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「では、父さん。私はエレノイカに会ったら、そのまま王都を出る」
白いマントのフードを被り、口布を付けたフランジェスカは、玄関先まで見送りにきたラゴニスと軽い抱擁を交わした。
「おう。気を付けてな。生きて戻れ」
ラゴニスは娘を力強く抱きしめ返す。
「っと、そうだ。ちょっと待ってろ」
急に思い出したというように、鍛冶店の奥、工房へと消えるラゴニス。そして戻ってくると、手には一振りの剣が握られていた。
青に塗られた鞘をしていて、鍔が青みがかった銀色、握りには青い布が巻かれ、柄頭は鉄色という、色合いが綺麗な剣だ。
「お前が留守にしてる間に鍛えていた剣だ。そのうち帰ってきたら渡そうと思ってよ」
フランジェスカは剣を受け取る。剣を鞘から抜くと、青みがかった銀色の刀身が顕わになった。
「ほう……。綺麗な剣だな」
「前にお前に渡したカットラスと同じ造りだが、今度は鉄ではなく、青銀鉱石を使ってみた。あの鉱石は〈青〉の魔力に合うから、魔力が底上げされるはずだ」
ラゴニスの解説を聞きながら、フランジェスカは右手で持った剣を、開けた場所でひらりと振ってみる。
空中に青銀の軌跡が生まれる。
「重さも丁度良いし、使い勝手は良さそうだ」
剣の柄を握ったまま、右手の指をくいと曲げる。空中に水が現れる。
「確かに、僅かばかり魔法の使用感覚がスムーズだ。――良いのか、本当に貰って。傑作の一つだろう?」
水を近くの草木に撒き、剣を鞘に戻して、フランジェスカは父親に向き直る。
「お前の為に打ったんだから、当然だ。前の剣はそろそろガタが来てるだろ。お前は剣を大事に扱うが、相手が大物の場合が多いからな……。ほら、寄越せ」
フランジェスカが腰に提げている長剣を受け取ったラゴニスは、鞘から抜いた剣を一瞥して、苦笑する。
「こりゃまた、折れてないのが不思議だな」
「セーセレティーで半年程ダンジョンに籠っていたからな……。一応、鍛冶屋で調整は頼んでいたが、そんなに危なかったか?」
やや冷や汗をかきつつ問うと、ラゴニスは頷いた。
「最低でも一ヶ月に一度は俺に見せろと言ってただろ。幾ら俺の腕が良くてもな、武器には耐久度ってぇのがあるんだ。どんな名剣だって、いつかは壊れる日が来る」
ラゴニスにじと目を向けるフランジェスカ。
「自分で言うな」
「俺の剣は評判良いんだぞっ」
「それは知っているが、それとこれとは別だ」
きっぱりと返す。
ラゴニスは嫌そうに溜息を吐き、肩を落とす。
「嫌だね、全く。お父様の剣は世界一ですわぁ、くらい言えんのか」
「誰だそれは。気色悪い」
「…………」
言葉を飲みこんで、また溜息を吐くラゴニス。
その横では、だいぶセディン父娘の遣り取りに慣れてきた啓介やピアスが面白そうに見ている。
「まあいい。ありがたく貰っていく。青銀鉱石なんてお高いものをわざわざ使ってくれたのだ。それに名剣は腕の良い剣士の手にある方がいいだろう」
フランジェスカがにやっと口端を歪めて笑うと、今度はラゴニスがじと目になった。
「自分で言うな」
「事実だ」
ふてぶてしく返すフランジェスカ。ラゴニスはやれやれと肩をすくめる。
ピアスはこっそり啓介に耳打ちする。
「似たもの親子ね」
「そうだね」
啓介もうんうんと頷いて同意する。
どちらも目立たないようにフード付きマントを着て、目深にフードを被っている。啓介は歩いているだけで拝まれるのが嫌だったし、ピアスは銀髪が目立つから邪教徒扱いされるのを防ぐ為だ。どちらのマントも、啓介の指輪に保管していたものである。三人とも似た格好のせいか、逆に少しだけ悪目立ちしている。
「では、行くよ。またな、父さん」
「ああ。行って来い」
