12.4回目の春:リトルネッロ-01-
今年も、春が来た。
雪が溶けて、大地が地肌を出す。
そんな春が好きだった。
「ハノ様、お兄様から…」
「ああ、手紙か。」
もう驚くことも無く、ハノは慣れた手つきで手紙の封を開けていく。
ハノ・シュルツが11の時に13だった兄は、自身の弟が16になった今でも変わらずに毎月手紙を送り続けている。
もう、何年も会っていないというのに、今でも鮮明に兄の言動が思い出されるのはこの為だろう。
「…またか。」
ハノはうんざりした様子で手紙を引き出しにしまう。
ココ最近、兄からの手紙には"婚約者の写真を送ってくれ"
"お前も学校に行けば良かったのに""もうチューした?"
のようなデリカシーの無い事ばかり書かれていた。
余程暇なのか、その歳になってようやく家族の身の丈話に興味が湧いたのだろうか。
かつての兄は、自分のことにしか興味が無いように見えたのに。
「ハノ様、馬車が…」
「アダラート!今行く!」
部屋の外でそう呼びかける執事は、もうハノの外出には着いてこなくなった。
本当はアダラートの転移魔術を使えば外出など一瞬なのだろうが、それは本人込みでの移動になる。
そんな野暮なことを、アダラートは絶対にしなかった。
「行ってらっしゃいませ。」
「うん、行ってくるよ。」
じゃあ!と手を振って馬車に乗ると、その馬車はゆっくり走り出す。
16になってもまだ、ハノは魔術の一つも扱えなかった。
***
「えっと………」
キョロキョロと辺りを見渡しても、人影が見当たらない。
一面野原だから、街とは違って障害物もないはずなのだけれど。
ハノは以前街へ出かけた時、最終的にアダラートに捕縛されたくらいには方向音痴だった。
「あ!アーベル!」
走り回ってようやく見つけた人影にハノは満面の笑みで近寄る。
赤に、白に、黄色。
一面に咲いた花畑に、その少女は可愛らしく座り、鼻歌を歌っていた。
暖かくて、静かで、大好きな人がいて…
こんなに幸せなことがあるだろうかと思う。
「ハノ!!!」
きゃー!!と14になったリリー・アーベルは、相変わらず勢いよくハノにハグをする。
いつの間にか目線が大きく変わった2人は、反対に距離が近くなったように見える。
「今日も大好き。」
「はいはい、ありがとう。」
"僕もだよ"なんて言葉をぎゅっと飲み込み、目線を合わせながらハノは微笑む。
この4年で、この笑顔も随分と様になったのではないだろうか。
「ちょっとここに座ってくれる?」
ここ!と先程まで自分が座っていたところにアーベルはハノを座らせる。
なんだなんだと思っていたら、フワッと頭に何かが置かれた。
「これ…花冠?」
「おそろいよ!」
そう言うアーベルを見ると、言葉の通りに彼女の頭にも冠が被さっていた。
「あ、ありがとう…」
「どういたしまして!」
誰かから花冠を作って貰うだなんて、それこそ御伽噺のように思っていた。
「凄いよ。まるで魔法みたいだ。」
「きっと貴方も出来るわ。」
「僕、不器用だからなぁ…」
ハノがそう言うと、アーベルは笑ってそうね、と同意する。
「ふふ、似合わないねぇ。」
「成長したので。」
「でも、変わらず可愛いわ!」
13の春、初めてアーベルとハノは遠出をした。
14の春、初めて街へ出た。
15の春、ハノの身長が伸びた。
16の春、2人での遠出が許された。
そして秋には
アーベルの学校生活が始まる。
(結局、君が置いていくんじゃん。)
家庭教師に教えてもらう家庭も少なくないというのに、アーベルは父親の助言に従った。
(良い事だ。学べることもきっと多いだろう。彼女も、もっと広い世界へ飛び立つべきだ。)
この檻はきっとアーベルには窮屈だろうから。
「僕もそろそろ大人にならないと。」
「まだゆっくりでいいじゃない。」
「…置いていかれたくないんだ。」
もう少し、ゆっくり朝が来ればいいのに。
静かに、確かに変わりゆく、
そんな春が来る。