逃げた花嫁を捕まえたのは、絶対に敵だったはずの男でした
私は王宮を抜け出した。
準備の為に試着した純白の花嫁衣装を着て。
明日は私と王太子の結婚式だというのに。
それは望んだ結婚じゃなかった。
私は自分のこともわからないし、決められない。
私は、ここじゃない別の世界から生まれ変わって、この世界に生まれて来たのだという。
前世を思い出して、その知識でこの国を豊かにして欲しい。
そんな事を言われても、私は前世なんて全く覚えていない。
◆
異世界からの生まれ変わりだという私を迎え入れようとするのが、今の王宮の主流派だとすれば、敵対する勢力もいる。
前世の知識を国への汚染だと考える抵抗勢力だ。
私は、王宮の主流派からは王太子との結婚を望まれて、反対派から命を狙われている。
どちらも私は嫌だ。
だから逃げ出した。
どちらの勢力も今頃は必死で私を探しているだろう……。
——そして、見つかるのも時間の問題だ。
花嫁衣装の試着中に警備が手薄になったから逃げられると思った。
けど、こんな目立つ衣装ではどこにも行けないから、警備も手薄になるはずだ。
——でも。
どっちの勢力に捕まるかで、私の運命が変わる。
主流派に捕まって、王太子と結婚させられるか。
反対派に捕まって、殺されるか。
あるいは、愛されるのか——!
「いた!」
私は男を見つけると抱きついた。
男は驚く。
「リュネリア!」
男——レイヴン・ヴァルネスは私を認めると、反転して抱きしめてくれる。
「逃げたりして、心配しただろう」
優しい……。
「レイヴン、大好き、会えて良かった!」
私ももっと強く抱きつく。
ガサッ。
「いたか?」
「いない、あっちを探そう」
すぐそばを男たちが駆け抜ける。
どっちの陣営かは分からないけど……見つからなくて良かった……。
抱きつきながら声のした方に顔を向けて不安になっている私に、レイヴンが呆れてる。
「そんな目立つドレスを着て逃げ出すからだよ」
「だって、逃げなきゃ結婚させられるんだもの。レイヴン以外の人と……!」
レイヴンは微笑む。
「本当にリュネリアは可愛いね……」
レイヴンが私の髪や顔にキスを落とす。
「あ、逃げなきゃいけないのに……レイヴン、くすぐったいっ!」
レイヴンの唇は優しくて、綿毛でくすぐられてるみたいだった。
レイヴンは私を壊れそうな宝物みたいに扱う。
かつて、私を殺そうとした人と同じ人だとは思えない——。
◆◇◆
レイヴンは主流派が幾重にも罠を仕掛けて守っている王宮の私の部屋に侵入してきた。
「……助けに来てくれたの……?」
レイヴンを見て私が最初に言った言葉だった。
レイヴンは黒い衣装を着て顔をフードで隠して、剣を真っ直ぐに私に向かって構えていた。
今思うと、どこからどう見ても暗殺者なのに……それだけ、私は判断能力を失っていた。
両親と兄と姉の五人家族で暮らしていた家に、突然王家の使いを名乗るものたちがやって来た。
『あなたの前世の記憶が必要だ』と言って私を馬車に押し込めると、そのままこの部屋に私はいた。
すぐに外に出ようと試みるけど、すぐに捕まる。
何度も何度も試すたびに、守りが硬くなっていく。
王宮のメイドや侍女たちが私の世話をする為にずっといたけれど、何を聞いても答えてくれなかった。
私は透明になってしまった気がした。
でも、ある日、いつもの使用人たちとは明らかに身分が上の男がやってきた。
私は生まれる前に異世界にいて、その異世界の知識をこの世界の為に活用したいと言う。
「前世の記憶は戻りましたか?」
男——大臣の態度は丁寧だった。
占いで『あなたは別の世界から来たみたいね』と言われたけど……本当のことだと思わなかった……。
別に占いなんてして欲しくないのに、お祭りでやっていたから友達と一緒に入ってしまったわ。
あれは、異世界から生まれ変わった人を探していたのね……。
事情が飲み込めて、涙が溢れてきた。
「私は一生ここに閉じ込められるのね」
「それは違います。リュネリア・ロゼフィル様、王太子と結婚していただき、いずれこの国の王妃になっていただきます。国のために尽くされるあなたに皆が感謝しますよ」
「そんなの嫌よ! 勝手に王太子と結婚させられるなんて、ここに閉じ込められるのと同じじゃない!」
大臣はそれには答えずに、王宮に戻ってしまう。
私は泣いていたけど、メイドや侍女たちはそれを無視した。
誰も私の話を聞いてくれない場所で、王妃になっても虚しいだけだわ。
絶対に王太子となんて結婚したくない——!
