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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
123/340

 8



 結局、爆破はしなくて済んだ。

 扉に鍵はかかっておらず、すんなりと城の中に入った。

 (ほこり)が沈殿し、蜘蛛の巣がはっている薄暗い廊下を通り抜けると、広間に出た。左右に分かれた階段があり、正面の壁には剣を携えて立つ王のレリーフが掛っている。爪先まであるトーガ風の長衣を着ており、マントを付けていた。

 その絵を見て、アレンは腰の聖剣を見下ろした。剣帯(けんたい)を外して手に取り、見比べる。形や装飾、宝玉の位置も似ている。


「そっくりですね。元は王の剣だったのでしょうか」

「元々玉座にあったんなら、その方がしっくりくるけどよ。パスリルは遠すぎないか?」

「そうですね……」


 考えこみながら、アレンは剣帯を締め直す。


「その剣っていつから大聖堂前に刺さってたんだ?」


 修太の素朴な疑問にアレンは答える。


「五百年程前と伝わっています。ある時、神官が目覚めて外に出ると大聖堂前の端に刺さっていて、どかそうとしても誰も抜くことが出来ず、場所が場所だったので奇跡の聖なる剣と呼ばれるようになったらしいです」


「それで聖剣……か」

「ええ。そのうち、この剣を抜いた者は平和をもたらす勇者だと言われるようになり……」

「アレンが抜いたから勇者扱いされたってことか。あんたも災難だな」


 修太の言葉に、アレンは深く頷いた。


「平和の勇者なのだからと、あちこちのトラブル解決に駆りだされる羽目になりまして。しかも断ると身が危うい。故国パスリルの風潮はよく分かってますからね。仕方なく、品行方正に振舞って、隙を見て旅に出たら、何故かその先で必ずトラブルに見舞われるんです。まあ、僕はこの通り顔が良いので、それなりにトラブルもありましたけど、頻度が違う。もうこれは剣の呪いだと確信し……」


 アレンが剣をけなす言葉を口にした瞬間、聖剣の宝玉が青く輝いた。アレンの左頬を光の線がかすめ、天井に着弾する。轟音が響き、パラパラと石の破片が落ちてきた。


「……おい、天井に穴あいたぞ」


 修太が上を見て教えると、アレンは左頬を服の袖で拭って言う。


「その前に、僕の怪我の心配をするべきです」


 アレンがひどく真面目な顔で言うのが滑稽だが、正直、笑えない。

 けなされると制裁を下し、行く先々でトラブルを引き寄せる剣。 


(……やっぱ呪いじゃん)


 修太は心の中で呟いた。

 アレンは気を取り直して言う。


「とにかく、です。平和の勇者だからと戦争に駆り出されそうになり、本格的にまずいと思ったので、王都を抜けだしてここまで来たわけです。僕は英雄として引っ張り回された挙句、王に邪魔扱いされて死ぬような目に遭う気はありませんから」


 アレンは緑と銀の目にどこか暗い光をたたえ、ぼそりと呟く。


「あのクソ王、王女と結婚させようと企むのですから、死ねって感じです。狸腹のハゲ男が」

「お前、ほんっとあれだな。言葉遣いは丁寧なくせして、口悪いよな」


「え? どうかしました? 僕が汚い口をきくわけないじゃないですか」

「思いっきり口に出てんだよ! せめて心の中でとどめとけ! 女の人達が聞いたら夢ぶち壊されて泣くぞ!」


 空耳じゃないかみたいな顔をして、しれっと言うアレンに、修太は思い切り突っ込みを入れた。





 疲労感をめいっぱい覚えながら、謁見の間を探して一階を歩き回り、結局見つからなくて広間に戻って来た。

 今は二階を歩いている。あちこちに白骨死体があるのを不気味に思いながら、ようやく謁見の間を見つけて中に入ると、王と王妃の椅子が並ぶ玉座が見えた。


 赤いビロードの絨毯が入口から奥へと伸び、高い天井には埃被った水晶や金銀で飾られたシャンデリアが下りている。左右の壁は色とりどりのステンドグラスで、仄かな光が入り、ぼんやりと謁見の間を照らし出している。壁や柱には果物のなる木や花の彫刻が施されており、それらは遺跡であることを忘れさせるような躍動感に満ちた美しいものだった。しかし、床に降り積もった埃は長い時の経過を感じさせた。


