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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
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 6




「ったくよぉ、クソ面倒だ。行く先行く先、岩で塞がれてるとはな」


 ディドの不機嫌な低い声が、岩窟の通路に響いた。

 通路を見つけたのまでは良かったが、境界のだいたいが岩で塞がれていて、それをずらしたり隙間から入ったりして、先へ進まなくてはいけなかった。

 岩をずらす時は、その大半をサーシャリオンやディドが担当している。サーシャリオンは黒竜だから分かるけれど、ディドも一人で自分と同じ高さはある石を動かせる程度には力持ちだ。なかなか非現実的な光景で、啓介には何度見ても面白く、毎回凝視してしまった。


「きっと〈黄〉のカラーズがいたんでしょうね。隙間があるのは、逃げ遅れた人への対処かしら? キメラを防ぐだけなら、充分な壁になるわ」


 ディドの悪態に答えるように、ピアスが推定を口にする。


「だが、面倒だよ」


 目の前の大岩を蹴り飛ばし、向こう側に倒したサーシャリオンは、煩わしげにうなる。そして、開けた通路に目を丸くする。


「おっと、渡り廊下に出たらしいな」


 サーシャリオンの言う通り、岩で出来た橋が、対岸の岩山へと伸びている。


「岩の橋で繋がってるのか。なるほどねえ」


 面白いなあと思いながら、啓介はコウを追って橋を渡る。


「……この人数で崩れたりはしないだろうか?」


 フランジェスカが渋い顔をし、橋の手前で立ち止まる。グレイも同じ意見だったのか足を止めた。

 大岩の橋は、人が五人乗れる程の幅があるが、苔蒸したりして滑りやすくなっている。当然、崩れる可能性もある。


「先に我らが渡るから、後から来い。ディド、そなたは一人で渡れ」

「わーったよ」


 体格から、人間三人分くらいの体重がありそうなディドだ。サーシャリオンの言いたいことがすぐに分かったのか、彼は素直に頷いた。

 ときどきみしっときしむような音がして冷や汗をかきつつ橋を渡り終えると、バルコニーのように突き出した平らな岩の地面があり、その先にはまた岩窟の道が続いていた。三人は並べる幅がある階段が、緩やかに上へと続いている。


「もう夕方だ。洞窟に入るより、手前のここで野営する方が安全だろう」


 いつキメラに襲われるとも限らない。グレイの提案はもっともだ。

 啓介達が賛成するのに対し、ディドだけ反対する。


「俺は旦那を探す。お前らはここにいりゃあいい」

「夜になったらどうするんです? そうでなくても洞窟の中は暗いのに……」


 啓介の問いに、ディドはからから笑う。


「俺は夜目がきくから平気だ」

「お前が平気でも、私は認めぬ。お前一人で先に行き、勇者と合流した所であのクソガキに害なす可能性がある」


 長剣の柄に手を添えながら、フランジェスカが低く言い、視線を鋭くした。場にぴりっとした緊張感が生まれる。


「なるほど。お前らの立場で見りゃ、もっともな意見だ。ちっ、仕方ねえな。朝になったらすぐに発つからな!」


 ディドは仕方なさそうにその場に留まる決意をした。

 それでフランジェスカは剣の柄から手を放し、自然体に戻る。威圧感が嘘のようになくなり、啓介やピアスはほっと息を吐いた。

 その後、野宿の準備に取り掛かった。

 夕食を済ますと、グレイが火の番を買って出たので、他の仲間は早々に就寝した。ディドもまた、眠る気分ではないと起きている気のようだったが、グレイが鬱陶しがったので渋々壁に背を預けて休んだようだ。



      *



 パチパチ……

 火にくべた薪のはぜる音が、荒れ果てた家の中に響く。壁には温かなオレンジ色の光が照っており、穏やかな空気が満ちていた。


 薪は修太の持つ旅人の指輪から出した。当の修太は、やはり指輪から出したテントで休んでいる。

 干した肉と固パンだけで過ごすつもりだったので、修太が食料を分けてくれたのは助かった。水は節約し、肉を火であぶって食べた。干し肉よりずっとおいしい。それとセーセレティーで一般的に食べられているモルゴン芋を焼き、果物までつくのだから野営にしては贅沢だ。


