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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
パスリル王国編
115/340

 4




「まあ、そうですか……。エメちゃんが……」


 赤い目をそっと伏せ、ガーネットは沈んだ様子を見せた。その背後では、扉の形をした枠を伝うように、火が燃え盛っている。

 あのエメラルディアとの邂逅から、すでに一ヶ月近く経っていた。パスリル王国にはもう断片は無いとサーシャリオンが言うので、セーセレティー精霊国に舞い戻ってきたのだ。帰りは多少目立っても問題なかった為、鳥系のモンスター達の世話になった。

 それでもビルクモーレに辿り着くまでが二週間かかり、再度ダンジョンに挑みなおして二週間といったところだ。


「何もしてやれなくてごめん……」


 あんな風に苦しんでいる人に、何も手を貸してやれないというのは啓介にはとても辛かった。


「いいえ。何もしないことがあの子の為になるのです。人との関わりはエメちゃんを傷つけるだけですから。今はただ、何も考えずに休ませるべきでしょう」

「そうですか……」


 それでエメラルディアの慰めになるのならいい。啓介は一つ頷き返す。


「それで魔女様、フランジェスカさんの呪い、解けそうなんですか?」


 ガーネットと話したくてうずうずしていたピアスが、ずいっと身を乗り出して問う。その様子を見てガーネットは目を丸くし、ころころと笑いながらピアスの頭を撫でる。


「まぁまぁ、可愛らしいお嬢様ね。わたくしへの好奇心でいっぱいな、子猫ちゃんみたいな目をしてるわ。うふふ」


 おっとり微笑み、可愛い可愛いとピアスの頭を撫でるガーネットは、姉を通り越して孫を見守るお婆ちゃんのような雰囲気を漂わせている。

 頭を撫でられるのは想定外だったのか、ピアスは顔を赤くして固まってしまった。


「あ、あの……」


 そしてぎくしゃくとピアスが切り出すと、ガーネットはなあにと首を傾げる。のんびりしているせいで話が一向に進まないのを見かね、啓介は言う。


「あの、ですから、フランさんの呪いのことですよ」


「ああ、そうでしたわね。ええ、たぶん解けると思いますわよ? 姉月が一巡りする間に、わたくしの力も満ちました。さあ、こちらにおいでなさい、騎士のお嬢さん」


「はっ」


 ガーネットに手招かれ、フランジェスカはガーネットの側に寄る。

 フランジェスカの手を取り、ガーネットはフランジェスカを観察し始める。その赤い目が爛爛と光り輝くのを、対面するフランジェスカは驚きとともに見守る。


「なるほど。呪いは複雑に編まれて、あなたをひどく蝕んでいますね。根っこが深いけれど、ええ、呪いを解くことは出来るわ。ただ……」

「ただ?」


「ちょっと変な特技が増えちゃうわねぇ。でも、ええ、夜になるとモンスターになることはないわ」

「はあ」


 何を言いたいのか分からない。

 フランジェスカは目を瞬く。


「さあ、解きますわよ。ちょっと身を屈めて下さる? 額を合わせる必要があるの」

「は、はいっ」


 フランジェスカの方が背が高いので、ガーネットは背伸びしても厳しかったらしい。額を合わせると聞いてたじろいだものの、フランジェスカは身を屈める。その頭をガーネットはそっと手で引き寄せ、自身の額をフランジェスカの額に合わせる。


