黒幕の実力
迷走する世界を善意で正そうとした結果、狂った人間ごと抹消してしまったのだ。メーティスの真意はともかく、滅ぼされた側は恨んでも仕方ないだろう。護は多くの人間を殺した罪を背負うと決めたココロを「強い」と評したメーティスの言葉を思い出す。彼女自身背負いきれなかったからこそ〈テス・エトス〉の現歴書を忘却の書庫に封じたのだろう。
メーティスは罪悪感から頭を抱え込んでしまう。
「メーティス、気をしっかりもて! それでも世界司書か!?」
「自分を信じられないときこそ仲間を信じろと貴女が貸してくれた本に書いてあった」
ベルベットとココロの激励に護も続く。
「そうです。メーティスさんが殺した訳じゃない。貴方はただ純粋だっただけだ。《パンドゥラの書》を皆に見せたのも《再編成魔法》を使ったのも。僕が同じ立場でもそうします!」
ゼノスは不愉快そうな顔で護に視線を向ける。
「古本護君、君はやはり似ているね」
「似ているだって? 何の話だ!?」
「〝パンドゥラの書〟の中から初めて君を見た時、僕は激しいデジャヴに襲われた。君は弱かった頃のメーティスそのものだった。メーティスに過去の罪を思い出させることにこれ程適した逸材はいなかったからね! だからパンドゥラの書を読ませたんだ!」
護はゼノスにとってメーティスを追い詰めるために必要なピースだった。だからこそパンドゥラの書を読ませようと徐に彼の傍の棚に転移し、注目させる魔法を発動させたのだと打ち明けた。護が禁書を朗読したのは偶然ではなく、ゼノスによって敷かれたレールだった。全てはメーティスと共に異世界を巡らせるためだったのだ。
「パンドゥラの書を読み、異世界との垣根を壊した存在。魔法に聡くない存在、かつての君とそっくりだろ? メーティス?」
不気味に微笑むゼノス。
「理解不能。護はメーティスの判断で一緒に世界図書探しに同行したと聞いている」
「そうだ! 護が本回収を手伝わず元の世界に留まる選択もあり得たはずだぞ!」
ゼノスは悟ったようにヤレヤレと首を振った。
「メーティスが古本護を連れていくことも分かっていたさ。禁書が災厄を起こす前に過去の自分と似た護君に回収させる。そうすることで世界図書回収した護君に過去の自分を重ねて、過ちを起こす前に対処したという気分になりたかっただろうからね」
メーティスは気まずそうに目を伏せた。完全にゼノスの言葉を否定できなかったのだろう。護から見ても幼き日のメーティスは魔法に出会う前の自分と似ていた。そしてパンドゥラの書を読んでしまったことから異世界の扉を開いたことも同じだった。メーティスは世界図書館で再会した護に親近感を覚えていたのだ。
「――それからも苦労したよ。行商人に化けて世界図書をばら撒いたのは」
「やっぱりテメェが噛んでやがったか!」
「偶然にしては出来過ぎていると思っていた……」
魔法のプロフェッショナルであるベルベットや警戒心の強いデッタルムの抵抗軍に世界図書をばら撒くのは大変だっただろう。しかしメーティスが異世界への影響を気にする異物を最も影響力のある人物にばらまくことこそゼノスの目的だった。
「中々楽しめたよ。非情の魔王が改心したり、心ない殺戮兵器が愛を知ったり、面白い結果だった。しかしどれもメーティスを苦しめるものではなかった」
「苦しめるだって?」
「当然だ。俺を含めて五億のエトシャ人を死なせた罪はただ殺すだけでは購えない! その女には五億人分苦しんでもらわなければならないんだよ」
ゼノスは詠唱を始める。ベルベットは攻め込む機会を伺うが、詠唱中のゼノスに隙はなかった。仕方がないので自身の得意技のためにゼノスの魔術を見極める。
「閉ざした記憶を今開かん。焼きつく感情は再生され過去は現実に顕現する!」
詠唱後、複数の魔法陣の中からモンスターや機械兵を召喚する。それはマギタジアの魔法生物やデッタルムのオルターネイター達だった。
「恐らく私達の記憶領域からコピーしたエネミーを召喚したと推測する」
「成程。だがそれは既に俺様達が倒した雑魚だ」
「メーティスさんは後ろに」
「ええ。でも無理はしないでください。ゼノスは腕の立つ魔術師ですから」
多くのモンスターや機械兵は何度も戦った経験があるため、両世界で恐れられた魔王とゴールドキラーの敵ではなかった。最近まで戦闘素人だった護もアップデートの固有魔法を使いこなしてメーティスを守りながら闘う。苦戦はしなかったが護達はゼノスが今更そんな雑兵を召喚してきた意図を測りかねていた。
