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新興蒸気

作者: 大海の旅路

 ここは、工業地帯がほぼ無限に広がっているように思える島。行ったことはないが、工業地帯でない場所は湿原に覆われていると聞く。




 この工業地帯では、鉄が精錬されていたり、火力発電がおこなわれたりしている。


ただ、主人公(飛鳥井)が住む場所は、そのような大規模施設の近くではなく、とある小さな自動車会社(マルキ機動商会合同会社)であった。




 ーカシャ、カシャー


新聞を入れる音がする。朝早くから新聞配達をしてくれてありがたい。


新聞配達をしてくれるお陰で今日も規律正しく起床できる。


起床すれば、歯を磨いて朝風呂に入って、ドアを開け、ずいぶん前に造られたのであろう年季の入ったバイクに乗って職場に出かける。




 私の職場は、ただひたすらにカブトムシを育てる会社である。ちなみに1齢幼虫からである。まず、卵を管理する会社が腐葉土の中に宿った生命を丁寧に育て、1齢幼虫になるまで育てる。そして、育てられた幼虫たちを私たちが引き取る。




 そして、成虫になれば、我々が今後もカブトムシの幼虫を育成していくために必要な育成資金の一部を払ってくれる顧客たちに引き渡す。




 こうして、引き渡された家では、引き渡されたカブトムシが一躍、その家の夏のスターになれる。




 少々、ずれた例えかもしれないが、我々は、次々とスターを輩出する芸能事務所のような存在なのかもしれない。




 今年、私が担当するカブトムシの幼虫は3匹。一弥、次花、三豪。


皆、日本にいる、あの有名な茶色いカブトムシの子どもだ。




 今日は、この3匹の様子を見にやってきた。カブトムシの幼虫は、腐葉土をご飯にするからそれを足しにもやってきた。




 私は、「今夏、君たちがスターになれると良いな。」と思い、ひたすら適切な量の腐葉土をあげ続けた。




 何しろ、この島はほとんどの自然が工業地帯によって殲滅させられた。子どもたちが見上げてみるものは、工場の煙突から排出された煙と、ときどきだが表情が変わる空くらい。これでは、かつてのこの島の情景は、そのうち、ただの歴史の遺物の一つでしかなくなるだろう。勿論、工場で働くことが悪いとは言えないが、自然を過去の遺物にしてしまうのはひどすぎる。そんなことも踏まえて愛情を込めてこのカブトムシの幼虫達を育てるのだ。




 ある日、あの3匹の様子を見に行くと、一弥と次花のいる虫かごから空虚な雰囲気を感じた。あまりにも重い雰囲気が漂っているように思えたため、彼らを傷つけないように腐葉土を掘ってみることにした。すると、二人とも黒くなって亡くなっていたことが、これみよがしに現実として突き付けられた。




 私の目は少し赤くなった。何か透明なものが少しだけ滲み出た。ただ、三豪は、一生懸命、腐葉土を食べていた。だから、私は、悲哀と親心を同時に感じる数奇な時間を過ごさざるを得なかった。




 7月頃になった。残念ながら、あの2人は極楽へと巣立っていったが、残る一人、三豪は、現世で成虫になった。実は、今日は、彼が引き渡される日。亡くなった二人の分の幸せも子どもたちに振りまいてきてほしいな。

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