2. 春:出会い、そして___-02-
ドサッとベッドになだれ込むと、ハノはそのまま泥のように眠った。
他者と関わるのには体力がいる。
だから、友人も恋人もいないんだ!と兄は言うが、実際その通りだと思う。
ハノは臆病だった。
だれよりも、他者を傷つけることを恐れている。
自分の決断がその人の人生に影響を与えることを恐れているのだ。
(あの子は…アーベルさんの期待は僕にはとても重たい。)
期待をされると、その期待が外れる瞬間が恐ろしくて堪らない。どれだけ頑張っても中身は変わらないのだから、いつかメッキが剥がれる日は必ず訪れる。
(それなら、兄のように慕ってもらえる存在を目指そう…)
例え、彼女がいずれ恋を知ってこの婚姻に絶望したとしても、それなら割り切ることもできるだろう。
間違ってもこちらから恋情を向けてはならない。適切な距離を保たなくては。
人を傷つけることを恐れると同時に、自身が傷つくことも同じくらい恐ろしいものだから。
______
「ハノ様!!」
「こんにちは、アーベルさん。」
アーベルは一目散にハノの元へ駆け寄ると、思いっきりギューっと抱きしめる。
どうしようかと頭を悩ませるも、兄らしく…とそっと頭を撫でた。
「お茶にしましょう!こちらへ!」
「うん、ありがとう。」
手を引かれるままにアーベル家の庭を歩くと、そこら中に薔薇が咲き乱れており、薔薇の高貴な匂いは格式高いこの家を象徴しているかのようだった。
「あれ、君が紅茶を淹れるんだ?」
「私、自分で出来ることは自分でしたいの。」
「そっか、ありがとうアーベルさん。」
そう言うと、見事な手つきで準備を始めるアーベルに、(ませてるな〜)とハノはどこか距離を置いて眺めた。
「出来た!」
「うわ、いい匂いがする。」
目の前に置かれたカップから漂う香りに思わず感激してしまう。
(これは、薔薇の匂いだろうか?こんな紅茶があるんだ…)
「薔薇の香りはお好きですか?」
「うん。誰にも言ったことはないけれど、薔薇が好きなんだ。」
そう言うと、なんとも言えない顔でそれは良かった!とアーベルは答えた。
「でも、ハノ様のお家には薔薇が植えられていませんでしたね?」
「ああ、昔、僕が枯らしてしまって…
母上が全て切ったんだ。」
「なぜ?」
理解ができない、とアーベルは顔をしかめる。
「あの人は完璧を好む人で、薔薇の花も母がお金を払って完璧に整えていたんだ。僕も、そのことを知っていたのに、沢山水を与えちゃってさ。」
枯れたのはハノが水を与えた1株だけだった。
それでも、母は耐えられなかったみたいであんなに手をかけていた庭を滅茶苦茶にしてしまった。
あの光景を、今でも鮮明に覚えている。
「この時初めて根腐れというものを学んだ。勉学には自信があったんだけど、知識には偏りがあったみたい。」
失敗失敗、とハノは笑っていうが、震える手をアーベルは見逃さなかった。
お母様が好きだったハノは、かまって欲しくて仕方がなかった。ただでさえ兄さんを愛していた母を、どうにかしてこちらに意識を向けようと頑張って頑張ってようやく目が合った瞬間でもあった。
初めて見る母の瞳があんなに恐ろしいものならば、知らなければ良かったのに。
今でも、過去の自分にそう思ってしまう。
美人薄命とはよく言うもので、その後みるみる母は体調を崩し、極めつけは兄の家出だった。
葬式に、あんなに愛した兄は来なかった。
(このことはこの子に言う必要は無いか。)
「今日はここに来て良かった。薔薇の香りの紅茶があるなんて知らなかったよ。」
「ほんとうですか!?でしたらこれから貰っていって!沢山あるの!!」
ちょっと!という静止の声を振り切り、アーベルは家屋の方へ駆け出していく。
ぽつん、、、と残されたハノは、キョロキョロと周りを見渡し、数年ぶりに見た薔薇に目を奪われる。
(やっぱり綺麗だ…)
こんなにも美しいのだ、きっととても大切に育てられているのだろう。
あの少女もお転婆だが、どこかとても品のある仕草をするから、甘やかすだけでもなさそうだ。
(僕が兄になれば、なんて軽率だったな。)
そんなことをしなくても、彼女は自分の足で立っている。
むしろ、僕の方が
役になりきるおままごとを楽しんでいるみたいに思えた。