フランジェスカの挨拶も、ラゴニスの挨拶もあっさりしていたが、別れ際はいつもこうだった。ラゴニスは家族が去るのが寂しくなるから言葉少なくなるし、フランジェスカは改まって挨拶するのが気恥かしいから簡単になる。
近所の人達は、フランジェスカとラゴニスのそうした遣り取りが、まるで父親と息子のそれのようだと揶揄していた。
フランジェスカは啓介とピアスを連れ、マントの裾を翻して王都の通りへと踏み出した。
ラゴニスはフランジェスカを見送ると、肩の荷が下りたという様子で鍛冶店に戻った。
*
王都の通りを南下し、瀟洒な建物が並ぶ住宅街を歩き、ようやく辿り着いた屋敷の前でフランジェスカは足を止めた。
白い煉瓦造りの屋敷は、高い塀に囲まれている。青に塗装されたアイアンワークが美しい門の柵越しに、前庭の花壇が色とりどりの花を咲かせているのが見えた。屋根は他の例に漏れず青い瓦で葺かれている。
ここが、フランジェスカの親友であるエレノイカ・リファルの家だ。
平民ではあるが裕福な商人の家であるリファル家は、ラゴニスの行商先の一つであり、宝石に〈黄〉が魔力を宿らせた魔石や媒介石、魔具や高級家具などの販売を主に手掛けている。その為、移動時に盗賊に狙われやすく、自衛用に私兵を雇っている。その私兵への武器販売と修理がラゴニスの仕事だった。
ラゴニスが冒険者をしていた頃に、現当主であるエレノイカの父の護衛依頼を受け、その繋がりで武器販売先に決まったらしい。
つまり、フランジェスカにとって、エレノイカとはお得意先のお嬢様なのだが、幼い頃にエレノイカと会って親しくなり、父の行商に必ずくっついていって、父親達が難しい話をしている間、よく一緒に遊んでいたのだ。
エレノイカは生まれた時から目が見えない先天的な無色で、先見の才に優れていた。その才を発揮して、リファル家はますます商売に成功したそうだ。その高名な占い師に見て貰おうと、エレノイカの元にはよく客が来て、大金を残して帰っていく。そんな客ばかりで同じ年頃の友達がいなかったエレノイカは、フランジェスカを気に入って、お互いに親友と呼び合う程に仲良くなったというわけだ。フランジェスカはエレノイカの占いの腕は尊敬していたが興味はなく、単にエレノイカ自身が優しくて気に入っただけだった。綺麗で優しい、自慢の友達である。
だから休みが出来て実家に帰省すると、必ずエレノイカに会いに来ていた。
「フランジェスカ様、どうぞ。お嬢様がお待ちです」
フランジェスカが門の前に立つと、フランジェスカが何か言う前に、たいていこんな風に門番が案内してくれる。エレノイカがフランジェスカの訪問を予見して、言付けしているのだ。
「こちらの二人もよろしいか? 私の旅の仲間だ」
「ええ。お嬢様から伺っておりますので、遠慮なくどうぞ」
三十代くらいの門番は柔和に笑い、ちょうどやって来た交代要員と入れ変わりに通用口をくぐって、通るように促す。
大きな門は馬車が通る時しか開かないから、徒歩で来ると必ずこの通用口だ。開閉するのは重労働らしい。
門番の後に続いて歩きながら、ピアスが不思議そうに小声でフランジェスカの背に問う。
「ねえ、フランジェスカさんのお友達は、どうして私達がいるって知ってるの?」
「エレノイカは先見の才に優れているから、たいていの事はお見通しだ」
「へえ、それってすごいわね! うちのおばばの占いだと、そこまで細かい先見は出来ないのに」
「先天的無色だからな」
「それでか、なるほど」
ピアスが頷くのに、啓介が更に問う。
「そんなに違うの? 無色だと」
「ええ。占いっていうのは読み解く才能がいるから、小さい頃から何度も練習して技に磨きをかけるの。読み解けるのは一部の才能持ちだけよ。それに対して無色は天から才能を預けられていて、先見だったらそれが特化されてるから、練習しなくても“見える”らしいわ。私達が魔法を扱うのと同じように、呼吸するのと同じくらい自然なことだそうよ」
