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ブラック魔王軍、なお勇者はホワイトの模様

掲載日:2026/02/26


 魔王城・大会議室。


 朝九時。定例会議が始まる。


「では本日の議題、世界征服第三フェーズについて」


 威厳に満ちた玉座に座るのは、魔王ゼルヴァイン。


 漆黒のマント、赤く光る双眸、圧倒的な魔力を纏う、この世界の恐怖の象徴。


 ――なお、胃痛持ちである。


「まずは北方王国への侵略を再開する。四天王を全員投入し、一気に――」


「却下です」


 即答だった。


 魔王の言葉を遮ったのは、経理部長グラディス。


 細身の悪魔。銀縁眼鏡。常に書類の束を抱えている。そして何より――冷酷である。


「四天王同時出動は人件費が予算を超過します。今期は既に三千万ゴールドの赤字です」


「三千万だと!? 先月は黒字だったはずだが!」


「先月の"うっかり火山噴火イベント"が想定外の損失を出しました」


「あれは盛り上がっただろう! 士気も上がった!」


「保険未加入です」


 会議室が静まり返る。


 四天王たちが顔を見合わせる。


 炎の四天王フレイムが小さく手を挙げた。


「あの、魔王様……残業代の件なんですが」


「後でだ」


「既に今月三百時間を超えているんですけど」


「後でだと言っている!」


 氷の四天王フロストが呟く。


「俺たち、契約社員なんだけどな……」


 雷の四天王ボルトが机を叩いた。


「しかも社会保険未加入! この前ケガしたときの治療費、自腹だぞ!」


 風の四天王ゲイルは黙って書類を見ていた。退職届である。


 魔王はこめかみを押さえた。


「わかった、わかった。では最終兵器《終焉の獣》を投入する。これで一気に王国を――」


「減価償却の対象外です」


「なぜだ! あれは我が軍最大の資産だぞ!」


「感情で作られた兵器は固定資産として計上できません。税務署に確認済みです」


「税務署って何だ! そんなものがあるのか!?」


「あります」


 バン、と分厚い書類が机に置かれる。


「さらに天界より監査が入ります」


「……は?」


「コンプライアンス違反の疑いです。魔獣の労働契約が曖昧だと指摘されました」


「魔獣に契約書が必要なのか!?」


「現代では必要です。業務委託契約書、安全衛生管理規定、損害賠償責任保険の加入証明――」


「もういい!」


 魔王は立ち上がった。


「総務部! 魔獣の契約書を至急作成しろ!」


 総務部長の小鬼が青ざめて答える。


「魔王様、魔獣は五千体います……」


「五千枚書け!」


「印刷機が壊れてます!」


「直せ!」


「修理予算が……」


「ない、と言うのか?」


 総務部長はグラディスを見る。


 グラディスは静かに頷いた。


「ありません」


 魔王は崩れ落ちそうになった。


 人事部長の吸血鬼エリザベートが手を挙げる。


「魔王様、採用の件ですが」


「今それどころでは――」


「四天王の欠員補充が必要です。ゲイル様が来月退職されます」


 全員がゲイルを見る。


 ゲイルは無表情で頷いた。


「ホワイト企業に転職します」


「裏切り者!」とフレイム。


「お前だけ逃げるのか!」とボルト。


「……俺も辞めようかな」とフロスト。


 魔王は頭を抱えた。


「わかった。採用活動を開始しろ。求人は――」


「出しています」とエリザベート。「ですが応募者ゼロです」


「なぜだ! 四天王だぞ! 名誉ある地位だ!」


「月休一日、残業代なし、契約社員、昇給なし――誰が来ますか」


「ぐっ……」


 その時、城門の方角から爆音が響いた。


 兵士が駆け込んでくる。


「報告! 勇者が単騎で侵入! 現在正門を突破!」


「よし、迎撃だ!」


 魔王が立ち上がる。


「全軍に迎撃命令を――」


「迎撃予算は?」


 グラディスの声が響く。


 全員が固まる。


「今期の戦闘予算は既に使い切りました」


「では……どうしろと!」


「見積書を提出してください。稟議を通します」


「戦闘中だぞ!?」


「規則です」


 魔王は天を仰いだ。


「見積書のフォーマットは!?」


「総務にあります」


「総務!」


「印刷機が壊れてます!」


「手書きでいい! 至急持ってこい!」


 その時、会議室の扉が吹き飛んだ。


 光の中から現れたのは、勇者。


 白銀の鎧、聖剣を携えた青年。爽やかな笑顔。


「魔王! 貴様の悪政も今日までだ!」


「ちょうどいいところに来た!」


 魔王は立ち上がる。


「勇者よ! 討伐の前に一つ聞きたい!」


「何だ!」


「見積書を出せ!」


「……は?」


「お前の討伐活動、正規の手続きを経ているのか! 無断侵入は不法侵入罪だぞ! 城門の修理費はどうする! 損害賠償は!」


「知らん! 悪は滅ぼす! それだけだ!」


 グラディスが前に出る。


「勇者様、まずこちらにサインを」


「なんだそれは!」


「戦闘前合意書です。戦闘時間は二時間以内。超過分は延長料金が発生します」


