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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
パスリル王国編
109/340

 6



 樹海で生活し始めて四日目。


 ――どうして壁を作ってしまうんですか! 気にせず入ればいいじゃないですか!


 樹海の窪地に、雪乙女の声が響く。


「てめえの目が危ないからだろーが! 人間なんかに興味ないんなら、こっち見るな!」


 対する修太は勢いよく怒鳴り返す。

 今日見たら湯が澄んでいたので、昼間のうちに温泉に入ろうとしたところ、何やら雪乙女が危ない目付きでこっちを見ていたので、リーリレーネに頼んで、温泉の周囲に脱衣所と隠れられる程度の氷の壁を作ってもらったのだ。

 男ばかりだから気にしないでいようと思ったが、それをやめようと思う程度には視線が危なかった。


 ――人間に変身する為のぉ、見本にしようかなって思ったんですぅ~。


「だったら服を着ててもいいじゃねえか」


 じっとりと雪乙女を睨む。


 ――うっ。うふふふ、おほほほ。


 明後日の方を向いて笑いだす雪乙女。

 そんな雪乙女を、トリトラが蔑んだ目で見る。


「あれ、絶対に変態だよ。間違いない」


 何か嫌なことでも思い出したのだろうか、黒い気配をばらまいている。


「は~、さっすが、女に間違えられて男に告られる奴の言うことは重みが違うね」


 シークが余計なことを言い、トリトラの鋭い蹴りが飛ぶ。が、シークは素早く地に伏せて攻撃をかわす。


「ちっ」


 黒い表情で舌打ちするトリトラ。


「毎度食らってられるか!」


 べぇと舌を出すシーク。それに更に黒い表情になるトリトラ。拳を左手の平に叩きつけて宣言する。


「次は仕留める」

「おい、落ち着け。喧嘩くらいでマジになるなよ、面倒くせえ」


 修太は引き気味に口を挟む。

 完全に狩人の目をしているトリトラが怖い。獲物役であるシークも顔を引きつらせている。怖いなら余計なことを言わなきゃいいのに。


「ねえシューター、ほんとにこんなのに浸かる気なの? 危なくない? すごくくさいよ、この水」


 鼻を手で摘まみ、嫌そうなしかめっ面でトリトラが言う。


「くさい言うな! 薬効があって体に良いんだって言ってんだろ!」


 びしっと言い返す。


(まったく、どいつもこいつもくさいくさいと……。温泉なめんな!)


 こうなったら自分が使って、良いところを見せるしかない。修太は気合を入れ、脱衣所に入って服を脱ぎ捨てると、地面に旅人の指輪から出した着替えやタオルを置いてから、温泉にずかずか入る。リーリレーネが広めに作ってくれたので、七人くらいは余裕で入れる広さがある。