 そして、視界を奥へと転じて目に入った光景に、やはり遺跡なのだと再認識する。

 王の席には、王冠を被りあちこち虫穴のあいた衣服を身に着けた白骨死体が一つ座っている。その前には、何故かしゃれこうべが離れた所に落ちた兵士の死体が十数体ある。兵士と分かるのは、鎧らしき鉄製品や剣を身に着けているせいだ。


「ファブルニーグ、玉座ですよ。かの王の持ち物だったのでしょう? 返しますから離れて下さいね」


 アレンが心底丁寧に聖剣に話しかけ、恐る恐るというように王の白骨死体の膝の上、椅子に立て掛けるようにして聖剣を置いた。

 その瞬間、聖剣の鍔にはまった青い宝玉が光り輝く。青い光の波に飲まれたと思ったら、頭をぶん殴られたような強い衝撃に見舞われ、視界が黒く染まった。





 ふと気付くと、修太は色鮮やかな謁見の間の玉座の横から、その光景を見ていた。

 王冠を被った銀髪の男が、男の前に傅く兵士達に話しかける。


 ――謎の病に冒され、この国はもう終わりだ。生命の合成などという禁忌を犯した天罰が下ったのだ。

 ――王よ。どうか王妃様方とともにお逃げ下さい。病届かぬ外界へ。

 ――ならぬ。我は王ぞ。この国とともにある。汝らこそ、外へ出て行くがいい。

 ――いいえ。我らもお供仕ります。


 王妃と王女は涙を浮かべる。

 王は腰に佩いた剣を鞘ごと王女に手渡す。アレンの腰に下がっていたのとまるっきり同じ剣だ。


 ――王女よ、この剣を持て。これは汝らを守るであろう。ドワーフに頼んで作らせた、王の血を守りし守護の魔剣ファブルニーグである。お守りだ。

 ――ありがたき幸せ。お父様、どうかご無事で。

 ――王女よ、否、我が娘。汝こそ無事で。健やかに過ごせ。


 年老いた王は、若い王女を右腕で抱き寄せ、静かに涙を零す王妃を左腕に抱き、家族の別れの抱擁を交わす。その向こうでは、兵士達がむせび泣いている。

 そこで場面が切り替わり、白い煉瓦を積み上げて作った教会に似た建物の前庭の一画へと場所が変わる。

 薄汚れ、痩せても尚美しい旅装の王女が、建物の脇の地面へと聖剣を突き刺した。


 ――これは皆の魂の拠り所。謎の病に死んでいった者らを慰めるのに、この剣は聖樹の元にあるのが相応しい。聖樹の側に刺すことはかなわねど、近きこの場で充分であろう。

   ファブルニーグ、もし私の血を引きし者がお前を求めたならば、手を貸してやるといい。だが、そうするのは、お前が認めた者だけだ。そうでない者には抜かせてはならぬ。

   そして、いつか故国に戻り、父や民の御魂を慰めておくれ。

 

