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旅立ち

あの時何が起こったのかメーティスの口から説明してくれます。


 護の中には様々な感情が渦巻いていた。世界図書を喪失させてしまった罪悪感、何とかしようとする責任感、そして非日常に迷い込んだ期待感もあった。しかしメーティスはすぐに世界図書を探そうとはしなかった。それどころか驚きの提案を投げかけてきた。


「護、貴方には一か月の間に最低限の魔法を覚えてもらいます」


 思わず「へぇ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。彼女が魔法使いだから魔法を教示する、というのは分かる。そして魔法という技術に興味もある。だが護はズブの素人だ。魔法が呪文を唱えて発動する以上、何かしらの学習が必要だろう。例えば今から医者になるために医学の知識を身に着けろと言われても非現実的だと返さざるを得ない。魔法が一朝一夕で身につく技術とは思えなかった。


「大丈夫です。貴方は《禁書パンドゥラ》を読みました。目次ページの最初の一文を覚えてますか?」


「たしか……アルケ‐『セントリアル・マギア』……あっ!」


 一瞬呪文を唱えてしまって焦るも、メーティスは心配いらないと首を横に振った。


「禁書は文字を見ながら音読しなければ効果はありません。アルケは第一章。そして続く呪文自体の意味は〝汝に魔才を授ける〟。今の貴方には魔法世界の住人に相当する程度の魔術の才はあります」


「僕に……魔法の才が」


 自然に自分の手を見つめる。今まで彼が何かの才能があると言われたことはなかった。とりわけ出来が悪いわけでもないが、特別に何かができるというわけでもない。護は器用貧乏なタイプだった。そんな自分に何かができるのだと思うと不謹慎だが不思議な満足感があった。


「メーティスさん! ご指導お願い致します」


「ええ。ですがあまり長い時間はかけられません。一か月で覚えきれなければ準備不足でも出発します」



 それから魔法の特訓が始まった。

 メーティスは時間がないといっても、基礎魔法を覚えさせただけでは異世界ではやっていけないと判断したらしく実戦的な魔法を覚えることを目標に据えた。


「護、覚えるだけの魔法を覚えてください。使える魔法の数イコール強さではありませんが戦術の幅が広がるのは間違いないです」


「はい! ご指導ご鞭撻のほどお願いします!」


「良い返事です。基礎魔法を覚えるのに適した魔法書を探しましょう」


 そういって彼女は魔導書を開いて検索魔法をかける。まるでSF映画のシステムのように立体化された魔法書の情報が展開された。


「す、すごい……」


「どこの世界の魔法書が適しているか……パルシムの魔法? ……マギタジアかなぁ……」


 手持無沙汰な護は一つ気になるモノを見つけた。古い扉である。世界図書館全体が整った場所なので他の区画と雰囲気が違うその扉は異質だった。


「何の部屋なんだろう?」


 扉の前まで来ると異質さがより目立った。舗装がまるでされていないのだ。掃除を怠ったとかではない。もう何年も開けられていないような扉だった。試しにドアノブに手をかけるが、鍵が掛かっていてビクともしない。


「護、何をやっているのですか?」


「メーティスさん!?」


 後ろから話しかけられて慌てふためく。別にこの扉に入ることを禁じられていたわけではないが何か入っては行けない気がしていた。禁書を読んでしまった護としては勝手な行動は慎んだ方がいいだろう。

恐る恐るメーティスの顔色をうかがうが、彼女はさして起こっている風ではなかった。


「あなたに相応しい魔法書をいくつか見繕いました。実際に練習してみて習得しやすいものを基準にブラッシュアップしていきましょう」


「分かりました。ところで、この部屋は何ですか? 他の部屋と違って鍵が掛かっているようですけど?」


「そこは忘却の書庫ですよ。過去の遺産があるだけです。もう何年も開けていませんが、大したものは置いてないはずです」


(忘却の書庫? 書庫なら忘却したら駄目じゃないのか?)


「時間が惜しいです。はやく鍛錬を始めましょう」


 色々と考えることは多いが今は魔法の鍛錬に集中した方がいいだろう。

 メーティスの手ほどきを受けながら魔術書を読んでいる間に忘却の書庫の存在は本当に忘却の彼方にいってしまった。



 ――そして約束の一か月はあっという間に経ってしまった。いつもは長く感じる時間も目標があれば短く感じてしまうのだろう。 この一月でメーティスの人柄がおおよそつかめた気がした。彼女はカウンセラーように、話す相手の弱さを認めつつ背中を押せる優しい人間だった。失敗してもできなかったことを怒るのではなく、なぜ失敗したのか一緒に考えてくれた。目標の魔法修得が成ったのは、《パンドゥラの書》の力だけではないだろう。護は彼女の手解きに感謝した。


「ふー、おおよその目標は達成できましたね。欲を言えば上級魔法の一つくらいは体得してほしかったですが……」


「流石に無理ですよ。……でも魔法の才能が得られてもやっぱり鍛錬は必要なんですね」


「ええ。努力しない天才は凡人と大差がないですからね。《パンドゥラ》は魔法を覚える切っ掛けを与えるに過ぎません」


 護は喜びをかみしめていた。たとえ魔法使いの中では俄かでも、大した取りえもなかった自分が魔法という技術をモノにした事実が大事だった。護にとってそれは大きな自信に繋がった。


