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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
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 4



 翌朝、再会したテリースは、朗らかな笑みとともに挨拶し、また報告し始めた。

 どうしてわざわざ言いに来る?

 内心でうんざりしながらも、手のかかる弟みたいなテリースは憎めない感じだ。朝から落ち込んでいるよりマシかとは思う。


「昨日、あの後、殿下にお花をあげたんです! ……侍女が引き取りましたけど。それで食事もしたんです! 端っこ同士に対面式に座って! ……ちょっと遠かったですけど」

「へえ、そうなんですか……。良かったですね」


 朝から胸をえぐる報告だ。なんという精神攻撃。

 付け足される言葉が不憫さを増すが、テリースは嬉しそうだから良しと……していいんだろうか。


「やはりあの方には白い花が似合います! ああ、美しかったなぁ……」


 ぽややんと夢想するテリースは、お前は乙女かと言いたくなるような雰囲気だ。完全に恋にのぼせあがっている。


 その一方で、修太は、テリースの格好を見て、暑くないのかといぶかしんでいた。今日も、テリースは黒い詰襟の上に、金糸で縁取りされたV字ネックの長袖の上着を着ている。だが、きっと布地は薄いのだろう。光沢といい質が良さそうだ。平民の服は洗いざらしてどこか色味が薄い気がするから、その点、金持ちといった印象だ。でも、それが嫌味くさくなく似合っている。色合いが落ち着いているのもあるだろう。


「でも、またどうして急に夕飯に誘われたんです? 無視なされておいでだったのでは?」


 ピアスの素朴な質問に、テリースはほんのりと苦笑する。


「ええ。昨日、乳母様を看病したお礼だそうです。そういうつもりで看病したのではないので少々複雑ではありますが……」


 こういうところを見る限り、良い人ではあるのだけどなあ。


(確実に乳母の方が上にいるな)


 分かりやすい立ち位置で冷や冷やする。

 修太は気持ちを切り替え、さりげない質問をする。


「それで、その後は? お話とかされたんですか?」

「はい、食後のお茶をご一緒しました!」

「…………」

「お話は私がたくさんしてしまったのですが、ムルメラ様は上品に相槌を打って下さったので楽しかったですよ!」


 上品に相槌って……。つまり相槌しかされてないってことか?

 修太はさっとテリースから目を反らした。痛ましくて見ていられない。

 場に悲痛な空気が流れた。朝っぱらからなんて空気にしてくれるんだ。

 サーシャリオンですら、あまりの酷さに眉を寄せて哀れなものを見る目をしている。よく見ると、コウも話を理解しているのか、耳をぺたっと寝せて伏せている。


(モンスターにまで哀れがられるって……)


 間違った方向ですごい。

 ややあって、フランジェスカが恐る恐る問う。


「ところでテリース殿。何故、私達のようなしがない旅人にそのようなご報告を? 周りにいらっしゃる兵士殿へされてはいかがです?」

「それは駄目ですよ。彼らはムルメラ様の為の護衛です。私が彼らの時間を割く真似は出来ません」


 にこやかに言うテリース。そんな風に身を弁えるのは難しい気がするので、さらっと気遣えるのはすごい。だが、修太達の時間を割くのに抵抗はないのかという反感は僅かに湧く。


