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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
パスリル王国編
100/340

 6



 しばらくじっとしていたが、氷竜はふぐふぐと鼻を鳴らし、目を閉じて幸せそうに口を開いた。


 ――目覚め一番に黒を見ることが出来るとは、なんと幸運なことだ。我は黒い色が好きなのだ。この森も自分も、どこも真っ白で色味に欠ける。それでいて黒は濃い色であることだし、我の敬愛する方の鱗と同じ色だ


 それって、すぐ後ろにいる奴のことか?

 修太は首をひねる。


 ――〈黒〉の魔力の香りはいいにおいだな。旨そうだ。


 ん?

 嫌な予感がして、修太は氷竜から離れ、一歩二歩と後ろに下がる。

 身を起こした氷竜は、獲物を見る目でこっちを見ていた。


 ――綺麗だ。可愛い。いいにおいだ。もういっそのこと、一呑みに!


「ちょ、待……っ!」


 危ない思考回路、その二……!

 慌てて逃げようとした修太だが、氷の床で滑って尻餅をついた。

 そこを狙って口を大きく開ける氷竜。


「ひぃぃっ」


 思わず両手で頭を庇って身をすくめた。



「やめんか、馬鹿者!」


 サーシャリオンの声とともに、ドコッと鈍い音が響く。


 ――ぎゃふん!


 サーシャリオンに顎下から蹴り飛ばされた氷竜は、衝撃で天井に頭をぶつけてうめいた。

 洞窟がぐらぐら揺れ、パラパラと氷の薄片が降ってくる。

 そのうち、折れた氷柱が降ってきたのは、グレイがハルバートを一閃して吹き飛ばした。


「……大丈夫か」

「お、おう」


 竜に食われかけ、心臓はバクバクとうるさいし、腰が抜けてへたりこんでしまっていたが、生きているから大丈夫なんだろう。


 え? 足が震えてるって? それはきっと気のせいだ。おおお怖気づいてなんかねえからな! 


「全く、変わっておらぬな。その〈黒〉好きぶりは」


 サーシャリオンは腰に手を当て、呆れたっぷりに溜息とともに呟いた。ぶつけた頭を前足で押さえて身もだえていた氷竜は、それを聞いて即座に言い返す。


 ――食べたくなるほど可愛いということだからな! って、ああ! この気配は、クロイツェフ様! 我が最愛のお方! お久しゅうございますっ!


 威厳ある風情で問題発言をした氷竜は、サーシャリオンを認めるや、相好をでれっと崩した。

 急にもじもじと前足を擦り合わせ、気のせいか赤らんだ顔を恥ずかしそうにサーシャリオンから反らして背を向けると、尻尾の先で掴んだ氷で出来た花束を差し出す。ドロップ状の氷が花弁を作っている、綺麗だが不格好な花束だ。


 ――お近づきの印に、これをどうぞ!


 花束を見たサーシャリオンは、唇にふっと笑みを乗せる。


「甘いな、リーリレーネ。氷の花束とはこうだ」


 ふっと息を吐いた瞬間、サーシャリオンの手の中に、繊細な造りの氷の花束が現れる。まるで生きているかのような氷像だ。


 ――おおお! 流石はクロイツェフ様! では、こちらをどうぞ! 人間の建物を模したオブジェです!


 氷竜は負けじと氷で出来たオブジェを作りだした。

 王冠かバースデーケーキに見える、これは、城だろうか?

 綺麗は綺麗だが、角ばっていて大味な造りだ。

 再びサーシャリオンはにやりと笑う。


 ――パスリル王国の王城だな? それならば、こうだ


 再び息を吐くと、氷竜が作ったオブジェの隣に、本物はかくやという城のオブジェが現れた。


 ――おおおおお! すごい! 流石ですクロイツェフ様! 負けました!


「ふふん。氷の芸術で我に勝とうなど、一万年早いわ」


 たぶん、サーシャリオンの方が年上だろうに、大人げなさすぎる。


 ――素敵です、クロイツェフ様! 結婚して下さい!


「断る」


 ――ぐすん


 べちゃりと地面に潰れ、うなだれる氷竜。

 なんだかどこかで見た光景だ。

 部下は上司に似るらしい。


「氷竜さんは声といい、男だよな? っつーことは、リオンの性別って女なのか?」


 これで疑問解決かと修太が目を輝かせて問うと、氷竜はきょとんと目を瞬く。


 ――確かに我はオスであるが、このお方の性別がどちらかは知らぬぞ? だが、愛の前に性別など些細な問題!


