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影を裂く牙

白川せなが、久しぶりに帰ってきた。

白虎隊の本部がざわつく。

強い風が吹いたあとみたいに、空気が変わる。


廊下を歩く足音。

硬いヒールの音が、静かな廊下に響いた。


「隊長。お久しぶりです。」


振り返った白瀧隊長の目が、少し細くなる。

「おかえり。遠征はどうだった?」


「収穫あり、ですね。

 ただ……驚きましたよ。」


視線の先には、かのん。

報告書を抱えて立ち尽くす彼女を、

せなは頭のてっぺんから足元まで見下ろした。


「この子が、新入りですか? 

 ……神選にしては、ずいぶん柔らかそうな。」


「かのんは、僕が拾った。」


「拾った?」

せなの眉が、かすかに動く。


「神に選ばれた者を“拾う”なんて

 聞いたことありませんけど。」


白瀧の声は、いつも通り穏やかだった。

「選ばれる形は人それぞれだよ。

 神は、時に“哀れみ”で選ぶこともある。」


「へえ……ずいぶん、優しいお言葉ですね。」


笑ってはいるが、目は笑っていなかった。



その日の夜。

訓練場の片隅で、かのんは銃の分解を練習していた。

白瀧隊長に教わった通り、

呼吸を整えて、ゆっくりと。


そこへ、せなが現れる。


「熱心ね、こんな時間まで。」


「白川副隊長……」


「“副隊長”でいいわよ。

 あなた、白瀧隊長に

 ずいぶん可愛がられてるって、 噂よ。」


「え……そう、なんですかね……」


「気づいてないふり。上手ね。」


せなが歩み寄り、銃をひょいと取り上げた。

指先で軽く回し、銃口を月明かりにかざす。


「銃ってね、人間と同じなの。

 誰が握るかで、正義にもなるし、罪にもなる。」


「……それ、ウンチク?」


「いいえ。経験談。」


かのんの指先が、わずかに震えた。

せなは銃を返しながら、微笑む。


「白瀧隊長、ああ見えて情が深いの。

 守るものができた時、いちばん脆くなる。」


「……どういう意味ですか?」


「あなたがわかる頃には、遅いかもね。」


足音が遠ざかる。

夜風がひやりと頬を撫でた。

翌朝。

緊急通信が入る。

「第三区域で神禍発生、白虎隊出動要請。」


白瀧は即座に指示を飛ばす。

「せな、南側の避難誘導を。

 かのんは僕と西側だ。」


「了解。」

せなの返事は冷ややかだった。


現場は廃ビル群。

空が鈍く濁り、空気が焼けている。


「……ここ、嫌な匂い。」


「怒りと悲しみが混ざってる。

 長く放置された場所は、神禍が溜まりやすい。」


そう言って白瀧が刀を抜いた瞬間、地面が裂けた。


無数の黒い腕が這い出てくる。

かのんが銃を構えるが、すぐには撃てない。

息が詰まる。


「隊長っ!」


「落ち着いて。呼吸だ。」


言葉と同時に、白瀧の姿が霞のように動く。

一撃ごとに風が鳴き、光が走る。


「……美しい。」


呟いた声が震えた。

恐怖と尊敬と、何かあたたかいもの。



そのとき。

背後から別の気配がした。


「危ないっ!」


かのんが振り返ると、影が迫る。

その間に割って入ったのは、せなだった。


「邪魔!」


刃が一閃。

影が裂ける。


だが、かのんは見た。

せなの目に宿った、異様な光を。


それは“守る”より“競う”ような色。


「副隊長……?」


「あなたは下がってなさい!」


怒鳴り声とともに、せなは前へ出る。

しかし次の瞬間、

影が再び湧き上がり、かのんを包み込んだ。


「——っ!」


黒い光の中で、体が動かない。

苦しい。

何かが体の奥から引きずり出されるような感覚。


「かのん!!」


白瀧の声が遠く聞こえた。

光が爆ぜ、風が咆哮した。


気づいたとき、地面に倒れていた。

白瀧がすぐそばで膝をついている。


「大丈夫か!?」


「……うん、ちょっと、痛い、けど。」


「痛いって言えるなら大丈夫だ。」


白瀧がほっと笑う。

その顔に、涙がにじむのを、かのんは見た。



夜。

任務報告が終わると、白瀧は珍しく机を叩いた。


「せな、どういうつもりだ。」


「何の話でしょう?」


「無断でかのんを前線に出した。

 彼女はまだ訓練段階だ。」


「戦場に段階なんてあります?

 いずれは死地に立つ。それが神選組でしょう。」


「限度がある。」


「……優しいですね、隊長は。」

「——っ」


「その優しさが、部下を殺す日が来るかも。」


沈黙。

白瀧は、深く息を吐いた。


「白川せな。今日付けで、謹慎処分だ。」


「……了解しました、隊長。」


頭を下げたその影の奥で、せなの唇がかすかに歪んだ。



廊下の端。

かのんは、扉の隙間からその光景を見ていた。


胸が痛い。

自分が原因だと、分かっていた。


——どうして、私なんかのために。


白瀧が部屋を出てきた。

彼の目に驚きが宿る。


「かのん……聞いてたのか。」


「ごめんなさい……私のせいで……」


「違う。」


白瀧は頭を振った。

「誰かを庇って叱られるのは、隊長の仕事だよ。」


「……でも……」


「いいかい。

 君が生きて戻った。それで十分だ。

 それ以上の理由なんて、いらない。」


かのんの視界が滲む。


「ねえ、隊長。」

「なんだい?」

「隊長って、なんでそんなに優しいの。」


「そうだね。

 優しくしてないと、牙が鈍るから。」


「……え?」


「優しさは、刃を錆びさせないんだよ。」


言って、白瀧は軽く頭を撫でた。

手のひらが温かかった。


かのんは泣き笑いをしながら、

その手に額を押し当てた。


「ねえ、隊長。

 私、もう少し、強くなるからね。」


「うん。知ってるよ。」



その夜。

白川せなの部屋では、誰も知らない音がした。

机の上の神紋札が黒くひび割れ、

闇の光が静かに揺れた。


——あたしを笑った分、覚えておきなさい。


その声は、誰にも届かない。


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