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「見て! こっちに入口を見つけたわ」
ピアスは大声で仲間達に呼び掛けた。啓介はすぐにそちらへ駆け寄った。
「うわ、よく見つけたね」
岩と岩の間に人一人が通れる程度の穴があいている。よくよく見ないと岩の影にしか見えない造りだ。
いや、むしろこれは……。
「入口を隠してるというより、岩で塞いだって感じ?」
「うーん、私は何とも言えないけど、もしかしたらキメラが出てくるのを防ごうとしたのかもしれないわね」
自分達の生み出したキメラに滅ぼされた伝承の残る遺跡だ、あり得ない話ではない。
「入口を見つけたのはいいが、あれをどう止める?」
腕を組んで立っているフランジェスカが、真剣な顔でちらりと横を見る。
グレイとディドが派手に立ち回っていた。二人とも完全に殺気だっており、とてもではないが割り込める空気ではない。
一方、フランジェスカの足元には、気絶している女二人が転がされている。魔法を再度使われる前にと急接近したフランジェスカが、剣の柄で当て身をした結果だ。
「面白いから放っておけばいいのではないか?」
「いや、駄目でしょ……」
サーシャリオンの能天気な意見に、啓介は疲労を覚えながら駄目出しをする。
「あはは、黒狼族と灰狼族ってほんと仲悪いわよねえ」
感心も混ぜ、困ったようにピアスは笑う。啓介は初耳のそれに疑問を覚えた。
「え? そうなの? どっちも一族名に狼ってつくのに」
「同族嫌悪ってやつよ。黒狼族は個を尊ぶから、灰狼族が主人を支えることを誇りにしてるのを、誰かに仕えるなんて馬鹿げてるって考えてるらしいわ。種族の考え方自体の反りが合わないってわけ。見た目が似てるから余計に許せないのよ」
「はあ、面倒な奴らだな」
サーシャリオンが呆れ混じりに言う。
「時間の無駄だ。だが、このまま放置もしかねる。ただ、幾ら私でも、あの二人を止めるのは骨だぞ?」
フランジェスカが渋い顔をしていると、サーシャリオンが啓介の肩をポンと叩いた。
「よし、行け」
「え!?」
目を剥く啓介に、サーシャリオンはさらっと言う。
「なに、そなたが光魔法でバチッとやってくれば終わる話だ」
「うぇ。グレイに後で怒られない?」
「そんなに狭量な男ではあるまい。いいからどんとやって来るがいい!」
仕舞いには背中を押され、啓介はたたらを踏んで立ち止まり、頬を指先で掻く。
ディドは大斧を振りかぶり、それが地をえぐって石つぶてを飛ばす。後ろに跳んでかわしたグレイは、その隙をついてハルバートの穂先を繰り出す。ディドは右に身をひねってかわし、大斧の柄でハルバートの斧の刃を受け止め、弾く。その度に金属音が響き、轟音が鳴り響く。
灰狼族は黒狼族より身体能力や力は勝る為、グレイでも五分五分の戦いぶりだ。ただ、黒狼族の方が頭が良いので、グレイはその点をフェイントや地の利を利用した立ち位置などでカバーしており、結果が読めない。
それに加えて灰狼族は短気な者が多く、頭に血を上らせて冷静さを失いやすいが、黒狼族は怒っても尚冷静に戦うので、そういった差もあったりする。
啓介は覚悟を決めると、使う魔法と威力を思い浮かべ、右の人差指をピッと立てる。
空から白い光が舞い降り、両者が降り上げた斧と斧槍の先に着弾する。
「ぐあっ!」
「っ!」
それぞれ短い声を上げ、地に膝を着いた。
灰狼族の男女と黒狼族の男は魔力を持って生まれることはない。魔力耐性が無い為、身体能力に優れる反面、魔法に弱い性質を持つ。だから、弱い雷撃でも非常に効果的だった。
「ごめん、二人とも! でも落ち着いてよ。入口を見つけたんだ。グレイもさ、そっちの二人はともかく、あの勇者のお兄さんはシュウを助けてくれたから気をなだめて」
地に膝を着いたまま、グレイとディドは忌々しげに睨み合い、ふいと目を反らす。
「――悪かったな、ケイ。こいつが喧嘩を売るから、つい買ってしまった」
「あんだとぉ! 俺が悪いってのか!」
ディドが吠えるのに、グレイは冷やかに返す。
「開口一番に喧嘩を売ったのをもう忘れたのか? めでたい頭をしているな」
「うるせえ、この無表情野郎! 旦那がいなきゃ、切り刻んでそこの森の鮫の餌にしてや……あれ!? 旦那!? 旦那、どこっすかー!?」