 王女の目から涙が零れ、聖剣を濡らす。


 ――私は我が騎士を伴侶に選んだ。これからは王女としてではなく、市井に暮らす。今までありがとう、ファブルニーグ。


 そして王女は立ち去り、年月が経つ。その間、幾人もが剣に挑戦し、敗れていく。

 やがて巡り巡って、アレンが剣を手に取った。





 再び視界が黒に染まり、次に我に返ると、古臭い方の謁見の間に立っていた。


「なんだ、今の……」


 呆然と呟き、頭を振る。白昼夢でも見ていたのだろうか。


「君も見たんですか?」


 アレンが驚いた顔で、修太を見る。修太は頷いて、アレンに問う。


「どういうことだ?」

「恐らく、ファブルニーグの記憶です。ここまで運んできた礼を言いたかったのでしょう」


 アレンは複雑そうに王座に置かれた聖剣を見る。聖剣は何も物言わず、王の膝上におさまっている。そこが一番の定位置だと主張するかのように。


「あれがただの夢じゃないなら、アレンはこの王家の末裔ってことになるな」

「そうなりますね……。我が家の始祖が、五百年前に外から渡ってきた騎士の末裔とは聞いていましたが、王族とは初耳です」


 だが、アレンは王族と言われれば納得の美貌だ。ファブルニーグの記憶に出てきた王女の面影が薄らあるようにも見える。


「でも、これで剣を返して、一件落着じゃねえか」

「ええ。あとは監視役を撒いてとんずらするだけですね」


 アレンはいい笑顔を浮かべる。


「本気で勇者って柄じゃねえよな、お前……」


 色々と間違っている気がしてならない。疲労を覚え、修太は息を吐く。


「僕の用事はここで終わりましたが、君の用事はどうです? 終わりそうですか?」

「さあ。歩き回ってみないと分からねえな」


 修太は首を振る。

 神の断片がそうだと分かるのはサーシャリオンくらいだろう。それか、啓介が調べまくって引き当てるかのどちらかだ。


「では図書館に行ってみますか? これだけの城です、図書館くらいあるでしょう。それとも王の居室を探ってみます?」


 腕がなるなあとばかりに手の骨をパキペキ鳴らすアレン。


「そこまで付き合わなくていいぞ?」

「いえ、ただの好奇心ですからお気遣いなく」

「だったらいいけど、あんた、エターナル語、読めるのか?」

「ええ。読み書き会話、どれも出来ます。書きは少々拙いですが、読めるので問題ありません。貴族の嗜みってやつですよ」


 教養科目に当たるのか? 一般言語文化圏育ちは大変そうだ。


(性格には難有りだが、顔が良くて教養あって強いなんて、どこの物語の主人公だよ。ああ、勇者だったっけ、そういや)


 そう見えないが、勇者なのだ、この男。勝手に返上したけど。


「なあ、聖剣を返したんだから、あんた、丸腰だよな? 大丈夫なのか?」


 玉座をちらっと振り返り、気になって問う。

 剣のない剣帯を見下ろし、アレンはそうだったと頷く。そして剣帯とは別に右側に付けている皮製のベルトポーチに手を突っ込んだ。

 次の瞬間、アレンの右手には黒鞘の長剣が出現した。握りには緑の布が巻かれ、鍔は鉄色をしている。そして、柄の底の穴にストラップ状の石飾りをつけていた。丸い水晶で、緑の房飾りとともに揺れる。


「セーセレティー名物の保存袋は便利でいいですよね」

「そうだな」


 アレンが手荷物を持たない軽装なのは、保存袋に収納しているかららしい。


(便利そうなのに、グレイが保存袋を持たないのは何でなんだろうな……)


 ふと連れのことを思い出し、修太は胸中で首をひねる。フランジェスカですら、ダンジョンでは便利だからと保存袋を買って背嚢に突っ込んでいたのに、見た所、グレイのトランクにはそんなものはなかった。


 レステファルテではトランクを武器代わりにオーガーと交戦していたのを見ると、もしかして荷物入れであると同時に盾代わりにしているのだろうか。あれで壊れないのだから、あのトランクはなかなか頑丈だ。

 アレンは剣帯に剣を装着し、すらりと引き抜く。


「こっちの剣は久しぶりすぎて違和感がありますね」


 その割には軽々と型を一動作するアレン。

 婦女子が見たら、うっとりして顔を赤くしそうな様になる光景だ。美形なんて滅べばいいと思う。

 修太は男だし、美形には春宮家の人間で慣れているので効かない。でも往来の激しい通りで声をかけられたくないなと思う。そう、並べて見られたくないのだ。

 啓介と並んで帰ると、啓介の顔を見た人が、その隣の友人を期待を込めて見て、がっかりするのによく出くわす。慣れたから今ではどうとも思わないが、あからさまに顔に出す奴を見ると微かに苛立ちはする。