ピアスの解説に、フランジェスカも啓介と一緒になって感心する。
「そうなのか? まあ、私はエレの占いの腕はどうでもいいんだ。会いたいから会う。それだけだ」
「フランジェスカさんて男前ね。もしフランジェスカさんが男だったら、モテモテだったでしょうね」
ピアスがうなるように言う。
「ははは。私が男だったら、きっとエレノイカにプロポーズしてたと思うよ」
それがちょうど辿り着いた一室の扉を門番がノックして、扉を開けた時だったので、中にいた人物のクスクス笑いが返った。
「まあ、それは光栄ね。剣聖様がお相手ならお父様も反対しないわ」
扉の向こう。繊細な造りの白系の家具が並ぶ中、白木の椅子に、真っ白な女性が座っていた。
青みがかった銀髪は膝に届く程で、光を受けて煌めく。白磁のような肌をした、白いドレスを着た女性だ。年はフランジェスカと同じ二十二歳。レースやフリルをふんだんに使った白いドレスは、閉じた目のままにっこり微笑むエレノイカにしっくり馴染んでいて、神秘的に見えた。
パスリル王国では白は特別な色で、王侯貴族や騎士、神官が身に纏う色である。平民が着てはいけないという決まりはないのだが、白一色となると汚れやすい為に手入れが大変だから、神官以外で白一色の衣服を着る者は、自然と金に余裕がある者に限定されていた。
「エレ、久しぶり!」
「ご機嫌よう、フラン」
フランジェスカは入室の礼を忘れてすっ飛んで行き、エレノイカと再会の挨拶を込めて抱擁を交わす。
レステファルテ国やセーセレティー精霊国では違うが、パスリル王国では親しい者との挨拶での抱擁は一般的だ。ただし、親しい者同士だけであり、知らない者とするのはマナー違反だ。
「失礼します……」
「お邪魔します……」
フランジェスカの後ろから、啓介とピアスがおずおずと入室する。
「お嬢様、私は扉の外に控えていますので、御用があればお申し付け下さい」
「ええ、ありがとう」
門番はエレノイカに声をかけ、部屋を出て行き、扉を閉めた。
身を離したフランジェスカの頬に手を伸ばし、エレノイカは両手で頬を包み込む。目が見えないから、顔を見たいと言ってはエレノイカはフランジェスカの顔に触れるが、フランジェスカは気の済むようにさせていた。
「少し痩せたのではない? フラン」
「そういうエレこそ、少し顔色が悪い。もしや休んでいたのか?」
やがて手を離したエレノイカの手を握り、フランジェスカが問う。
その後ろでは、ピアスがどぎまぎと啓介の服の袖を引っ張る。
「ねえ、なんだか見てはいけない世界を見てる気がしてきたわ。ドキドキしちゃう」
「え? 俺には綺麗な友情にしか見えないけど」
顔を赤らめるピアスに対し、啓介は不思議そうに返す。何か違って見えるんだろうか……。啓介から見ると、天使のような女性とその女性に親愛の情を向ける騎士にしか見えない。
「大丈夫よ。最近、お客様が多いから疲れているだけ」
エレノイカはふんわりと笑って返す。
「気を付けろよ、エレ。お前は魔力が無い代わりに、能力を使うと体に負担がかかるのだから」
「だからお休みを頂いているの。一週間はお休みよ」
どうやら休みを勝ち取ったらしい。
エレノイカの占いは、今やリファル家の商売にはなくてはならないものだ。エレノイカが体調が悪いのならば、客を断るくらいのことは両親やエレノイカの兄はするだろう。第一、余所様にくれてやるのも嫌だと婚約や結婚の話の一切を断っているくらいだ。ある意味、エレノイカは籠の鳥だった。
「フラン、運命を変える出会いはどうだった? あなたにとって、良い道に繋がったかしら?」
エレノイカの問いに、フランジェスカは頷く。
「ああ、エレ。お前の言った通りだった。まあ、それは十二歳くらいの〈黒〉の子どもだったがな」
