第十九話 聖剣の勇者様 1
ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ある所に、我が身の不幸を嘆く一人の男がいた。
青みがかった短い銀髪と、右が銀色、左が緑色という稀な二色持ちの目をした美しい外見の男だ。彼は窓辺に座り、金に輝く銀鞘の長剣を見つめ、その鍔の青い宝玉を右手でそっと撫でる。
画家が見たら、きっと喜んで題材にするような絵になる光景だ。
男は憂いに満ちた溜息を吐く。
まるで、世界のどこかで不幸な者がいることを嘆く聖者のような儚げな吐息、であるが、実際は、すごく面倒くさいから誰かに押し付けてとんずらしたい、という嘆きだ。
何が聖剣だ。
行く先々でトラブルに見舞われ解決する羽目になるなんて、ただの呪いだろう。呪われているのだろう、この剣!
壁に放り投げたい衝動に駆られるが、男はそんな真似はしない。
前に一度、床に剣を叩きつけたら、その痛みが自分に返ってきて酷い目を見たことがあった。やっぱり呪いだと思う。
「ああーっもう! なんで僕はこんな剣なんか抜いてしまったんでしょう! ただの度胸試しだったのに! 神様の馬鹿! 僕なんか選ぶくらいなら、その辺のごろつきでも選んで下さいよ! ちくしょーっ!」
「旦那、声に出てますよ。思いっきり」
従者……というより、男を主人と決めて一方的についてきている灰狼族の男の言葉に、男はハッと我に返り、“品行方正な青年”の皮を被り直した。
三年前、故郷パスリル王国の大聖堂に観光で立ち寄った時、王国出身男子の通過儀礼でもある、聖堂前広場の地面に突き刺さったまま抜けない“勇者の聖剣”に冗談交じりに挑戦し、抜いてしまったのがいけない。
それ以来、勇者扱いで、各地を渡り歩いて行く先々の問題を解決する羽目になっている。男が問題解決を好んでしているのではなく、あちらから問題がやって来るのだ。しかも避けようがないパターンで。
この三年ですっかり嫌気がさした男は、聖剣が元は魔法の都ツェルンディエーラの玉座にあったと知り、返還しに行くことにした。元の場所に戻せば、きっと呪いも解けるに違いない。
「ふふふふ。流石は僕。頭良すぎて笑いが止まりません」
くつくつと悪役じみた笑いを零す男に、従者がやはり呆れ気味に言った。
「だから、声に出てますよって」
*
水底森林地帯は、迷宮都市ビルクモーレの北東、国境を越えた先にある。
そこは幻想的な場所だった。
ガラスのように透明な樹皮をした水泡木は、水の詰まった幹内を下から上へと気泡が立ち上り、向こう側の景色を透かして光っている。地面に目を向けると、草の代わりにサンゴやイソギンチャクが生え、見上げると色とりどりの魚が泳いでいる。天井に分厚いガラスの壁があると言われても納得出来る光景だ。
「すげえ。意味分からねえ」
修太は唖然と口を開けっぱなしにして、間抜け面を披露するばかりだ。その一方で、啓介がはしゃぎまくっている。
「なあ、ここで魚釣りする時ってどうするんだ?」
修太は上を見たまま、傍らの者に問う。
「さてな。あんな風に、網で捕まえるのではないか?」
フランジェスカは、森の入口付近を指差した。そこでは子どもが三人、虫捕り網を片手に魚を追い回していた。啓介が面白そうに言う。
「へえ~、ここじゃ虫捕りじゃなくて魚捕りが遊びになるのかな。おかずにもなっていいね」
確かにそうだろうけど、何か納得いかない。修太はうろんな目で啓介を見る。そして、修太は思い切って、漁に励む子ども達に声をかけてみた。
「なあ、この魚ってすごい色をしてるけど、食えるのか?」
魚はピンク色やオレンジ色、緑色をしているものもいて、修太には不気味で仕方がない。しかも無駄に派手な柄だ。
声をかけられた少年は、足を止め、馬鹿にするような顔をした。
「お前、余所者か? あのピンク色のは高く売れるし、オレンジのは普通に美味いんだぞ!」
「ピンク色の方が美味いのか?」
それは驚きだ。どう見ても蛍光ピンクだから、普通は警戒しそうなものだ。
