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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
134/340

 9



 盗賊達のアジトはスラムの奥まった所にあるらしい。

 だから修太みたいな身なりの良い子どもが一人でうろついていたら、あっという間に目を付けられて身ぐるみ剥がされるぞと脅された。遠回しに心配しているようだ。


「この国、スラムがあるの?」


 意外だった。

 一年中果物がなるから飢える心配はなく、だからスラムなんてものは無いのだろうと勝手に思っていたのだ。


「どこの国にもあるだろ。まあ、他の国に比べりゃ、ちょっと外に出て森の奥に行けば、木の実や果実をタダで手に入れられるからな、飢える心配はないんで、そこまで殺伐としてはいねえんだが。住居難民ってやつだよ」


「悪いけど、俺、この国のこと、詳しくないんだ」


 修太が困ってクレイグにそう訴えると、クレイグの茶色の目が憐憫に染まった。


(ん?)


 何か嫌な予感がして、眉を寄せたところで、頭をわしわし撫でられる。


「そうだよなあ。お前、レステファルテから買われてきたんだろ? そりゃ知らねえよなあ」

「だから、俺、奴隷じゃないって」

「分かってる」

「…………」


 どこがだ。

 何故、本当のことしか言ってないのに、勘違いされるんだ? 誰か教えてくれ。いや、むしろ助けてくれ。


 視線を部屋の中に向けると、テリースが安っぽいベッドでうつぶせに寝ているのが見えた。能天気な寝顔が腹が立つ。小心者なのか豪快なのかどっちなんだ、はっきりしろ。


 とりあえず修太が分かるのは、テリースが何の役にも立たないということだけだ。

 テリースが寝た時点で、クレイグはテリースが脱走をする心配が無くなり、入口横ではなく、修太の座る木箱の隣の木箱に座った。そして、おもむろに注意し始めたというわけだ。


「この国はなぁ、食い物はタダ同然に安いんだが、住居が高いんだ。それというのも、税金が家にかかるからだ。広さによって値が変わるし、住んでる人間の数でも変わる」


 細い目を更に細め、クレイグはそう言った。

 修太はその一言でピンときた。


「つまり、小さい家に住んでても、家族が多かったらそれだけで負担になるってことか」

「そういうこと。聡いなあ、お前」


 クレイグは口元を歪め、にひひと笑う。


「そこで問題。家族が増えて税金が払えないと、どうするでしょう?」

「え……。間引(まび)きとか?」


 間引きとは、生まれた赤子をすぐに水に沈めるなどして殺し、神の元に返すことだ。江戸時代の日本でもそういったことがあったのは知っている。「七歳までは神のうち」といい、子どもの死亡率が高く、七歳を越えて生きられる子どもが少なかったことから諦めてそう言っていたのだ。そこから、いったんは神様から子を預かったけれど、育てられないから返すと言って、間引きや堕胎をされていたと云われている。


「まあそう考えるだろうが、セーセレティーじゃ間引きや堕胎(だたい)は禁忌とされてる。祖霊が精霊の祝福を受けて転生して新しい命になると云われててな、転生を邪魔するのは重い罪なんだ」


「そうなんだ……」


「ああ。でな、それでも育てられない場合がある。親が、命の危機でもない限り、直接子どもを手にかけることは禁忌とされてるが、子どもが勝手に外に行って死ぬ分には構わない」


 修太はだいたい予測がついたが、口にするのはためらわれた。


「そういう場合、だいたいは森や、ここみたいなスラムに子どもを捨てる」

「……孤児院はないのか?」


「あることにはあるが、数が少ないからな、入れた奴は運が良い。たまに孤児院から逃げてくる奴もいるから、どっちが良いかは知らねえけどな」

「何で逃げてくるんだ?」


 修太には理解出来ない感覚だ。


「院長が暴力をふるうようなクズだったりとか、奉公に出された屋敷の主人がそういうクズだったりもするし、貴族が慈善事業で孤児を引き取って家臣や使用人にすることもあって、そこが嫌だって言う奴もいるし、まあ色々あるな」


 クレイグは天気でも語るようなのんびりした口調でそう語る。


「ここにいる連中は、捨てられた奴か、そういうとこから逃げてきた奴ばっかで、なんつーか、落ち着いた家で暮らすより自由を選んだ奴の吹き溜まりってやつだな」


 つまり周りにいるのがそんな奴ばかりだから、奴隷にされている(と勘違いしている)修太を逃がそうと考えたわけか。


(良い国だと思ったけど、やっぱどこにでも問題はあるんだな……)


