの職員やぽつぽつといる冒険者達まで微笑ましい目でこっちを見ていて、修太は顔を赤くする。羞恥と怒りでだ。
「でも旦那、こいつ嘘ついてませんぜ?」
ディドが複雑極まりない顔で修太を指差すと、アレンはちちちと指先を振る。
「いいですか、ディド。本人がそう信じ込んでいれば、それは嘘ではありません。彼にとっては真実で、嘘を言っているつもりはないのですから。意味は分かりますね?」
「ああ、それなら確かに……」
「確かに、じゃない。納得するな!」
慌てて口を挟んで納得するのを防ごうとするが、一歩遅かった。ディドのオレンジ色の目まで温かい眼差しに変わっていた。ちくしょー!
怒りでぷるぷる震える修太を愉快気に見て、アレンは話題を変える。
「それで? どうしてまた一人なんです?」
「それは……」
修太が答えを言いかけたところで、ああっという声が出入り口から響いた。
「げっ!」
そっちを見た修太は短くうめいた。
クレイグが狐面みたいな顔を真っ赤にして、ぜいぜい肩で息をしている。
「見つけたぞ、ガキ!」
修太はきょろきょろと周りを見回し、逃げ口を探す。受付カウンター横が中庭への出入り口になっているので、そちらに駆けていこうとしたが、アレンに腕を掴まれた。
「まあまあ、そこにいなさい。――ディド」
「はい、旦那!」
ディドが返事して、修太の前に立つ。
庇ってくれるらしいのに驚いて、ディドとアレンを見ると、アレンに苦笑された。
「君ね、だから僕は人でなしではないと言ってるでしょうが」
そんなこと言ってたな、そういえば。
ディドを見て、クレイグが顔を青ざめさせた。
「バッカ、お前! 知らねえ奴についてくなと言ったろうが! おめえさんみたいなカラーズにゃ、どこも危ねえんだと教えたろ!? だいたい、俺を騙して迷子紐を外しやがって。仕舞いにゃ怒るぞ!」
クレイグの怒声を聞いて、アレンがぶっと吹き出した。迷子紐……と呟いて笑っているのを睨みつけてから、修太はディドの後ろから顔を出す。
「あんた達が俺の話を聞かないからだろ!」
何事かと見守る周囲の視線をつっぱねて、クレイグは大股にギルドを横切ってくる。
「ちゃんと聞いてるだろうが。逃がしてやるっつってるのに、お前って奴は!」
「だーかーらぁ、俺は奴隷じゃねーって!」
修太達の遣り取りを見て、アレンは肩をすくめ、ディドをちらりと見る。
「何なんです? この愉快な遣り取りは」
「あの小僧、盗賊に奴隷と勘違いされて、逃がしてやるってさらわれたらしいですぜ?」
「はあ? 複雑な上に迷惑極まりないですね」
そう言いながらも、アレンは面白がっている。そんな珍事、滅多に起きない。
「あと、この二人は、一応? たぶん? 知り合いだから!」
修太の主張に、ますます不安を増幅されたらしい。クレイグがこっちに来いと手招きする。
「そこで会ったから知り合いとかいうオチだろ。ほら、こっちに来い!」
「ひどいですねえ。一応? たぶん? そんな曖昧な単語はいりませんよ。ちゃんと知り合いです。一緒に遺跡を探索した仲ですよ」
アレンはひょいと椅子を立ち、笑顔で取り成す。
(まあ、嘘は言ってないな……)
元はといえば、そうなる羽目になったのは、アレンの同行者のせいだが。
「そもそも、君って奴隷だったんですか? 普通に冒険者の仲間の一人かと思ってましたけど」
アレンの問いに、修太は首を振る。
「だから違うって! 俺の仲間にも奴隷はいねえよ。たまたま積み荷用の馬車に乗ってたら勘違いされただけ!」
「え!?」
クレイグが目を丸くした。
「冒険者? そんな奴ら、いたか?」
「いたよ。元騎士の女だろ、ハルバート使いの黒狼族だろ、ダークエルフだろ、それからセーセレティーの民と、違う馬車に〈白〉の男と、あと犬が一匹!」
思い当たったらしい、クレイグがハッとする。
「じゃあ、あの馬車を護衛してた冒険者で、その仲間ってことか……」
修太は頷いた。
真実は少し違うが、だいたいは間違ってはいないのでそういうことにしておく。
「まあ、誤解してたのは分かったが、それでもこっち来いって。そんな柄の悪い奴と胡散臭い奴、信用出来ねえだろうが」
クレイグは思考を持ち直し、手招きする。アレンの笑みが引きつる。
「柄が悪いのがディドとして、僕が胡散臭いんですか? なんて失礼な。こんな善人、そうそういませんよ?」
「だから、そういうとこが胡散臭いんだって」
修太はちらりと振り返り、しっかり突っ込みを入れる。
アレンは少し俯いて、考えを纏めると、素晴らしい笑顔で顔を上げた。そして、すぅと息を吸い込み、人差指をびしっとクレイグに向ける。
「人さらいの盗賊風情に、そんな讒言を言われる覚えはありません!」
いい笑顔で、ギルド内に響くような大声できっぱりと言った。
「あっ、てめ!」
クレイグが焦って修太と出口を見比べ、結局出口を選んだところで、一足早くギルド職員が出口を塞いだ。
「人さらいの盗賊が、こんなとこで何してんだろうな? え? ちょっと御同行願えますかね?」
「げ……っ」
気付けば、更に周囲を数少ない冒険者が囲んでいた。
クレイグは顔を引きつらせながら、大人しく両手を挙げて降伏宣言する。
「あっはっはっは。ひとのことを胡散臭いなんて言うからですよ。どうぞ、牢屋で頭を冷やしてきて下さいね~」
アレンは心の底からざまあみろというように笑い、ギルドの奥に連れて行かれるクレイグにひらひらと手を振る。
「てめえ、この狸が! ガキ、やばくなったらちゃんと逃げろよ!」
「あー、大丈夫なんで。ええと、なんかすみません……」
どうしよう。
逮捕されながらも心配するクレイグに、良心がズキズキ痛む。
「留置所には入り慣れてっから、まあ気にするな!」
わはははと笑いながら、連れていかれるクレイグ。自慢することではないと思う。
「坊主も詳しい話を聞かせてくれな。あとそっちの二人は本当に知り合い?」
あーあ。結局、二人まで疑われてるよ。
修太はギルド職員に呼ばれて一室で聞きとり調査をされながら、きちんとアレンとディドの弁護もしておいた。