 温度は少しぬるいくらいだが、凍えた寒さにはちょうどいい。温度差で最初は指先が痛かったが、慣れると体がほぐれてきた。

 足元はまだ泥のようだが、浸かる分には問題無い。


「温泉最高だ……」


 この硫黄のにおいも嫌いじゃない。


「ワンッ」


 足先で湯をつんつん突いていたコウが、修太が浸かったのを見て思い切って湯に飛び込んだ。


「わっ、こら、お湯かけるな!」

「ワフ!」


 お陰で頭から湯を被る羽目になって文句を言うが、コウはすいすい犬かきして泳ぎながら涼しげな顔をしている。

 そういえばこいつ、水かけても嫌がらないんだよな。洗ってやるとむしろ喜ぶのを見ると、水浴び好きなのかもしれない。


「つまり、自然に湧いてる風呂ってことか? 湯はくさいけど、いいな。俺も風呂入ろっ」

「ええ~? シーク、入る気?」

「だって風呂だぞ、トリトラ。セーセレティーで初めて風呂を使ってから気に入ってんだよな!」


 脱衣所に引っ込んで、あっという間に服を脱ぎ捨てたシークが、恐る恐るという様子で温泉に入ってきた。


「うおー、めちゃくちゃあったまるー。寒いと風呂って気持ち良いんだな!」


 一度湯に潜ったシークは、ぶるぶると頭を振って雫を跳ね飛ばす。お前は犬か。


「ええー……」


 温泉の淵にしゃがんだまま、トリトラは信じられないものを見る顔をしている。


「浸かるのに抵抗あるなら、足だけ浸ければ? だいぶ違うぞ」

「む。それだけなら……」


 修太のアドバイスに、浸かるのは怖いが興味はあるのか、トリトラはブーツを脱いだ。そして足に巻きつけていた包帯のような白い布を外すと、黒いズボンを膝までたくし上げ、足を湯に浸ける。


「おお。あったかい。足を洗うだけでも違うなぁ」


 そう言って、トリトラは気持ち良さそうに、ほけーっと目を閉じる。


 ――わぁん、楽しそう! ずるいです! 私も混ざりたいのに、混ざったら死ぬだなんてぇっ。


 壁の向こうから雪乙女の涙声が聞こえる。

 修太達はきっぱり無視した。


「なあ、セーセレティーで初めて風呂に入るって、マエサ=マナじゃ風呂に入らないのか?」


 ばしゃばしゃと湯で顔を洗っているシークに問い掛ける。黒狼族は警戒心が強いようだが、こいつは思い切りの良さに優れているらしい。あまり深く考えていないだけな気もする。

 しかし、褐色の肌に白い髪って、相変わらず対比的な色合いだ。それに、服を着てる時は細身なのに、胸板が厚いのが意外だ。トリトラより力があるだけあって筋肉もついている。すごく羨ましい。


(ずるい。ムカつく。いっぺん地獄に落ちろ)


 内心で理不尽な悪口を並べる。何でこんなにひょろいんだろう、自分。今は子どもだからだ、元の年齢くらいまで成長すればマシになるはずだ。蓄積時間を落としたから成長しないということはないと信じたい。髪や爪は伸びるのだから、成長もするはず。しなかったら落ち込んで一ヶ月くらい引きこもりそうな気がする。

 シークはきょとんと首をひねる。


「んあ? まあ、マエサ=マナにはオアシスがあるけど、砂漠じゃ水は貴重だからな。桶で一杯分の水浴びがせいぜいだな」


「そうそう。洗濯や料理で使う水も、一軒ごとに量が決まっててさ。それが普通だからどうとも思わないけど、セーセレティーは水が豊富だからびっくりしたね。汚れ落とす為だけにさ、こーんな四角い穴にお湯を溜めるなんてありえないよ」


 余程驚いたのか、トリトラが手を広げて実演しながら言う。


「ん? でも俺、グインジエの宿では風呂を使ったぞ? 水風呂だったけど」


 海賊にさらわれたせいで一泊しか出来ていないが、確かに使った。浴室を使う時は鍵をかけて貸し切りで使う形だったので、遠慮なく使ったのだ。アストラテではオーガーの起こした津波のせいでどこも余裕がなかったから、せいぜい頭に水を被った程度だったが。だが、レステファルテは空気が乾燥しているから、暑いだけで不快には感じず、風呂に入れなくてもそんなに気にならなかった。それに比べてセーセレティーは湿度もあるので、汗がべたつくから風呂に入りたくなったものだ。


「グインジエはオアシス都市で有名だから、水はその辺の町よりよっぽど豊富だよ。レステファルテじゃ水を治めた土地が力を持つから、大都市は全部オアシス都市だしね。中でも王都は一番水が豊富なんだ」


「へ~」

「トリトラは物知りだな。って、なんでシークまで感心してるんだよ」


 修太が突っ込むと、トリトラが笑った。


「仕方ないよ、シューター。シークは馬鹿だから」

「うっせえ!」


 これに怒ったシークがお湯をトリトラに思い切りかけ、それに切れたトリトラがお湯をかけ返し、最終的にずぶ濡れになったトリトラも風呂に入る羽目になった。


(ほんとガキだよなぁ、こいつら……)


