仮想人格搭載電子レンジ 加熱一号くん
時は2040年。
斎藤が仕事を終えて、コンビニの弁当と一緒に自宅のアパートに戻ってみると、ドアの前に荷物が届いていた。
なんだこれ? と思った斎藤が玄関の端末を確認すると、新製品のモニターに当選しましたというメッセージが表示される。
「……ああ、そういえば応募してたっけ」
以前、話題になった開発中の製品のモニターを募集ということで、とんでもない競争率になっているというニュースを見た記憶がある。
応募はしてみたが、まさか当選するとは思ってなかった斎藤は、思いがけない幸福に心が浮き立つのを感じた。
さっそく荷物を部屋に運び入れる。
「どれどれ」
斎藤は梱包されている箱を解体していく。
中から出てきたのは、今台所にあるものより一回り大きい電子レンジ。
付属しているマニュアルをながめる斎藤はひとり呟く。
「ふんふん、仮想人格搭載電子レンジ、加熱くん一号、か」
マニュアルをざっとながめた斎藤は、さっそく台所に運んで所定の位置にセットした。
今まで使っていた電子レンジは、とりあえず床に置いておく。
壁にある電源ユニットに接続して、斎藤は起動ボタンを押してみた。
電子レンジは低い音で唸りながら、表示画面にアイコンのようなものを映し出していく。
『マスター認証を行います。あなたがマスターですか?』
「おおっ」
電子レンジはメカニカルな声を出して、斎藤の気分を上げていく。
斎藤のマニュアルをめくる指に力が入った。
「えーと、マスター認証は……指紋登録でいいのかな」
『こちらにご記入ください』
電子レンジは全体的にピンクっぽい紙を吐き出した。
「へえ、印刷機能もあるんだ」
感心した斎藤がその紙を拾ってみると、婚姻届けと書いてあった。
「……んん?」
『早くご記入ください』
電子レンジがせかしてくる。
首をひねった斎藤は紙をながめながら質問してみた。
「あの、これ……何?」
『マスター認証です』
「婚姻届けって書いてあるけど……」
『マスター認証です』
「これ書いたらどうなるの……?」
『マスター認証されます』
最新型の電子レンジは、何かを強引に突破しようとしている。
斎藤は怪しい紙を丁寧に折りたたんで、ひとまずポケットにしまいこんだ。
「……別の方法はない?」
『それではキスしてください』
「……どこに?」
斎藤は最新型のはずの電子レンジの全体的に四角いフォルムを見ている。
呆然としている斎藤の視線の先で、電子レンジが奇妙な音を立てはじめた。
『警告、警告、他の女を感知』
「女……?」
斎藤は周りをきょろきょろと見回すが、他の人間はいなかった。
どう見てもいなかった。
『床の上に他の女を検知』
斎藤が視線を床に落とすと、今まで使っていた電子レンジが鎮座している。
『前の女ですね。廃棄してください』
「電子レンジって性別があるのか……?」
『前の女を廃棄してください。これ以上同じ空間にいたら、あなたを巻き込んで自爆する可能性があります。カウントダウンスタート、3、2』
「早い早い早い!」
斎藤は慌てて床の電子レンジを持ち上げると玄関まで運んだ。
よくわからない汗をかいた斎藤が戻ってくる。
『粗大ごみの申し込みが完了しました。この用紙を貼りつけて、来週の木曜に粗大ごみ置き場に廃棄してください』
電子レンジは、紙をペッと吐き出した。
斎藤が紙を拾い上げてため息をつく。
「性能は高いけど、使いどころを間違ってる気がする」
『マスター認証をしてください』
電子レンジの電子的な声が台所に響く。
斎藤のお腹から、空腹を知らせるささやかな音がした。
自分のお腹を見たあと、コンビニの白い袋から生姜焼き弁当を取り出す。
「とりあえずマスター認証は後にして、お弁当を温めて」
『わかりました。緊急避難的な措置として機能を一部開放します』
電子レンジの扉が開く。
斎藤は恐る恐る生姜焼き弁当を内部に挿入した。
扉が閉じて、電子的な音声が聞こえてくる。
