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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 王位継承準備編
118/340

 3



「君、どう見ても弱そうなんですから、そんなに離れて歩かないで下さいよ。守りにくいでしょう? それとも、実は素手でもものすごく強かったりするんですか? それだったら僕も気にしませんけど」


 谷底を上に戻る方法を探して歩き回り、一時間近く経った頃だろうか。アレンが面倒臭そうに振り向いて言った。

 彼の言う通り、修太はアレンからかなり距離をとった後方にいる。

 溝の底にもキメラがおり、何度か襲われていた。今、そのうちの一頭がアレンの足の下で血を流して倒れている。


「んなわけねえだろ。俺に戦闘能力なんかない」


 修太が堂々と答えると、アレンはますます面倒臭そうな顔をする。


「そんなことを自信を持って答えないで下さいよ。この世の中、弱いのは罪なんですよ? 死んだって誰も文句を言えません。嫌なら強くなるしかないのです」


 彼の言う理屈は分かるし、納得も出来る。


「そんなに面倒なら、俺のことなんか置いてけばいいだろ。守ってくれなんて頼んでない」


 修太はむすっとして言い返した。


「あなたが大人ならそうしますけどね、僕は人でなしではないので、子どもを放り出すなんて出来ません。だいたい、そんなことをしたら、あなたのお仲間が怒るでしょうから面倒です。加え、良心の呵責(かしゃく)で悩むはめになるのはもっと面倒臭いんです」


 アレンもやや不機嫌に返した。

 無茶苦茶な理屈だ。修太はきょとんと目を瞬く。


「意味が分からねえ。面倒臭いから置いてくってんなら分かるが」


「一度助けた相手は最後まで面倒を見ます。ここで責任を放棄するのは、僕の信念に傷をつけるのです。そうしてくよくよするのが面倒だと言ってるんです」


 よく分からないが、後悔して考える事態そのものが煩わしいということだろうか。


「……あんた、上で見た時とだいぶ態度が違う気がするんだけど、二重人格なの? それとも本音は〈黒〉なんか始末したいってわけ?」


 胡散臭いし警戒心を煽られてばっかりだ。


(なーんか、こいつ、誰かに似てる気がするんだよな……)


 修太のトラウマを刺激する誰かに似ている気がしてたまらない。誰だろう。


「あはは、残念。こっちが素です。ここにはカーラさんやメリエラさんはいませんから、品行方正に振舞わなくて済むので楽でいいですね」


 アレンはにこっと笑う。そして、倒れているキメラの首から剣先を引き抜き、刃を振って血を飛ばす。


「あの二人は白教の大聖堂から派遣された、僕の監視役なんです。聖剣の所持者が信仰に反れた行動をしないように見張っているんですよ。何度撒いても追いついてくるので、諦めて一緒に行動しているんです。この剣のせいで居場所が分かるらしいです。本当に忌々しい……」


 手元の剣を、アレンはじと目で睨む。


「そんなに嫌なら、その剣、捨てたら?」


 修太がそう言った瞬間、バチッと左頬を何かがかすめて飛んでいき、遠くの壁にぶち当って爆音をとどろかせた。


「……え?」


 冷や汗をかき、ぎぎぎと首を動かして振り返ると、壁に大穴があいている。

 左頬に手を当てると、ぴりりと痛んだ。手の平には血がついている。


「ああ、駄目ですよ、そんなこと言っちゃ。この剣、意志を持っているようで、悪いことを言うと勝手に罰を下すのです。僕がこの剣を手放せないのも、捨てようとしたら物凄い痛みに襲われたせいでして……」


 アレンが苦笑気味に種明かしをする。修太は頬をひくりと引きつらせる。


「そ、それって、呪いって言うんじゃないか……?」


「ええ、僕もそう思います。この剣は元々、この遺跡の玉座にあったらしく、返還するつもりで来たのですよ。勿論、彼女達には秘密ですが」

「なるほど……」


 手放せられるなら確かに手放したくなるだろう。修太だってどうかと思う、そんな剣。


「理由は分かったけど、さっきの質問の残りは?」


「ああ、〈黒〉を始末したいか、でしたっけ? 言ったでしょう、面倒事には関わらない主義だと。人を殺すと、それだけ面倒が付きまとうので、僕は可能な限り人の相手はしません。だって考えてもみて下さいよ、恨まれてつけ狙われるなんて、想像するだけで面倒臭いじゃないですか」