 呆れ果てる修太を他所に、壁の向こうで雪乙女が楽しそうでずるいとわめいていた。うん、お子様がそこにももう一人。

 前足と頭を地面に置いて風呂を満喫しているコウが、一番大人に見えるってどうなんだ。




 風呂を上がってタオルで髪を拭きながら外に出ると、グレイがハルバートを手にして型稽古をしていた。

 重そうな斧槍を両手で振り回しながら、まるで目の前に誰かがいるみたいに戦っている。

 あんまりひらりひらりと武器を扱うので、演舞でも見ているようだ。


「やっぱ師匠の型稽古は綺麗だな。武器が身体そのものみたいでさ」


 羨ましそうにシークが呟く。憧憬が過分にこもった目でグレイを凝視し、少しの動作も見逃すまいとしている。


「あれが僕らの一族で五本指に入る強者の動きだよ。よく覚えときなよ、シューター」


 トリトラが優しく言うので、修太はぽかんと見上げる。


「え? グレイって黒狼族でも実力者なのか? てっきり黒狼族って皆あんなに強いのかと……」

「まさか! そりゃ僕らは個々の能力は人間よりはずっと強いけど、それでもあれが普通なわけじゃないよ。それに師匠は精神的にも強い人だから、本当に強い人(・・・・・・)なんだよ」


 そう言うトリトラはとても誇らしげだ。


「え……。じゃあ、一番強いのは?」

「今の族長の旦那だよ。その次が族長って言われてる」


 あのくたびれた感じの男が一番手!?

 マエサ=マナで見かけた族長夫妻を思い出し、修太は目を丸くした。


「じゃあ、イェリは?」

「あー、お前、イェリのおっさんとも知り合いなのか? おっさんも強い方だぞ。俺らよりは上だな。ま、でも、薬師なんて仕事してるから、同族の奴らには下に見られてっけどな」

「戦士であることが僕らの誇りだからねえ」


 シークの言葉に付け足して、トリトラは苦笑する。


「黒狼族内でも色々あるんだな……」


 修太はぽつりと呟く。その足元で、コウはまだ濡れている毛を舐めて毛づくろいしている。


「ははは、そうでもねえって。同族を金で売り買いしてる人間ほど複雑じゃねえし。戦士としての誇りと、強さを持っていることが大事ってだけだ」


 シークがあっけらかんと笑い飛ばす。その横で、トリトラは複雑そうな顔になる。


「レステファルテじゃ、奴隷以外にも借金のかたに子どもを娼館に売り飛ばしたり、払えない税の代わりに奉公って名目で有力者の屋敷に使用人として出されたりなんてざらだったな。母さんには、顔だけは良いんだから誤って娼館に売られたりしないようにしなさいって言われたりしてさあ。本気で勘弁してくれって感じだよ」


「顔だけってのがよく分かってるよなあ、エリンさん。性格最悪だもんな、お前。ぎゃははは」

「はっ、馬鹿だから騙されるんじゃないよって、母親に何度も何度も忠告されてたどこかの誰かさんにだけは言われたくないね。すごいんだよ、念入れられまくりでさぁ。ぷぷぷ」


 これみよがしに教えてくれるトリトラ。

 どっちも流石としか言えない中身だ。


「あんだと、お前。喧嘩売ってんのか?」

「そっちこそ売ってるよね?」


 シークとトリトラはぎりぎりと睨み合い、どちらともなく喧嘩が勃発する。


「なあ、コウ。この二人ってあれだな、進歩ねえよな」

「ワフッ」


 呆れて足元のコウに声をかけると、コウはそうだねと言わんばかりに吠え返した。やっぱりどう見てもこいつが一番大人だ。


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