「そうなの。これまでのことを詳しく話してちょうだい。彼や、その周りのことも」
フランジェスカは子どもとしか言わなかったのに、エレノイカは相手がどんな人物か分かっているようだった。しかし、構わずフランジェスカは話をする。エレノイカの手を放し、その横に立って、部屋の前にいる門番に聞こえない程度の声量で。
「面白くて素敵な出会いね。そう、やはり彼はあなたにとっての幸運の象徴なのね……」
エレノイカは手を握りしめ、ぽつりと呟いた。
とても羨ましそうな、やや恨めしいような、そんな声だった。
「幸運の象徴?」
対するフランジェスカは眉を寄せる。
「冗談がきつい。あんなのがそんな良いものなわけないだろう」
その言いざまに、エレノイカはふふっと笑いを零す。
「でも真実よ、フラン。あなたにとっての幸運の象徴は彼。でも彼にとっての幸運の象徴はあなたではないわ。そこにいる少年ね。幸運の象徴っていうのはね、フラン。共にいるだけでその人に幸運を引き寄せるもののことよ。私の両親にとって、私がそうであるようにね。もちろん、そう簡単には巡り合えない。だから、人は惹かれあうの」
そこで少し困ったような顔をする。
「フラン、ここを出る時はあなた一人で出て行きなさい。そして、そちらの二人は、フランのお父様を連れて国を出なさい」
「えっ」
啓介が声を上げる。
「どういうことですか?」
「そうした方が良いとしか答えられないわ」
やはり困ったようにエレノイカは返し、フランジェスカの方に顔を向ける。
「あの方にとっては、あなたが幸運の象徴よ。でも、彼はあの方には不運の象徴なの。だって、あなたっていう幸運の象徴を奪っていってしまうから」
「あの方?」
「すぐに分かるわ。幸運の象徴という意味も……」
そして、エレノイカは左手に付けていた腕輪をフランジェスカに渡す。
「フラン、お守りに持っていって。そして、あなたの身に着けているものを私にちょうだい」
フランジェスカは目を見開いた。
呆然と呟く。
「エレ、私は、もうこの国には居場所がないのか?」
エレノイカは泣きそうな顔をしたが、唇を引き結んで頷く。
「あなたにも、私にも辛いことだわ。私はもう二度とあなたには会えない。だから、会いに来ては駄目よ、フラン」
この国では、普段身に着けている物の交換は、旅立ちの餞別という意味と、他には永遠の決別を意味する。つまりエレノイカの占いでは、もうフランジェスカはエレノイカには会えないという結果が出たということだ。
胸にずきりと痛みを覚える。一瞬、目の前が暗くなった。
「私は、騎士団に戻れないことより、お前にもう会えないことの方が辛いよ、エレ」
「私だって同じよ。でも、大事な友達の命には代えられない。私が元気だったら、きっとついていったでしょうね。だけど私は目が不自由で、体が弱いから足手まといにしかならない。そういう巡り合わせなの」
フランジェスカはいつも首から提げていた水入り水晶のペンダントを外すと、エレノイカの手に乗せる。
「私はアクセサリーの類は身に着けぬから、これしか返せない。これも貰いものだが、構わないか?」
「何かしら、石?」
受け取った水晶を手の中で触るエレノイカ。
「水入り水晶だ。剣聖の名を頂いた時、ユーサ団長に頂いた品だ」
「そう……。それも一つの巡り合わせなのかしら。あの方も可哀想に……」
エレノイカはぼそりと呟いて、水入り水晶を大事に手の中に握り締めた。
「いいわ。一生大事にする」
「私もだ、エレノイカ」
銀製の、青い石がはまった腕輪を腕に付けながら、フランジェスカは言い、最後の別れの抱擁を交わす。
「エレ、今までありがとう。友達になってくれて嬉しかった。もうこんな出会いはないだろうと確信している」
「大袈裟だわ、フラン。私こそ、もうあなたみたいな友達は出来ないでしょうね……。家族以外で、あなただけよ。私を欲目で見ず、私自身を慕ってくれたのは」
