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15.4度目の春:____と再会-02-

「____はい、それで_____」



分厚い扉の向こう、途切れ途切れに聞こえる会話に耳を欹てるも、話の内容は掴むことが出来ない。


(急に帰ってきたことに対してなんの咎めもない…父さんも怒っている様子はないし…)


…まるで、知らない人同士の会話だ。

ハノの兄に対するイメージは、癇癪を起こして家を無理矢理出た時から変わっていないし、父へのイメージもその日ユノに対して激昂していた時のままだ。


ドンッ!!!


少し嫌な予感を感じながらも続けて話を盗み聞きしていたら、突然目の前に強い衝撃を受けた。



「あ。」


やべ、と少し焦ったような声が頭上から聞こえる。

この衝撃、頭に板のような感触、鮮明に聞こえた兄の声。


………ああ、これは確実にやった。



「何盗み聞きしてんの?」

「…別に?通りかかっただけだし。」

「16年も生きて通りがかりに衝突しないだろ、阿呆の子かよ。」

「いくら廊下が広いとはいえ、扉は内開きなのが悪いよ。」


それはそう!とケラケラいつものように笑いながら手を差し伸べてくるユノにハノは少しホッとしたものの、「自分で立てるよ、もう子供じゃないんだから。」とその手を跳ね除けた。


「ふーん、見ない間に大人になったんだ?」

「だから子供扱いしないでくれ…」

「え、無理。」


あっけらかんと拒否する兄に、ハノはそういう所嫌いと悪態をつく。


"お前はずっと俺の弟で、泣き虫の餓鬼のままさ"


そう言ってポンポンと頭を撫でたかと思いきや、父の方を見てちょうど良かった、手間が省けたな親父と口にした。


(は、親父!?それよりも、手間が省けた…?)


なんの事やら…なハノを父の机まで連れていくと、ほら、と父に向かって催促を行う。


「ハノ。」

「はい、お父様。」


いつもの通り、父の呼び掛けにピシッと姿勢を正すと、父の次の言葉を待った。

しかし、いつもとは違い、父は何処か言葉を選んでいるような長い沈黙が起こる。


「…待ってまさか、伝えてなかったわけ?」

「…すまない、ハノは私の想像を超えてあまりに真っ直ぐに育ったものだから。」


兄はしどろもどろな父に向かって、あろう事か舌打ちをし、ハノの方をぶっきらぼうに見た。





「俺、ここの当主になるから。」







「…は、?」



"当主になるから"


何を、言っているんだ?

聞き間違い出なければ、兄さんは確かにそういった。


「…は?


はぁ!?意味がわからない!この数年間一度も帰って来ないと思ったら何だよ急に…当主!?また俺をからかってんのかよ!!」

「お〜怖い怖い。坊ちゃん坊ちゃん、やんちゃな一人称に戻っちゃってるよ。」


矯正してたんでしょ?とまたいつものように笑う。

元はと言えばこの口調はアンタのせいだ!とハノは返すも、ますますユノは笑った。

そんなユノの様子にハノはますます冷静さを失っていく。


「お…僕は何も貴方が当主になることについて文句を言っている訳では無いんだ。今の今までなんの音沙汰もなく、全てを僕に押し付けて、ようやく帰ってきたかと思ったら何をいけしゃあしゃあと…!…少しくらい、全てを僕に押し付けたことを謝罪くらいしないのか?」



だったら、家のためにお取引先の人達に慣れない愛想を振りまいたことも、父の怒りが兄に向かないように自分は父の理想の息子に…と思っていたことも何の意味も無かったということじゃないか。


自分は楽しんで、自由に生きて、時が満ちたら堅実に生きる?

きっとそれを、世間では容量が良いと言うんだろうな。


「父さんも何で黙っているの?僕らに何の相談も無かったのに………」



父さんからも何か!と兄から視線を移すと、父はバツが悪そうに視線を他へと向けている。



「は?父さん、待って。


もしかして、最初から全部決まってたの?」


父さんからも何か!と兄から視線を移すと、父はバツが悪そうに視線を他へと向けている。


「なんで、そんな重要なこと、僕に誰も伝えなかったんだ?いつから…」


「お前が婚約する前。」


「………はぁ!?」


あまりに突飛な発言に、そんな訳…!と反論しようとするも、父も兄も静かにこちらを見ていたため、ハノの口はゆっくりと閉じた。

その目は、まるであの時の母のようだった。


「…すまない、ハノ。最初からユノの学校行きは当主になることを約束として、許可印を押した。婚約のことも、あちら側はリリー嬢を当主に嫁がせることを条件に結んだものだったが、ユノと結んだ条件では卒業まで家には帰ってこない。というものだった為、急遽………」