「では、従者殿がいらっしゃるのですか? ケイ殿から聞いたところによりますと、テリース殿は左大臣の御子息であられるとか」


 言外に、もちろん私兵はいるのだろうと問いかけるフランジェスカに、テリースはきょとんと首を振る。


「え? いませんよ? 私、身の周りのことは自分で出来ますから。祭祀官はそういうものです」


 そして、にこやかに馬の世話や馬車の点検をしている兵士達を見やる。


「私などもついでに護衛して下さるのですから、気のいい方達ですよね。ムルメラ様の周りにこのような方々がいてくれて嬉しいです」


 いや、それは、左大臣の息子なんて大物を怪我させるわけにもいかないだろう。

 どこか天然も入っているらしいテリースであるが、働く兵士達は好意的な目を向けているので、慕われてはいるようだ。


「テリース様、少々よろしいですか。旅程についての確認を……」


 プルメリア団の副団長がテリースを呼ぶ。


「はい、今、行きます。では、私はこれで。またお話を聞いて下さいね」


 テリースはにこやかに言うと、副団長の方へ歩いていった。


「ハジク殿、こちらの貴族は、皆さまあのように朗らかなのですか?」


 ちょうど横合いにいたハジクにこっそりとフランジェスカが問うのに、ハジクはまさかと首を振る。


「ああいう方の方が珍しいですよ。たいていは威張られている方が多いですから。テリース様は、御顔がその、醜くていらっしゃるでしょう? ですから、貶められる辛さは分かると下々の者にも平等に接せられるのですよ。それに、周りに認められる為に人一倍努力されているのです」


「訊いていいのか分かりませんが、どうして第二王女殿下は、長男ではなく次男のテリース様とご婚約を?」


「ああ、それは到って簡単な理由です。レト家のご長男はすでに妻帯されていますから。この国の貴族は本妻の他に妾を二人まで持てる決まりですが、王女殿下を迎える場合は一夫一妻という決まりですので」


 隠す内容でもなかったのか、ハジクはあっさり教えてくれた。

 そこまで言ったところで、ハジクも部下に呼ばれる。


「すみませんが、出立までもう少しお待ちください。それでは」


 忙しげな兵士達を見つめながら、修太は胸がもやもやする。やはり良い人柄みたいなのに、顔が醜いから嫌われるなんてあんまりだ。


(つーかさ、痩せてるのが醜いんなら、太ればいいんじゃねえの?)


 ひょろっとしているモヤシみたいなテリースを思い浮かべ、修太は首をひねった。





 そんなわけで、次に会った時に思いきって訊いてみた。


「そうですね。私も努力した時期はありました。……ですが」


 テリースは物憂げにそっと目を伏せる。

 え、何か駄目な理由があるのか?

 ごくりと唾を飲んでテリースを見上げる修太。周囲も緊張をこめてテリースを見た。


「――私、少食なんですよね」


 女子か!


 心の内で盛大に叫んでしまった。いかんいかん、落ち着かねば。


「それに食べ過ぎるとお腹を壊す上、太りにくい体質らしく……」


 ああ、それは確かにめげるわ。


 でも修太からすると、燃費が良いのは羨ましい。修太なんて、たくさん食べる割に腹が空くのも早いのだ。燃費が悪すぎる。その上、たくさん食べても太らないから、テリースが嘆くのも分かる。ちなみに、修太の母親も、大食いではなかったが食べても太らない体質だったので遺伝だ。


「……女の敵だな」


 ぼそっとフランジェスカが低く呟いた。女性って怖い。でもピアスは気持ちが分かるというように頷いているので、やはり価値観が違うようだ。


「太るのが無理なら、鍛えてはどうだ? この国は、兵士職ならば痩せていても良く見られるのだろう?」


 グレイのアドバイスに、テリースは難しい顔をする。


「そうなのですよね。太っている方は優美だと称えられる一方、鍛えている方は筋肉美を称えられるのです。胸板が厚いと尚良し、です!」


 つまり、見た目がむさ苦しい方が格好良いというわけか。


(うげ。レステファルテで見かけたマッチョどもを思い出したじゃねえか)


 あの豆売り屋台のジャックの手下達は、さぞモテるだろうと考える。他の土地で不細工扱いの者が、この国では美しいと称賛されるのだから、きっと天国だろうなと思った。


「黒狼族の方は、見た目は華奢な方が多いですけれど、実際はひきしまった体躯をされてますよね。着痩せするんでしょうかね。……羨ましい」


 テリースはじっとりと物欲しそうな目でグレイを見つめる。その隣に立つダークエルフの青年姿のサーシャリオンも見て、ちらちら見比べたかと思えば、俊敏な動作でその腕へと飛びついた。


「ほら! やっぱり! すごい硬いですよ! お二人とも、格好良いですね!」


 グレイの左腕を両手でバシバシ叩いたかと思えば、サーシャリオンの腕も同じように叩きだすテリース。


「お、おい……!」


 天然って怖い!