 うんざりといったように、肩を竦め、アレンはハッと面倒くさげに息を吐く。

 見た目が神々しい美しさなので、そんな仕草すら様になっているが、確かに品行方正とは言いがたい。


(うわぁ、こいつ、ぜってぇ性格悪いぞ……)


 修太は確信した。


「さっきから面倒臭い面倒臭いって、なんなんだ? 物ぐさな野郎だな」


「そういうあなたは、さっきから年寄りじみてますね。子どもにしては落ち着きすぎですよ。普通、もっと怖がって取り乱すものですがねえ。ま、パニックになられても面倒なので助かりますが」


「うるせえ」


 余計な御世話だ。


「〈黒〉を殺す気はありませんが、剣聖殿が〈黒〉を擁護していることは気になりますね。彼女は熱心な白教徒だと聞いていたので驚きました」


「……興味無いって言ってなかったか?」


「彼女の今後については、ですね。密告する気がない程度には興味無いですよ? ただ、僕は白教なんて反吐が出るので、どういった心境の変化かと思いましてね」


 アレンは口調は丁寧だが、言ってることは辛辣だ。


「本人に聞けば? 俺が答えることは何も無い」


 修太の返事に、アレンは微妙そうな顔をする。


「本当にやりにくい子どもですね。仲間自慢でもしてくれれば、情報入手も楽ですのに」


 本音を零しながら、アレンは先を歩きだす。その左手の平に浮かぶ光の玉を頼りに薄暗い谷底を進む。

 ああは言ったものの、探しているものは同じなのだ。距離をあけて修太はついていく。

 あちらが進めば進み、止まれば止まる。様子を伺い、警戒しまくりの修太をアレンはまた振り返る。


「本当に、あからさまに避けるのやめて下さいよ。あんまりそうされると、期待に応えて虐めたくなるじゃないですか」

「…………」


 更に距離があいたのは言うまでもない。


「冗談ですよ、冗談。傷付くのでやめて下さい」


 アレンは溜息を一つ零す。

 一方、修太はようやく誰に似ているのか思い当たって戦慄していた。


(そうだ、こいつ。あいつに似てるんだ。あの、天使の顔をした悪魔(ユキナ)に……!)


 啓介の妹である雪奈の小悪魔じみた笑みを思い出し、ぶるりと悪寒を覚える。やたら警戒を募らせてしまうのは、あの魔女と重ねてしまって、本能的に避けてしまうからだ。

 アレンは説得を諦めたようで、視線を前に戻す。おやと片眉を上げる。


「これはこれは、きっとあそこが遺跡への入口に違いありませんよ」


 愉悦を含んだ軽い声が言う。

 アレンの見ている方を見るが、修太には暗過ぎてよく見えない。


「何? 扉でもあるのか? どうしてそんなことが分かる?」


 そんな修太に、アレンは微笑んで、先を示す。


「ほら、今まで見た中で一番大きな個体ですよ。ああいうのは門番だと相場で決まっているものです」

「……げ」


 ようやく目が慣れて見えたのは、壁の前に伏せている巨大キメラだった。これまでに見たキメラが普通の獅子サイズだとすると、その五倍はある凶悪な姿をしている。


「あなたはその辺に隠れていて下さい。ちょっとお相手してきますから」

「……分かった」


 あんな化け物を見て楽しそうにする神経が信じられない。

 近付いたら喰われる恐怖に襲われ、その場から動けなくなった修太は、能天気な勇者様を見上げて、確かにこいつは勇者なのだと理解した。





 修太が壁際に身を寄せたのを確認すると、アレンは抜き身の剣を片手に地を駆けだした。


(え!?)


 修太は目を疑った。

 地を駆けて行くアレンの姿がぶれたかと思えば、気付けば巨大キメラの頭上にいたのだ。


(消えた!?)