「うーん。こっちの方が少し重いんですよねえ」


 右手に剣を持ったまま、アレンは首を傾げ、その様子をすぐ側で修太は見上げていた。すると、急にアレンが左に身を反らした。何か光る物がアレンの右腕をかすめて飛んでいく。


「……え?」


 何が起きたか分からないでいると、アレンに右腕を掴まれて引っ張られる。


「下がって!」

「え!?」


 よろめいてたたらを踏んで立ち止まり、振り返ろうとしたが今度はフードの襟元を掴まれて引っ張られた。服が首に食い込んで苦しい。


「ぐへっ、ちょ、いてえって……ぎゃ!」


 いってえええ。いきなり突き飛ばすとは何だ。訳が分からん!

 真正面から床に倒れた修太は、恨みを込めてアレンを睨む。が、そのまま動きを止めた。

 何故かグレイがアレンと切り結んでいたのだ。


「え!? グレイ!? いつの間に!?」


 仰天していると、謁見の間に入ってきた啓介が駆けてくる。その後に続くピアスも顔色が悪い気がする。


「シュウ、大丈夫か!?」

「は?」


 大丈夫って何が?

 きょとんとしていると、啓介がわたわたと焦ったように言う。


「剣向けられてたろ! 脅されたの?」

「はあ!? ちげーよっ! 型を見てただけで……」


 ああ、なるほど。

 抜き身の剣を構えるパスリル王国人と、それに狙われる〈黒〉の図に見えたってことか。


「ごらぁ、てんめぇ、この黒狼族の! 旦那に斬りかかるたぁいい度胸だな!」


 そこに乱入する第三者。灰狼族の大男が、斧を片手に突っ込んでいく。


「こら、ディド! ややこしくなるから来るんじゃありません!」

「大丈夫です、旦那! 加勢します!」

「ひとの話を聞け!」


 あ、アレンが切れた。すっぱりと“品行方正”の仮面が剥がれてどこかに転がっていった。

 うわぁ、すごい。アレンに斬りかかりながら、ディドの斧まで相手しているよ、グレイ……。

 ぽかーんと見てから、ハッとする。


「いやいや、駄目だろ。ちょっと、グレイ! 勘違い! 勘違いだから!」


 立ち上がって、声を張り上げる。

 しかしヒートアップしている二人と、焦り半分のアレンには届いていない。


「やめろって! 勘違いーっ!」


 もう一度叫んでみるが、無視される。


「…………」


 こうも無視されると腹が立ってくる。

 修太は袖を軽くまくり、気合を入れる。こうなったら意地でも止めてやる。

 目が据わった修太を、啓介は恐る恐る見る。


「おい? シュウ? 何する気……って、わーっ! やめっ」

「きゃああ、シューター君、戻って!」


 修太が乱戦中の三人、中でもグレイに向けて走り出すのを目にして、啓介とピアスの悲鳴が響く。

 修太はそれを無視し、勢いよくグレイの腰にタックルした。


「な!?」


 流石のグレイも目を剥き、ディドの振り下ろした斧をハルバートの柄で左に流し、後ろに跳ぶ。その隙を逃さず、アレンはディドにひねりの効いた膝蹴りを叩きこんだ。


「ぐへぇ!?」


 重い音とともに吹っ飛び、兵士の白骨死体に突っ込むディド。斧がドスンと音を立てて床に落ちる。


「ふぅ、止まった止まった」


 冷や汗をかいたが、助かった。


(流石グレイ、ナイス判断)


 状況を悟るや、グレイは珍しく声を荒げた。


「シューター、お前! 戦闘中に飛び込んでくるなど、馬鹿か! 巻き込むところだ!」

「君、アホでしょ! 死にたいんですか!?」


 同時にアレンも口を開いて怒鳴りつけてきた。


(うお、怖ぇっ)