ぎゅっとフランジェスカを抱きしめ、エレノイカは涙を零す。
「ねえ、私にとっての幸運の象徴はあなただったのよ? 本当にありがとう」
身を離し、苦笑するエレノイカ。
「だからかしら、私も彼が妬ましいわ。でもあなたの為だもの、仕方ないわよね」
フランジェスカは目を瞠る。エレノイカは悪口みたいなことは口にしない人だったのだ。
「――さあ、もう行って。でないと私、手段を選ばずあなたを引き止めそうになるわ」
「……ああ。さようなら、エレノイカ・リファル。あなたのこの先に、明るい光が降り注ぎますように。私は例え遠い地にいようと願っている」
「私もよ、フランジェスカ・セディン。茨の多い道を歩むあなたの旅路に、光が注ぎますように」
別れの挨拶をすると、フランジェスカの心は決意に染まった。ぐっと身を返し、戸口に向かう。
「では私は先に行く。ケイ殿、ピアス殿。すまぬが私の父を宜しく頼む」
啓介とピアスに告げると、部屋を出て行った。
*
「えっと、すみません。俺、ちょっとついていけてないんですけど……」
「私も……」
啓介はちんぷんかんぷんだったが、フランジェスカが一人で出て行った方が良いという話は飲みこんでいたので、そうしたのだ。隣でピアスもそーっと挙手する。
エレノイカは涙の滲む目元を指先で拭い、儚げに微笑む。
「今のは、決別の挨拶よ。もう彼女とは二度と会わないわ」
「「え!?」」
今の遣り取りにそんな意味が!?
「互いの持ち物を交換して、あの挨拶をするの。たいていは葬式ですることだけれど、生きてる人とする時は、もう会わないという意味。縁を切るの」
だから二人とも悲壮な顔をしていたのか。
「良かったんですか……?」
「良くないわ。でも、仕方ないの。きっと後で意味が分かるわ」
小さく溜息を吐き、エレノイカはそれでも笑う。
「挨拶出来ただけ良かった。あの子を守ってくれてありがとう。あの子をどうか宜しくね。彼女、努力家なのはいいけれど、なんでもかんでも溜めこんでしまうところがあるから」
「はあ、分かりました……」
頼まれた啓介は、首をひねる。
「でも、俺、どっちかというとフランさんに頼りまくりなんですが……」
「精神的にでいいの。だって彼女は騎士なんだもの。人を守ることが生きがいなのよ」
くすっと笑うエレノイカ。
そして、促す。
「さあ、そろそろ良いわ。お帰りなさい。フランのお父様のこと、よろしくね。もう二度と、この国に近付いてはいけないと伝えておいて」
そうだった。ラゴニスを連れ出さないといけないのだ。
「それから、フランジェスカもお父様も、良い方向は北西よ。店を出す時はその方角にするように言ってくれると嬉しいわ」
エレノイカは少しだけ複雑そうに、けれど身を案じる想いとともにやんわりと微笑む。今にも泣き出しそうな顔を見て、啓介はここに長居すべきではないと感じた。
「分かりました。ちゃんと伝えます」
だから、すぐに扉に向かった。出る時に会釈する。
「ではお邪魔しました」
「失礼します」
啓介とピアスはそれぞれ退出の礼を口にすると、控えていた侍女に案内され、出口に向かったのだった。
*
屋敷を出たフランジェスカは、エレノイカの言葉の意味をすぐに理解した。
門番と揉めている人物に気付いたからだ。
「彼女がここに来たはずだ。彼女の父上から聞いたのだから間違いない!」
「い、幾ら〈白〉でもここは通せません! 客については黙秘するのがルールなのです! どうかご理解下さいませ!」
門前では、水色の髪をした背の高い男が、リファル家の私兵と口論をしていた。青色の上質な衣服を身に纏ったその男には、フランジェスカは見覚えがあった。瞠目する。
「ユーサ団長……?」
驚いた。
まさかここまで訪ねてくるとは思わない。
