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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
133/340

 8



「お前ね、いい加減泣くのやめようぜ?」


 ぐずぐずしくしくと泣き続けるテリースにうんざりしたように、盗賊の一人――ガッチェが言った。テリースを担いでいた男で、世話役に任命されていたが、あまりの面倒臭さに仕事を放り出したそうにしている。


「む、無理です、そんなの。だって、まさか兄がここまでする程、私のことを嫌いだったなんて……! まあ嫌ってるのは知ってましたけど、こんな茶番まで……。私の行く先は海の底ですかぁ? 石でも括りつけて沈めるんでしょぉ~」


 ますます鬱陶しく泣くテリースの態度に、盗賊達は全員お手上げとばかりの溜息を吐く。


「何回言ったら分かるんだ。俺達はお前を殺せとは言われてない。仲間と引き換えにするからそうと分からないように連れてこいって言われてるだけだ」


 面倒臭そうに頭――セイズが言う。


「あんた、少しは恥ずかしくないのか。そこのガキですら泣いてねえんだぞ?」

「私の心はぁ、絹の布並みに裂けやすいんですぅ。ガラスのごとく脆いんですぅ」


 それは、修太の心が革並みに丈夫で、鋼鉄で出来ていると言いたいのか?


(この野郎)


 修太はテリースの背中を睨みつける。

 森を抜ける少し前に、盗賊達は派手な衣装を燃やし、その辺にいてもおかしくない町人や商人の服装に変わった。これで盗賊と疑う者はそういまいという変貌ぶりだ。どこから見ても、まっとうに生きている者達である。


 テリースや修太も徒歩で連れて行かれることになったが、その際、逃げようとしたりおかしな真似をしたら分かってるな? とナイフで脅されたので、大人しくついていっている。


「こんなんだから、ムルメラ様にも相手にされないんですね……。ううっ、死ぬ前にもう一度お会いしたかったです、ムルメラ様ぁ~っ」


 びええと泣きだすテリース。

 果たしてこれは、おかしな真似に該当しないのだろうか?


「なーに、女に袖にされたくらいで泣いてんのよ! 男だったらねえ、こう、びしっと攻めな! 女っていうのは、押しに弱い生き物なんだから」


 キッカは腰に手を当てて、ずいと身を乗り出す。その拍子に首に付けたチョーカーの先で涙型の青い石が揺れて光を弾く。


 彼女の頭には鮮やかな赤色と複雑な柄の布を巻かれており、緩やかなウェーブをえがく薄茶の髪との対比が綺麗だ。肩を出す格好の生成り色をした露出度の高い上着と、皮製のショートパンツを履き、腰にはベルトポーチをつけ、更に段のついたギャザー入りの白い布飾りを垂らし、足には編み上げのサンダルを履いている。右太腿にナイフベルトを装着しており、全体を通していかにも冒険者然とした軽装で、それが活発そうな空気によく似合っている。


「例えばどんな風にするんです?」


 キッカのアドバイスに、テリースはぐずぐずと鼻をすすりながら、キッカを見る。その涙と鼻水まみれの情けない顔には、さしものキッカもうっとうめいて身を引いた。ちょっと吊りあがった青い目と、厚めの唇と、そのすぐ左下にあるホクロがどことなく色っぽい顔を引きつらせる様は、せっかく見目が良いのにもったいない。ただ、キッカの場合はセーセレティーでの美人に該当するのかいまいち判断がつかないが。


「ちょっともお~、顔拭きなさいよ、みっともない」


 キッカがタオルを押しつけると、テリースは受け取って顔をごしごし拭う。


「いーい? 迷った時は、どーんと押し倒しちゃえばいいのよ!」

「なっ」

「おいこら、待て」


 純情な乙女のように顔を赤くするテリースと、疲れたように突っ込むセイズ。頭が痛そうに額に手を当てている。


 頭であるセイズは、異様な面立ちの男だった。顔の右側には右眉から右目の下にかけてを貫く一本の切り傷が縦に入っていて、右目はその怪我で潰れたのか白目を剥いている。残る左目は血のような赤い色をしている。砂色の髪は短く刈られ、襟足だけ伸ばしているのか一つに結ばれていた。二十代後半くらいに見えるが、頑固っぽそうなところを見ると、もしかしたらもっと年上かもしれない。背は百七十センチあるかという低めだが、身体つきががっしりしているせいで小さくは見えない。


 そして、セイズは木綿のシャツと黒いズボンと皮製のブーツというラフな格好で、腰の後ろにポーチとナイフを装着し、手斧は鞄に入れて背負っている。ちょっと出稼ぎにきた村人といった雰囲気だ。