「…僕を当主にすると言って、婚約を結ばせたの?」


「ああ、申し訳ない。」


"なんだよ、それ"


それは、怒りを通り越した、静かな失望だった。

この人たちは、僕を、アーベルを心が無いチェスの駒だとでも思っているのだろうか。


また兄の勝手な行動の尻拭いを知らぬ間にやらされていた。結局いつも通り、ただの道化じゃないか。

でも、そんなことよりも…


どれだけ父の理想通り動いても、まるで、父には人として、息子として見られていなかった。兄には勝てなかった。その事実が一番ハノにはこたえた。


「…ですが、世間体は?僕が当主候補だと思っている人にはなんと説明するのですか。」

「皆には、最初から俺が当主になるんだって言っていたらしいよ。…でも、まさか、本人に伝えていなかったとは思わなかったけど。」


"ハノはどこかで口を漏らす、この人はそこの損害の可能性を考えたんだろうけれど。…だから、嫌いなんだ。"


ユノは内心そんな父に唾を吐きながらも、ハノに淡々と事実のみを告げていった。

その節々の反応を見る度に、本当に信頼されておらず、何も話されていなかったことが分かる。


そんなハノが哀れで仕方がなかった。


「ごめん、ごめんな。さっきも笑ってごめん。急に帰ってきたのは、"当主を継ぐ予定の息子"とその婚約者宛に招待状が来ちゃったからで………」



「、、、待って、当主とその、婚約者?待って、それは、それだけは違うだろ?父さん…?」


「…既にあちら側は承諾している。これは、最初からの決まり事なのだ。」


許せ、ハノ。と父はいつもの様にハノの頭に手を伸ばす。


兄が出ていった時も、母が死んだ時も、急に婚約に巻き込まれた時も、父は決まって"でも、お前を愛している"とハノの頭を撫でた。

その手が、その当主としての立場と父親としての優しさがハノは好きで…………





「_そんなだから、母さんは貴方を選ばなかったんだ。」



その言葉だけは嘘では無いと信じていたのだ。


そんな大好きな父の手を、ハノは初めて押しのけた。


「アーベルは、このことを知っているのですか?」

「あちらの家には…」

「いえ、家では無く、リリー・アーベル。婚約者自身です。」


きっと伝えていないんだろう、そう分かっての質問だった。案の定、あの子にはあちら側から説明があるだろうと父は言うので、兄は更に"マジかよ……"と唖然として父を見た。


「かつて、彼女の友人から"商人は損得勘定で動くことが癖になってしまう"と話したことがあります。

…父は、僕を1人の人間として見たことはありますか?」


利益を生む、駒ではなく。

この人は、最初から僕では無く、僕が生み出す利益を計算していただけだったのだろうか。

ならば兄は、利益をもたらす黄金だとでも言うのか。


「ですが、利益を得られるというのであれば、僕は喜んで身を引きます。そもそも、ここまで根回しされてはその選択肢しか無いのでしょうが。」


落ち着け、落ち着け。

ハノは自分にそう暗示をかける。


この時代、家長の言うことが正義だ。

ことを荒立てるよりもずっと、従う方が懸命だろう、分かっているはずだハノ・シュルツ。


…子供じゃないんだろう?


でも、彼女の幸せを願っている、幸せにする為に早く大人になりたかったのも、ただそれだけ。

もし、ここで嫌だと逃げ、彼女の手を引いて兄のようにどこか遠くに逃げたら、幸せにしてあげられるだろうか。


…きっと、僕は地獄に落ちるだろうな。

誰も幸せにすることもなく、小さな一輪の花さえも枯らしてしまうだろう。


大丈夫、僕は利口な子供だ。

だってこの鉄のような男の、商人の息子だろう。




「僕の4年をリリーに捧げます。」



深々と頭を下げると、誰の瞳も見ることなく足早にその場から離れる。


僕がこの場で手を引いて逃げても、あの子を幸せに出来る大人ならどれほど良かっただろうか。


理不尽、

けれど、珍しいことでも無い。

貴族はもっと、理不尽な目にばかり合うだろう。


皆、幸せ。それなら…



「しょうがない…しょうがない。」






そういえば、これが母さんの口癖だった。



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