「ちょっと熱いし痛いかもしれないけれど、動いては駄目よ」

「分かりました!」


 覚悟を決めてそう答えると、ガーネットはその姿勢のままで目を閉じる。


「夜の月に呪われ、夜の異形となるこの者の身に宿る呪い、夜に坐する魔女、我、ガーネットの手により解き光となさん。夜の呪いよ、闇に解けて消えるがいい!」


 ガーネットの口から、迫力を伴ったやや低めの声が紡がれる。その瞬間、フランジェスカは風が叩きつけてくるような圧迫感を身体全体に感じた。


「っ」


 動くなと言われたが、これは動きたくても動けない。

 更には合わせている額が熱くなり、焼けるような痛みが襲う。目の奥で光が弾け、意識が空を舞う。


 ――オリガ、大好きよ。ずっと一緒にいましょうね。


 光の向こうで、女性がふんわりと微笑んで呼びかける姿が見えた。

 日向のような、あたたかな想いが胸にこみ上げる。一緒にいたいと思うのは、オリガなのかフランジェスカなのか分からない。


 視界が白い光で満たされていく。

 網膜を焼くような白一色の光。


 しかし、それは唐突に消えた。

 肩を揺すられる感覚に気付いて目を薄ら開けると、灰色の壁と地面が見えた。炎に照らされ、ぼんやりと照らし出されているそこは、ビルクモーレにある迷宮の地下200階だ。


「フランさん、大丈夫?」


 銀の目が不安げに揺れている。啓介がフランジェスカの肩を揺すり、心配そうに覗きこんでいた。


「呪いを解いたら、倒れるように座りこんじゃったのよ」


 やはり心配そうなピアスが、横合いから付け足した。


「見事ね。終わるまで動かなかったわ。問題無く呪いは解けました」


 ガーネットがふわっと微笑んだ。

 ふらつく頭を軽く振り、フランジェスカはガーネットを見上げる。


「……呪いが解ける一瞬、あの魔女の姿が浮かびました。幸せそうな笑みだった……」

「そう。あの子の呪いの根幹は、あの子のオリガへの家族愛よ。愛と憎しみは表裏一体なんて、上手く言ったものですわね」


 ガーネットは肩をすくめ、微苦笑を浮かべる。


「愛が深ければ深い程、呪いも強くなる。そういう呪いなの。それくらい強くなくては、半日だけとはいえ、人間をモンスターにすることなんて出来ないわ。姿を変えるのは、それだけ難しい。それこそ変質の性質を持つ、クロイツェフ様のようでなければね」


「ああ、そうだな」


 一歩引いた位置で傍観していたダークエルフの青年姿のサーシャリオンは、至極同意だと首肯した。

 そんなものなのかとフランジェスカは意識の隅で考える。


「それでなんだけど、お嬢さん」


 地に座り込んだままのフランジェスカの前に、ガーネットはひょいとしゃがむ。にこにこと温かみのある笑みを浮かべながら、ガーネットは衝撃的な言葉を口にする。


「さっき言った、変わった特技なのだけど、あれはね、好きな時にポイズンキャットになれるっていう特技なの」

「……は」


 ぱっかりと口を開けるフランジェスカ。

 やだ可愛い~とガーネットはフランジェスカの額を指先で突き、うふふと笑う。


「あの、ついさっき、変身するのは難しいと言ってませんでしたか?」


「ええ。でも、それだけ強い呪いをかけたという話もしたでしょう? 私は“夜になるとポイズンキャット化する呪い”は解いたわ。うーん、正確に言うと、“夜になると強制モンスター化”の呪いを、“自由意志でのモンスター化”の祝福に書き変えたということよ。あの子の想いが強すぎて、モンスター化は消すことは出来なかったから、あなたに被害が出ないように術式を書き変えたの」


 懇切丁寧なガーネットの説明を、フランジェスカは半ば呆然と聞いている。


「人間でこんな特技持ちなんていないわよ? すっごく素敵。大事にしてね」


 ぱちんと片目を閉じて、ガーネットは機嫌良く立ち上がる。そして、ぐぐっと伸びをした。


「開かずの扉のお陰で力も回復したけれど、疲れちゃった。わたくし、先に休ませて頂きますわね」


 そう言うと、止める暇もなく姿を消した。


「え……? モンスター化は? あれ……?」


 ぐるぐると混乱しながら、ガーネットを呼びとめるべく手を差し出した格好で、フランジェスカの頭はフリーズする。


「いいなあ、変身の特技って。格好良いよ、フランさん!」


 啓介が心から羨ましそうに言い、


「まあ、元気出して。自由意志なんて素敵じゃない」


 ピアスが苦笑気味にフォローする。

 しかし空気を読まないサーシャリオンがとどめを刺す。


「中途半端に解けたというとこだな。まあ、いいではないか。自由意志だぞ、自由意志」


 フランジェスカは頭を抱える。


「良くない! 私は普通の人間に戻りたかったんだ――っ!!」


 フランジェスカの悲痛な叫びが、洞窟いっぱいに響き渡り、わんわんとこだまを伴い消えていくのだった。



      *



 啓介達が断片である開かずの扉を本に封印してから戻ってくると、何故かめっこり落ち込んだフランジェスカが宿の部屋に引きこもってしまった。布団を頭から被って、丸くなって不貞寝しているらしい。

