13.4回目の春:リトルネッロ-02-
「リリー?」
「え、何か言った?」
「…明日街へ行かない?って言ったのだけど。」
エルマがそう言うと、アーベルは嘘…といってまるで聞こえていなかったと謝罪した。
はぁ、とエルマはため息をつくと、"まだ学校に行くことを渋っているの?"と優しい眼差しで問いかける。
「だって、あそこって寮制でしょ?帰ってこられるのだってホリデーとかになるって聞くし…ハノのお兄様は1度も帰って来ていないって言っていたわ。」
(それはその人が特殊なだけだと思うけれど。)
エルマは真っ先にそう思ったが、話に水を差したくないため、グッと押しこらえた。
「そんなことよりもハノと1年も離れるのは嫌!どうしよう1年後に帰ってきて彼の隣に女性が立ってたら!?」
「そんな心配ないと思うけどなぁ…」
エルマの目から見て年々ハノがアーベルを見る目に愛情が増しているのが見て取れる。
その眼差しを向けられている本人は、その事に全く気がついていないようだが。
それにこの前も___
【ついにこの時が来た…良かった最初から覚悟を決めていて…】
なんてぶつくさ陰気を漂わせた彼女の婚約者を目にしたばかりだった。
「"あの人"も貴方も、お互いを信用していないわけ?」
「勿論信用しているに決まっている。ただ人の感情はマシナリーの用に断言出来るものでは無いでしょう。
それに…
あんなにあの人にはどこにも行かないでと言ったのに、学校を楽しみにしている自分もいるのが嫌なの。」
自分はどこにも行けないのだと思っていたけれど、どこにも行こうとしなかっただけなのかもね、とアーベルは言う。
「…それに、学校に行かないか、なんて言われたの今回が初めてだわ。」
「どういうこと?」
アーベルの会話の意図が分からず、エルマは思わず聞き返してしまう。
言った本人は、なんでもないと言うが、なんでもない訳がないでしょう…と訝しげ目で彼女を見る。
「まるで何回も経験したかのように言うのね。変なの。
…まあいいわ。
それにしても、なんで急に学校の話が出たの?」
「ハノがパパに、学校について色々教えてくれたんですって。」
今は女子も多いのだとか、兄はそこで偉い立場の人と交友を持ったのだとか。
アーベルの父はそういう新しいものを遠ざける節があるが、メリットがあると分かればすぐに行動する人だ。
「…結局どうしても、私はあの人のお人形なのよ。婚約も、学校も、全て決まった後にしか私の言葉を聞こうとしてくれない。」
ほかの家と比べれば、ずっと愛情を注がれている自覚はある。でも、無自覚な愛の押しつけがアーベルにとっては何よりも耐え難かった。
「リリーの読む娯楽小説だったら、魔法で全部無かったことにしてくれるのにね。」
「ふふ、そうね。」
「そんな便利な魔法なんてあるはずもないのに、地方では魔女だなんだで追い出される人もいるんだって。皆、暇だよね。」
「…そうだね。」
アーベルはエルマの言葉に少し驚くも、巷の人達の認識はこんなものだったと思い出す。
あまりに自然にシュルツ家が魔術を扱うものだから、麻痺していた。
ここ数年で、魔術が迫害の対象になってしまっていることもあるのだろう。
「でもやっぱり良いなぁ…」
「何が?」
「大好きな人と結婚できるの。」
エルマもきっと、もう少しで婚約の話が出るのだろう。
恋愛結婚も増えては来たが、政略結婚はまだ主流で珍しくもなんともない。
それを、エルマは分かっているのだ。
「むしろ、政略結婚でそこまで相手を好きになれるのなんて運命みたいで憧れるよ。全く、羨ましい限り。」
だから、2人は大丈夫だよ。とエルマは言う。
(ああ、最初の…)
(エルマに気を使わせてしまった…)
どれだけ変に大人ぶっても、結局大人にはなりきれない。
ずっとおままごとを続けているかのようだ。
この不安定さが、大切な人まで傷つけてしまった。
「ありがとうエルマ。」
「良いよ、私リリーのこと、大好きだから。
私のこともたまには思い出してよね?」
「ごめんね。」
「え!?ごめんね!?思い出してくれないの!?」
そんな!!とハグをしようといていた行き場のない手をワタワタと暴れさせる。
「本当に笑顔が似合うよ、エルマ。」
「まあね!リリーももっと子供らしいその口調の方が似合っているのに。」
寂しい〜!っとようやく素直に抱きしめられたエルマは、この不器用な子が、人との交友で傷つきませんようにと願った。
当の本人であるアーベルは、"やっぱり"大好きだなとこっそり涙を流していた。