「嬉しそうですね」


「ええ。だって、魔法なんて夢みたいで。……こうやって」


 護はティーカップに狙いを定めて魔法を諳んじる。


浮天(メラス)!」


 護が呪文を唱えると、近くにあったティーカップが宙に浮いた。そのまま風船のように漂う。彼が体得した魔法の一つで、自身や近くのモノを浮かせる技である。足場がない所で宙に浮いたり、超重武器を使用する時などに役に立つため、多くの魔法使いが使用している。喜んでいた護は不意にメーティスの視線に気づいた。


「すみません、はしゃぎすぎましたか?」


「いえ、以前にも新しい魔法を覚えて喜びながら私に見せびらかす人がいましたので懐かしかっただけです」


 それは過去を憂うような、何かを後悔するような目だった。しかし彼女はすぐに元の表情に戻って指を立てて忠告してきた。


「……それより貴方が使える魔法は限られていることを肝に銘じて下さい。攻撃魔法が二つ。防御、回避、強化、浮遊系がそれぞれ一つずつ、そしてオマケで覚えた死霊系が一つ」



「はい。この七つの魔法で何とかやってみせます」


「くれぐれも無茶はしないように。多くの結果を求めてはいけません。まずは自分の身を守ることを優先して動いてください。――あなたも固有魔法が使えれば、使用できる魔法の少なさを補えるのですが……」


「固有魔法……?」


「一応説明しておきましょうか。旅の途中で目覚めるかもしれませんし」


 魔術書で修得する魔法の他に、人は生まれつき固有の魔術を持っているというのだ。多くの人間はその固有魔法を発現できずに一生を終えるらしいが、どの世界でも名だたる魔法使いに称えられる者達は固有魔法を使いこなすらしい。


「ちなみに私の固有魔法をお見せしましょう。最後の特訓を兼ねて好きな魔法で私に攻撃してみてください」


「……は、はいっ!」


 護は攻撃魔法の一つ、〝速射雷撃(グリスヴァロンテ)〟を放つために呪文を唱える。


「照準は雷光の導きに従い、閃光瞬き、雷鳴と共に翔けよ、――速射雷撃(グリスヴァロンテ)!」


 メーティスはやや遅れて何事かの呪文を唱えると、護の速射雷撃(グリスヴァロンテ)は分散し、新たな雷球となって護の頬の横をかすめた。何が起きたか分からず、何度も瞬きする護にメーティスは種を明かした。


「私の固有魔法は、混沌言語(カオスアナグラム)。唱えられた魔法の呪文の文言を入れ替え、付け加えて同系列の魔法を追加発動する魔法です。私の放つ魔法を二重魔法にすることも、今のように他人の呪文を利用することもできます」


「だから〝アナグラム〟なんですね。 じゃあ詠唱破棄魔法の場合はどうなるんです?」


「私も鍛錬しましたから詠唱破棄にも対応していますよ。効果は落ちますが……。固有魔法は多くの魔法を知る魔術師すらも予想できない戦術を取れます」


「僕にも目覚める可能性があるのですか?」


「勿論ですよ。諸説ありますが、何らかの精神的成長が鍵ですね。ただ、どんな固有魔法が目覚めるかは私にも予想できません」


 メーティスは異世界の扉を開ける準備をしてくると本棚の奥へ姿を消してしまった。


「固有魔法……か。いずれ僕も体得できたら……」


 オンリーワンの魔法なんて憧れるが、世界最高の魔法教師の手ほどきでも七つしか魔法を習得できなかった護にはまだまだ遠い夢だった。


 ややあって彼女は一冊の本を抱えて戻ってきた。その分厚い本は今まで見てきたどんな本とも性質が違う感じがした。


「この世界図書館の中には《現歴書》と呼ばれるものがあります。この一冊の中にはその世界の全てが詰まっているのです。言い換えるなら世界そのものが本の形になっているということですね。コレで安全に〝境界〟を開けます」


(本に纏められた異世界か。一体どんな世界なんだろう? 気になるな……)


 彼女が本を開くと、一瞬、一つの世界の歴史が頭に流れ込んでくるような感覚に襲われた。生命誕生から人類誕生、そして国家の誕生など、記録の濁流に呑まれた護はその場に膝をつく。メーティスが肩を貸してくれた。


「世界の全てを知ろうとしないでください。慣れていなければ酷い時間酔いに襲われます」


「……そのようですね。うっ……頭が……」


「貴方が鍛錬している間に異世界に散った本の行方を探索していました。この魔法世界〝マギタジア〟にはあの時紛失した本の内二冊の反応があります。具体的な場所はマギタジアに行かなければ分かりませんが……」


「全部が一つの世界にあるわけではないのですね」


「ええ。ですが五冊中二冊あっただけ良しとしましょう。先を急ぎます」


 彼女は護の手を掴むと自分の元に引き寄せる。一瞬戸惑うがそれは必要な行為だった。メーティスは自分の手と護の手を重ねて《マギタジアの書》の開いたページに触れた。そのページは最初白紙だったが、途中から文字や写真が刻まれていく。


「これは……?」


「現在進行形で歴史が記されているのですよ。さぁ、瞬きすれば異世界です。気を引き締めてください」


 本から溢れた光が護とメーティスを包みこんでいく。二人の姿は本の中に吸い込まれ、開かれたままの《マギタジアの書》が床に落ちた。




世界司書が異世界に入るには《現歴書》を用います。

その世界のすべてが入った本ですね。

禁書によって魔法の才能を得ていた主人公は

異世界を生き抜くための最低限の魔法を一月で学び、マギタジアへと旅立ちます。

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