勇者カイムの噂
魔王もいるなら勇者もいます。
勇者の伝説が語られます。
鎧竜を倒してから少し進むと転移魔法が使えるようになり、すぐに一番近い町ルクトに辿り着くことができた。西洋建築の建物が多く、まさにRPG最初の町といった印象を受ける。治安もいいようで人々は笑顔で売買し、子供は広場で遊んでいる。まさかこんな市街地に敵対魔族の王様がおわすとは誰も思うまい。ベルベットも布を頭にかぶって角を隠し町娘になりきっていた。そんな彼女の姿を見て護は心に浮かんだ疑問を口に出さずにはいられなかった。
「ベルさん、角は隠すだけですか? 魔法で消しても……」
「馬鹿野郎! 角は魔族の誇りだぞ!」
「しっ! 声が大きいです! ベルベット、何のために姿を変えてると思ってるんです!」
いきなり正体をカミングアウトしかけたベルベットの口を抑え込むメーティス。周囲の様子を伺うが、皆気にしている様子はないようだ。
「ふー、軽率ですよ。以後気をつけてください」
「ちぇ、わーったよ」
ルクトの飲食店で一服する三人。長旅で歩き詰めだった護にとってはようやくゆっくり休める場所にたどりついたのだ。ほっと言一息つく。トレスケアと違って料理の写真は並んでいないが説明文は読むことができた。
「珍魚の佃煮をお願いします」
「じゃあ私はこだわりエルフの煮込み茸で」
「俺様はミニワイバーンテールフライ」
二人はずいぶん興味をそそる料理を頼んでいた。護もメニュー表を見て料理に気づいていたが、怖くて頼めなかったものだった。
待つこと数分。実際に運ばれてきたものは食指をそそる料理だった。メーティスの頼んだ者はキノコシチューのような外見だ。キノコの種類は見たこともないものだが、匂いはキノコそのものだった。次にベルベットの頼んだミニワイバーンテールフライは見たままだった。エビフライの代わりに竜の尾が揚げられていた。これが本場の竜田揚げである。そして護の頼んだものはカラフルで不思議な形状の魚の料理だった。
がっつくベルベットとマナーは良い宇が食べるのが早いメーティス。そんな二人を見て護も料理を恐る恐る口に運ぶ。
「っ~! 美味しい!」
鯛と川魚を足したような味だった。醤油に似ているが若干風味が違う味付けも魚肉によくあっていた。異世界でも多少食材や調味料が似ているのかもしれない。実に興味深かった。しかしふと気になることがあった。食事代である。メーティスと護は当然この世界の住人ではない。護なんてこの世界の通貨も知らない。そしてベルベットはこの世界の住人でも人間の町では暮らしていないのだ。先ほどまで食が進んでいたのに気になって胃が締まってしまった。
「……あの、ここの勘定は……大丈夫なんですか?」
すると、メーティスは魔法で札束を召喚した。
「私を誰だと思ってるんですか? 当然異世界の通貨は全て把握しています。ここにマギタジア通貨1千万デルあります」
「ハッ! どこの世界でも価値あるもんは決まってるもんさ」
ベルベットが指を鳴らすと、金銀財宝が机に並んだ。二人のことは凄い人物だと思っていたがそれでも過小評価だったようだ。
「すみません、僕の杞憂だったようです」
食事を終えたメーティスはナプキンで口を拭うと、仕切り直すかのように町に来た目的を告げた。
「本題に戻りますが、本を探しましょう。今は反応はありませんが、魔王城で検索魔法をかけたとき、この町から弱い反応を感知しました。どこかにあるはずです」
「探すつってもなぁ、どんな本なんだ?」
「特定ができないので分かりません。世界図書という大雑把なカテゴリでしか場所を検索できませんでしたから。それがどんな本なのかは……」
ベルベットは怪訝な顔をした。誰でも探す目的物が分からないと言われればそんな顔にもなるだろう。護は言葉足らずのメーティスに補足を促す目的で詳細を尋ねた。
「でも、飛ばされた本は《禁書》を含めて五冊なんですよね? 内一つはベルさんが持っていた《聖書》。《禁書》は手に持ったので分かりますが、他の三冊はどんな本なのですか?」
「私の知る限り、《魔導書》《兵書》《呪術書》の三冊ですね。いずれもこの世界に本来存在しないものですから手に取れば違和感を覚えます。護は《禁書》を、ベルベットは《聖書》を手にしたので感覚が分かるはず」
指摘されて思いだしてみると、確かに今まで触れた本とは違う何かを感じていた。大雑把な説明だが、感覚で分かるというのは実体験を終えた二人には理解できた。
料理屋を出て護達が最初に訪れたのは町の本屋だった。活版印刷術が発展した程度のようで、本は出回っているが、在庫や種類は少なかった。
棚から本を手に取るメーティスの眼はぎらついていた。
「本が沢山!」
「メーティスさん、僕らが探しているのは世界図書ですよ」
「いえ、この中に紛れているかもしれません。一冊一冊確認しましょう」
そういって本の内容を確認しながら気に入った本を買い物籠に入れていく。それは失せ物を探しているというより新書を買いに来たようだった。ジト目で睨む二人の視線に気づいたメーティスは咳払いした。
「異世界の本を集めるのも世界司書の私の役目です」
「……開き直ってませんか?」
「本屋周辺はメーティスに任せりゃいいだろ。マモル、俺様達は他を巡ろうぜ」