「本当にめでたい奴だな。あの男なら、シューターを助けにそこの崖を飛び降りて行ったぞ。主人に仕えることを誇りにする割に、雑な奴だ」
綺麗に言い負かされ、灰色の毛をぶわりを逆立てて、ディドは鼻に皺を寄せて物凄い形相でグレイを睨む。ぐるると唸るような音が喉奥から漏れた。
(気付いてて喧嘩してたのか……。流石というか)
でも喧嘩はやめないのだなと啓介は苦笑する。
「はいはいはい、そこまでー!」
放置していると第二ラウンドが始まりそうな気がしたので、啓介は慌てて間に入った。
「あなたはあの男の人の、ええと、部下? になるんですか? シュウを助けに行ったってことは、シュウは殺されたりしないってことですよね?」
確認したかったので問うと、どしっと地面に座ったままでディドは頷く。
「それを言うんなら“従者”だ。ま、心配するな。アレンの旦那はそりゃあ面倒臭がりだからな。誰か殺して面倒な事態になるのを嫌うから、人殺しは滅多とせん。たいていは狂いモンスターやダンジョンを相手にしてるお方だ。パスリル王国人ではあるが、国に微塵も好意がねえんだ。だから白至上主義でも黒嫌いでもねえ」
「こいつは嘘をついてない」
グレイの言葉に啓介は首肯する。啓介は嘘をついているかは目を見ればだいたい分かるので、教えられなくてもそう判断していた。
「俺らの連れが攻撃したんだ、警戒して当然だが、俺達もその女どもには辟易してるんだよ。神殿が送りつけてきた監視役だ。好きになれるわけがねえ」
また鼻に皺を寄せるディド。嫌悪感をめいっぱい示して、ふんと鼻を鳴らした。
「聖剣の勇者の実態がそうだとは意外だな」
フランジェスカは驚きを隠せないようで、まじまじとディドを観察している。
「だが、あのお方はよっぽど“勇者”だよ。子どもを見捨てるようなお方じゃねえ」
ゆっくり立ち上がると、ディドは斧を背中に背負った。
「で? どこが入口だって? 会えるか分からねえが、迎えに行かないとな!」
立ち上がったディドは壁のようだ。二メートルかそれ以上はありそうな狼が二足歩行している姿は圧巻である。
「……貴様も来るのか」
グレイは非常に不満げに口元を歪める。
(うう、怖いよー……)
背筋が粟立った。無表情だが親切な男だと分かってはいるのだが、不機嫌になると肌がピリピリしてくる気配を放つのである。
「行って悪いのかよ!」
犬歯を剥きだして睨むディド。
すると、フランジェスカが横から怒鳴った。
「先刻からうるさいぞ、お前! でかい図体をして子どもか? いちいち喧嘩をするな、煩わしい!」
いつも通りのフランジェスカこそ、実は一番の勇者なのではないだろうか。側にいるだけで威圧感のある狼男に怒鳴れるのだからすごい。
「んだとてめぇ……」
ディドは目を細めるが、フランジェスカは気にしない。
「言っておくが、私はまだ貴様のことを信用してはいない。あのクソガキが無事だったら信用してやる。だからこちらの不審を煽る真似をするな。でなければ同行は拒否する。ここで留守番でもしてるんだな」
筋の通った言葉だ。だから、ディドは舌打ちしたが、大人しく頷いた。
「分かった。大人しくすればいいんだろう! 俺は旦那に会えればそれでいい」
「理解したようだから、同行を認めよう。ケイ殿、行くぞ。だいぶ時間を無駄にした」
「うん。あ、でも、この二人はどうしよう?」
啓介の問いに、ディドはひらひらと左手を振る。
「置いてっていいぞ」
「え、でも、キメラの餌になっちゃうよ」
「そうなってくれた方が良い。が、そうだな。そうすると旦那に叱られる」
ディドは面倒そうに、気絶した二人を岩の側に寄せて座らせると、周りに黒輝石を置いて結界を作った。
「これでいいだろ。じゃ、行くか。どっちだ?」
「こっちよ」
ピアスが手招きする。
「言っとくが、怪しい真似をしたら、たたっ切る」
最後尾で目を光らせてグレイがディドに忠告する。
「しねえよ!」
ディドはキッと睨んで言い返し、最後尾から二番目をついていった。
コウが斥候で先に進み、サーシャリオンがその背を追いかけ、その次に啓介とピアスが続き、警戒しているのか対処出来るようにフランジェスカが続いて、次にディド、最後がグレイという順番になった。
「嫌ね、ぎすぎすしちゃって」
「はは……」
ピアスが肩をすくめるのに、啓介は笑いを返すしかなかった。