 その隣部屋で話を一通り聞いて、落ち込みたくもなるよなと修太は納得した。


「でも自由意志ならいいんじゃねえの。制御出来ないから苦労してたんだし」

「ねえ、俺も良いと思うんだよね。格好良いじゃん」

「格好良いかは知らねえけど」


 何が格好良いのか分からない。修太は啓介をじと目で見る。


「ポイズンキャットなら良いと思うわよ? ワームや蛇は気持ち悪いし、それに大型モンスターになってたら大騒ぎで大変だったと思うもの」


 ピアスの言葉に、全員揃って頷く。


「あとはあいつが受け入れるだけだな」


 同じテーブルを囲んでいたラゴニスが、くくっとおかしそうに笑って言った。


「あ、そうだ。フラン、呪い解けたんだから、ここでお別れになるのかね……」


 修太のなにげない呟きに、啓介が

「えっ!?」

と大声を出した。その後、へにゃっとテーブルにへばりつく。


「そっか~、そうだよなあ。うう、寂しいな~。俺の剣の師匠なのに……」


 ぐずぐず言い出す啓介。


「よく考えたら、ピアスも魔女に会ったんだからここでお別れか?」


 修太の問いに、啓介がぎくりと身を強張らせる。

 ピアスはすぐに笑い飛ばした。


「まっさかぁ、こんなに面白い旅なのに、どうして抜けなきゃいけないのよ」

「……あ、そう」


 やっぱり思考回路が啓介と似ている気がする。

 修太は啓介がほっと息を吐くのを横目に見ながら、内心で判定する。

 今、報告を話したり聞いたりする為に、フランジェスカ以外の面子がこの部屋に集まっている。本当は修太と啓介とサーシャリオンとグレイとラゴニスの五人部屋だが、ピアスとシークとトリトラもいる。勿論、コウも同室だ。


 宿は前と同じ円月亭を使っていた。

 いきなり出て行った上、啓介達がダンジョンから戻らないので冒険者ギルドはちょっとした騒ぎになっていたが、最下層で転移させられたと話したらもっと驚かれた。しかも啓介達は忘れ物を取りにもう一度潜って来ると言い出し、よくやるよという称賛の眼差しを向けられていた。


「ねえ、君達は次はどこに行くの?」

「そうだな。あと残ってる情報は……」


 トリトラの問いかけに修太がちらりと啓介を見ると、啓介が迷わず口にする。


「太古の魔女がいるって言われてる水底森林地帯だね」


 そう言った瞬間、黒狼族三人が目に見えて固まった。


「あ、あそこかぁ……」


 頬を引きつらせたシークが、嫌そうに言う。


「それじゃ僕らは足手纏いだね。うん、僕はここで抜けるよ」

「ずるいぞ、トリトラ。俺も抜ける!」


 トリトラとシークの決断は早かった。


(そんなに嫌なのか、その森……)


 一歩間違ったら処刑されるパスリル王国には意気揚々とついてきたのに、花ガメがいるだろう水底森林地帯には足を踏み入れる気もないというのが不思議だ。


「グレイは?」

「…………」


 重い沈黙が下りた。悩んでいるらしく、無表情のまま椅子の上で身じろぎ一つせず、グレイは黙り込んでいる。

 啓介は苦笑する。


「無理してついてこなくていいんだよ? ついてきてくれるとありがたいけど、すごく嫌なんだろ?」


 しかし、その親切な申し出は逆効果だったようで、グレイは何か決意したように右の拳を握る。


「いや。この機会に克服してみせる!」

「師匠!?」

「何言ってるんですか!?」

「「それは流石に馬鹿のすることですよ!」」


 弟子二人が声を揃えて叫んだ瞬間、グレイの鉄拳が飛んだ。


「あぐぐぐぐ、痛い……」

「容赦ねえっす、ししょー……」


 それぞれ頭を押さえ、床にしゃがみこむ。


「その二人の言うことが正しいなら、克服しようのないことみたいに聞こえるのだがな?」


 サーシャリオンが茶化すように口を出すのに、グレイは頷く。


「当然だ。あれに弱いのは種族的欠陥だ。俺達にとってこの世で最も不快なにおいだからな」


 どんなにおいだよ。


「だが、物事には慣れというものがあるだろう。慣れればきっと我慢は出来るはずだ」


 言っていることは正しい気がする。


「ええー……。無謀ですよ、師匠」

「考え直した方がいいですって。何でそこまでしてついていきたいんですか?」


 シークの問いに、グレイはそういえばそうだというように顎に手を当てる。


「そうだな。俺はあまり他人との付き合いというのがよく分からんのだ。サマルに友人と言われてもよく分からなかったからな。だが、こいつらを見てると、そういうのが分かりそうな気がする。揃いも揃って変人だが」