 美形が怒ると迫力が違う。


「こっちが勘違いして怒ってるんだから、そりゃ止めるだろ! 大体だな、幾らあんたが強くたって、グレイに敵うとは思わねえ!」


 グレイの腰にへばりついたまま、修太はアレンに怒鳴った。


「勘違い……?」


 グレイの静かな声が落ち、修太は期を逃さずに肯定する。


「そう! 別に脅されたわけじゃねえよ。アレンが別の剣を手慣らししてるのを横で見てただけ! 分かった?」


 グレイは肩から力を抜き、短く息を吐く。


「そうか、俺の早とちりか。それは悪かったな。白教徒には不信感しかない上、灰狼族なんて連れているし、お前も胡散臭いからつい勘違いした」


 アレンは引きつり気味の笑みを浮かべる。


「何だか謝られている気がしませんけど、納得されたようで良かったですよ。――ですが、僕が彼に敵わないなんていうのは聞き捨てなりませんね。ねえ、シューター?」


 笑みが冷笑に変わり、気のせいかブリザードが吹き荒れ始めたように思えた。お陰で、修太の頬が引きつった。


「いや、まあ、あんたが強いのは分かってるよ。ええ、分かってますとも! で、でも、そう! そうだ! グレイは盗賊相手のプロで、あんたは化け物退治だろ。分野違うじゃん。人の相手はあんまりしねえんだし、グレイの方が上っぽいじゃん。な? あは、あはははは」


 意外に負けず嫌いだったらしい。美形の迫力ある笑顔でプレッシャーをかけられ、修太は冷や汗をだらだら流す。

 助けを求めて視線をさまよわせると、目が合った啓介はすっと反らした。この、裏切り者ーっ!!


「俺は勝ち負けなどどうでもいい」


 グレイは本当にどうでも良さそうに言い、未だへばりついたままの修太の後ろ襟を掴んで引きはがす。片腕一本で猫の子みたいに釣りあげられ、視線が合うようにされる。当然、襟が詰まって苦しい。


「とりあえず、シューター。少し話し合うとしよう。議題は、ああいう場面での有効的な場の治め方について、だ」

「エ?」


 気のせいだろうか。グレイが、シークやトリトラに説教する時の静かで重たい空気を纏っている気がする。

 再び視線を彷徨わせると、啓介やピアス、フランジェスカが「あーあ」という顔をしていて、サーシャリオンが爆笑しているのが見えた。コウは耳をぺたっと寝かせ、くうんと鳴く。神様、味方がいません。


「そりゃいいや。僕もうちの舎弟と“話し合い”してきますね」


 にこっと笑ったアレンは、話し合いにしては穏やかではない空気を纏いながら、自分が蹴り飛ばした“舎弟”の方に歩いて行く。


「え? 旦那? ちょ、待っ、ぎゃーっ!」


 修太が対面式でグレイにこんこんと諭されている間、ディドの方は拳で語られていたようである。

 ちなみに、本当に有効的な止め方を伝授された。大きな物音を立てるか、足を狙って物を投げて気をそらしたところに大声で叫ぶといった対応だった。他はいかに自分がしたことが危ないことかという自覚をさせる話し合いで、シークやトリトラがグレイの説教を嫌がる理由が分かった。修太はひたすら、すみません、もうしません、ごめんなさいと謝り倒すしか道はなく、話し合いが終わった後はすっかり疲弊していた。グレイはほんとに師匠向きだ。無表情で淡々と諭されるんだぞ。めちゃくちゃ怖かった。





 その後、全員で城の中を探索した。

 魔法の都ツェルンディエーラには紙製の本はなく、図書館には、石灰石製の石板や陶器や土器の板に書かれたり刻まれたりした物が大量に納められていた。


 戸籍、歴史書、薬草学、魔具を作る為の知識を纏めた石板など様々で、フランジェスカとピアス、それからアレンが食いついていた。フランジェスカは呪いや魔法の解除に関する石板を、ピアスは魔具に関するもの、アレンは歴史書に注目していた。それぞれ違う分野に並々ならぬ執着を見せ、元々木製だったらしき棚が劣化して崩れ、木片とともに埋もれている石板を漁っていた。一応、区画ごとにジャンル分けされているようで、それぞれの小山の前に陣取っていた。


