玉座を守るキメラ
協力して魔王城を攻略します。
果たして魔王は悪魔のような姿なのか、或いは知性ある魔術師の王として人間のような姿なのか。扉の奥にいたのは巨大な類人猿だった。毛が長く、腕が異様に大きかった。右肩には山羊の顔、左肩には獅子の顔がついており、尻尾は蛇になっていた。
「おかしいですね。もっと人に近い姿のはずですが……?」
「間違いないって言ってませんでしたっけ?」
首を傾げている間に、その化け物はそれぞれの口から咆哮する。超音波のような耳障りな音は護達の行動を抑制する。そして耳を塞いでいた二人の前に肉薄して襲い掛かってきた。メーティスは護を庇うように咄嗟に防御魔法を張る。膂力による攻撃は防ぐことができたが、彼女は化け物の尾で薙ぎ払われてしまった。
「ぐっ! これは魔王ではない。合成獣です」
「キメラ……?」
彼女は受け身を取ったようで無傷で立ち上がった。そしてやはり目の前の化け物は魔王ではなかったようだ。確かに様々な獣が合わさった姿をしている。トレスケアの神話で出てくるキマイラと酷似していた。日本で暮らしていた頃には見ない恐ろしい敵だが、化け物を倒さないことには魔王にも会えず世界図書を回収することさえままならないのだ。世界図書紛失の原因を作ってしまった護としてはここで退くわけにはいかなかった。
幸いメーティスは化け物の向こう側にいる。護と二人で挟み撃ちにできる状況だ。
「メーティスさん! そっち側から攻撃してくださいっ!」
「ダメです! 逃げてっ!」
護は逃げなかった。防壁魔法を張って敵の攻撃に備える。だがキメラの魔法攻撃はバリアを意図も容易く破壊してしまった。真面に攻撃を受けて激しく吐血した。
「護! ……やはり中級魔法では防ぎきれない。あの時、魔獣を仕留めた速射雷撃はまぐれだったようですね……」
即座に回復魔法を発動する。
「すみません……。やっぱり少し齧っただけの魔法で魔王軍と渡り合えるわけはなかった」
「戦える気概を示しただけで十分です」
メーティスは優し気な視線を護に向けたまま雷撃を放った。
「流石に魔王軍のキメラだけあって頑丈ですね」
「メーティスさん、どうするつもりですか?」
「最大火力で仕留めます。一分時間を稼いでください」
盛大な無茶ぶりだった。メーティスと出会う前の護では逃げ出していただろう。だが今は不思議とその無茶を実行したいと思った。無茶の先に挑んで成長したいと思った。
「防御魔法を張りながらでは集中できません。大丈夫。自分の咎を贖う覚悟を決めた貴方なら、魔王軍に立ち向かおうと決意した貴方なら、時間稼ぎができるはず!」
メーティスの言葉に心が熱くなった。彼女に期待されたことが何より嬉しかった。彼女のためになることをしたいと決意した。
(そうだ。僕に魔法を教えたメーティスさんが太鼓判を押してくれてるんだ。大丈夫。僕ならできる!)
護が覚悟を決めて前に立った。それを合図としてメーティスが詠唱を始めた。
「失明せし数多の灰星よ、汝が今一度輝く意思あらば、我が祈りを聞き入れ給え――」
護は囮としてキメラの注意を引くために速射雷撃でその頭部を攻撃する。
キメラは「グルル……」と鬱陶しそうに護を睨み付ける。ダメージは与えられなかったが、注意を引くという目的は達成できた。
(後は僕自身が生き残れるかどうかだ。気を引き締めろ護!)
