再生される記憶
メーティスの謎が明らかになってきます。
メーティスは得意の検索魔法で二人の居場所を探そうとするが、なぜか魔法が発動しない。マギタジアの時のように特殊な魔法磁場でもあるのかと思い、護が使える魔法を試してみると問題なく使えた。土地に問題があるわけではないらしい。だが何度試してもメーティスの検索魔法は発動されなかった。本人も驚き、様々な魔法を発動するがどれも不発に終わった。今まで様々な魔法を使いこなしたメーティスが今更魔法の使い方が分からないということはないだろう。そして護は魔法を発動できているので土地柄は関係ない。
「メーティスさん、もしかして魔法が使えないの?」
「そんな……今までそんなことはなかった……どうして?」
上位魔法を使いこなした魔術師メーティスにとって魔法が使えないことは致命的だった。今までのように守ってもらうことはできない。否、護が彼女を全力で庇護しなければならない。魔法が使えない彼女は非力な女の子なのだ。
(メーティスさんの調子が戻るまで僕が守らなきゃ! そのためにデッタルムで強くなったんじゃないか!)
しかし悪いことは重なるものだ。こんな時に限って大きい猪のような生物が近づいてきているのが分かった。剣のようにとがった牙で突進されたらひとたまりもない。
「あれは……ファンボア。家畜化されていないファンボアは凶暴で攻撃力が高いです。でも魔法攻撃はしてこないので距離を取って戦えば……」
「わかりました! 速射雷撃!」
メーティスの的確な指示でファンボアは接近前に仕留めることができた。
(あれ? でもメーティスさん、今は検索魔法は使えないんだよな?)
テス・エトスに来てから過呼吸を起こしたり魔法が発動できなかったり明らかにおかしい。彼女の顔色や症状から考えると何らかの要因が精神に大きな負担を強いているのだろうと推測はできる。そしてこの世界で初めて会った原生生物の情報を検索魔法なしで知り得たのも謎だった。
「メーティスさん、もしかしてこの世界に来たことがあるのではないですか?」
護の質問に対し沈黙するが、やがて観念したように答えた。
「……この世界、テス・エトスは……私の故郷なんです」
世界司書として渡航歴があるのだろうとは思っていたがまさか出身地とは思わなかった。呆気に取られている護にメーティスは透き通った視線を向ける。
「お察しの通り……私はこの世界に大きなトラウマを残しています。おそらく、それが魔法発動に支障をきたしているのでしょう」
メーティス程の魔術師が魔法を使えなくなるということはよほど大きなトラウマがあるのだろう。だが気になることはメーティスのことだけではなかった。
(おかしい。世界図書の喪失、それらが世界的影響力のある者の所持していたこと、やっぱり出来すぎてる。今回、テス・エトスの現歴書が暴走したのも一連の出来事に関連が?)
メーティスは自身の過去について護が考えていると勘違いして詫びた。
「すみません、これ以上はもう少し待ってください。貴方を信用していないというわけではないのですが……」
「わかりました。話してくれるまで待ちます」
護の返事にメーティスは小さく微笑んだ。
そして目を瞑りながら呟いた。
「既に滅びた世界なので……もう来ることはないと思っていたのですが……」
壊れた建物や人の気配を感じさせない静けさから彼女の言っていることは真実なのだろう。文明が滅亡してしまっているのならメーティスがこのテス・エトスを脱した理由もわかる。だがなぜテス・エトスの文明が滅びてしまったのか、この世界から脱して世界司書になったのか、分かっていない謎はまだあった。
(これは先に聞いておくべきなのか? でも今まで話さなかったからには話したくないのかもしれない。これ以上メーティスさんの負担になるようなことは――)
「そういえば護には私が世界司書になった理由を話していませんでしたね」
「え? あ、はい」
まさかメーティス本人から話題を振られるとは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。彼女は自嘲気味に咳払いしてから天を見上げて言った。