 修太は薬草の石板に興味があったので、絵付きの石板を眺めていたが、正直、薬草名が分からないので流し読みだった。内容もあまり残らなかった。


 その一方で、啓介も面白がって魔法書を読んでいた。一通り目を通して気が済んだようで、本よりも不思議探しをしたいと城内探検に出ようと言い出した。啓介はただザッと流し読んだだけのように見えるが、速読と暗記が得意だから読んだ内容は頭に入っている。啓介の父親が、将来の役に立つようにと訓練させていたせいだ。


「ねえ、フランさん、ピアス、アレンさん、城内を見て回らない?」


 啓介の問いかけに、「もう少しだけ……」という生返事が返る。

 三人は図書館に住みつく勢いで石板を漁っている。フランジェスカが真剣そのものに対し、ピアスとアレンは嬉々として石板を読んでいる。あと少しという割に動く気配を見せない為、彼らを誘うのは諦めた。


「放っといて行こうぜ」

「そうだな」


 修太の言葉に、啓介は肩をすくめ、同意した。

 城の中庭に当たるような場所にある図書館を出ると、城内を歩いて回り、一番上の塔まで登ったり、王の住まいを眺めてみたり、宝物庫を覗いてみたりした。年月が経って劣化した武器や、媒介石や宝石、アクセサリーが納められていたが、手を付けたら呪われそうな気がしたので貰う真似はしなかった。あの聖剣みたいなものがあったら本気で嫌だ。他にも、キメラが出るのではと用心していたが、城内には出没しないようだった。あちこちに白骨死体があり、あの聖剣の記憶のように病で死んでいったらしきものもあれば、自害したようなものもあって色々で薄気味悪かったけれど、次第に慣れてそんなものだと思えるようになった。慣れって怖い。


 結局、三人が満足するまで三日かかった。

 フランジェスカは呪いを解く手掛かりが得られなかったことに激しく落ち込み、好きなことを探究出来たピアスとアレンは機嫌が良く、見ていて対照的だった。

 三人が満足するまでに城や都のあちこちを神の断片を探して歩き回ってみたが、結局、魔法の都ツェルンディエーラにはなかった。近くに行けば何となく断片だと分かるらしきサーシャリオンが無いと言うので間違いない。



 三日後、遺跡を出て切り株山の山頂まで戻ると、メリエラとカーラが待ちかまえていて一騒動起きた。けれど、あっさりとディドが両者を気絶させ、再び黒輝石の結界を作ってその場に放置した。二人が寝ている間にとんずらする気らしい。


「では、色々とお世話になりました。聖剣を返せて、歴史書も読めて、充実した旅になりましたよ。残るは、行方をくらますだけですね!」


 いい笑顔で宣言するアレン。最後の最後まで勇者らしくない発言をする男である。


「パスリルに戻るのか……?」


 謀らずも同じく国を出る立場になったアレンに、フランジェスカは問う。


「いいえ。もう大陸南部は充分見て回りましたから、次はセーセレティーを見て回ろうかと。美的感覚が腹の立つ国ですが、食べ物はおいしいですし、のんびりしていて良い国です。それに加え、ダンジョンが多いから冒険者には住み良い国ですね」


「そう言ってもらえると、この国の民である私も嬉しいわ」


 セーセレティーの民であるピアスは嬉しげに微笑む。アレンはにこっと人好きする笑みを返す。

 それを見た啓介がはらはらとアレンとピアスを見比べているのが面白く、修太は笑いそうになるのをこらえるのに必死だ。


「では、僕らはもう行きますね。へんてこな物を探してるそうですが、見つかることをお祈りしていますよ。それからディド、迷惑をかけたことをもう一度謝りなさい」

「へ、へぇ。……斬りかかって悪かったな、黒狼族の」


 ディドが物凄く言いたくないという様子で、やや毛を逆立てながら渋々謝るのに、グレイは頷いた。


「ああ。だが、俺も勘違いしたからな。お互い様ということにしておこう」


 グレイの返事に、ディドが確認するように恐る恐るアレンを振り返り、アレンは頷いた。ディドの方がアレンよりよっぽど体格が良いのに、不思議とディドの方が弱そうに見える。舎弟として躾られているのが丸分かりで恐ろしい。