 なんかヒートアップ気味に叫ぶ氷竜。


「す、すげえ。性別分からねえのに告白出来るのがすげえ」

「……勇者だな」

「ウォン!」


 修太の呟きに、グレイもぼそりと呟いて、更にはコウも一声吠えた。

 サーシャリオンはやれやれと肩をすくめる。


「そなたの求婚は七百年前から断り続けているというのに、しつこい奴だな。我はオルファーレン様をお慕いしているから、気持ちは受け取れぬと言うたであろう?」


 ――諦める気はありませぬと申したでしょう!


「とにかくお断りだ、お断り。それから今回はこんな押し問答をする為に参ったのではない。そなたに、ちと頼みがあってな」


 ――クロイツェフ様の頼みなら、何でも引き受けまする! 点数アップに余念はありませぬ故!


 うん。後半は口にしない方が良かったと思うぞ?

 修太はふぅと息を吐く。

 床に座っているのが寒くなってきたし、立てそうな気がしたので立ち上がる。


(くそー、ビビり過ぎると動けなくなる癖は直さないと危ないだろうな)


 むしろ勢いよく逃げるくらいの方が安全だろう。

 戦うという選択肢は最初から無い。周りが超人すぎて、無駄に思えるから最初から省いている。それにモンスターから逃げられる自信もない。

 サーシャリオンから事情を聞いた氷竜は、深い青の目を煌めかせる。


 ――この樹海を拠点とすることを認め、〈黒〉の子を預かっておればいいのですね? お安い御用です!


 サーシャリオンはそんな氷竜の口端から伸びる(ひげ)の片方を掴むと、右手で思い切り引っ張る。


「よいか。もし我が戻ってきて、この子どもの体の部位がどこか欠けていたり、どう見てもおかしい位置に怪我があったりなんぞしたら、その身、八つ裂きにして霧に変えてやるからな? 覚悟しておけ」


 笑っていない目で、本気で忠告された氷竜はカキンと凍りついた。


 ――は、ははは、はい! 手出ししませぬし、守ります! ご安心下さい!


 そう言ってから、へらりと笑う。


 ――ああ、でも、クロイツェフ様になら倒されるのも本望……イダダダダ!



「約束は守るのだぞ? い、い、な?」


 ぎりぎりと髭を掴み、凄むサーシャリオン。氷竜は痛みで目尻から水晶の涙をゴロゴロ流しながら、何度も頷く。


 ――承りました! 不肖、リーリレーネ、預かり子を檻に入れる勢いで大事にすると誓います!


「檻には入れるな。分からぬ奴だな」


 ――痛いです! ごめんなさい! ちゃんと常識範囲内で守ります!


「最初からそう言え、痴れ者が」


 ぺいと髭から手を放すサーシャリオン。

 “話し合い”を終えたサーシャリオンは、くるりと修太の方を振り返る。


「しっかり話しておいた故、安心するといい。こやつや他の手下どものせいで何かあった時は、必ず報告せよ。きっちり我が仕置きしてやるからな」

「あ、ああ、分かった……」


 修太は圧倒され気味に頷き返す。


(サーシャも、怒らせると怖いんだな……)


 いつもへらへら笑っているか、呑気に昼寝しているかだから、普段とのギャップが怖い。だが、これくらいしないと危ないと思ったのだろう。そう思うと、怒ってくれるのはありがたい。修太だって、気付いたら死んでましたなオチは嫌だ。


