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はぐはぐとサラマンダー焼きに齧りついている子どもを見下ろして、何でまた子守りみたいな状況になってるのかねとディドは胸中で首を傾げた。
アレンが用事を片付けている間に宿をとってこいと言われたので、宿を探してうろついていたら、知ったにおいがあり、いったい誰だろうと思えばこないだ会った子どもだった。しかもしようもないチンピラに絡まれている上、喧嘩を売り返しているのでおやと思った。体格差や人数差を考えると無謀に思えたが、喧嘩を売ったり買ったりする奴は好ましい。
灰狼族には喧嘩好きが多い。短気で直情的なせいで、すぐに喧嘩になる特性からもきているが、武器を使うより乱闘が好きなのだ。獣の血が騒ぐのである。
「これ、美味いなあ。サラマンダーが何か知らねえけど」
「知らんでよく食えるな。サラマンダーってのは、火トカゲだよ。でけえトカゲ」
「うぐっ」
教えてやったら、急にむせだした。
「トカゲ? トカゲなの、これ」
唖然と肉を見下ろす修太。
「そうだよ。セーセレティーの王都近郊名物だ。でかいトカゲでな、首の後ろやら周りに火を纏ってる生き物だ。肉が美味だから、ここいらじゃ皆食う」
「なんだ。皆食べるんならいいや」
複雑そうに肉を見下ろしていた修太は、あっさり割りきって、残りの串焼きを制覇し始める。順応が早い。
「おら、行くぞ。食いながらでいいからついてきな。先に宿をとっちまうから」
「ふぁい」
頬張りながら返事する修太。
ああ、やっぱり子守りだ。
ディドは何だか居心地悪い。たいていの人間の子どもは、ディドのような灰狼族の男を怖がって近寄らないのに、この子どもは全く警戒していないので、距離をはかりかねるのだ。
分厚い切り身が三つ刺さった串焼きを食べ終わるのを見計らい、ディドは問い掛ける。
「で、お前、結局、仲間はどうしたよ? まさか一人じゃねえんだろ?」
「そのまさかだけど」
「だよなあ」
頷いたディドは、一拍遅れ、修太を見る。
「は!?」
フードを目深に被った子どもの表情は読めないが、後ろ頭をかく仕草から参っているらしいのは分かった。
「お前、一人なのか? あれだけ過保護な仲間が、なんでまた」
「過保護か? そこは分からねえけど、まあ色々あってさ」
首をひねりながら、修太は色々の中身を語った。
「何だそりゃ。盗賊に奴隷と勘違いされて、自由にしてやるとさらわれた挙句、逃げてきたって? そんな奇想天外なことがあんのか」
「あるから困ってんだろ。俺、嘘なんかついてないのに、本当のことを言えば言う程、分かってる、そう躾られてるんだろって、こうだ。何言っても無駄なんだから、逃げるしかねえだろうが。俺は盗賊の仲間になんかなりたくねえし」
すねたように言う修太を、ディドはあんぐりと見下ろす。それは確かに逃げるしか方法はなさそうだ。
「殺されないだけありがたいけどさ、森に置いてってくれて良かったんだけどなあ。はあ」
心底面倒臭そうだ。
「それで何で冒険者ギルドに行きてえんだ?」
「元々、王都を目指してたから、もしかしたら仲間がいるかもしれねえから。それでなくても伝言くらいは残しておきたい。あとは、俺一人だと色々危ねえから、仲間と合流出来るまで護衛でも雇おうかなって思って。金があれば依頼は出せるんだろ?」
こんな事態、大人でも真っ青になるだろうに、子どもが慌てず騒がず、方策を練っている様はディドには奇妙に思えた。アレンが、妙に落ち着いている変な子どもだったと言っていたのは、これなのかと納得する。確かに得体の知れない子どもだ。
「まあ、出せるがよ……。お前、ちっとは慌てるとかしねえのか?」
「慌てて何か変わるのか? 醜態さらしてみっともないだけだろ」
「…………」
いや、まあ、確かにそうだが……。
「子どもってのは、もっとこう、無邪気で明るい生き物だと思ってたな……」
思わず呟くと、じろっと睨まれる。
「なにそれ。俺が邪気に溢れてて暗いって言いたいの?」
むすっと口を引き結ぶ様は、やっと年相応に見えた。
「そうじゃねえよ。なんか老人みてえなガキだと思っただけだ」
「失礼だな。ったく、何で皆、俺のことを爺臭いだの言うんだ?」
修太は不満げにぶつぶつと呟く。
「お前、護衛雇うって言うけど、金はあるのか?」
ディドの根本的な問いに、修太は頷く。
「ああ。ビルクモーレに半年くらいいたんで、その時にバイトしてたから」
「はー、しっかりしてんなあ」
自分がこのくらいの頃はどうだっただろう。色々物知らずで、変な失敗ばかりしていた気がする。
雑踏を歩きながら、過去の自分を恥ずかしく思っていると、ようやく目当ての看板を見つけた。火トカゲの鱗亭と書かれている。規模的に見ても中規模の宿といったところだ。
「そこの宿にするか。ちっと見てくる」