「そんなことも知らないで、この森に入る気なのか? いいか! 銀や白や青の魚には手ぇ出すな。毒があるからな!」
無知な旅人を不安に思ったのか、少年は呆れ混じりに教えてくれた。
「毒なんかあるのか?」
修太の問いに、少年は得意げに胸を張る。
「そうだ。父ちゃんが言ってた!」
「物知りだな。ありがとよ」
「ふん。気ぃつけて行けよ!」
気付けば、他の二人の子どもも修太に向けて手を振っていた。三人に手を振り返し、先に進んだ所で待っている連れの所に駆ける。
「何を話してたの?」
ピアスの問いに、修太はさっきの話を披露する。
「そうなの。高く売れるんだ。ふーん……」
これは捕まえて売る算段でも始めているのだろうか。黙り込むピアスに、修太は訊く。
「ピアスはこの森は初めてなのか?」
「ええ。この森、迷いやすいので有名だし、鮫が出ると危ないから、おばばにも一人で入るなって言われてたの」
フランジェスカが頷く。
「確かに、どの景色も代わり映えせんな」
「ううん、そうじゃなくて。迷いやすいのは、あの切り株山のてっぺんにある遺跡のせいよ。侵入者妨害の為に、森全体に魔法をかけてるんですって」
ピアスは白くほっそりした指先で、青い葉を付けた水泡木の梢越しに見える山を示した。確かに名の通り、切り株に似ている山だ。
ピアスはにこにこと楽しげに語りだす。
「あそこに、五百年前に滅んだ魔法の都ツェルンディエーラがあるの。媒介石を動力にして発展した国の首都よ。五百年前に起きたモンスター大量発生事件に対抗する為にキメラを作りだして、それが暴走して滅びたんですって。だから、あの山には今でもキメラが棲んでいるそうよ」
「まだ生きてるの?」
驚いて口を出す啓介に、ピアスは首を傾げて返す。
「さあ、そう言われてるけど、私は見たことないから答えられないわ。それにね、あの都自体も、よく分からない力に阻まれて入れないらしいの」
「よく分からない力……」
啓介は目を輝かせる。
(うん、お前、ほんとそういうの好きだよな)
不思議好きの心を刺激したのかと思ったが、啓介は別の可能性を考えたようだ。
「サーシャ、断片の可能性ってあると思う?」
「さあ、どうだろうな。我はノコギリ山脈周辺かパスリル王国のことしか詳しくないから分からぬよ」
ダークエルフの青年姿をとっているサーシャリオンは、暑そうに手で仰ぎながら、首を振った。かなりしんどそうだ。
確かにこの湿度と暑さはやばい。
修太もげっそりしている。
目の前の森は目に涼しいが、気温と湿度はセーセレティー精霊国にいる時と変わらないのだ。
「なあ、それじゃ行ってみない? その遺跡!」
啓介の提案に、一同、啓介に注目する。
「本気で言ってんだよ……な?」
修太の問いに、啓介はもちろんと返す。
「切り株山一帯を囲んでるのがこの森なんだろ? どこに魔女がいるのか分からないし、上から見たら手掛かりを掴めるかもしれない。何より、遺跡でよく分からない力なんてすごく面白そう!」
最後が一番の意見なのは、わざわざ指摘するまでもない。
「私は賛成だ」
予想外にも、フランジェスカが真っ先に賛成した。
「その遺跡にあると伝えられている魔法書の数々が眠る図書館に興味がある。解呪の技があるやもしれん」
なるほど、とても分かりやすい理由だ。
魔法の都ツェルンディエーラは、パスリル王国でも有名なようである。
「好きに決めて構わぬ。ふぅ、暑くてかなわん」
サーシャリオンは相変わらずの無関心だ。グレイも花ガメさえ出なければどうでもいいらしい。コウは言わずもがなだ。
「行くだけ行ってみればいいんじゃないか? 啓介の言うことも一理ある」
修太は簡潔に意見を述べ、ちらりとピアスを見て答えを催促する。
「あら。私が反対するわけないでしょ? この面子なら安全だし、ツェルンディエーラには一度行ってみたかったのよね!」
全員の返事を聞いて、啓介はにかっと笑う。
「じゃ、遺跡を目指すってことで、決定!」
それぞれ返事をし、進路を決める為、道端に寄って地図を広げ、近くまで街道を使うルートで行くことにした。