 修太は青くなり、ピアスは無言で口をパクつかせる。


「……触るな」

「ははは、ちょっと煩わしいぞ」


 案の定、その一瞬でグレイが不機嫌になった上、サーシャリオンまで笑顔で黒い気配をばら撒きだした。

 最終的には後ろ襟をグレイに摘まみ上げられ、ぺいっとばかりにテリースは地へ放られた。


「ちょっ、グレイ、なんて真似を……!」


 修太はますます青ざめて、周囲の様子を伺うが、目が合ったハジクはからりと笑った。


「今のはテリース様が悪いですよ。黒狼族やダークエルフは人嫌いが多いのです、断りもなく触るなど、怒られて当然です」


 無礼だと怒るどころか、申し訳なさそうだ。


「はっ、そうでした。すみません。つい、好奇心に負けました」


 へらへらと笑いながら立ち上がり、謝るテリース。それにも関わらず、グレイとサーシャリオンは黒い気配を発している。それを遮るようにフランジェスカが二人の前に出て、話を変える。


「と、ところでテリース殿。先程の件はどうでしょう? 鍛えてみてはいかがです?」

「あ、はい。それも勿論試したことがあるのです!」


 テリースはずれた眼鏡の蔓を持ち上げて位置を正し、勢いよく答える。

 ってことは駄目だったってことか?

 皆が疑問をこめてテリースを見つめる中、テリースは気恥かしそうに頬をかく。


「実はですね。軽い体操ならと始めてみたら、翌日、全身筋肉痛で動けなくなりまして。それでもめげずに木剣の素振りをしたところ、手首をねんざしてしまったんです。お陰で、父母と医者に鍛練禁止を言い渡されまして……」


 とんだ虚弱体質なお坊ちゃまでした!

 どうしようもないと、思わず頭を抱えてしまう。


「あれ? 皆さん、どうしました? 頭が痛いのでしたら、医者を呼びますが……」

「い、いえ! 何でもありません!」


 フランジェスカが慌てて口を挟む。

 そうですか? おっとりと首を傾げるテリース。どこから見ても天然だ。


「結局、ものになったのは馬術くらいなもので……。まあこちらも足腰が鍛えられますので、前よりも体力がついたんですよ」

「では、弓術はどうです? 短弓でしたら、まだ扱いやすいかと」


 めげずにフランジェスカは指南してみるが、テリースは苦笑を返す。


「はい、試したところ、何故か突き指して、人差指を骨折してしまい、医者に止められました」

「……何故、何故だ。何故、突き指!? 信じられない……」


 ぶつぶつとうめきだすフランジェスカ。


「もう、武術はやめておけ。そなたがすると思わぬ理由で死にそうで怖い」


 うわああ。神竜に怖いと言わしめたぞ、この男!

 可哀想すぎて、前が見えない。

 修太達が沈黙して撃沈していると、ハジクがそっとフォローを入れてくれた。


「テリース様は、根っからの文官気質ですから、得意分野を頑張れば宜しいのですよ」


 でもどこか、余計なことをして怪我をされてはたまらないというように聞こえるのは気のせいだろうか。


「ありがとうございます! 私、本当に文官の仕事は得意なんですよねえ。書類作成や書物を読むのも楽しいですし。お茶を淹れるのも上手なんですよ」


 どうしてか、テリースが言うと、雑用係をさせられているように聞こえる。


(そんな貴族ってどうなんだろう……)


 胡乱気に思ってハジクを見つめると、テリースからは見えない位置に立ったハジクは苦笑して、人差指を口元に当てた。

 やっぱり貴族らしくないらしい。


 後で、ハジクにこっそりお礼を言われた。テリースの話を聞いていると不憫でたまらなくなるので、聞かずに済んで助かります、と。


 こっちは精神的に大被害だけどな!



 乳母>>>>>>>|越えられない壁|>>テリース


 って感じでしょうかね。


 グレイとサーシャに同じことをして怒られないのは、修太くらいだと推測。啓介だとサーシャは怒らないけど、グレイは鬱陶しがりそう。ピアスとフランジェスカは二人からするとどっちも論外。

 この話、展開に地味に悩みます。

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