そこに黒ずくめで剣を構えていても、私を見てくれる人が現れたんだ。
縋ってしまう……。
「お願い、私を外に出して」
レイヴンは私の顔を見て全てを理解したようだった。
「君は王宮の道具になりたくないんだね」
黒ずくめのフードを取ると、恐ろしく整った顔の男性だった。
私は、あまりに整った顔に、顔を隠した状態よりも警戒してしまう。
レイヴンは優しい表情だったけど、
「すぐに声をかけてくれて良かった。殺してしまうところだったよ」
恐ろしいことを言う。
王宮には、前世の知識を持つ王妃を迎え入れたい主流派とは別に反対派もいると教えてくれた。
——反対派は私を殺すことも厭わない。
レイヴンの持ってる剣にゾッとする。
「嫌なら逃してあげるよ。けど、殺す程簡単にはいかない」
私を守るために幾重にも罠が仕掛けられているけど、それは私を逃さない為でもあった。
「結婚式の準備には時間がかかるから、逃がす準備は慎重にやろう。また来るよ」
レイヴンは微笑んで去って行った。
私を殺しに来たはずの男なのに——。
◆
次に来た時のレイヴンは、黒ずくめではなかった。
王宮の事は分からないけど、身分の高そうな服を着ていた。
「本当に悪い人じゃなかったのね……」
レイヴンが驚いてる。
「だって、私を殺しに来た人だもの。悪い人に見えるでしょう?」
「……殺されそうになった側から見たら、そう見えるんだとは思うけど……」
レイヴンがガクッと肩をわずかに落としたように見えた。
とっても優しい人に見えるし……悩んだ末に反対派になっているのかもしれない。
「あなたは、王宮で普段は何をしている人なの?」
聞いていいのか迷ったけど、気になってしまう。
「レイヴン・ヴァルネス。王太子付きの政務官をしているよ」
「名前まで教えて良かったの!?」
「誰かに話して、逃げられなくなって困るのは君だからね」
言わないわ、それに誰も聞いてくれる人はいないし。
「もしかして、話し相手になりに来てくれたの?」
「どうしてるか、気になっただけだよ」
少し照れているみたい。
本当に悪い人じゃないんだ……。
そういう人たちが集まって反対派なんて組織されて、殺してでも排除したいって思う存在が異世界から生まれ変わった——転生した私なんだ。
「占いなんかで探さないで欲しかったわ……そしたら、暗殺なんてされそうにならないし、レイヴンを悩ませなかったのに……。あ、でも、そしたらレイヴンと会えなかったのね」
「……俺と、会いたかったのか……」
「うん」
レイヴンが横を向いた。
「街に住んでる女性はみんなこうか……」
「こうって?」
「……リュネリアが、モテていたんじゃないかと思って……だから、王太子との結婚も喜ばない」
「別にモテないと思う。占いを一緒にやったのは男友達だったけど」
「……無自覚か」
レイヴンが私の髪を撫でる。
「その男のところに帰りたい?」
「……帰りたくない」
レイヴンに抱きしめられた。
私とレイヴンは、あっという間に恋に落ちてしまった——。
◆◇◆
レイヴンに連れられて、王宮の外の森の中の小屋に入る。
小屋だと思っていたのに、隠し通路があって奥に続いていた。
「王や王太子と側近たちしか知らない場所だ」
「王太子が探しに来るんじゃない!?」
「君がこの場所を知ってるとは思われていないから大丈夫だ。王太子の政務官が一緒だとバレたら探しに来るかもしれないが」
「バレてない?」
レイヴンは微笑むだけだった。
暗い地下に造られた部屋は、王太子が使う隠し部屋なのか、ベッドや机があった。
レイヴンが部屋に明かりを灯してくれる。
ベッドの上でレイヴンが私の身体に自分の身体を重ねる。
「もう二度と君を逃がしたくない」
綿毛みたいに軽いキスが、重くなる。
「逃げたんじゃないわ……あなたに会うためよ」
私もレイヴンの身体をもっと近づけようと腕を背中に回して引き寄せた。
レイヴンが身体を強張らせて驚いてる。
「……レイヴンが先にしてきたのに……」
「リュネリア、君は俺がどういう男か分かっていない」
レイヴンは……私を殺しに来たのに、助けてくれようとしてる人……。
王太子と私が結婚さえしなければ反対派のレイヴンには都合がいいんだと思うけど……。
「反対派は君の命を狙ってる」
他の反対派は私が死ななければ安心できない。
どこまで、逃げられるんだろう。
閉じ込めらた部屋で、レイヴンが助けてくれるって知って嬉しかったけど、具体的な事は話さなかった。
レイヴンは王太子付きの政務官だから……私を逃してくれても、その後まで面倒見てくれない。
別れる時の事なんて知りたくなかった。
「……俺は君と離れる気はないんだ、何があっても離さない!」
強く抱きしめられて、深く唇を塞がれる。
唇だけなのに、身体の奥まで掘り起こされるみたいな感覚。
呼吸が乱れて、鼓動が速くなる。
何度も何度も。
息が出来なくなる……!