 アレンは焚火を見つめながら、ちらりとテントの方を見る。魔法の使いすぎか、熱を出してしまった臨時の連れがときどきうめき声を零しながら寝ている。


 修太は旅人の指輪なんていう希少な古代遺産の持ち主であるし、魔法陣の刺繍付きの上着を着ているような金持ちの服装をしている。そして、漆黒の〈黒〉。子どもらしくなさも手伝って、なんとも得体のしれない子どもだ。


「〈黒〉、か……」


 アレンはぽつりと呟いた。

 胸を締め付けるような苦しさに、額を膝に押し付ける。

 幼い頃、仲が良かった平民の子どもを思い出した。彼は黒に近い色をした〈緑〉だったが、そのせいで悪魔と見なされて神殿に連れていかれてしまった。あれ以来、会っていない。つまり、もういないということだ。


 小さい頃は何も知らなかったから、大人がどこかに引っ越したと教えてくれたのをそのまま信じていた。

 でも、大きくなるにつれて世間の汚れが見えてくる。


 気付いた時には、アレンは自分の考えがパスリル王国の常識から大きく逸脱していると知った。隠していたけれど、身を偽るのは苦しかった。

 伯爵家に生まれたが、五男でどうせ家を出なくてはいけなかったので、自由を求めて冒険者になる道を選んだが、冒険者を下に見る父親がそのことに激怒し、アレンは勘当された。


 そのことについて後悔したことはない。

 アレンにはたまたま戦闘の才があったし、物怖じしない性格だったから旅して回るのは楽しかった。

 そして、ディドが従者になりたいと勝手についてきたりした。最初の頃は迷惑だったが、今では良い仲間だ。従者というより、舎弟のつもりである。


 それが何の因果か聖剣なんてものを手に入れたせいで、神殿の手先みたいな立場になっている。冗談ではない。アレンは白教が大嫌いなのだ。幼い頃に仲の良かった友達を殺されて、好きになれという方がおかしい話だ。素知らぬ顔でアレンに嘘をついた大人達にも反吐が出る。自分の生まれた国なのに、気持ち悪くて仕方がない。

 アレンは感情のこもらない目で、長剣の鍔にはまった青い宝玉をそっと左手で撫でる。


「ファブルニーグ、玉座までの付き合いですからね」


 返事が無いのは分かっていたが、アレンは剣に語りかけた。本来の名がファブルニーグであることは、聖剣を手にした時に知った。理屈は分からないが、そうだと分かったのだ。

 気のせいか、青い宝玉がキラリと光った気がした。


「……何独り言言ってんの?」


 ハッと顔を上げると、テントの入口から顔を出した修太が、怪訝そうにこっちを見ていた。


「まだ深夜ですよ。寝ていたらどうです?」


 剣に語りかけるなどという恥ずかしい場面を見られたバツの悪さも手伝って、つっけんどんな口調で言う。


「腹、減った」


 修太は簡潔に返し、焚火の側に座ると、旅人の指輪から出したらしい果物を手に取り、食べ始めた。

 暗いからというのもあるだろうが、修太の顔色はまだ青い。だが、そのことについて何か不平を口にすることはなく、代わりに置いていっていいと言うのだから、実に子どもらしくないと思う。


「剣に名前を付けるなんて、ロマンチストなんだな」


 修太はぽつっと言った。気だるげな空気を纏った黒目がアレンを見ている。漆黒というのはこんなに深く澄んだ黒なのかと観察しながら、どこが忌み色なのだろうと不思議に思う。