「フラン! やはり帰国していたのだな!」
ユーサレトがフランジェスカを認め、身を乗り出した。
「申し訳ありません、お客様。お止めしたのですが……」
「構わん。騒がせて悪かった」
門番に小声で謝り、通用口から外へ出る。
「ユーサ団長、何故こちらに?」
「大神殿から連絡が来たのだ。行方不明の俺の団の部下が見つかったとな。今日はたまたま休みだったから、お前の家を訪ねたら、ラゴニス殿がここを訪ねると教えてくれてな」
銀色の目でガン見されて怖気づきつつ、フランジェスカは内心で舌打ちする。
(あのクソ親父。作業中に声をかけられて、うっかり返事したか……)
ラゴニスは目の前の事に集中すると、他がおざなりになるところがあった。作業中に声をかければ、隠していた事もうっかり暴露することが多いので、母親が問いつめる時に利用していた。
ユーサレトはそんなことは知らないだろうが、店を訪ねて作業中だったラゴニスに声をかけたのだろう。
(しかし、やはり神殿から連絡がいったか。ちっ、余計な真似を)
内心で舌打ちしつつ、ユーサレトを見上げる。フランジェスカも背は高い方だが、ユーサレトの方が高いのだ。
「団長、ここは余所様の家の前です。とりあえず場を変えましょう」
どこか喫茶店にでも入るかと通りに視線を投げたフランジェスカだが、ユーサレトに左腕を掴まれた。
「だったらちょうどいい。うちで茶でも飲んで行け」
「団長!? ちょっ、私はこの後、国を出るつもりで……」
「だったら尚更駄目だ」
よく見れば、門の横に灰色に塗られた馬車が停まっている。
上官相手に力づくというわけにもいかず、フランジェスカは内心で泡をくいながら、良い言い訳を探す。
「それこそ駄目です! だいたい、私の解雇通告をしにいらっしゃったのではないのですか?」
何とか踏みとどまり、腕を引っ張り返し、フランジェスカはユーサレトの用件を想定して問う。
「解雇通告? 何の話だ」
その返事に肩透かしをくらう。
「違うのですか? では、何故、私などを探しているんです?」
「…………」
そうじゃないなら、探す理由が思いつかない。
しかもどうして額に手を当て、それはもう面倒そうに溜息を吐いているのか。
「確かに代理の副団長をつけてはいるが、お前はまだ在籍しているから安心しろ。何の理由があって、あんな輩と一緒にいたんだか知らぬが、俺の右腕を粗末に扱う気はない。つべこべ言わずに乗れ」
エレノイカが一人で行けと言ったのは、つまりここに啓介やピアスもいたら同乗する羽目になっていたからだろう。エレノイカが言うのだから、ここでユーサレトについていっても、そう悪いことにはならないはずだ。……たぶん。
「………分かりました」
観念して同意したものの、フランジェスカの気は重い。
きっと根掘り葉掘り訊かれるのだろう。どう誤魔化そう。
そして馬車に乗り、馬車は走り出した。
(……すごく気まずい)
重い沈黙が支配する中、一番会いたくなかった人物と対面して座るなど、針の筵に座るに等しかった。
十六話、完結です。
フランジェスカの受難編ですね。
そして、お待ちかねのユーサレト団長、再登場ー。(待ってない?)
この人、目次1で頂いた感想でかなり嫌われてましたね……。そんなに毛嫌いされる程、嫌な感じに書いた覚えはなかったので驚いた覚えがあります。
占いうんぬんは、感覚的なものを書いてるだけです。幸運の象徴とか、ああ、分かる分かると思ってくれればそれでいい程度です。
あとそうだ。百合じゃないですよ、友達ですよ。とだけ……。
青銀鉱石は、オリジナルの鉱石です。パスリル王国でよく採れる鉱石。もしくはダンジョンで手に入ります。
トリトラが付けてる篭手がこの鉱石製だったりする。神殿の青みがかった銀色の飾りとかはこの金属で出来てます。色が神秘的になる上、〈青〉の魔力を増幅させる作用がある代物。