まずは灰狼族が泊まれるかの確認をしなくては。灰狼族は抜け毛のせいで掃除が大変だとか、身体がでかいから床板が抜けると宿泊を断られることがあるのだ。現に、ここの宿の前に顔を出した二軒はどっちもそういう理由で断られた。ひどい話だと思うが、洗濯する苦労を思えば当然な理由にも思えるし、実際に床板を踏み抜いて弁償する羽目になったこともあるので実にまっとうとも言える。
「俺も宿探してたから、一緒に行く」
店先で待つように言うと、修太は首を振ってついてきた。
この宿は灰狼族も大丈夫だと言うので、修太が一人部屋をとろうとするのを遮り、三人部屋をとった。
「……ちょっと、何で三人部屋? 俺、一人でいいのに。あんたもお人好しなのか?」
宿を出て冒険者ギルドに向かう道すがら、小さな連れは不満げに口をへの字にした。
「そりゃ嬉しいね。あんたもって言うってことは、アレンの旦那もってことだろ? たぶん、旦那もこうすると思うからな」
不満もものともせず、むしろ嬉しく思ってディドはにやりとする。敬愛する主人と思考が似ていると言われて喜ばない灰狼族はいない。
「迷惑かける気なんかねえんだ。放っといてくれていい。ただ、冒険者ギルドの場所が分からないから、そこだけ教えてくれりゃ良かったのに」
「ふん。あそこで俺と再会したてめえの運の良さを恨むんだな」
「…………」
そう言うと、修太はむすりと黙り込んでしまった。
しばらく黙っていたが、ややあって渋々というように礼を口にする。
「ありがとう。確かに助かってる。文句言うとこじゃなかったな」
物分かりの良さが、少々ディドには微妙に思える。実に子どもらしくない。子どものなりなのに大人びているのが、どこか歪に思えるのだ。肉体と精神が釣り合っていないような、そんな違和感を覚える。
獣人の本能で、そんな違和を嗅ぎ取ったディドは、とどかない所がかゆいみたいなもどかしさにも似た感じで、背中をむずむずさせる。でも、どう言えば良いか分からないので、とりあえず頷いた。
「おうよ。こういう時は大人しく知人に頼っとくもんだ」
そう付け足すと、確かにそうだと修太は頷いた。
*
冒険者ギルドに向け、ディドの後について歩く修太は、一つの葛藤と戦っていた。
(うう、ものすごく触ってみたい……)
目の前でふさふさと揺れる狼の尻尾が、あんまりふわふわしてそうで、触ってみたい衝動に駆られてしまうのだ。
灰狼族は巨躯だけあって、尻尾も子どもの襟巻になりそうなくらいの大きさがある。
最初はどうとも思わなかったが、後ろから見ているうちに、こんなしようもない衝動と戦う羽目になっていた。
結局、衝動に負けて、がしっと両手で挟んでみた。
「おおー、すげえ、ふさふさでふかふかしてる!」
感動して尻尾を遠慮なく撫でていると、いつの間にか立ち止まっていたディドが怒りに満ちた低い声でうなるように口を開いた。
「ごら、坊主! なーに、ひと様の尻尾に断りなく触ってやがる!」
その声でハッと我に返り、修太は盛大に慌てる。どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。まさか灰狼族の尻尾が、ドラゴンでの逆鱗とは思わない。
「え、えーと……」
「気安く尻尾に触るんじゃねえ! これに触っていいのは、俺が伴侶と認めた女だけだ!」
「すみませんでした!」
修太は勢いよく頭を下げた。
そうしながら、脳裏の隅で、なるほど尻尾に触るのはセクハラなのかと理解した。カルチャーショックだ。
「あんまりふさふさしてるから、つい! 悪気は無かったんです!」
思わず敬語になってしまうのは、ディドの発している怒気が凄まじかったからだ。
だが、修太の言い訳を聞いたディドは一瞬にして怒気を消し去り、驚いたように目を丸くする。
「え!?」
「え?」
「ふさふさしてるのか……?」
驚きというようにディドが問うので、修太はぶんぶんと首を縦に振る。
「毛並み綺麗で、ふわふわしてるように見える」
「ほう。……で?」
何故か、機嫌を良くしたらしきディドは、腕を組み、オレンジ色の目を期待に染めて続きを促してくる。
「で? え?」
何が訊きたいのか分からない。
「実際はどうだった?」
ああ、そういうこと。
「実際にふわふわしてたし、ふかふかしてた」
ディドの厳めしい狼顔が、でれっと崩れる。
「そうか、そうか! 俺の尻尾の良さが分かるとは、お前、良い目をしてんじゃねーか!」
喜んでにやにやし始めるディドを、修太はぽかんと見上げる。どうやら逆鱗の次は琴線に触れたようだ。
「良い尻尾は、良い男の証ってな! だはははは!」
上機嫌に笑いだすディド。
嬉しげにばっこんばっこん肩を叩かれる修太はたまったものではないが、あいまいに笑うしかない。
(そ、そうなんだ……)
毛並みが良いのが美人の証だとビルクモーレで聞いた気がするが、尻尾の毛並みの良さとは思わなかった。
分かったのは、ディドはものすごく単純な性格をしているということだ。
(よし。何かあったら、とりあえず毛並みを褒めておこう)
本当に毛並みが良いから、嘘は言っていない。
修太は心の内でひっそりと決意した。




