7
崩れかけ、草木に埋もれつつある白煉瓦の家の間を歩いて行く。
まだ朝日が昇ったばかりなせいか、山の上は肌寒い。風は相変わらず強く、すぐに外れるフードに嫌気が差し、修太は被るのを諦めた。
(こ、こえぇ。白骨死体がある……!)
井戸に倒れかかるようにして転がる白骨。家の前に倒れているものや、階段脇に座ったまま息絶えたようなものもある。
階段脇の骨に気をとられていたら、足が何かを踏みつけてパキンと音がした。
「……え?」
階段を三段上った地点で固まった修太は、恐る恐る足元を見る。腕の骨が落ちていて、それを踏みつけていた。
「ぎゃーっ!」
驚いた拍子に足を滑らせ、三段分を落ちて地面に尻餅をつく。
「うおお、いてぇ……っ」
「何してるんですか」
階段の上から呆れた顔のアレンが見下ろす。
情けない所を見られた反動で顔を赤くし、修太は声を荒げる。
「うるせえ! 何でお前、こんなに骨ばっかなのに平気なんだよ!」
アレンは階段上で腕を組み、不思議なことを聞いたというように首を傾げる。青みがかった銀髪が揺れ、朝日を弾いた。そんな仕草をして嫌味くさくなく綺麗なのが嫌味っぽい。修太は内心でいちゃもんをつけてますます不機嫌になる。
「骨だから平気なんですよ。肉や皮がついてたら悲惨ですよ~? くさい上、見た目グロいですし」
「……見たことある口ぶりだな」
「そりゃあ、ダンジョンにはたまにありますから。新鮮な死体」
「…………」
そうか。新鮮じゃない死体の方がマシなのか。
「でも、五百年前の遺跡にしては保ちが良いですよね。普通はこんな野ざらしなら、土に還っている頃ですよ。あの結界が保存の役割でもしていたんでしょうか」
そんな考察はどうでもいい。
修太は尻をさすりながら立ち上がり、溜息を吐く。気分が悪いのは、白骨死体のせいだけではない。一晩寝たらだいぶ回復したが、まだ少し体調が戻らないのだ。しかしそれが気にならないくらいには、修太はそわそわしていた。
「なあ、ここって出るっていう噂はあったりするのか……?」
「出る?」
アレンは目を瞬いて、周囲を見回す。
「そうですねえ、見た所、動物が荒らしている様子はないので動物は出ないのでは? 鳥もいないみたいですし」
「そうじゃなくて……」
「?」
アレンは再度首を傾げ、それからふと思いついたような顔をして、ぶっと吹き出した。
「あは、あははは! 君、幽霊が怖いんですか? そんなのいるわけないじゃないですか。いっそ出てくれたら、五百年前の真実を教えてもらえるからラッキーですよ」
腹を抱えて思い切り笑われたが、噂はないのだと知って修太は肩の力を抜いた。
「それが、いるんだよ……。啓介達、レステファルテに出てた幽霊船で幽霊を見たらしいんだ。ここにいないって誰が言える?」
これだけ死体が転がってるのだ、一体くらい出そうではないか。
「幽霊船? ああ、あの……。噂は耳にしましたけれど、あれに関わったことがあるんですか?」
「俺じゃなくて、啓介がな」
「ケースケ?」
「〈白〉が一人いただろ? あいつ。俺の幼馴染で親友な」
アレンは奇妙なものを見る目を修太に向けた。
「〈白〉と親友? 〈黒〉が?」
「パスリルで育たなきゃ、そういうのもありえるんだよ」
「僕の常識だとありえないことです。そういうこともあるんですね」
事実が飲み込めないようだ。しきりに首を傾げている。アレンは〈黒〉への差別意識はないようだが、それでも珍妙に見えるらしい。
「〈黒〉に直に会ったのは、シューター、あなたが初めてなんですよね。〈黒〉って、あなたみたいに変わってて落ち着いてる人が多いんですか?」
「俺は変わってない。普通! 落ち着いてるのはただの性格!」
なんて失礼な奴だ。
「あんたの方がどう見ても変! そこは譲らん!」
修太の主張を聞いて、アレンはくつくつ笑う。
「そういうことにしておいてあげますよ。僕は大人なので」
「…………」
ガキの我儘を見る大人の目をするアレンを、修太はこめかみに青筋を浮かべてにらむ。
(この上から目線、腹立つ……っ)
しかしアレンは楽しげに笑いながらすでにこちらに背を向けて歩きだしており、修太は怒りながらも仕方なくついていく。距離は相変わらずあけたままだった。
二時間近く歩いて、ようやく城門に辿り着いた。
背の高い門を見上げると、その向こうには城が見える。白い石造りの、四角い土台に塔を付け足して高くしていったような、そんな城だ。一番上の塔まで見上げると首が痛くなるくらいには高い。
