魔王との謁見
魔王様はどういった人物なのでしょうか。
移動先は全体的に規律の取れた高貴な部屋だった。部屋というよりは広場といった方が正しいかもしれない。それだけ開けた場所だった。近くに玉座が見える。そこに座っていた人物と目が合ってしまった。刹那、心臓が握られるかのような恐怖心に支配される。護の異常を察したメーティスが回復魔法で護の精神状態を安定させる。
「大丈夫ですか?」
「はい。……でも図らずも確認できました。彼が魔王です」
「――そのようですね」
魔王は圧倒的な魔力を迸らせながら玉座に座っていた。上半身は上着を羽織っただけであり、健康的な腹筋と胸筋を見せつけている。そして頭に生えた山羊のような角が人外であることを一目で分からせた。
凄まじい眼光と牙が見える口元が強い存在感を醸し出している。
そしてその両隣に侍る三人の魔族もまた只者ではなかった。一人は曲がった角が生えた青肌で巨躯の男だ。腕を組む姿は力強い将軍を連想させる。その隣には骸骨が黒いローブを纏っているようなアンデッド系の姿をしており、邪悪なオーラが迸る。そして魔王を挟んで逆隣には長髪のイケメンは目を凝らすと雷を纏っていた。眉間に皺を寄せて見るからに怒っている。
「おいっ侵入者! 貴様らよくも我ら四天王をスルーしたな!」
「四天王? 三人しかいらっしゃらないようですが?」
普段なら怖気づくが、目に見えた違和感が大きかったのでそのまま追求してしまった。
「最後の一人は前任者が隠居したせいで後任が決まっていないのだ! 空気読めよ!」
「あなた方の事情は知りません。不格好だと思うなら代役で一人置いたらどうですか?」
「代役なんぞ立てられんわ! 俺がこの地位につくのにどれだけ苦労したと思ってんだ! 同じ苦労をした者しかこの座にはつかせんよ」
「うわぁ~、完全に老害だぁ……」
「黙れ黙れ黙れ! あの冒険者に次ぐ久しぶりの侵入者と知って俺は自分の部屋の前で堂々と待機してたんだぞ!」
巨躯な男が待機しながら待ちぼうけをくらう姿を想像して、護は思わず吹き出してしまった。だがそれは彼らの怒りに油を注いだ。
「笑うなっ! 我ら四天王を倒さずして魔王様と戦えると思うなよ! 我らの恐ろしさを骨の髄まで味あわせてやる!」
そこでようやく背後の魔王が「黙れ!」と叫んだ。魔王の言葉はまさに鶴の一声だった。先ほどまでの威勢はどこへやら、沈黙して背筋を正す四天王達。
「てめぇら席を外してろ!」
魔王の命令通り、奥へと引っ込んでいく四天王達。
彼らの背中を見送ると、魔王シューベルトは護達に向き直った。
「……挨拶がまだだったなァ。侵入者諸君……たっぷり御持て成しさせてもらうぜ?」
彼は一瞬で色や文様の違う複数の魔法陣が描かれる。
「多重魔法!? この世界でも高等魔法のはず! こんなに簡単に使えるのですか!?」
流石のメーティスも動揺を隠せない。
「どどど、どうするんですか!? メーティスさん!」
「すみません、魔王の強さは計算違いでした。ですが、私にも奥の手が――」
連続攻撃に備えて防御魔法を使うメーティス。しかしいつまで経っても魔法攻撃に襲われることはなかった。
魔王が発動したのは攻撃魔法ではなかった。魔法陣からは高貴なテーブルとイスが出現し、護とメーティスを座らせる。そして目の前にティーセットが置かれると、相席に魔王本人が座った。先ほどまで戦場になると思っていた玉座の間が突然のお茶会場に変貌してしまった。一瞬何が起こったか分からず護とメーティスは顔を見合わせる。
「あのこれは……?」
「もてなすって言っただろ? 極上の茶葉を用意したんだぜ?」
ティーカップを手に取って香りをかぐと、紅茶の種類も分からない護でも上質だと分かるくらい良い香りがした。メーティスもマギタジアに来る前に紅茶を飲んでいたはずだが別腹なのか、とても満足そうに飲んでいた。
魔王の目的が分からないが、このまま和やかなお茶会で終わるとは思えない。護は意を決してその真意を尋ねることにした。
「なぜ好意的にもてなしてくださるのですか? 僕らは貴方の城に侵入したんですよ? 目的とか気にならないのですか?」
「目的……ね。お前達の目的はコレだろ?」
魔王シューベルトは一冊の本を取り出した。メーティスはその本に注視する。護もその本が何なのかすぐに理解した。それこそがマギタジアに散らばり、探し求めていた世界図書だった。
「それは《聖書アルトリア》!? やはり貴方が持っていたのですか」
「聖書、か。確かにな。魔王と呼ばれ畏敬された俺様ですらこの本に書かれた内容には魅せられちまった。俺様は《アルトリアの書》を読んで感動したんだ」
「それで改心したと……」
マギタジアの戦争の火種ともなっている魔王が簡単に改心したとは思えなかった。護は小声でメーティスに耳打ちする。
「メーティスさん、信じられますか?」
「我々の目的は世界図書の回収です。返してくれるというなら腹の裏まで探る必要はないでしょう。それに世界図書の恐ろしさは貴方も知っているはず。万民を救済する聖書を読んだのなら魔王が改心してもおかしくはありません」
確かに世界図書紛失の原因となった《禁書パンドゥラ》も異世界の扉をこじ開けた上に、素人だった護に魔法の才を授けたのだ。世界司書に《聖書》と命名される《アルトリアの書》はそれだけの力があるのかもしれない。納得した護はシューベルトに願い出た。
「その、《アルトリアの書》を返却してもらえませんか? 大事なものなんです」
「我々は世界図書を探してこことは異なる世界から来ました。このマギタジアにも長く留まるつもりはない。……故に――」
「まぁ落とし主の頼みだし、聞くのもやぶさかじゃないが、俺様以外が拾ったら大変なことになってたんじゃねーか? その所考慮してくれねーとなぁ?」
魔王はメーティスの肩に腕を置き、馴れ馴れしい様子で話しかけてくる。やはりマギタジアの恐怖シューベルト相手にタダで本の返却は望めないらしい。
「対価が必要ということですか。望みは?」
相手は魔王であり、この世界の半分を手に入れているに等しい。金や領地なんて生易しい要求ではないだろう。魔王はしばらく「そうだなぁ」と考え込んだ。護は唾を呑みこんで彼の次の言葉を待つ。
「そうだ! 俺様もその世界図書蒐集の旅に連れてけ」
「はいぃ!?」
魔王が改心したのは《聖書アルトリア》の力です。
本来はもっと粗暴な人ですね。
平和的に解決できるかとおもいきや
しかし返却の条件が本捜索の旅への同行でした。