「誰が払う!」


「そちらの王国にご請求します」


「払うわけないだろう!」


「では戦闘は中止です」


 勇者が剣を構える。


「問答無用!」


「待て待て待て!」


 魔王が二人の間に入った。


「勇者、お前……どこの所属だ」


「王国直属の勇者だ」


「福利厚生は?」


「完全週休二日制、残業代全額支給、社会保険完備、ボーナス年三回――」


「ホワイトじゃないか!」


 魔王は崩れ落ちた。


「我が軍は……月休一日……残業代未払い……四天王は契約社員……魔獣は業務委託……」


「魔王様!?」


 四天王が駆け寄る。


 勇者が剣を下ろした。


「……お前、労基入ったほうがいいぞ」


「労基とは?」


「労働基準監督署だ。ブラック企業を取り締まる――」


 その瞬間。


 城の上空に眩い光が差した。


 現れたのは白い衣をまとった天使の集団。


 先頭の天使が宣言する。


「天界労働基準監査局です」


 会議室が凍りつく。


 グラディスすら、わずかに表情を変えた。


 天使が書類を読み上げる。


「魔王城、是正勧告を出します。第一に、残業時間の削減。第二に、契約書の整備。第三に、社会保険の加入。第四に――」


「侵略活動の適正化」


「侵略活動の適正化とは何だ!?」


「計画的に行ってください。無許可の侵略は違法です」


「侵略に許可が必要なのか!?」


「現代では必要です」


 魔王はがっくりと膝をついた。


「……世界征服は、ホワイト化してからだ」


 勇者は静かに頷く。


「その時は、改めて戦おう」


「ああ……有給を取ってな」


 天使が続ける。


「なお、是正されない場合は強制執行します」


「何をする気だ!」


「天界による直接統治です」


 全員が震え上がった。


 グラディスが一歩前に出る。


「……承知しました。改善計画書を提出します」


 天使は頷いて去っていった。


 会議室に重い沈黙が降りる。


 魔王がぽつりと呟いた。


「……もう疲れた」


「魔王様……」


「世界征服より、まず労働環境の改善だ。経理部長」


「はい」


「週休二日制を導入する。残業代は全額支給。四天王は正社員に――」


「無理です」


「なぜだ!」


「予算がありません。世界征服を中止するなら、収入源がなくなります」


「では――」


「副業を許可しましょう」


 フレイムが目を輝かせた。


「副業!?」


「四天王の皆様には、外部での傭兵活動を推奨します。ただし確定申告は各自で」


「それはブラックじゃないのか!?」


 誰かが呟いた。


 グラディスは答えなかった。


 勇者がそっと退室する。


「……じゃあ俺、帰るわ」


「待て勇者! 戦闘は!?」


「今日はやめとく。お前ら、それどころじゃないだろ」


「すまない……」


 勇者は去り際に言った。


「来月また来る。その時までに、ちょっとは休めよ」


「……ありがとう」


 こうして。


 魔王軍は一時、侵略活動を停止した。


 最大の敵は勇者ではなかった。


 経理と監査、そして労働環境である。


 翌週、魔王城は週休二日制を試験導入した。


 残業時間は月八十時間を上限とする規則が設けられた。


 四天王には労働契約書が交付され、社会保険の加入手続きが始まった。


 魔獣たちには業務委託契約書が配られた(手書きで)。


 総務部は新しい印刷機の購入を決定した(分割払い)。


 そして――


 経理部長グラディスは、静かに微笑んだ。


「改革は、これからです」





 ――後日談――


 魔王城の休憩室。


 コーヒーを飲むフレイム、フロスト、ボルト。


 ゲイルの席は空いている。


「なあ」とフレイム。


「この前の改革、おかしくないか?」


「何がだ」とボルト。


「休みは増えた。だが給料は減った」


「ああ……」


 フロストが頷く。


「残業代は出るようになったが、残業そのものが禁止された」


「結果、収入は前より下がった」


 三人が顔を見合わせる。


「……これって」


「ブラックのままじゃないか?」


 その時、背後から声がした。


「気づきましたか」


 グラディス。


 三人が振り返る。


「経理部長……!」


「ホワイト化とは、見せ方の問題です。実態は変わりません」


「お前……!」


 グラディスは微笑む。


「魔王様は優しすぎるのです。だから私が、この城を守る」


 そして静かに去っていった。


 残された三人は、黙ってコーヒーを飲んだ。


「……転職活動、再開するか」


「だな」


 世界征服は、まだ遠い。


 そして魔王軍のホワイト化も、まだ遠い。


 真の敵は、内部にいた。


 ――完――


 なお翌月、勇者は約束通り魔王城を訪れた。


 だが戦闘は行われなかった。


 魔王が過労で倒れていたからである。

 

 勇者は見舞いの花を置いて帰った。


 侵略は、来期へ持ち越しとなった。


 おしまい。

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