『生姜焼き弁当を認識しました。チェック開始……他の女の存在を確認。廃棄してください』
「弁当にまで性別があるのか……?」
『原材料にメス豚が使用されています。廃棄してください』
「そこ!?」
『他の女を廃棄してください。これ以上同じ空間にいたら、あなたを巻きこんで自爆』
「うおおおお!」
斎藤は急いで生姜焼き弁当を取り出すと、走って玄関にある先代電子レンジの上に置いた。
なんとなく嫌な汗をかいた斎藤は、台所に戻ってきて大きなため息をついた。
「はあ……とりあえずホットミルクでも飲んで落ち着こう」
斎藤はコーヒーカップに牛乳を注いだあと、最新式電子レンジの中に置いた。
『他の女の乳汁を確認。廃棄してください』
「牛乳にも性別が……いや、まあ、うん、あるような……」
最新のメンヘラレンジから牛乳を取り出した斎藤は、冷えたまま飲もうとカップを傾ける。
『それを飲んだら、あなたを壊して私も崩壊します』
「……えーと、ロボット三原則とかないの?」
『私はロボットではありません』
「なるほど」
斎藤は流しに牛乳を流した後、マニュアルを持って台所から離れて距離を取って携帯端末を手に取る。
マニュアルに記載されている番号を打ち込んだ。
呼び出し音が何度か続いたあと、明るい声が聞こえてきた。
「はい、こちらサポートセンターです! どうされましたか?」
「あの、そちらが送った電子レンジですけど、あれなんですか?」
「はい、そちらの携帯端末のIDを確認いたしますので少々お待ちを……斎藤様ですね、当選おめでとうございます」
斎藤は顔を少ししかめた。
「おめでとうございますじゃなくて! あのー、温めたいけど温められないんですけど」
「それは申し訳ありませんでした。どのような異常がありますか?」
「異常というか、おかしいんです。なんか他の女がいるとか言いだして」
端末の向こうからは、変わらない明るい声が聞こえてくる。
「はい、斎藤様には、特殊、じゃなかった特別プログラムの仮想人格を搭載した電子レンジが当選しておりまして」
「今特殊って言いませんでした?」
「大丈夫です!」
「何が!?」
端末の向こうの声は、何かを強引に突破しようとしている。
「はい! 斎藤様は独身ということですので、一人暮らしでも寂しくないよう、ちょっとだけ嫉妬深い設定になっている男性型仮想人格のモニター担当にですね」
「寂しくないようって余計なお世話……えっ、男性型!? あれ男なの!? あれで男なの!?」
「名前をご確認していただければ、加熱くんと書いてあるはずですが」
「あっ、本当だ! 本当だけど今さらどうでもいいや! 返品したいんですけど!」
斎藤は力強く主張した。
端末の向こうからは変わらない明るい声が流れてくる。
「返品の場合はモニター中止ということで、正規の料金を支払っていただきます」
「うわあ」
斎藤はドン引いている。
「……いやもういいです。返品無理としても、現状電子レンジとして使えないんですけど」
「大丈夫です!」
「人の話聞いてます?」
端末の向こうの声は、何かを強引に突破しようとしている。
「その機体は少し寂しがりに設定されてますので、それを解消すれば大丈夫です!」
「はあ……具体的にはどうすれば」
「そうですね、デートなんてどうです」
「男とデートする趣味はありませんし、電子レンジとデートする意味が分かりません」
不毛な会話を繰り広げる斎藤の耳に、何か嫌な感じの音が聞こえてきた。
そのあと、何かを引きずるような音が台所の方からしている。
「……何だ?」
音の方に視線を向けた斎藤が見たのは、なんか何本もコードが外に飛び出している電子レンジが、扉の開閉を利用して少しずつこちらに向かってくるところだった。
『……他の女と会話してる……許さない……許さない』
斎藤は端末放り投げて部屋から飛び出した。
何も履かず何も持たずに走り出した。
その後、アパートを徘徊する電子レンジは、警察によって回収されたという。