 残念に思うが、飢えないのならばよっぽどマシな土地だろうと思う。


「頭も逃げてきた奴の一人だよ。元々、スラムに捨てられてたらしいんだけど、ちょうど子を亡くしたばかりの貴族に拾われたんだってさ。で、十三かそこらまで養子として育ったらしいんだが、母親に襲われて右目がああなって、逃げてきたらしい。どうして襲われたのか、詳しくは俺も知らねえが、頭が貴族を嫌ってるのは確かだな。でも同時に、ここいらじゃ一番教養があるよ。文字も扱えるしな」


「よくあの怪我で助かったな……」


 一命をとりとめたとしても、次は感染症にかかりそうなものだ。


「ああ、ここには先生が住んでるからな、先生が治療したんだよ。なんつったかな、元王宮付き医師だったけど、先代の代替わりの時に政権争いに巻き込まれて、それで人間嫌いになったから、ここで暮らしてるらしいな」

「ふうん……」


 色んな奴がいるものだ。


「なあ、すごく素朴な疑問なんだが、スラムでも家に住んでるんなら税金がかかるんじゃないのか?」


 ここに住んでいていいのだろうか。


「ああ、スラム一帯はそもそも住居区じゃねえからな。この辺、三十年前に地盤沈下で建物倒壊事件が起きてな、危険区画扱いなんだよ。ちょうどこの下を地下水脈が多く走ってるらしい」


「え!? 地盤沈下!?」


 修太はぎょっとして、足元の床を見つめた。


「そ。だから少しずつ沈んでてな、ときどき地面や建物の崩落が起きるから、お前、あんまりうろうろしようと思うなよ?」

「ここ、王都だろ!? そんなんでいいのかよ!」


「知らねーよ。元々は建物があったんだ、誰も知らなかったんだろ。とにかく、水には困っちゃいないし、建物を壊して整備すんのも金がかかるんで、見捨てられてるのがこの区画ってこと。それ幸いと、家のねえ奴らが勝手に棲みついてんだよ」


 まあ確かに、住む所がなくて、ふと横を見たら、危険ではあるが金のかからない家がある。そりゃあ住むよな。


「いつ崩れるか分からないから、税金の徴収にも来ないってことか……。なるほどね」


 理解はしても、よく住めるものだと感心する。


「お前、ここに住むんなら、良い家教えてやるよ。ただし、崩落で死んでも恨みっこなしだぜ?」


 にっと狐みたいに笑うクレイグ。

 修太は顔を引きつらせ、丁重に断った。





 翌日。

 埃っぽい部屋の隅で、毛布に丸まって寝た修太は、朝起きるなり決意した。ここを掃除しよう、と。

 埃のせいだろう、身体がかゆい。

 ずっとここにいる気はないが、数日でもこんなのは耐えられない。

 果物二個の朝食を終えた後、クレイグに箒とバケツと雑巾を要求し、せかせかと掃除して働いていると、様子見に顔を出したキッカがおもむろに泣きだした。ぎょっとする修太の肩をがしっと掴み、キッカは言う。


「働いてないと落ち着かないなんて……! 奴隷根性がすっかり染み付いちゃって、可哀想に!」

「……いや、これは俺がただ綺麗好きなだけで」

「ううっ、お姉さんは君の味方だからね!」


 目に腕を押し当て、おいおいと豪快に泣きだすキッカ。


(もう、なんなんだ! こんな生活に当たり前のことしてても、奴隷根性って!)


 癇癪を起こしそうだが、クレイグまで天井を仰いでいるのを見て、一気にやる気が失せた。

 一人、事情を知るテリースも何も口を出せずに苦笑している。

 それだけ勢いがすさまじいのだ。

 そこでふと、修太は名案を思いついた。


「なあ、クレイグさん。俺、王都を歩いてみたいので、良かったら案内してくれませんか?」


 自由にやたらこだわる彼らだ。こう言えば、同情して外に出してくれるかもしれないと思ったのだ。


「おう、いいぞ。連れてってやる。お前に自由な世界がどんなものか見せてやるよ……!」


 ぐっと親指を立て、歯をきらめかせるクレイグ。任せとけ! と、良い顔をするので、ちょっとだけ良心が痛んだ。

 案の定、上手くいったが、こいつらほんとに大丈夫なのだろうかと不安になる。こんなに思いこみが激しくて、問題が起きないんだろうか。


「クレイグ……! あんたって何て良い奴なの!」

「今更ですぜ、姐さん!」


 キッカとクレイグはがっしりと手を握り合い、ふふふ、ははは、と気持ち悪い笑いを零しながら健闘を称え合う。

 それを横目に見ながら、修太は頭の中で予定を組みたてる。隙を見て、人混みに紛れて逃げてしまおうという安易な作戦だ。

 テリースには悪いが、逃げさせてもらう。盗賊の仲間になる気も、いつ崩落で死ぬか分からない所で暮らす気もないのだ、こっちは。

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