振り返ると、ウェディングケーキのような段に身を寄せ合って建つ町並みが見える。白い色の中に濃い緑が映えて、憂愁の美が漂う廃墟だ。
「門、閉じてるな……」
幸い、堀に囲まれてはいなかったが、城壁内に入る為の大門には鉄柵が落とされていた。その向こうにある石製の扉はぴったりと閉じている。
「通用口も無さそうですねえ。……ふむ」
アレンはぐるりと門の周りを見る。門の両脇には塔が建ち、上の方から矢を射かける為だと思われる穴があった。
「よし、ではこうしましょう」
「ん?」
何故、そこで背を向けてしゃがむ。モカブラウンの薄い長袖の衣服の上に装備しているプレートメイルの背中を見つめ、修太は目を瞬く。嫌な予感がした。
「ほら、背中に乗って下さいよ。ここに一人だけ置いてくわけにも行きませんし、君が一人でこの壁を登れるとも思えません」
「いや、そこはほら、あんたが先に登ってロープを垂らすとか……」
「そんなに長いロープの持ち合わせはありません」
「ぐっ」
修太もそんなロープは所持していない。
「早くして下さい。時間の無駄です」
「あんただけ行ってくればいいじゃないか。俺、この辺にいるよ」
「駄目です。この辺りにキメラが出ない保証はありません。戻って来て新鮮な死体に出くわすなんて嫌です」
それは修太も嫌だ。白骨死体の仲間入りも嫌だ。想像するだけでげっそりした。
「分かったよ。……くそーっ」
すごく悔しい。
ごねるのを諦め、渋々背負われる。アレンはひょいと立ち上がり、後ろに下がる。
何でそんなに下がるのだろうと不思議に思っていると、おもむろに門に向けて走り出した。
ヒュウと風が耳元で鳴る。アレンの足に纏わりつくように風が起こり、ぐんとスピードが上がった。
(うわわわ)
壁に激突する未来を想像し、修太は首をすくめて目を閉じた。
そうとは知らないアレンは門の鉄柵に向けて跳び上がり、半ば程の柵に左足から着地し、柵を蹴って更に上に行き、また柵を蹴る。そして、あっという間に門の上に着地した。
「……?」
着地音が聞こえ、恐々目をあけた修太は、城壁の上という不安定な場所にアレンが立っているのに気付いてゾッとした。落ちそうで不安になるが、アレンはその位置に立ったまま、周囲を見回し、城壁が王城と繋がっていないのを確認すると、再び石を蹴って、門の反対側へと飛び降りた。
「あっちの門からでないと中に入れないようですね」
アレンは前庭を抜けた先にある本城の入口部分を見ている。
背から下りて落ち着いた修太は、涼しげな顔のアレンを見上げる。
「あそこも内鍵が閉まってたらどうするんだ?」
「爆破します」
アレンはそれは朗らかな笑みを浮かべ、物騒なことを宣言した。
「ダンジョン用の爆弾ですよ。簡易設置型地雷魔具を並べて、遠距離から光魔法で攻撃するんです。大物のモンスターを仕留める時は楽ですよ?」
「卑怯な上にえげつねえ」
「何言ってるんですか、化け物の相手なんて、生き残った者の勝ちですよ。勝つ為に手段なんか選びません」
「……アレンはエセ勇者だと思う」
顔を引きつらせる修太をアレンは見下ろして、軽やかに笑った。
「おや、今頃気付いたんですか? にぶにぶですね~」
「…………」
こいつ、性格が悪い上に底意地も悪い気がする。
「……あんた、あれだろ。女に好かれて付き合うけど、こんなはずじゃなかったって振られるクチだろ」
思わず言うと、アレンは物凄く楽しそうな笑みを浮かべる。
「残念、全然違いますよ。“見た目を主張するだけの顔だけ女なんかお呼びじゃないです”って正直に言って、相手が怒って去るクチです」
「……いや、それは、正直すぎやしないか」
とんだ最低野郎だった。
「でもそこが良いっていうお嬢さんもいるんですから、世の中って面白いですよね」
「…………」
いったいどんな奴だ。修太からすれば、全力で避けろと言いたい。
「君は“平凡すぎて退屈”って言われそうなタイプですよね」
「平凡の何が悪い。つか、余計な御世話」
「いいですよね、平凡。それも才能ですよ。僕なんかしょっちゅう面倒事に巻き込まれるので、平凡に冒険者稼業をして生活したいものです」
「お前が言うと嫌味にしか聞こえねえな」
「ええ。僕もそう思います」
キラキラと輝いて見える顔に悪びれない笑みを浮かべ、アレンは肯定した。
このキラキラで爽やかに見える空気に流されかけるが、よくよく聞くと傲岸不遜だと思う。
(大丈夫かよ、白教徒ども。思いっきり人選ミスしてると思うぞ)
どの辺が勇者? 分からん。