「やはり、この程度の敵は相手じゃないか。分かっていたよ。実際に君達の行動を見てきていたからね。今のはほんの挨拶さ。本命は――」
彼が指をパッチンと鳴らすと、二つの魔法陣が出現した。驚いたのはそのうち二つの魔法陣から登場した人物達だった。
黄金の髪の女騎士カイムともう一人のGKが構えていた。
「僕らの記憶の中から一番の強敵を召喚したのか!?」
カイムはベルベットもといシューベルトにとっての宿敵である。その実力は護も自分の眼で確認している。あの時はカイムの心に訴えかけて何とか事なきを得たが、今のカイムは明らかに正気ではない。ただ敵意だけ感じる。
「でも、何でココロは自分自身なんですか?」
「多分、無感情に命を奪っていた頃の自分自身に恐怖心を抱いていたんだと思う。ココロにとって一番の敵は過去の自分そのものなんだ」
鏡を見つめるように過去の自分を睨んでいた。
「ココロ……僕がやろうか?」
「いい。自分で越えなきゃいけない壁があるってメーティスの貸してくれた本に書いてあった。護はメーティスを守ってあげて」
ココロからは固い決意が見て取れる。人間を恐怖させた過去の自分に打ち勝つことが彼女の精神に必要なのだろう。
「よく言ったココロ。俺様達は目の前の敵を蹴散らす。護はメーティスをしっかり守ってやりな。今回ばかりは脇見はできねーからな」
いきなり瞬間移動した剣を振りおろすカイムの攻撃をベルベットが見切る。目にも止まらぬ剣戟を捌くにはとてつもない集中力が必要だった。辛うじて護達から遠ざかる配慮はしてくれた。
「馬鹿な魔族だ。記憶再現魔法は健在だよ! 何体でも再現できる!」
ゼノスが再び記憶再現魔法の詠唱を始めた時、ベルベットが小さく何事かを呟いた。その瞬間、ゼノスの腕に電撃が迸り魔法が発動しなかった。
「魔王シューベルトの固有魔法〝逆理〟か。こんな芸当ができるとは知らなかったな……。俺の固有魔法を無力化するなんて些か甘く見ていたか」
「へっ! 手の内は限界まで隠すもんだろうが!」
「強がるのはよした方がいい。万能の力ならもっと乱用しているだろう。そして逆理は既に発動した魔法に対して遡及的な効果はない。呼び出した勇者やGKが消えていないのが何よりの証拠だ」
ベルベットは一瞬肩を震わせた。彼の分析が的を射ていたのだろう。
「これは俺の推測だが君の事象逆転能力には二つの手順が必要だ。①反転させたい現象を一度視認して仕掛ける。②数分内に起こる同現象に対して仕掛けた魔法を作用させる。インターバルまでは分からないが、一度に仕掛けられる数は少ないだろう」
ベルベットは小さく舌打った。護も彼のまるで回答を初めから知っているかのような分析力に驚愕する。
「そしてココロと言ったか。殺戮兵器が感情を持てば最早欠陥品だ。合理的な判断が出来なくなった兵器が無感情の兵器に勝てる訳がない」
彼の指摘した通り、ココロは過去の自分に押されていた。周囲に気を使わずに好き勝手可変しながら護達ごと吹き飛ばそうとするGKに対して防戦一方に追い込まれている。心を持ってしまったが故に仲間を気遣いながら闘うため、攻めあぐねているのだ。加えて先程の雑兵との闘いで体力を削られてしまっている。だが二人がどんなに劣勢でも護は二人を助けようとしない。真直ぐとゼノスを見つめ続けて視線をそらそうとしない。
「お仲間に加勢しなくていいのかな? 古本護君、随分薄情なんだね」
「勝利を信じて待つのも仲間故の行動だ。それに今僕が最優先で行わなきゃいけないのはメーティスさんを守ること、そして彼女を傷つけるお前を倒すことだ!」
「言うじゃないか。出来るのかな? 俄か魔術師君! 〝真空弾〟!」
殺気を感じた護はメーティスを岩陰に押した。その瞬間、狙撃魔法が護の肩を貫いた。
その魔法はとても挙動が速く威力が高かった。ただ強いのではなく速さと威力を調和した芸術的な一撃だった。メーティスが認める上級魔術師だけはある。だが隙を与えまいと反撃する。
「浮天! アップデート! 魔導波!」
浮遊魔法を改造して波動で吹き飛ばそうとするが、全方位を完全にガードする防御魔法で防がれてしまう。さらに護の動きを封じるように氷雪系魔法で周囲の地面ごと護の足を凍りつかせた。
(くっ、これじゃあ身動きが取れない!)
「口先だけの男程見苦しいものはないな」
銃声にも似た〝パァーン〟という音が連続して響き渡る。ゼノスは遠距離から狙撃魔法・真空弾を連続して放ち護をいたぶり続けた。
全ての黒幕はゼノスの残留思念でした。
かなり周到で実力もあります。