呆れながら提案するベルベットの意見に従って護は本屋以外の場所を廻ることにした。
目ぼしい本のある場所はメーティスが調べているので二人がやるのは主に聞き込み調査である。おかしな本を拾った人物がいないか、またそんな噂を聞かないか尋ねて回った。
しかし得られる情報はそれらしい本の話題ではなく勇者カイムの武勇ばかりだった。
「この町はカイム様が武装を整えて旅立たれたんだ。俺はアイツはやるって分かってたぜ」
「カイム様はこの町近辺に出たモンスターを一掃してくれたからこの町はますます発展したんだ。銅像くらい建てたいのだがあの方自身に止められてなぁ……」
本の有益な情報は得られなかったが、この世界の情勢はよく知ることができた。元魔王ベルベットは勇者の情報の多さにうんざりしたのか、聞きこみの途中でふらりと港の方に行ってしまった。護は慌てて追いかける。
「肝心の本の情報はありませんでしたけど……、すごいんですね。カイムさんって」
「この世界でカイムを知らねー奴はいねーよ」
岬の方を見つめるベルベットの声はどこかもの悲しさを感じるものだった。町の人からカイムの噂を聞いた辺りから彼女の様子が変だった。最初は敵対者故に複雑な感情を抱いているのだろうか。
「ベルさん、やはりカイムに対する憎しみがあるのですか?」
「あ? そんなんじゃねーよ。俺様もアイツも自分の信念と理想のために闘ってきた。個人的な恨みはねー。ただ、カイムを最近見かけねーんんだよ」
「へ? 見かけないってどういうことですか? 〝俺様といればそのうち会える〟と言っていたじゃないですか」
「……いつもはそうだったんだ。魔王シューベルトの目撃情報があれば颯爽と駆け付けて剣を振るう。アイツとの殺し合いは刺激的だった。しかし、お前らと会う少し前くらいから見かけなくなったんだ。アイツのことだから死んではいないだろうが……」
自分といれば勇者に会えるというのは他でもない自分に向けた言葉だったのかもしれない。二人の関係は敵対者だが、剣を交える時は友人との握手に近いものだったのかもしれない。最大の好敵手の行方が分からないことが魔王身分やマギタジアへの執着を捨てた最大の理由なのだろう。
「二人ともここにいましたか」
振り向くと、鞄と両腕の中に本をいっぱいつめたメーティスが帰ってきた。随分長く情報収集していたようだ。
「町中の目ぼしい本屋、貸本屋、古本屋は全て回りましたが、目当ての本は見当たりませんでした」
「その割には鞄がいっぱいですが……」
「お前がここに世界図書があるっつたんだろ?」
「反応は確かにこの町にあったはずなのです……」
おかしなことにメーティスの検索でこの町に位置を特定した本が忽然と消えていた。町中探してもそれらしい本はない。
「じゃあ本が動いたとでも?」
「持ち主が移動したということでしょうが……動きが早すぎます。もう一度検索をかけて正確な位置を割り出してみましょう」
しかし魔法を発動した彼女はすぐに首を傾げた。どうやら検索結果がなかなか出てこないようだ。ゲームでいうところのロード中で止まっている状態である。
「もう少しやってみます。少々お待ちください」
「そう言えば、ベルさんってどこで《聖書》を手に入れたんです?」
「商人が売りに来たんだよ。そいつは人間だったみたいだが、魔王城まで売り込む商魂の逞しさを称えて頂戴したのさ」
二人の会話を聞いたメーティスは少し思うことが合ったようだ。
「商人ですか。偶然世界図書を拾ったのでしょうか……?」
メーティスが検索魔法をかけている間に護達は再び周囲の聞き込みを行った。魔導書のことを尋ねているのにいつの間にかカイムの話に変わっているのは勇者の存在がこの世界の人々の心に沁みついているからなのだろうか。うんざりするくらいのカイム武勇伝を聞き飽きてきた頃、ようやく有益な情報が舞い込んだ。情報源は旅人だった。
「カイムか。俺が旅をしている時に助けてもらったよ。まるで舞を踊っているかのような凄い剣技だった。確か手に入れた魔術書を試したいって西の方に行くってよ」
舞を踊る剣技というフレーズにベルベットは眉をピクリと動かした。
「ハッ! 他人の自慢話にも耳を傾けるもんだな。意外な事実に結び付きやがった」
「……世界図書は勇者カイムが持っている可能性が高いってことですか……」
消えた《魔導書》と消えた勇者、二つが一つに繋がった。
ちょうどその時、本を閉じたメーティスが呼びに来た。
「二人とも、世界図書の反応は西の渓谷デルトヴァレイ方面に見つけました」
アイコンタクトを取り合うベルベットと護。世界司書のお墨付きを得ることができた。
目的地に向かう転移魔法発動中、二人はメーティスに仮説を告げた。
「成程。《魔導書》を持っているのは勇者カイムですか。ありうる話ではありますが……このマギタジアに落ちた二冊の世界図書が片や魔王に、片や勇者に渡ったのなら奇縁ですね」
「確かに、偶然なら凄い確率になりますが……果たして偶然なのでしょうか」
心につっかえるものがあったが、何にしても目当ての世界図書があるかもしれないのだ。気を取り直して西へ向かうことにした。
戦闘力だけでなく財力も圧倒的な二人。
失くした世界図書を求めて先に進みます。