「……こんな俺とずっといたい?」
唇が離れて、ボーッと上を見つめてる私にレイヴンが言う。
……そんなの、ずっといたいに決まってる。
「でも、一緒にいられないでしょう……?」
私は気付いたら泣いていた。
「リュネリアが俺から逃げなければずっと一緒にいられるよ」
「……どうして、私がレイヴンから逃げるの……?」
ずっとこうしていたいのに……。
また重なり合った二人の身体は、もう離れる事はなくて……。
気がついたら、明かりが灯る暗い部屋にいた。
……思い出して、不安になる。
いつの間にか寝ていたみたいで……レイヴンは?
すぐ横に、レイヴンが寝ていた。
私は、また身体を重ねた。
「レイヴンが私から離れた……」
背中にギュッとレイヴンの腕が回る。
「リュネリアが逃げたんだよ。ほら、また捕まえた」
レイヴンに私はまた捕まって……。
くすぐったいキスたくさんされる。
「レイヴン……大好き……」
「リュネリア、まずその呼び方を止めようか……?」
「え……?」
一緒に逃げるなら、王太子付きの政務官レイヴン・ヴァルネスじゃいられないってこと……?
「名前を変えるの……レイヴンって名前好きなのに……」
「それは困る……」
レイヴンが私の耳元で囁く。
「俺はレイヴンじゃないんだから」
————え……っ?
◆
「王太子! ここにいたんですか」
不意に声が聞こえた。
「本当に王太子はリュネリア様が大好きなんですから、リュネリア様が逃げたと騒ぎになっていますが、連れ出したのがあなただって私にはすぐに分かりましたよ」
え? どういう事……?
「レイヴン、連れ出してない、本当にリュネリアは逃げたんだ……俺が見つけられて良かった……」
レイヴンが私の頬にまた優しくキスをするけど……レイヴンって違う人を呼んでる。
「レイヴン……?」
「はい、リュネリア様」
私が呼ぶと、知らない男が返事する。
「……王太子なの……?」
レイヴンが……。
◆◇◆
私は王太子の部屋にいた。
森の小屋から隠し部屋と王太子の部屋はつながっていた。
「王太子がリュネリア様の部屋に毎日通って溺愛されているのはみんな知っていますから、王太子に会いたくてリュネリア様が外に出たのでしょう。リュネリア様が見つかったとみんなに知らせないと」
王太子付きの政務官のレイヴン・ヴァルネスが出て行った。
私は花嫁衣装を着て王太子のベッドに座っている。
レイヴン——王太子ルートヴィヒ・フォン・リーベンがすぐそばにいた。
「……どうして本当の事を教えてくれなかったの……?」
ルートヴィヒが私にキスを落とす。
綿毛みたいでくすぐったい。
「嫌われたくなかったんだ……俺はただでさえ、君を殺そうとしたのに……」
「王太子なのに……反対派なの……」
王宮の主流派は、王太子の為に私を必要としてるんじゃないの……?
私の存在は王太子のルートヴィヒにとっても邪魔なの……?
「……反対派と同じ理由じゃないけど、俺にとっても転生者の妻は歓迎できない存在だったんだ。彼女の発言の方が王宮内で受け入れられてしまい、他の人間に利用されることもある……そういう前例があるからね」
……私の話を聞いてくれない人たちに囲まれていた……。
ルートヴィヒの懸念もよくわかる気がする。
「でも、言ってくれたら良かったのに……」
「君は王太子と結婚させられるのを嫌がっていただろう? だから、言えなかった」
ルートヴィヒが私を少し悲しい目で見てる。
「レイヴンじゃない俺とは一緒にいたくない?」
私は——。
主流派に捕まって、誰にも見てもらえない生活は嫌だったけど……ルートヴィヒがいてくれるなら……。
「ルートヴィヒとなら、ずっと一緒にいたい……!」
ルートヴィヒが微笑む。
「ありがとう、リュネリア……」
ルートヴィヒがまた私をベッドの上に押し倒す。
まだ結婚式の前日なのに——。
「……前世を思い出したら、一番に俺に言うんだよ、リュネリア」
深いキスの合間にルートヴィヒが私に聞く。
「うん……絶対に……ん……ルートヴィヒに一番に……言うわ」
ルートヴィヒがにこりと笑う。
その時に、頭の中で閃いた。
——ここはゲームの世界だ……。
この事は誰にも言えない。
ただ、私はあなたとずっと一緒にいたい。
絶対に敵だったあなたと——。