突進してくるキメラに対し一瞬でどうすべきか判断しなければならない。護が唯一使える防御技は先程破られたばかりだ。
転がって突進御回避する護。キメラは体制を変えて魔法攻撃に戦法を変えてきた。護の背後には詠唱中のメーティスがいる。避けることが出来ても囮という役目は果たせない。彼女を守るためには正面からキメラの魔法攻撃を受けなければならない。
しかし彼に使える実戦的な防御御魔法はコレしかなかった。
「〝透頑壁〟!」
透明な防御壁が護の前に出現する。
「真面に攻撃を受けても駄目だ。さっきみたいに防御の上から崩される。――だったらっ! 二重斜面!」
護は防御盾を重ねて敢えて斜めにした。キメラの攻撃は護の斜盾によって軌道を上に反らされた。続く攻撃も盾で捌いていく。
しかし、俄か魔法使いの中級魔法盾では攻撃を捌き続ければすぐにボロボロになってしまうのは明白だった。三つの顔からの魔法が同時に発射され、ついに盾は破壊されてしまった。護は「時間は十分に稼いだ」と後方に下がった。詠唱中のメーティスも「よく頑張った」とアイコンタクトしてきた。彼女は最後の詠唱をする。
「残照は集積し、巨悪を砕く礎となろう――〝灰星滅光〟」
呪文詠唱が終了したと同時に、眩い光がキメラの周囲に現れた。無数の光は互いに交差し結びついてキメラを囲うと、呑みこむように巨大な光柱となった。光柱は天まで上って空に到達する。正面から攻撃を受けたキメラは光の中でもがき苦しむ影が映し出された。
「やったか!?」
焼き切られたと思えたのは一瞬で、煙の中からキメラが出現した。
「そんなっ! どんな強固な敵でも一撃で屠る魔法なのに」
護はキメラの傍らに獅子のような魔獣が死亡しているのを発見する。
「いえ、魔法は効いています。首一つ分は倒せました。後は右肩の山羊と中央の猿の首を倒さなければ駄目だと思います」
「成程……。では論理的に言って頭一つ分くらいは弱くなっているはず。護、さっきと同じ要領で――」
突然、キメラは膨張しだした。やがて山羊と猿人の魔物に分裂した。
「これでは一人が囮になる作戦は通用しないっ!?」
「メーティスさん、ここは一対一で闘うことにしましょう。僕はあの山羊顔をやります」
「やむを得ませんね。無茶はしないでください」
メーティスは猿人魔物を、護は山羊顔を相手にしてそれぞれ戦うことになった。相手を見据えて攻撃する。
「大丈夫。さっきの要領で戦えば……速射雷撃!」
山羊魔物は俊敏な動きで護の攻撃を躱してしまう。続けて攻撃も全て躱されてしまった。さらには防御魔法の発動よりも早く動くので接近を許してしまった。
「さっきより速い!?」
どうにか致命傷は避けるが、これでは山羊顔を倒す以前の問題だった。
(やっぱりメーティスさんが助っ人に来るまで耐えるしかできないのか?)
護は猛攻に耐えながら策を考え続けた。できればメーティスに頼らずに自分の力で切り抜けたいという意地もあった。仮に今メーティスのおかげで助かっても世界図書回収の途中でどんな危難に遭うか分からない。自分で外敵を排除できるようになりたかったのだ。
一方のメーティスは得意の魔法で猿人魔物を牽制しつつ機会を待った。
「万年大氷河」
メーティスは敵の魔法攻撃を利用して上級魔法を発動した。猿顔の魔物は氷漬けになって砕け散った。
「やれやれ固有魔法を使わざるを得ないとは……さすがは魔王城の獣。護の方はどうなったのでしょうか」
護は考えた末に自分が使える魔法の中に勝利の方程式を完成させた。
「御霊遊!」
護が選んだのは近くの浮遊霊を使役する死霊系の魔法だった。他の魔法と違って護自身が覚えたいとメーティスに訴えた魔法だ。なぜかこの魔法に可能性を感じたからだ。
護の発動した魔法はすぐに効果を発揮した。
先程倒した獅子顔の魔物がゆっくりと起き上がったのだ。御霊遊で呼びよせたのは魔物の獅子だった。死霊はかつての体に宿りゾンビのような状態で復活を果たした。
「噛み砕け! 死獅!」
「ガァアア!!」
山羊顔の魔物は獅子顔に噛みつかれて苦悶の表情を浮かべた。大量の血しぶきが舞う。獅子はそれ以上動くことはなかった。御霊遊の持続期間がきれて魂が還ったのだ。山羊魔物は獅子の牙に噛みつかれたままなので持ち味のスピードを殺されてしまった。これこそが護の狙いだった。緩慢になった敵にトドメを刺すべく護は攻撃魔法を発動した。
「炎魔の手!」
両手に焔が迸る。そのまま火炎を纏った手で山羊魔物の胸部を攻撃した。
山羊顔の魔物は内臓を焼かれて絶命する。そのまま延焼して炎が体全体を包みこんだ。
燃え盛る炎に焼かれる敵を見て護はようやく自身の勝利を自覚した。
「メーティスさん、やりましたよ!」
「そのようですね。まさかここまでやれるとは……。よく頑張りましたね」
「えへへ……」
キメラが倒されたと同時に、床に魔法陣が現れた。
「これは転移魔法っ!?」
次の瞬間、護達は先程とは異なる場所に立っていた。
キメラを倒したのもつかの間、転移魔法で別の座標へと飛ばされてしまいました。