 それと同時に、あの子のことを思い出し、また胸の奥がキリリと軋んだ音を立てる。


 アレンが子どもを見捨てられないのは、あの子が神殿に連れていかれたのに気づかなかったことを思い出し、実はさして友達とも思っていなかったから気付かなかったのではないかという焦りにも似た罪悪感にさいなまれるからだ。


 こんな風に悩み続けるのは面倒臭い。

 だから、そんなことにならないように、保身の為、人には出来るだけ手を出さないのだ。盗賊や敵対者を殺すのは割り切れても、幼い頃の思い出だけは割り切れない。自分は図太いと思っていたけれど、意外に繊細だったらしい。


「僕が付けた名前ではありませんよ。そういう名前の剣なんです」


 胸の軋みには蓋をして、アレンはそう返す。


「へえ、そうなんだ」


 訊いた割には興味がなさそうに呟く修太。

 アレンは疑問に思っていたことを口に出す。


「そういえば、あなた達はどうして遺跡に? まさか本当に観光なんですか?」

「んー……、あるか分からないもんを探してるんだ。それだけ」


 要領を得ない解答だ。だが、困ったような顔をしているのを見ると、そうとしか答えられないようである。


「ま、あったら儲けものってとこかな。そうだ。あんたってあちこち旅してるんだよな?」

「僕の名前は“あんた”ではないと昼間にも言いましたが」

「……アレンさんってあちこち旅してるんだよな?」


 一瞬、むすりと口をへの字に曲げた後、修太は言い直した。二度目だったから面倒だったのかもしれない。


「アレンで結構ですよ。まあ、確かに旅はしていますが、大陸南部が中心です」


 パスリル王国内やその東西や南にある同盟国や属国ばかりだ。


「そういうの旅してて、変な話って聞いたことない?」

「変な話?」

「魔女の話とか」


 魔女? お伽噺に出てくる太古の魔女のことだろうか。

 アレンは眉を寄せる。


「そんなこと、聞いてどうするんです?」

「そういうのを探して旅してるんだ」

「変な旅ですね」


 そんなへんてこな理由とは……。やっぱり変わっている。


「うーん、一つ変な町があったくらいかな。パスリル王国の東にある国に、夢を見る町がありまして」

「……は?」

「いえ、だから、夢を見る町ですよ」

「意味分からないんだけど」


 アレンも困り果てる。


「そう言われても、そうなんですよ。夜になると町が夢を見て動き出すんです。町が、というか、なんでしょうね、あれは……」


 上手く説明出来ない。


「ふーん。よく分からねえけど、その町の名前は?」

「ドリムガルドっていうんです。面白かったですよ」

「ふぅん……」


 渋面で俯く修太。考え込んでいる風だ。


「そうだ。その国、火山に火竜が棲んでるらしいですよ。火山地帯から出てこないので有名でしたが、面白い話があって。その火竜のいる山の溶岩にランプを投げ入れると、火竜が現れて、お前が落としたのは金の炎が灯るランプか? それとも銀の炎が灯るランプか? それとも普通の火が灯るランプか? って訊くんだそうです」


「……へ、へえ」


 何故か修太の顔が奇妙そうに歪む。

 アレンは首をひねりつつ、話を続ける。


「それで、普通のランプだって答えると……」

「正直者だねってことで、金と銀の両方のランプもくれるって話?」

「いえ、違います。“馬鹿正直は出世できないぞ。可哀想だから、これを持ってけ馬鹿野郎”と言われて、元のランプにガーネットがたくさん詰め込まれて返されるんだそうです。太っ腹ですよねえ」


 ふと見ると、修太はがっくりと突っ伏している。


「なんだそれは……」

「辿り着くのがまず大変なので、そこへ敬意を表していると聞きますね。出世帰りの山と言われてるそうです」

「ふぅん……」


 何で苦虫を噛みつぶしたみたいな顔をしているのだろう。


「火竜はさておき、ドリムガルドは覚えとくよ。ありがとう」


 修太はそう言うと、気が済んだのか、テントに戻っていった。納得いかないと呟いていたのがアレンには不思議だった。


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