「――では、もし次がありましたら、旅のお話でもお聞かせ下さいね。さようなら」

「達者でな」

「おう。俺も色々ありがとう。元気でな」


 もう会うこともないと思ったら、自然と礼が口に出た。修太はひらひらと手を振り、元勇者とその従者を見送る。その足元ではコウは強風に耳をピクつかせながら見ている。左横にいた啓介やピアスも笑顔で手を振っていたが、残りの大人達は無言で見送った。


 アレンは青みがかった銀髪を揺らして踵を返し、軽やかな足取りで山道を下りていく。その後を、灰狼族のディドが斧を背負ってのしのしとついていく。

 その姿が小さくなると、啓介はぐぐっと伸びをした。


「さて、と。俺達も行こうか。どっちに向けて進む?」


 切り株山を取り囲み、東へと広がる水底森林地帯を啓介はぐるっと見回す。上から見れば何か手掛かりが見つかるかもしれないと考えていたが、森しか見えないので手掛かりゼロだ。


「太古の魔女が宝石姉妹の一人なら、ガーネット様にお訊きすればいいのではないか?」


 ふと思い出した様子でフランジェスカが提案すると、ふわっと空気が揺れ、ガーネットが姿を現した。ものすごく眠そうに目をこしこしこすりながら、やんわりと首を傾げる。


「お呼びになりまして?」


 おっとりと問うガーネット。首を傾げた拍子に、豊かな赤茶色の髪が揺れる。相変わらずゆるっゆるな空気をしている。


「うむ。この森のどこかに太古の魔女が棲んでいるそうだが、そなたの妹か?」


 サーシャリオンの問いかけに、ガーネットは首を傾げたまま、ぼんやりと佇んだ。


(おいおい、まさか立ったまま寝てるんじゃないだろうな)


 身じろぎ一つしないでぼうっとしているので、修太が危惧を抱いた頃、首が垂直に戻った。


「ええ、妹みたいです。この感じはトルファちゃんですわ。三女です」

「三女というと、黄石の魔女(トパーズ・ウィッチ)か?」

「その通りですわ、クロイツェフ様」


 ガーネットはこくりと首肯する。


「うーんと、ここからあちらを目指していけば、そのうち着くと思いますわ。トルファちゃん、こぢんまりした家が好きですから、森の奥でこぢんまりと過ごしてると思いますの。お花畑があれば尚グッドですわね」


 小市民的な魔女らしい。


「なるほど。教えてくれてありがとう、ガーネット」

「いえいえ、何かあればいつでも呼んで下さいまし。ではお休みなさい」


 にっこりと温かい笑みを浮かべ、ガーネットはすぅっと姿を消す。


「では、東北を目指すとするか。完全に森の最深部だな……」


 フランジェスカが藍に近い青目を細めてうなる。

 いったいどれだけでかい魚が棲んでいるのかと、修太はゾッとしない気分で森を見つめた。


「森に入る前に薬を飲んでおいた方が良さそうだな」


 グレイの声が固いのは、いよいよ花ガメと出くわす可能性が高まるからだろう。


「案外、花畑って花ガメの巣のことだったりして」


 啓介が冗談めかして言った言葉に、グレイの顔から血の気が引く。


「お前な。冗談でもやめろよ、そういうの」


 修太は小声で言い、啓介の脇腹を左肘で小突く。


「ごめん。ちょっとしたジョークだよ」


 苦笑して謝る啓介。


「行ってみれば分かることよ。もう行きましょう。このままぐずぐずしてたら、下山してる間に夕方になっちゃうわ」


 ピアスが出発を促し、フランジェスカが先頭を切って歩きだした。修太達も後に続いた。





 遺跡を背にして山を下りていく修太達は気付かなかった。

 ――城の玉座に戻った聖剣がキラリと光り、遺跡を囲う結界が張り直されたことを。

 王を守る魔剣は、もう誰もいない国を見守る。御魂を守れと命じた王女の言葉に忠実に。

 それ以降、遺跡に入れた者は誰もおらず、山の上にある国は緩やかに朽ちていった。



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