「異議あり!」

「シューター君、黙って。今、大事な話してるんだからっ」


 思わず修太が口を出すと、ピアスに叱られた。でも納得がいかない。自分もそこに含まれていることが。


「……対人関係は良好だからな」


 グレイが付け足すと、シークやトリトラは目を潤ませた。

 シークが袖口を目に当て、嗚咽を漏らす。


「ううっ、師匠。そんなに顔面筋が死滅してるのを気にしてただなんてっ」

「哀れです。ものすっごく哀れです……。まずは棒をくわえて口角を上げる練習からしてみてはどうでしょう?」


 トリトラも泣きそうな顔で提案した。

 再びグレイが弟子に鉄拳をお見舞いする。


「誰がいつそんなことを言った? ……ぶん殴るぞ」

「「……もう殴ってますぅ」」


 頭を手で押さえ、情けない声を漏らす弟子二人。


「ま、まあ、いいんじゃない? グレイがそうしたいんなら……」


 困ったように場をとりなす啓介。なあ? と問うのに、修太とピアスは急いで頷いた。こちらにまで飛び火しそうで怖かったので。


「ええと、ラゴニスさんはどうするんだ?」


 修太が話題反らしにラゴニスに話を振ると、ラゴニスはどうするかねえと首を傾げる。


「ちっと暑いが、この国は良いとこだ。この二週間の間に、定住に関する注意も聞いてきたし、商人ギルドに入って顔役に金さえ払えば店を出すのも自由だと。ちょうどダンジョン経営の都市だしな、いっちょここでやり直すとすっかな」


「鍛冶店、出すんですか?」


 啓介が目を丸くして問うのに、ラゴニスは飄々と頷く。


「おうよ。フランがここのダンジョンに潜って溜めこんでた金を使えってくれたからな、ま、店出すくらいはどうにかなる。それでも足りなけりゃ、いっそ俺も潜るさ」


 まあ、確かにビルクモーレにいる間だけでかなり資産が増えた。修太はアルバイトしかしていないのに、何故かパーティーで稼いだ金をやや割安で分けてくれていて、それだけでもボロ屋くらいなら買えそうな値段になっている。パーティーメンバーである四人なら、ボロ屋よりマシくらいの家は買えるんじゃないだろうか。


 とにかく、この町のダンジョンを二百階まで潜るというのは、それだけで一財産稼げるものなのだ。ギルドでは、二百回達成と帰還おめでとうパーティーを開くつもりらしい。何故か資金の半分はこっち持ちで。祝うと見せかけて、たかってるんじゃないだろうか。


「大丈夫なのかよ、おっさん」


 怪訝な顔のシークに、ラゴニスは笑い返す。


「俺は昔は冒険者してたんだ。ダンジョンくらい入ったことはある。それに、フランに剣を教えたのは俺だぞ? そうそうやられたりしねえよ」

「あの姉さんの師匠ってことか? それなら平気そうだな。今度手合わせしてよ!」


 シークが身を乗り出すと、ラゴニスはにやりとする。


「いいぜ。綺麗に負かしてやるよ」

「おっさんの方が負けるに決まってんだろ」


 ラゴニスとシークは不敵に睨みあう。


(ここだけ暑苦しい……)


 修太は睨みあいから目を反らす。


「じゃ、あとはフランだけか……」


 修太がそう零した瞬間、バタンと部屋の扉が音を立てて開いた。

 麻のシャツとズボンという寝巻き姿のフランジェスカが、妙な迫力をもって立っている。


「……私も行く」


 低い声でフランジェスカは宣言した。


「え? でも呪い解けたじゃ……すみませんっ」


 ぎらりと睨まれ、修太は反射的に謝った。


「こんな中途半端な解け方、気にくわない! お前達についていけば、もしかしたら完全に呪いを解くことが出来るかもしれない! だからついていく! 却下は無しだ。いいな!」