「おおおお押し倒すなどと、そんなこと、いけません! 相手は王女様ですよ! まだ結婚もしていないのにそんなことしたら、私は次の瞬間には城の牢屋に放り込まれますよ!」


 テリースは赤くした顔をぶんぶん振り、わめくように主張する。


「馬鹿ねえ。なーに恥ずかしがってんのよ。いいこと? 例え王女様だって人間なんだから、やることは一緒でしょうがよ」

「お前はちったあ恥じらいってものを覚えろ!」


 赤くなってフリーズしてしまったテリースを哀れみをこめて見やるセイズ。修太も同じく同情的だ。だが……。


(なんでだ。どう見てもキッカさんの方が女性のはずなのに、テリースさんの方がよっぽど乙女なんだけど)


 この二人、生まれてくる性別を間違えたんじゃないか?

 あんまりキッカが豪快かつおおっぴらに語るので、修太はうろんに思った。


「ええ~? そんなの覚えて何か得になるんですかぁ? 女は度胸! 狙った獲物には夜這いよね!」


 ぐっと拳を握り、問題発言をするキッカ。

 もう駄目だ、この人。

 獲物として見られているセイズはそれはもう苦々しい顔をしている。


「夜這いされたことあるの?」


 思わず好奇心で問うと、セイズの目尻がぴくりと引きつった。

 ああ、されたことあるんだ。

 納得したところで、じろっと赤目に睨まれる。


「ガキが余計なこと気にしてんじゃねえ」

「そのガキの前で、そんな話しねえで下せえよ」

「うるせえ、クレイグ。俺じゃなくてキッカがしてるんだ。俺は悪くない」

「なに言ってんのよぉ、頭。あたし達の今後の話じゃない?」

「…………」


 溜息を吐くセイズ。


(すげえ。あんまり押せ押せなもんだから、どん引きしてるよ……)


 やりすぎって良くないんだな。良い見本だ。


「ひどいですぅ。つまり、私を出汁にしてくどいてらっしゃるだけじゃないですかぁ」


 あ、テリースさんがまた泣きだした。





 盗賊達が目指していたのは、セーセレティー精霊国の王都だった。

 白い石材で出来た分厚い外壁を通る時も、それぞれ違う組の旅人を装い、難なく通過していたが、流石にぐずぐず泣いているテリースは異様に映ったようだ。


「なんだ、そいつ。何でそんなに泣いてるんだ?」


 不審なものを見るように、鉄製の甲冑姿の門番は、じろじろと連れであるセイズを見る。セイズは人相が悪いので、怪しく思ったらしい。その後ろから、ぴょんと顔を出したキッカが口元に手を当ててそっと言う。


「実はね、こいつ、三年付き合ってた彼女に振られたんですって。久しぶりに会ったと思ったら、ずーっと泣くもんだから、こっちもたまらないのよね」


 肩をすくめて、心底面倒そうに言うキッカ。

 門番は同情の目でテリースを見て、肩をぽんぽんと叩く。


「若いの。女は一人だけじゃないんだ。次がある。頑張れ」


 やけに分かった口を聞く。もしかしてこの門番も振られたばかりとか?


「うぅ、ぐずっ。ありがたいですけど、余計な御世話ですぅ」


 テリースはぐずぐずと鼻を鳴らしながらも言い返す。

 神官服ではなく、野良着に着替えさせられているテリースは、セーセレティーの民の目には凡庸そのものに見えるらしく、違和感すらないようだ。修太の目には、服の方が浮いているように見えて違和感ばりばりなのだが。

 門番はわははと笑って、テリースの背中に一撃入れると、笑顔で王都内を示す。


「よし、通っていいぞ!」

「ありがとうよ。お勤め、ご苦労さん」

「はは、ねぎらいどうも」


 セイズが気安く声をかけると、門番は笑顔で返した。

 門から中に入ると、白い石作りの町並みが広がっていた。ところどころにある緑との対比が眩しい。高くても二階建てで、四角い形をしている家がほとんどだ。


「なんかツェルンディエーラの遺跡と似てるなあ」


 修太はぽつりと呟く。

 土地も近いし、似たような文化圏だったのかもしれない。


「ガキ、ぼうっとしてねえで、行くぞ」


 ぐいと左手を引かれ、目を瞬く。いつの間にか立ち止まっていたようだ。クレイグに促され、修太は慌てて足を踏み出した。


(一番意外だったのは、この人がおっさんじゃなかったことだな)


 クレイグが面を付けている時、なんとなくおっさんかと思っていたのだが、断然若かった。二十歳くらいではないだろうか。短い金髪と、細めの茶色い目をしており、何となく狐っぽい印象だ。口が達者そうな雰囲気で、色白だが、やや日焼けしている。背はひょろりと高く、肉つきが薄そうなので、この国では不細工っぽい気がする。修太の常識だと、普通の人といった感じだ。