「実はテス・エトスである災厄が起きたんです。一人残った私は前任者の世界司書、私の師に拾われて……その後任となりました」
「そう、だったんですか」
それっきり二人は無言のまま壊れた文明の中を旅する。壊れたオブジェ、祭典の写真、かつて活気のある町だったらしい痕跡がいくつも残っていた。崩壊した都市はデッタルムと同じだが、自然が豊富であるという点が違っている。小動物はよく見るが、人気が全くないのが物悲しさを増していた。
「本当に人っ子一人いませんね」
「当然です。この世界の生き残りは私だけ……のはずですから……」
「それはどういう――」
質問しかけた時、護は視界の端で子供のような人影を捉えた。眼で追うと人影は二人、走り回っているようだ。
「誰? 誰かいるの?」
護が現地の人間がまだ生きていたのかと駆け寄ってみると、それは人影ではなかった。よくできた立体映像のような魔法だった。だがその映像に移されていた少女にはどこか既視感があった。髪の色や顔の輪郭優しげな雰囲気など、あどけないが少女にはメーティスの面影があった。
「これは子供の頃の私……」
「やはりそうなんですか。一緒にいる男の子は?」
何気なく聞いた質問だったがメーティスは黙ってしまった。彼女はずっと少年から視線を逸らさずに驚愕している。胸を押さえた彼女は間をおいて少年の正体を打ち明けた。
「彼の、名前はゼノス・ロトリコ・マルティア。幼馴染です。共に魔法を学んでいました」
彼女の説明に呼応するように立体映像の二人は魔術の鍛錬をし始めた。以外にもメーティスの方が魔術は苦手だったようだ。男の子から手ほどきを受けていた。
(メーティスさんにこんな一面があったなんて……。人の過去を覗き見するのは良い趣味じゃないけど、本人と一緒ならいいか)
幼いメーティスは魔法の失敗をして泣いてしまい少年が慰めていた。温かい気持ちでその様子を見つめる。
「何ニヤついてるんですか?」
「メーティスさんの意外な一面を見れてちょっと面白いなって。今の強い貴女からは想像できませんよ」
「誰だって初心者の時はあります。というか勝手に見ないでください。プライバシーの侵害です」
「そんな無茶な。僕が盗み見ている訳ではないんですけど」
落ち込んでいた幼少のメーティスにゼノスがお手本を見せる。そして再び幼いメーティスが砲撃魔法を放った。だが簡単に身につくものではならしく魔法は暴発してしまう。そのまま流れ弾が護達の方に向かって飛んできてしまった。ただの立体映像魔法だと思っていたが、護は確かな熱気を感じて咄嗟に防御魔法を張り、メーティスを抱き寄せる。
「危ないっ! メーティスさん!」
砲撃は護の魔法障壁によって防がれた。煙幕が晴れた時には既に立体映像は消えていた。
「どういうことだ? 今のは本物の砲撃だった……」
「記憶を再生される魔法は多種類在りますが……どれも物理攻撃は不可能なはず。ただの記憶再生魔法ではない……?」
多くの魔法を知るメーティスも立体映像が実体を持つのは想定外だったらしい。
「いずれにしてもこの魔法を仕掛けている何者かがいるはずです」
問題はその人物が何者なのか不明であることだ。メーティスの話が本当ならこの世界には生き残りはいない。何らかの災害でメーティス以外の原住民は全滅したはずなのだ。
「早くベルさんとココロと合流しましょう。敵が近くにいるかもしれません」
「そうですね。私は今戦力外なので……力になれそうもありませんが」
「気にしないでください。これまで未熟だった僕を守ってくれた。マギタジアとデッタルムの闘いを経て強くなったつもりです。僕に守らせてください」
彼から強い力を感じたメーティスは小さく笑った。自身が魔法を教えたばかりだったのに今では自分を守ろうとしているほど成長したのが嬉しかったのだろう。護の手を握って言った。
「貴方は立派になりましたね」
「そ、そうですか? まだ使える魔法は少ないですし……」
「使える魔法の数じゃないですよ。咄嗟の判断や仲間への気遣い、それらが出来るようになるのは強くなった証です」
素直に褒められたのが気恥ずかしく護は鼻をかいた。
テス・エトスはメーティスの故郷でした。
何故か彼女の幼少期の映像が再生されます。
誰の思惑でしょうか。