 低く言い捨てると、ずかずかとテーブルまで歩いてきて、ラゴニスの前に置いてあった酒瓶をひったくる。


「あっ」


 ラゴニスがショックを受けたように声を零す中、果実酒の瓶に口をつけ、フランジェスカは男らしく煽る。

 ごくごくと半分程飲むと、ダンと瓶をテーブルに置いた。


「ああーっ、俺の酒ーっ!」


 ラゴニスが切ない声を上げ、テーブルに突っ伏す。

 それを尻目に袖口で口元を拭い、すわった目をしたフランジェスカは言う。


「とにかく! 私はついていくからな! 置いていったりするんじゃないぞ、分かったな!?」

「ハ、ハイッ。もちろん置いていきませんっ」


 啓介がびしっと背筋を伸ばして答える。

 それにフランジェスカは満足げに頷き、猫のように目を細めて笑い、半分残ったラゴニスの酒瓶を奪って部屋を出て行った。


「ああっ、待て! 俺の酒は置いてけ! こら、フランっ!」


 ラゴニスの叫びは完全にスルーされ、扉がパッタリと静かに閉まった。


「……なんだったんだ、あれ?」


 呆然と呟く修太。


「さあ。話が聞こえてたんじゃない?」


 ピアスもぽつりと返した。



      *



 一週間後。

 お祝いパーティーが終わり、あちこちに挨拶し終え、準備をした修太達は、ビルクモーレの門前で見送りを受けていた。


「じゃあね、シューター。気を付けてね。僕ら、しばらくはこの町にいるから、何かあったら訪ねておいでよ」

「……うん。分かったから、弟扱いするな」


 この野郎、まだ弟にしたいと言ってたのを諦めてなかったのか。

 フード越しに頭を撫でてくるトリトラの手を引きはがし、修太はむっすりした。


(どいつもこいつも子ども扱いしやがって。俺は子どもじゃねえ!)


 膨れっ面をする修太に、ちぇーっと子どもみたいにいじけるトリトラ。シークがその肩を小突く。


「ほんとこりねえな、お前。こんなチビガキ、弟にしても面白くねえだろ」

「分かってないなあ、シークは。このいい感じに無愛想な方が楽しいに決まってるだろ?」

「うるせえよ」


 二人して堂々と悪口言うな。


「おい、チビスケ。また落ち込むことあったら、とにかく走るんだぞ! ついでに体力つけろ! お前、どうせ弱いんだから、勝たなくていいから逃げるんだぞ。その体力つけろ」

「ああ。シークも、その馬鹿なとこ直してもっと賢くなれよ」

「あはは! やり返されてやんのー」


 腹が立ったので言い返したら、トリトラが爆笑し始めた。シークがじろっと睨んでくるのに、舌を出す。


「それから師匠、ちゃんと治療薬持ちました?」


 トリトラの問いに、グレイが頷く。


「ああ。イェリに貰ってた処方箋があるからな、薬師に頼んでおいた」

「何の話?」


「花ガメの花粉で出る症状への治療薬だよ。前は耐えるしかなかったんだけど、イェリおじさんが特効薬を見つけてくれてさ。今じゃ治療薬になってるんだ」

「あれないと、本気でしんどいからなあ」


 トリトラの説明に、シークがうんうんと頷く。


「俺は特に弱いから、念には念を入れているのだ」


 グレイの言葉に、なるほどと修太は頷く。対策にも抜かりはないのなら、同行するこちらも安心だ。

 その隣では、ラゴニスが啓介に声をかけている。


「ケイ、あの荷物運んでくれたやつ、助かったよ。工房付きの良い家も見つけたしな。すぐにでも店を始められそうだ」

「いえ、すごいのは指輪で、俺は特に何もしてませんから」


「そういう時は素直に礼を言っとくもんだ」

「はい。どういたしまして」


 にこっと笑う啓介。ラゴニスも陽気に笑い、その背を叩く。そして、娘と向き直る。


「じゃあな、フラン。たまには剣の調整しに顔出せよ? それから無茶はするな」

「分かっている。まあ、頻繁には顔を出せんだろうが。親父も頑張れよ」


「娘に金出してもらったんだ、そりゃ頑張るさ」

「何言ってる。私が迷惑かけたのだから、金くらい出すさ」


 気安く遣り取りし、軽く抱擁を交わすと、すぐに離れる。

 そして、互いに挨拶を交わし、手を振りながら街道を歩きだす。追い風をその背に受け、足取りは軽く。


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