 青みがかった灰色の上着を白い腰帯びで締め、白い麻のズボンを履き、皮製のサンダルを履いている姿は、どう見ても近所にいそうな兄貴だ。

 全然似ていないのに、どういうわけか兄弟設定のせいで、手を引かれる羽目になっている。だが、理由は分かっている。脱走防止の為だ。


 もちろん修太は男と手を繋ぐなんて嫌だったが、今日は迷子紐を持ってきてないからと言われ、こっちの方がマシだと悟った。

 ああ、だが、迷子紐の方がマシなんだろうか。

 どっちも子ども扱いなので、屈辱なのに変わりない気がする。


「テリースさん、まだ泣いてるんですか?」


 修太は右斜め前を歩くテリースに問いかける。


「うっうっ、ごめんよ、シューター君。自分が情けなくて。あなたも巻き込んでしまいますし……」

「別にテリースさんのせいじゃないですよ。なんていうか、間が悪かっただけで」

「あなた、落ち着いてますねえ。怖くないんですか?」

「怖いというより、困ってます。俺、奴隷じゃないのに……」


 はあ。溜息を吐き、それで喉の奥がむずむずして、けほけほと咳をしていると、テリースはますます不安げな顔をした。


「本当に大丈夫ですか? ここに来るまでも具合が悪そうでしたけど」

「身体が弱いだけなので、大丈夫です。魔力が減りやすい体質で……」


 旅人の指輪だとばれたら取り上げられそうで、魔力混合水を取り出せないから、ここ数日は体調が最悪だった。森にいる間は担がれていたのでそれでも平気だったが、森を出てからが少しくるものがある。


「それはまた難儀な体質ですね。魔力欠乏症という病気でしょう? そういう患者さんにも会ったことがありますが、治療法はありませんものねえ」

「テリースさん、医者なんですか?」


「いえいえ、祭祀官というのは薬師の真似ごとをしますので、私はそういった知識もあるんです。聖堂では、週一で無料診察する日があるので。見たことないですか? ほら、あそこに見える、ハンドベルを伏せた形に似た建物がそうです」


 テリースの指す方には、確かにそんな形状の白い石造りの建物があった。ビルクモーレにもあった気がするが、興味がないので気にしたことがなかった。


「あそこで精霊と祖霊を祀っているんですよ。もし興味があるなら、一度行ってみて下さい。敬意さえ払って頂ければ、他教徒も出入り出来ますから」

「へえ……」


 本当に、この国は寛容だな。

 修太は感心を込めて、聖堂を見つめる。

 そんな風にして王都の雑踏を小一時間程歩き、ある区画に来た所で、セイズ達は足を止めた。柄の悪そうな雰囲気の区画だ。


「ここからは目隠しした上で担いで運ばせてもらう。歩数で距離計測されちゃかなわないし、道順を覚えられても困るんでな」


 セイズは用心深い性質らしく、徹底している。

 そして、目隠しして運ばれた後、もういいぞと言われて目隠しを外されると、どこかの家の中にいた。窓は布で覆われていて外が見えず、部屋は薄暗い。白い石造りの壁は薄汚れている。


「レト家の次男。お前は期日まではここで過ごしてもらう。それから、ガキ、お前は……どうするかな。本当は街に放り出すつもりだったんだが、迷惑な親切するなとクレイグに怒られたからな。しばらくここで過ごして、身の振り方を決めな。奴隷よりはマシだろうよ」


「いや、だから……」


 反論しようとしたところで、キッカにがしっと両肩をつかまれた。うるうるとした青の目でじっと見られ、居心地の悪さに口をつぐむ。


「な、なんすか」

「あんたはこれから自由なんだから、好きに決めていいのよ! 幸せに生きるのよ?」

「いや、あの、だからですね……」


 ああ、駄目だ。全然聞いてくれそうにない。


「分からねえことあったら、俺に聞きな。弟分」

「どうも……」


 気付かないうちに、クレイグの弟分にされてしまった。……あれ?

 頼むから話を聞いて欲しい。


 結局、訂正する前に、キッカは満足げに部屋を出て行き、見張りだというクレイグだけを残してセイズも部屋を出て行った。

 とりあえず、壁際にあった木箱に腰かけ、修太はどうしたものかなあと頭を抱える。部屋に一つだけある寝台に腰かけたテリースは、まだぐずぐず泣いていて鬱陶しいのであえて視界から外している。


(俺、啓介達の所に戻れるんだろうか……)


 このまま盗賊の仲間にされそうな未来がすぐそこに迫っている気がする。

 強い予感に、うんざりする修太だった。

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