「では、我はケイの元に戻る。ケイの位置を座標指定に組みこんでおいて良かったな。ふむ。今は王都の大聖堂の一画にいるようだな」


「大聖堂?」

「白教の本拠地ど真ん中だな」


 うわ。そんな所にいるのか、あいつら。最悪だな。


「――では、行ってくる」

「おう。気を付けてな」


 ひらりと手を振るサーシャリオンに手を振り返すと、サーシャリオンはにっと笑い、次の瞬間には姿を消していた。




「あれ? 元ダークエルフの旦那は?」


 修太達が話している間もせっせと死体を外に運んでいたトリトラやシークだったが、仕事を終えて戻ってくるとサーシャリオンの姿がなかったので、そう問うた。


「啓介達の所に行ったよ。俺らはこの森で待機」

「オーケー。じゃ、移動するか? ここは白教徒の聖地扱いになってたから、そのうち交代の見張りが来るぞ」


 シークの言葉に、何の話だと問うてくる氷竜に、雪乙女が事情を話す。


 ――我にそんな汚らわしいものを捧げておったのか? ふん。ふもとに神殿が出来たなど、不愉快だ。後で消してこよう


 恐ろしい決断を口にしてから、氷竜は促す。


 ――我はこっちの入口から出るが、揺れて危ないからな、君達はそちらの入口から先に外に出るがいい


「分かった」


 修太は頷き、先導してたったか歩きだすコウの足跡を踏むようにして、入口に向かった。




「貴様らぁ! よくもこんなふざけた真似を!」

「神竜様がお怒りになられたら、どうする気だ!」


 入口に戻ると、目を覚ましていたらしく、イモムシのように縛られた神官兵達がびったんびったん跳ね動きながら、口々に声を荒げた。


「いやぁ、お前らがしてたことの方が不愉快だったらしいぜ? 生贄捧げるアレな」


 ずれていたフードを目深に引っ張り下ろしながら、修太はそう話しかけた。


「邪教徒と悪魔の使いどものことか? 何を言う、神に捧げることで汚れた魂を浄化してやったのだ、神竜様がお怒りになるわけがなかろう!」


 一人がそう怒鳴った瞬間、修太の背後にいた黒狼族三人から殺気が溢れだした。

 同胞を殺されて怒っているところに、これだ。火に油を注ぐという表現がまさにぴったりだ。


「あっ。き、貴様ら! 漆黒の衣に黒い尾! 悪魔!」

「本殿に連絡しなくては!」


 声は上ずって必死だが、動きはイモムシのそれなので、どうにも間抜けだ。

 ちょうどその時、背後の洞窟がぐらぐらと揺れだし、地面も揺れ始めた。氷竜が移動を開始したらしい。


「見ろ! 神竜様がお怒りだ!」

「どうかこの邪教徒を罰して下さい、レーナ様!」


 ひぃぃと悲鳴を上げる神官兵達。


 ――ふぅ。抜けた抜けた。入口が崩落しておるとはな。疲れる


 こちらの出口とは反対から顔を出した氷竜は、ずりずりと洞窟から這いずり出て息を吐いた。ぶわっと土埃が舞う。


「神竜様!」

「この暴徒どもを滅して下さい!」


 神官兵の顔が希望に輝き、必死に叫ぶ。

 が、氷竜は目を細めた。


 ――神竜? 我のことを言っているのか? 恐れ多いことだ、二度と口に出すな


 鋭い声での叱咤に、神官兵はひっと息を飲んで固まった。


 ――お前達か? 氷に身を封じた我に、生贄などと余計な真似をしおったのは


「え? な、何をおっしゃいます……」


 ――よく聞け、人間達よ。我は何も犠牲は望まぬ。しかも樹海の側に神殿を建てたらしいではないか。不愉快極まりない


 そこでふぅと息を吐く氷竜。

 神官兵を縛っていた白い蔦が凍りついて、弾け飛んだ。

 目を瞬いて身を起こす神官兵達。


 ――お前達の上の者に伝えよ。一晩、猶予をやる。今晩中に立ち去らねば、明日、我の手で滅ぼすとな


 口をパクパクさせる二人に、低くうなる氷竜。


 ――()ね! 汚らわしい小さき者どもよ!


「は、はい!」

「ひぃぃっ」


 鋭い言葉に、神官兵二人は震えあがり、ほうほうの体で逃げだしていった。




「はは、ざまぁねえな」

「いい気味だね」


 不格好に走り去る二人を見送り、シークはあっかんべーと舌を出し、トリトラはふふっと黒さが見える笑みを浮かべた。

 グレイはどうかというと、いつも通り無表情だ。でもどこか満足げな気配を漂わせているような気もする。


「氷竜さん、この死体、どこかに埋葬させて貰っていいか?」


 修太が氷竜に問うと、氷竜は頷いた。


 ――構わぬ。だが、ここではそやつらも嬉しくないだろうよ。ついてこい、良い場所がある


「うん」


 ――それから、我の名はリーリレーネだ。〈黒〉の子や黒き尾を持つ勇士達。我を名で呼ぶことを許すから、名で呼べ


 修太達は頷き返し、それぞれ名乗り返した。


 ――うむうむ。シューター、グレイ、シーク、トリトラ、だな。良き名だ


 氷竜は尻尾を機嫌良く揺らめかせながら、のしのしと森の奥へ歩いていく。

 修太の体格では死体を運べなかったので、グレイのトランクを運んでついていく。グレイとシークとトリトラが二人ずつ運んでも二人余ってしまい、あとはトナカイもどきのリーブルと、男の姿に化けなおした雪乙女が運んだ。雪乙女は、白い雪像のような姿しかとれないものの、サーシャリオンのように色んな姿に化けられるのだそうだ。それでも性別は女だから、女性体の姿が本当らしい。