 凡人程度の動体視力しかない修太にはそう見えた。

 剣に電撃を纏わせ、アレンは巨大キメラの不意を打って剣先を獅子の頭に叩き込む。


「グオオオゥ!」


 巨大キメラは額から血を流しながら頭を振り、アレンを振り落とす。弾かれたアレンは宙で身をひねり、壁に着地して、尾の蛇が叩きつけられる前に壁を蹴ってその場を離れる。

 右の前足での攻撃を剣で受け流し、再び電撃を纏った剣先で巨大キメラの喉元に突き技を繰り出す。


「グッ!? ガ、ガ、ガ、ガゥッ」


 五連続の突きをくらい、巨大キメラはのけぞった。

 怒った巨大キメラの獅子の頭が口を開く。深紅の炎が吐き出される。それはしかしアレンには当たらず、誰もいない地面を焼く。

 その時にはすでに山羊の頭の上にいたアレンは、山羊の角に手を当て、直接電撃を送り込む。


「ベメェェェッ!?」


 山羊の頭は悲鳴を上げ、空に向けて氷の息を吐く。

 さながら怪獣大戦のような光景に、修太は壁際で肝を冷やしている。


(なにあれ、人間技じゃなくね!?)


 フランジェスカやグレイの地に足の着いた戦い方とは違う。アレンの戦い方は魔法を応用した滅茶苦茶なものだ。それを扱うだけの身体能力と剣技と判断能力がなくては出来ないだろう。


「おおおっ!」


 二つの頭が違う方を向いた瞬間、その二つの首の間へとアレンは落下しながら気合とともに剣を振り下ろす。

 カッと光が弾けた。

 眩しさに目を閉じた修太は、次に目を開けて愕然とした。


 真っ二つに切られた巨大キメラが、その骸を横たえている。周囲には血が流れ、金臭いにおいがむっと立ち込めていた。

 血の海に降り立ったアレンは、パシャパシャと血を踏んで、修太の方へ歩いてくる。


「ほら、終わりましたよ。こっちこっち」


 手招くアレンには返り血一つついていない。

 あの光った瞬間に何が起きてこうなったのかさっぱり謎だが、化け物の血の中で顔色一つ変えないで、笑みすら浮かべているアレンが修太は怖かった。とりあえず笑うのをやめて欲しい。

 修太が血を避けて歩いていくと、アレンの見立て通り、化け物の向こうの壁には洞窟があった。階段が上へと続いている。


「お前、本当に勇者なんだな」

「嫌だなあ。聖剣なんかなくても、これくらい出来ますよ」

「……そうなんだ」


 それはそれでどうだろう。

 ますますびくびくしながら、修太はやはり距離をあけてアレンの後をついていく。

 どうして行く先々で人外な部類の人間に会うのだろう。理屈の分からない不思議なことが大嫌いなのに……。

 アレンは困ったように後ろ頭をかく。


「あからさまに怖がらないで下さいよ。ほんとに傷付くんですってば。そんなに怖かったですか?」

「うん。笑ってられるあんたが怖い」


 正直に答えると、アレンは目を瞠る。無意識だったのか、左頬に手を当てて撫でる。


「あなたは正直ですね。そこまできっぱり言われると、気分が悪くなるどころかいっそ清々しいですよ」


 何故だか機嫌を良くしたアレンは、嬉しげに微笑む。


「そういえば、君、名前は何というんです? 呼び名に困るので、教えてもらいたいものですね」

「塚原修太だ。修太が名前」


 修太が答えると、アレンは首を傾げる。


「シューターっていうんですか? 変わった名前ですね。まあいいです。ここを脱出するまで改めて宜しくお願いしますよ。とりあえず、せめてさっきの距離まで戻ってくれません?」


 あける距離を倍にしたせいか、アレンは苦笑気味に訴えた。


「あんた、俺の苦手な奴に空気がそっくりなんだ。関わったらひどい目を見そうな気がする」

「正直者なのはいいですが、失礼ですよ。こんな善人、そうそういないですって」


 あははと笑うアレンは、やっぱりどう見ても胡散臭い。


「分かってねえな。ほんとの善人は、自分で善人だなんて言わないし、謙遜するもんだ」

「おお、正論です」


 ぽむと手を叩き、アレンは楽しげに頷いた。


(それ、つまり善人じゃないと打ち明けたも同然だぞ)


 修太は内心で胡乱気に呟き、距離を詰め直すか真剣に悩んだ。



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