 やがて辿り着いた森の開けた場所に、死体を埋葬した。穴は氷竜があっさり掘ってくれたので、あとは埋めるだけで良かった。


 修太は墓の前で手を合わせてしっかり冥福を祈る。トリトラやシークが不思議そうに真似する横で、グレイがトランクから出した酒瓶の中身を墓に振りかけた。コウは更によく分からない様子だったが、修太を見て、お座りの姿勢で頭を下げて目を閉じた。


 ――よし、では行くぞ。十年ぶりの寝床だ。荒れておるだろうな……


 のしのしと樹海の奥へと進みだす氷竜。


 ――もう夕方であることだし、休む場所を見つけなければ、大事な預かり子が死んでしまう。この森は夜になると一気に気温が下がるからなぁ


 ぶつぶつ言いながら、歩みは止めない。

 三十分程歩くと、窪地(くぼち)に出た。木々はなく、雪が積もっており、奥に湧水があってそこだけ温かいのか水蒸気が上がっている。


 ――おお! ほとんど変わっておらぬな


 ――主様、除雪はわたくしにお任せを


 ――頼んだぞ、雪乙女


 ――御意に


 墓場から女性体に戻った雪乙女は、窪地の前に立つと、両手を広げた。窪地にたまった雪が風に舞って渦に乗り、空高く上っていく。


 ――えーい!


 それはどこか彼方の方に飛んでいった。


 ――とりあえず樹海の傍の町に投げておきました。まあ、あの程度の雪なら死なないでしょう


「いいのか、それで」


 修太は思わず突っ込みを入れた。


 ――よいのです。ここがモンスター達の寝床であることを知りながら、樹海のすぐ近くに住もうとする人間が悪いのですから


「………そうすか」


 輝かしい笑顔は無邪気そのものだが、言っていることは手厳しい。

 何か、周りの人達、怖い人が多くないかと思いつつ、雪がなくなった窪地を見る。茶色い地面が剥き出しになっており、白い小石がポツポツと落ちている。


 氷竜はひゅうと息を吸い込み、ための後、思い切り息を吐き出した。凍えるような風が吹き、氷のブロックが積み上がった四角い家が一軒、窪地の隅に出来た。氷はすぐに表面が白く曇り、透明ではなくなった。三角屋根の中央部に煙突があり、更には入口と窓部分が二つある。


 ――我は氷の化身故、こういうものしか作れぬのだが、仮の住処はこれでも良いか?


 駄目なら穴でも掘るから言ってくれと氷竜が言うのに、修太は首を僅かに傾げる。


「俺は良いと思うけど、グレイはどう思う?」


 こういうのには詳しくないので、その手のプロに訊いた方が良い。


「構わんのではないか? だが、出入り口をあと一つ、裏に作っておいてくれ。何かあった時に逃げる動線がなくては、逃げ場がない」


 グレイは淡々と返した。

 確かに、裏口があった方が安心だろう。


 ――分かった。ふぅ、これでいいか。あとは明かりとりの窓と出入り口は、必要無い時は木で塞げばいいかの? 雪乙女、その辺りは君がしてくれ。我では細か過ぎて出来ぬ


 ――畏まりてございます。さっそく、良い木材を探して参りますわ。それから薪もいりますでしょう? 人間は寒いと死んでしまいますから


 ――そうだな、頼んだ


 リーブルの背に乗り、窪地を離れる雪乙女。


 ――完全に夜が来る前に、宿の準備を終えてしまうがいい。我も我で寝床を作っているから


「ありがとう、リーリレーネ」


 修太が礼を言うと、氷竜は機嫌良く目を細める。そして、上機嫌で髭をゆらゆらさせながら、窪地をのしのし歩き回り、地面を踏み固め始めた。

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